第27話 ホットドッグ
目を覚ますと、ベッドにレナの姿はなかった。一階から物音が聞こえる。レナが先に起きて朝食の準備をしているんだろうか……。
僕は大きな欠伸をしながら体を起こし、時計を見る。今日も仕事か……。そう思うと少しだけ気が重くなる。そして、隣でまだ眠っている七海の安らかな寝顔を見ると、もう少しこのまま見ていたいという気持ちになる。彼女は布団にくるまって、規則正しい寝息を立てながらぐっすりと眠っていた。
昨晩はレナと抱き合ったまま眠ってしまった。七海には悪いことをしたな……。そう思って彼女の頭を撫でると、彼女は嬉しそうに頬を緩ませ、そのままの姿勢でじっとしていた。……しばらく撫でているうちに、だんだん彼女が愛おしく思えて来て、もっと彼女と触れ合いたいと感じる。僕は彼女を起こさないように注意しながら布団の中に入った。僕に背を向ける形で横向きになっている彼女を抱き寄せ、後ろから抱きしめる形になってみる。柔らかい……。それにいい匂いがする。彼女の首筋に鼻を押し付けて深く息を吸い込むと、甘い香りが肺を満たし幸せな気分になった。……薄いブラジャーの上から彼女の胸に触ってみると、とても柔らかくて温かい。彼女の胸に触れれば触れるほど、もっと彼女を感じたいという欲求が強くなっていく。……彼女の足に僕の足を絡めてみると、彼女の太ももの滑らかな肌触りと温もりを感じることができた。すべすべとしていて、いつまでもこうしていたいと思えるような心地の良い感触だった。僕は思わず、はぁ……と息を漏らしてしまう。そして、彼女の体に全身を密着させ、彼女の全てを感じるように体を擦り付ける。柔らかなお尻の感触がたまらなく心地よくて、つい何度も押し付けてしまう。……そうだ……、僕は彼女のお尻が大好きなんだ……。この柔らかいお尻の感触は誰にも譲れない……、僕は彼女のお尻を愛している……、彼女のお尻を守ることが、僕にとっての正義であり生きる目的であり使命なのだ……!
そんなことを考えていると、七海はくすぐったがるように身をよじり、小さな声で囁いた。
……うぅ~ん……、きょうたの……、すきだよぉ…………。
と切なげな声を上げる。僕は驚いて彼女の顔を覗き込んだ。……彼女は目を閉じ、幸せそうな表情を浮かべていた。……寝言か。どうやら僕の夢を見てくれていたようだ。僕は彼女に覆いかぶさるような姿勢になり、耳元で優しく語り掛ける。
「七海……。僕も七海のお尻が大好きだよ……」
すると彼女は口角を上げて微笑み、ゆっくりと瞼を開く。その瞳は潤んで輝いていた。彼女はぼんやりとした様子で僕の顔を見ると、すぐに笑顔になり僕に抱きついて来る。彼女は僕の首の後ろに手を回し、ぎゅっと力を込めて抱きついてくる。彼女の体温と心臓の鼓動が伝わって来て、胸の奥が熱くなった。背中をさすっていると、彼女は僕の胸に顔を埋めて甘えるような声を出す。それから僕の胸に頬ずりをして、上目遣いで僕を見た。その可愛らしい仕草にドキッとする。
「おはよ……」
彼女は僕の胸に手を当てて、幸せそうな顔で言う。僕が返事をする間もなく、彼女は僕にキスをした。唇が重なり、舌が絡み合う。甘く淫靡な唾液の味と温かさを感じた。彼女は長い時間、僕との接吻を楽しむ。やがて、名残惜しそうに唇を離すと彼女は悪戯っぽく笑う。
「もう……、京ちゃん……、朝からエッチだね……」
彼女はそう言うと、再び僕に抱きつき、首筋に噛みついた。痛みはない。まるで猫にじゃれつかれているみたいだ。彼女はそのまま、僕の首筋を舐め始める。くすぐったい感覚と、快感が入り混じった不思議な感じがして、思わず吐息が漏れる。彼女は僕の反応を見て満足げに笑い、首筋や鎖骨の辺りを舌で擽ってくる。すると今度は僕のシャツの中に手を滑り込ませ、胸板に指先を這わせる。
「ねぇ……、まだ時間大丈夫だよね……?」
そう言って妖艶な笑みを浮かべると、僕のパンツに手を掛けて脱がそうとする。僕は慌てて彼女を制止する。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ……。レナがいるんだぞ……?」
「うん……」
彼女は少し恥ずかしそうに俯き、不満そうな顔を見せたが、すぐに何か思いついたようで、パァッと明るい表情になる。
「ねぇ……、一緒にシャワー浴びよう?」
「はぁ?なんでそうなるんだよ……!」
彼女は僕から離れると、立ち上がってから僕の方に振り向く。下着姿の彼女から目が離せない。彼女の肢体は白く美しく、芸術品のように完成されていた。彼女は真剣な眼差しで僕を見る。彼女の真っ直ぐな瞳に射抜かれると、僕は動けなくなってしまった。すると、彼女はクスリと笑って言った。
「いいじゃん、別に……。ほら、こっち見てよ……。あたしの身体、見たくないの……?」
彼女は挑発的な口調で言いながら、僕の方へ近づくと、前屈みになり胸元を見せつけてくる。彼女の大きな膨らみが強調され、視線が引き付けられる。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。……彼女の裸体を見たい気持ちはあるが、レナがいるのにそういうことをするのは気が引ける。僕は何とか理性を保つ。
すると、彼女は僕の背後に回り込み、後ろから抱きしめてきた。彼女の柔らかい感触と温もりを感じる。僕が振り向くと、彼女は肩越しに顔を覗かせ、僕の目をじっと見つめてくる。彼女の瞳に引き込まれていく。
「大丈夫だよ……、レナちゃん朝はシャワー浴びないし……、ばれないって……」
彼女は僕の首筋に舌を這わせ、耳たぶを口に含む。僕はゾクッとした感覚に襲われ、身震いした。
「……わかったよ……、シャワーを浴びればお前も落ち着くだろ……?」
七海は嬉しそうな表情を浮かべ、僕から離れた。
「ほら……、早く行こうよ」
僕は立ち上がり、部屋を出て浴室へ向かう。そして彼女と一緒に下着を脱いで浴室に入っていった。それからお互いの体を隅々まで入念に洗い合った。
……
……
……
体を乾かしてからリビングに行くと、レナはすでに朝食を作り終えていた。テーブルには三人分の食事が用意されている。彼女はソファーに座ってテレビを見ていた。僕は彼女が早朝からVRゲームをやっているんじゃないかと少し心配したが、どうやら違うようで安心した。
「おはよう、レナ」
「おはよー、レナちゃん」
「あ、おはよ……」
レナは少しぎこちなく返事をした。その様子は明らかに普段とは違っている。どこか落ち着きがなく、そわそわしているように見える。僕は不思議に思いながらも、席について手を合わせた。
「いただきます」
「いただきまーす」
僕たちは椅子に座り、食事を摂り始める。
「今日の味噌汁、美味いな」
「うん、美味しい」
「…………」
レナの様子がおかしいことに気付いたのはそのときだった。彼女はテレビに映るニュースに釘付けになっている。……ニュースの音声に耳を澄ませると、どうやらタイタンでの事件について報道されているようだ。女性アナウンサーの声が聞こえる。
***
……現在、タイタンの各地の都市で、原因不明の爆発が相次いで発生しています。被害状況については調査中ですが、いずれも都市部で発生しており、当局はアンダーワールドに潜伏する武装集団によるテロの可能性を視野に入れて捜査を進めています。また、この一連の事件に関連して、各地で奇妙な噂が囁かれており、一部の市民の間では地球を襲撃した宇宙人の仕業ではないかと不安視する声も出始めています。当局は真相究明に向けて調査を続けていく方針です。……それでは現場に中継が繋がっていますので、そちらを見てみましょう……。現場の田中さん……?
画面は切り替わり、リポーターの女性が現れる。半壊した建物と周囲に散らばった瓦礫。そして、周囲には立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、警察車両が数台止まっている。彼女はマイクを手に取り、深刻な面持ちでカメラに向かって話し始める。
《はい、こちらは現場の田中です。……えー、……ご覧の通り、昨日発生した謎の爆発により、こちらの建物は半壊状態となっております。当局が建物の内部を調査している最中ですが、今のところ、死傷者は一人も発見されていません。……現在、爆発地点周辺の住民は避難を始めているようですね……。……え?……はぁ、わかりました……》
彼女は首を傾げながら、再び口を開く。彼女は焦燥しきった表情を浮かべながら、早口にまくしたてる。
《……はい、ただいま入った情報によると、先程、新たな爆発が発生したとのことで、住民の方々は至急最寄りのシェルターに避難するようにとの勧告がありました。繰り返し、お伝えします。只今、新たに爆発が発生しました……》
***
僕は箸を止めてテレビを見る。……以前、レナから、タイタンのアンダーワールドに潜む武装集団の話は聞いたが、こんな大規模な事件を起こせるとは思っていなかった。しかし、地球を襲ったのと同じ宇宙人の仕業だとすれば、誰かが動画を撮ればすぐに情報は拡散されるだろうし、ネットで騒がれていてもおかしくはないはずだ。……そうすると、テロか、或いは未知の脅威なのか……。
僕はふとレナの方を見た。彼女の視線の先にはアンダーワールドの映像が映し出されている。その映像には、多くの住民の姿があった。皆、怯えた表情を浮かべながら、急ぎ足で避難していく。彼女は画面をじっと見つめ、何か考え事をしているように見える。僕は恐る恐る彼女に話しかけた。
「なぁ、レナ……、これって……」
彼女はハッとした表情を見せ、僕の顔を見つめた。
「う、うん……、たぶん、私が作った武器だよ……」
彼女は僕から目を逸らし悲しげに俯く。
「え?!いや、そういうことじゃなくてさ……、まだ何が起きてるのかもわからないし。それに……、仮にレナが作った武器だとしても、悪いのは使った奴らなんだから……」
僕は慌てて彼女をなだめようとした。だが、彼女は納得していない様子で、眉間にシワを寄せ、僕に反論する。彼女の言葉には苛立ちが感じられた。
「でも、私のせいで……」
彼女はそこまで言いかけて口をつぐんだ。そして、こちらを向き、少し潤んだ瞳を見せる。彼女が作った武器を使って武装集団がテロ行為を行った可能性は否定できない。しかし、だからといって、今回の件に彼女が責任を感じる必要はない。そして、僕にできるのは少しでも彼女を傷つけないように説得することだけだ。
「……大丈夫だって。きっとすぐに解決するよ」
僕は笑顔を作って彼女に語りかけた。しかし、彼女は黙ったまま僕を見据えている。
「レナ?」
彼女は無言のまま、僕の方に近づいてくる。
「え?ちょっ……」
次の瞬間、レナは僕に抱きついた。彼女は僕の胸の中へ顔を埋めている。心臓の鼓動が速くなるのを感じた。彼女は僕の身体を強く抱きしめる。まるで迷子になった子供が親を見つけたときのように。そして、僕の胸に顔を押し付けたまま泣き始めた。
「レナ……、どうしたんだよ……」
「…………」
彼女は何も答えない。……僕は彼女の頭を撫でる。彼女はいつもより弱々しく見えた。……こんなとき、どんな言葉をかければよいのだろうか。……この子を守ってやりたいと思った。
しばらくしてレナは顔を上げた。頬が涙で濡れている。瞳はまだ不安げに揺れていた。
彼女はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……私はもう……、自分の作った武器で誰かが傷つくのは見たくないの……」
「……」
「……お願い……、助けて……」
彼女は震えていた。僕は思わず彼女の身体を抱きしめ返した。
つづく




