第25話 Product Liability
翌日、僕は自分の席について、パソコンに向かってカタカタとキーボードを叩いていた。
「……京ちゃん、なんか良いことあった?」
隣に座っていた七海が訊いてくる。
「ん?……なんで?」
「いつもより表情が明るい感じがするなぁって思って」
「そうか? 僕は普段通りだと思うけど……」
「ううん、絶対そうだよ! 何か嬉しいことがあったんじゃない? 例えば……昨日、女の子の家に泊まったとか!」
「ぶっ!」
僕は思わず吹き出した。そして、七海の方に顔を向ける。
「な、な、な、なんで知ってるんだよ! 」
「えぇ~? そんなに驚かなくてもいいじゃん。カマかけただけだよ。あははは!」
「ぐぬぬ……」
僕の反応を見て彼女は楽しそうに笑っていた。……完全にしてやられた。……まぁ、でも、七海になら知られても構わないか……。
「……実は昨日の夜、昔の同僚の家に泊めてもらったんだ」
「へぇ、そうなんだ。まあ、今更驚かないけどね。……それで、その人とはいい感じになったの?」
「……いや、そういう関係じゃない。ただ晩ご飯をご馳走になっただけだ」
「ふぅん、そっか……、残念だったね」
「うん……って、なんで残念なんだよ!」
「……冗談、冗談!」
「お前なぁ……」
僕はため息をつく。……まあ、確かに残念と言えば残念だったかもしれない。いいタイミングで押し倒していれば……なんて考えなくもない。……そんなことを考えていると、七海が僕の顔を見て、怪しげな笑みを浮かべる。
「あれれ? もしかして、京ちゃん……欲求不満?」
「……なっ!? 違うよ!! 何を言ってるんだ! 」
「あはは、京ちゃん、真っ赤になってる! 図星だね」
彼女は悪戯っぽい笑顔でニヤッと笑う。
「ち、違うって言ってるだろ……」
「もう、しょうがないなぁ……。じゃあ、今夜私の家に来なよ、レナちゃんもいるし!」
「……なんだよ、どういう意味だ……?」
「だから、欲求不満を解消してあげようかなと思って」
「…………」
七海は艶やかな微笑みを向けてくる。彼女の大きな胸の膨らみや腰つきに目がいってしまう。……ヤバいな、かなり意識している自分がいる。だが、ここは職場で僕は仕事中だ。冷静になれ! 落ち着け! 落ち着くんだ、僕!!……そんなことを自分に言い聞かせていると、七海はクスリと笑って、机の上に乗っている僕の手に彼女の手を重ねてきた。彼女は顔を近づける。誘惑するような甘い匂いがした。甘く誘うような声で耳元で囁くように言う。
「ねぇ、京ちゃん……。今日は残業なしで帰ろうよ……」
「……わかったよ」
僕は降参するしかなかった。
……
……
……
仕事が終わると、僕は自宅に帰らずに、七海と一緒に彼女の家に向かった。そして、玄関で靴を脱いで、そのままリビングに入る。
すると、そこではレナがカーペットの上で仰向けになってVRゲームで遊んでいた。彼女はパーカーとショートパンツというラフな格好で、頭にはVRゲーム用のフルフェイスヘルメットをかぶっている。小柄な割に豊満な彼女の胸が重力によって横に流されている様子が服の上からでも分かった。彼女の意識は完全にゲームの世界に接続されている。僕と七海はソファーに座ってお茶を飲みながらその様子を眺めていた。
「あのさぁ、七海……」
「ん? 何?」
「レナってずっとゲームの世界に入ってるのか?」
僕はレナの方を見ながら訊いた。彼女のことが少し心配になったからだ。すると、隣にいる七海は苦笑いしながら答える。
「あはは……、うーん、どうだろうね……。一日中というわけじゃないと思うけど……、食事とトイレの時間以外はほとんどログインしてるかも……」
「マジか……」
僕はレナを見つめた。彼女は寝転がったまま動かない。まるで死体のようだと思った。……大丈夫なのか? このままだと彼女、廃人になるぞ? いくらなんでも限度があるだろう……。そう思った僕は、彼女に近づく。彼女の意識は完全にゲームの世界に接続しているため、声を大きくして叫んだ。
「おい!レナー!!」
だが、返事はない。やはり駄目か……。僕は大きくため息をついた。七海はそんな僕を見てクスッと笑う。まあ、仕方ない。とりあえず、今日のところは諦めるとしよう。僕は七海に顔を向ける。
「ダメだな……、全く反応がない……」
「そうだね……、あ、でも、どうしても起こしたいときは、スマホでメッセージを送ったり電話したりすればいいから……」
なるほど……、まあ夕食の時間になったら起きるだろう。それまで待てばいい。僕はそう思いながら、七海の隣に座った。七海は僕に向かってニコッと微笑む。彼女はいつもの黒いドレスを着ている。露出度は低いが、体のラインがはっきりとわかるデザインだ。そのせいで胸や腰回りの曲線が強調されていて、目のやり場に困ってしまう……。僕は思わず視線を逸らす……。そして、彼女の顔の方に目を向けると、綺麗な瞳と目が合った。彼女の金色の瞳には妖しい光が宿っていた。吸い込まれそうな感覚を覚える。しばらく見つめ合っていると、彼女はクスッと笑い、急に立ち上がった。
「……京ちゃん……、今はダメだよ……、二人だけになったらしよっか……」
彼女は頬を赤らめ、どこか恥ずかしげな様子だった。その姿は可愛らしく、とても色っぽく見えた。
「京ちゃん、私、ちょっとスーパーに行ってくるね……、最近レナちゃんがご飯作ってくれないから……」
「お、おう」
七海は財布を持って出掛けていった。
今この家の中には僕とレナしかいない。彼女は相変わらず死んだように横たわっており、ピクリとも動かなかった。僕はソファーに座りながら彼女を見る。……本当に起きないな。
「なあ、レナ……。生きてるよな……?」
「……」
僕の問いかけにも彼女は反応しない。心配になって僕は彼女に近づき、彼女の体を揺すってみる。しかし、それでも起きなかった。
「おい、レナ?」
「……」
やっぱり応答がない。まさか死んでないだろうな……。試しに彼女の手を握ってみたが、体温は感じられた。手首の脈拍を測ると一定のリズムで心臓は動いていることがわかる。……ふぅ……、よかった。一応、生きてるみたいだな。僕はホッとして手を離した。
僕は彼女をじっと見つめる。フルフェイスヘルメットのせいで顔が見えないが、微かに呼吸をしていることがわかった。……それにしても無防備すぎるよな。もし悪い奴が侵入してきたらどうするんだろう?こんな状態で襲われたらどうする気なんだ?安全性に問題があるならメーカーにクレームを入れるべきだよな……。そう思って僕は彼女の肩に手を置き、軽く揺さぶった。
「おーい、レナー?」
「……」
やはり反応はない。完全に意識がゲームの世界に行っているようだ……。ちょっと怖いと思った。僕は以前レナと一緒にVRMMOで遊んだことがあるが、自分もこんな風になっていたと考えると、何だかゾッとした。……何をやっても起きないのかな……、試しにくすぐってみるか……。そう思った僕は両手を使い、彼女の脇腹辺りをくすぐるようにして触ってみた。
サワサワ……
僕は彼女のパーカーの中に手を入れて彼女の脇腹を撫で回す。……うーん、特に変化はないな……、次はどうしようか……、そうだ!脇の下をくすぐってみよう……。
僕はそのままパーカーの中で手を彼女の脇の下まで移動させる。すると途中で指先が何かに触れた。……ムニュッ……、柔らかい感触。マシュマロのような弾力がある……。それは重力によって横に流された彼女の胸の膨らみだった。…………あれ?……これは……、ひょっとして……? レナはノーブラなのか……?!
僕は思わず顔を赤くして固まってしまう。だが、彼女は依然として反応がなかった。僕はゴクッと唾を飲み込む。
……ど、どうしよう……。これって、結構まずいんじゃないのか……?こんなことをしても起きないなんて、メーカーに言わないとヤバいだろ……。
僕は恐る恐る、彼女の膨らみを横から手で包み込んでみる。その大きな果実からじんわりと熱を感じる。温かくて気持ちいい……。肌ざわりは滑らかで柔らかく、手に吸い付くような心地良さだ。……や、柔らかすぎる……、僕はその未知の感覚にドキッとする。レナの胸を揉んでみたい……。そんな思いが湧き上がってくる。
……しかし、これはマズイだろ。いくら何でも……。今起きれば大変なことになるんじゃ……。
……僕は一瞬だけ迷ったが、誘惑には勝てず、ついに彼女の胸の膨らみを思いっきり鷲掴みにする。むぎゅ……、するとそのボリュームに驚く。片手では収まりきれない大きさだった。僕は夢中になって彼女の双丘をこねくり回した。手が動く度に形を変える彼女の胸。……や、やばい……。すごい……。まるでパン生地を捏ねているかのような不思議な感覚。柔らかく、それでいて手の平を押し返すような反発力も感じた。指が吸い込まれるかのように形を変えていく。
……はぁ……はぁ……、レナ……。
僕は思わず興奮してしまう。
……だ、ダメだ……。これ以上はダメだ……。
僕は慌ててレナから離れる。僕は息を荒げながら、彼女の体を見つめた。
……やばい……、……落ち着け……、落ち着くんだ……。
そう自分に言い聞かせる。僕は理性を保つために必死に深呼吸をした。
その時、ガチャっと玄関の扉が開く音が聞こえた。七海が帰ってきたようだ。僕は慌てる。……あ、危なかった。もう少しでバレるところだった……。僕は額の汗を拭う。
「ただいま〜。あれ、京ちゃん? どうしたの?顔赤いけど……」
買い物袋を持った七海が不思議そうな表情で僕を見た。
「あ、ああ……、食事前に少し筋トレをしようと思ってな……」
「そっか。それならいいんだけど」
彼女はそう言って微笑んだ後、テーブルの上に買ってきたお弁当を置いていく。
「今日は唐揚げ弁当を買ってきたよ。京ちゃん好きでしょ?」
「おお、ありがとう……」
「レナちゃんまだゲームやってるの?」
「みたいだな……」
「もう……」
そう言うと七海はスマホを取り出して、レナに電話をかける。
「ちょっと、レナちゃん! もうご飯だよ!」
小さな音でレナの声が聞こえる。
『ごめん……、あと10分……』
七海は呆れたように溜め息をつく。
「はぁ……、わかったよ。あと10分で止めなきゃ、ヘルメット無理やり外すからね。いい?」
『……うん』
七海のスマホからは、覇気のないレナの声が聞こえた。七海はその後、電話を切ってこちらを見る。
「最近ずっとこの調子なんだもん。困ったもんだよ。まったく……。じゃあ、私たちは先に食べようか。いただきます」
「そうだな。いただこうか……」
僕たちは手を合わせて食事を始めた。
つづく




