表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/32

第21話 懲戒処分

タイタンから地球までは数時間掛かる。宇宙船の客室は広くゆったりとしていた。乗客はそれぞれ思い思いの過ごし方をしているようだ。ある者は読書を楽しみ、別の者達は仲間同士で談笑している。さらに、船内にはお酒を提供するラウンジバーもある。そこでは様々な人々がグラスを傾けながら会話を楽しんでいた。


僕は飲み物を手にするとソファー席の隅に座った。……僕はこの空間が好きだった。皆の邪魔にならないよう気配を殺しながら静かに過ごすのだ。誰にも干渉せず、ただ己の世界に浸りたい……。それが僕にとって最高の癒やしなのだ。


…………


だが、そんな平穏な時間は続かない。正面には僕の天敵ともいえる人物がニコニコしながらワインを口に運んでいる。僕はその人物の顔を見ると思わず溜息が出そうになった。


彼女の名前は、エミル。黒髪にエメラルドグリーンの瞳が印象的で顔立ちはとても整っている。スタイルも抜群に良くて出る所は出ている感じだ。しかし、性格は最低最悪で、こいつはいつもニヤけていて気持ち悪いことこの上無いのだが、今日はさらに気味が悪いくらいの笑顔を見せているのが気色悪い。僕は以前この女にセクハラで訴えられてしまい、散々な目に遭わされてしまった。……以来、こいつの顔を見るたびに嫌悪感が込み上げてくる。極力関わりたくないと思っていたのだが、よりによって僕の目の前に座ってくるとはどういうつもりなのだろうか?……今回も恐らく僕に対して嫌がらせを仕掛けてくるつもりなのであろう。


「ふふっ……、元気が無さそうだけど大丈夫?」

エミルは僕の様子を見て心配するような言葉を投げかけてきた。


「いえ、大丈夫です」

僕は素っ気無く返事をする。


「そう……、ならいいんだけど」


僕が無視を決め込んでいると、しばらくして「ねえ……」と話し掛けてきた。


「何ですか?」と聞き返すと彼女は意地の悪い笑顔を浮かべた。


「私、君と二人で話がしたいと思ってたんだよね」


「僕とですか?」


「うん。君って私のことが嫌いでしょ?」


「……」


「あれ、違った?」


とエミルは意味深に微笑む。僕は何も言わずに視線を外すと窓の外を見た。……すると突然、耳元で囁かれた。


「……実はね、あの時のことを思い出しただけで興奮してきちゃうの」


……ぞわりと背筋が寒くなった。


「……だから、あの時は君を陥れるような事をしてごめんなさい。本当は謝ろうと思ってたんだよ?」


僕は彼女の方を見つめる。……相変わらず薄気味悪い笑顔をしていた。……こいつがこんなことを言うはずが無い。何か裏があるに違いないのだ。


「そんなに怖い顔をしないでよ。……信じてくれなくてもいいけどさ。私は君の事がもっと知りたいだけなんだから……」


彼女は真剣な表情で見つめてきた。


「……私ね……、だんだんと君のこと思い出して……、もう我慢できなくなっちゃったから……会いに来たの」


と言って僕の目を見てニコッとした。……彼女の目は妖しく光っているように見えた。……僕は恐怖を感じた。すると突然彼女は不敵な笑い声を上げた。


「アハハ!冗談だって!本気にした?」


彼女は愉快そうな笑みを漏らしていた。どうせ、僕がどんな反応するか見て楽しむつもりだったのだろう。……まったく人をバカにして!怒りが沸々と込み上げてきたが冷静になろうと努めた。……こいつに構っていても無駄だ。早く忘れよう。


「あー、やっぱり君は最高だよ。面白いよ!」


彼女は嬉しそうな表情をしている。僕は苛立ちを覚えた。……だが、こいつには何を言っても無意味だ。もう相手にしたくない。……それに、これ以上のトラブルは避けたいし、面倒事に巻き込まれる可能性を考えたら、なるべく関わらない方がいいだろう。ここは沈黙を貫くのが一番の策だろうと思った。


しばらく沈黙が続くと彼女は寂しげな顔を見せた。そして再び話しかけてくる。


「……ねぇ、ちょっとで良いから話をしようか?……私達ってまた仲良くなれそうだから」


エミルは僕をまっすぐに見つめて言ってきた。僕は無視をして、そっぽを向くことにした。すると、エミルは諦めきれないのか、さらに話し掛けてきた。


「ねえ、お願い……。聞いて欲しいの。……ねえ、無視しないで……」


僕が無視を続けていると、やがて彼女は立ち上がって僕の隣にやってきた。


「……ねぇ……話を聞いてくれないかなぁ。……私ね、君のことが大好きなの」と言いながら僕の肩を掴んできた。


……だが、僕は動じなかった。彼女はそのまま手を回してきたが僕は抵抗しなかった。……正直なところ嫌だったが仕方ない。こいつの手口は今まで何度も経験しているのだ。今さら驚きはしないし怖くもなかった。……それよりも今は、この状況から抜け出す方法を考えておかなければマズいことになる。下手をすれば僕の人生が終わる。


「ねぇ……」と言ってエミルは僕を抱き締めるような姿勢になって密着すると僕の体をまさぐってくる。彼女の胸の膨らみが腕に当たっていた。柔らかい感触が伝わってくる。……しかし僕はそれを無視した。……この程度で動揺するわけがない。こいつの手口はわかっている。これは僕を陥れようとする罠だ。


彼女は僕の様子をうかがいながら首元に顔を近づけてきた。息がかかるのを感じる。彼女は僕の首筋の匂いを嗅いでいるようで息遣いが荒くなっている。そして耳元で囁かれた。


「……君の汗の臭いって凄く興奮しちゃう」


と艶めかしい声が聞こえた。僕は彼女の行動に耐えていた。すると次の瞬間、彼女は僕の耳に噛みついてきたのだ。


「いっ……」


痛みを感じて僕は小さく悲鳴を上げる。その様子に満足したのか彼女は嬉々として語りかけてきた。


「んふっ……痛かったよね。ごめんなさい。……でもさ、こうされると嬉しいでしょ?」


と囁いて耳たぶを甘噛みしてくる。耳元に吐息がかかってくすぐったい。僕は身震いしそうになったが何とか堪えた。だが、このまま耐え続けるのは不可能に近い。

……こいつは狂ってる。早く離れないとヤバい。本能的に危険を感じた僕は彼女を振り払おうとしたのだが、上手くいかない。彼女はさらに強く抱き着いてきて身体を押し付けてくるのだ。柔らかい物が当たるのがわかる。彼女の口から唾液が糸を引いているのが見える。僕は恥ずかしさと悔しさのあまり頭が真っ白になった。……もはや、なす術はなかった。


…………


彼女は、しばらくの間、耳を舐めたり噛んだりと僕に悪戯をしていたが次第に落ち着いてきたようだ。彼女は僕の反応を楽しむように見つめていた。


「はあ……」と溜息をつくと僕から離れて立ち上がる。


そして「……じゃあ、そろそろ行くね」と言って彼女は部屋から出ていった。


……やっと解放されたのだ。……助かった……。僕は緊張の糸が解けて全身の力が抜けていくような感覚を覚えた。……何だったんだよ!本当にムカつく奴だ!


「ああ……もう!」と思わず声に出してしまった。


……落ち着け……。


そう自分に言い聞かせながら呼吸を整えようとした。……だが、心臓の鼓動が激しく高鳴っていた。


(くっ……クソッ!ふざけやがって!……許さないぞ!絶対に……絶対に許せない!……あいつだけは……!)


心の中で怒りを吐き出した。しばらく時間が経った。ようやく平常心に戻れた気がする。僕は気持ちを整理しようと思い深呼吸をする。目を閉じて精神を集中させることにした。


(逃げちゃだめだ……)


僕は心の中で自分を叱咤していた。……そうだ、まず、今の状況を整理する必要があるだろう。僕は思考を巡らせた。僕が彼女に手を上げれば彼女はそれを逆手に取って僕を陥れるだろう。だから迂闊なことはできない。かといって大人しくしていても状況は悪化していくばかりだ。……やはり逃げるしかないか?どうすればいい?考えろ。考えるんだ……。何か方法があるはずだ……。

その時、あるアイデアが閃いたのである。……待てよ。……そうだ、これは良い案かもしれない。……これなら、あるいは……いけるか?……やる価値はあるのではないか。……だが、まだ、問題点がある。もし失敗したら僕の人生は終わる。しかし、現状では、この方法しか思いつかない。このまま、何もせずに待っているだけでは事態が悪化するのは確実であろう。……ここは勇気を出して決断するべきなのだ。


僕は覚悟を決めると、ゆっくりと目を開けた。……よし、決めた。……これで行こう。



◇◇◇



宇宙船は地球に着いた。辺りには荒廃したビル群が見えたが僕にとっては見慣れた光景だった。ここへ来ると帰ってきたという感じがして、とても懐かしく思えるのだ。僕は少し感傷的な気分に浸っていたが気を取り直した。


さて、これから、どうするか。


……とりあえず目的地は決まっている。僕はエミルの自宅に向かわなければならないのだ。彼女の住むマンションまで徒歩で向かうことにする。


道中、彼女との過去を思い出していた。……彼女と初めてデートした時のことだ。彼女は僕に優しく接してくれた。僕は彼女のことを心の底から愛していた。しかし、いつからだろうか、僕に対する彼女の態度が冷たくなっていったのは……。彼女は変わってしまった。いつしか彼女は僕に対して辛辣な態度を取るようになった。……僕が原因なのか。それとも他に原因があったのか……。それはわからない。ただ、彼女は、ある日、急に僕を避け始めた。彼女は僕との関係を完全に断とうとしていたのだ。

それでも僕は諦めなかった。何度も、彼女に近づこうとした。僕は必死だった。彼女に会いたかったのだ。でも、彼女は、その度に僕を拒否した。僕は悲しかったし悔しかったし情けなくなった。そして自分が惨めに思えたものだ。そんなある日、事件が起こった。

僕は自分を抑えられず、会社のエレベーターで彼女を抱き締めてキスをした。僕は彼女が好きだったので、どうしても我慢できなかったのだ。……だが、すぐに後悔することになった。彼女は僕をセクハラで訴えたのだ。……最悪だ。……僕は懲戒処分を受け、社会的信用を失った。

そして彼女はそれに飽き足らず、僕に追い打ちをかけるように逆セクハラ行為を始めたのである。僕が手を出せないことをいいことに調子に乗ってやりたい放題の嫌がらせをしてくるのだ。彼女は僕を弄んで楽しんでいるだけなのだろう。そして、それが、だんだんエスカレートしていったのだ……


そんなことを考えている内に彼女の住むマンションに到着した。



つづく

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ