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第20話 箱の中の虫

僕はシルバーと一緒にアンダーワールドの街中を歩いていた。人通りの多い商店街を抜け、木々が生い茂る公園を通り過ぎる。


……


しばらく歩くと開けた場所に出た。そこには何もなく、ただ薄暗い空間だけが広がっている。アンダーワールドの端っこのようだ。僕は足を止めて周りを見渡した。しかし僕たち以外の人影はなく、辺りは静寂に包まれていた。


「ここは?」


「見ての通り何もないわ」


彼女はアスファルトの地面に腰を下ろした。僕も隣に座る。


「静かで落ち着く場所だな……」


彼女は何もない空虚なその場所を、真っ直ぐに眺めているようだった。彼女の瞳はどこまでも深い海の底を思わせた。どこか不安げな色が滲んでいるように見える。しばらく沈黙が続く。


……


やがて意を決したかのように、彼女は口を開いた。


「私……本当は怖いのよ」


彼女は視線を落として、小さな声でそう言った。その言葉の意味がよく分からない。


「怖い?」


「この世界で生きていく事が……」


彼女は寂しげな笑みを見せた。そして続ける。


「ふと、空き箱に閉じ込められた虫になった気分になる事があるの。いつの間にか自分が何をしたいのか、何の為に生きているのか分からなくなってしまって、途方に暮れる……」


彼女は膝を抱えると顔を伏せた。その背中が小さく見える。僕は黙って彼女の言葉を聞いていた。


「私はいつも独りでいることを選んできた……孤独である事を望んでいたはずなのに、それがとても恐ろしく感じることがあるの……」


彼女は自分の手を開いて見つめている。それは、彼女の中に渦巻いている葛藤を映しているかのように見えた。僕は彼女の横顔に目を向ける。彼女の横顔には憂いと戸惑いが混ざり合っていた。彼女の頬を伝う雫が光を放っているように見えた。僕はそれを拭うことも出来ずにいる。……僕は彼女になんて言えばいい?どんな言葉を掛ければいいんだろう。僕は自分の無力さに苛立ちを覚えた。自分の不甲斐なさを痛感させられる。僕は自分の拳を強く握りしめ、唇を噛むと目を瞑った。彼女の涙を止める方法はあるはずだ……。僕らはまだ出会って月日は経っていない。それでも僕は彼女のことが心配で仕方なかった。僕は自分の中の気持ちを整理すると瞼を上げた。僕は彼女の方を向いて口を開く。


「僕は……君が元気でいて欲しい。例え辛い事があっても前に進み続けて欲しい」


彼女は驚いて僕を見た。


「どうして?」と問いかける彼女の声はとても弱々しいものだった。


「だって……シルバーが泣いてると悲しいからさ」


彼女は呆気に取られたような顔をして、やがて小さく微笑んだ。


「なにそれ……意味わかんないわよ」


「ごめん……」


「ううん、いいわ。あなたらしいなって思っただけだもの。それに……」


シルバーは立ち上がると、僕の正面に立って言った。


「ありがとう……嬉しいわ。私のことを大切に思ってくれる人が居てくれて……」


彼女は優しく微笑んでくれた。



◇◇◇



僕はシルバーと別れて一人で宇宙港に来ていた。早めにチェックインを済ませてターミナルビルを散策する。フードコートには見慣れない飲食店が沢山並んでいる。高級そうなショップや、カジュアルな雰囲気の店もあるようだ。どの店のショーウィンドウにも品物が並べられていて賑やかに見える。

少し歩くとマッサージ店がある。看板を見ると料金表が載っている。60分で6000円のようだ。


「ちょっと疲れてるかな……」


僕はマッサージを受けることに決めて店内に入った。受付で支払いをすませると、カーテンで仕切られた個室へ案内され、リクライニングソファに腰掛けた。程なくして女性が現れる。


「こんにちは。本日担当させて頂きます、リンです。よろしくお願いします」


「はい! こちらこそ、どうぞ宜しく!」


僕と彼女の目が合う。女性は二十代前半くらいだろうか。紺色のマッサージ師の制服を着ている。色白で細いが、前腕の筋肉の形がハッキリと分かるほど引き締まっている。体を動かす仕事に就いているから筋肉質なのだろう。


「では、まず肩の方から揉みほぐしていきますねー。力加減とかあったら言ってください」


そう言うと彼女は僕の背後に回り、僕の肩に手を乗せ、親指に力を込めて押してくる。彼女の手の平からはじんわりとした温かさを感じる。その優しい力に、なんだか安心するような心地良さを感じた。彼女はゆっくりとしたリズムで僕の身体を解してくれる……

やがて全身の血行が良くなり、凝り固まっていた肩が柔らかくなるのが感じられた。彼女の指先は僕に触れるたびに不思議な感覚を呼び起こす……その度に僕の心の中に温かい感情が流れ込んでくるのだ。それはまるで母性のような……慈愛に満ちた優しさだった…………

彼女の手が僕の首筋に触れると、ついビクッと反応してしまう。


「んっ……あぅ……あっ……はぁ」


と声が出てしまう。彼女は何も言わずに手を離すと、今度は背中に触れた。背骨の周りの筋肉に沿って彼女の親指が這っていく……その快感ともこそばゆさともつかない奇妙な刺激に身を震わせる。彼女はしばらく背中の筋肉を撫でるように揉みしだく。服の上から優しく……でも確実に僕の身体に快楽の波を送り込むように……


「ん……ふぅ……う……」


と吐息を漏らしている内に、僕の身体の奥底に眠っていた欲望が頭を覗かせる。……彼女にもっと触れて欲しい……。彼女の手つきはだんだんと大胆になっていく。そして……僕の肩甲骨の下をグッと押した。その瞬間、僕の脳裏を電気のようなものが駆け抜けていく。


「ひゃん……あ……そこはダメ……」


僕は堪らず情けない声を出してしまった。彼女は僕の声を聞くとクスっと笑って、もう一度同じ場所を軽く押す。僕はまた変な声が出るのを必死に抑える。その後も僕はされるがままになっていた。……どれぐらい経った頃だろうか、ようやく僕は我に帰った。気がつくと目の前には彼女の笑顔があった。彼女の瞳は澄んでいて綺麗だと思った。……彼女との時間は幸せだった。この時間がずっと続けばいいと僕は思った。でも、そんな願いは叶わないんだ……。


彼女は僕から離れようとする。その時……僕は彼女の手を掴んでいた。……彼女をこのまま放したくない。


「……もう少しだけ……」


僕は消え入りそうな声で言った。

彼女は困ったような表情を浮かべる。やがて意を決したように僕の目を見て答えた。


「わかりました。じゃあ三十分延長ですよ」


彼女が優しく微笑む。僕は思わずドキッとする。次はリクライニングソファを倒して横になる。彼女は僕の脚を揉みほぐし始めた。彼女の白く細い指先が僕の足を滑るように撫で回していく。


「……痛くないですか?」


「はい……大丈夫です」


彼女は僕の顔を見るとニコッと笑った。僕は彼女の微笑んだ顔を見るのが好きだった。彼女のことを見ているだけで幸せな気持ちになれたからだ。

しばらくすると彼女は両手を使ってマッサージを始めた。ふくらはぎや足首を丁寧に揉んでくれる。足裏まで到達すると、今度は土踏まずを刺激しながら親指でぐいっと押し上げてくれる。その度に「あっ……」と僕は甘い声を出した。


足のマッサージなのに、全身が温かくなるのを感じる。とても不思議な気分だ。まるで身体中の血流が良くなっているようだった。僕は全身の力を抜いて彼女に全てを委ねていた。やがて彼女の手が徐々に上がって来て膝の裏から太ももへと移動する。


「ん……あぅ……」


彼女の手が内腿に触れたとき、僕の口から小さな声が出た。僕の心臓はドキドキしていた。緊張から来るものなのか興奮から来るものなのか分からないけど……胸の鼓動はどんどん早くなっていた。彼女の手はそのまま内腿の方へ降りていき鼠蹊部の周辺をなぞられる。ゾクゾクする快感に耐えられずに腰が浮きそうになるのを必死に堪えた。やがて、僕の敏感な部分に彼女の手が触れる。僕はビクンッと身体を大きく揺らす。


「ごめんなさい……、触っちゃいました……」


彼女は僕の反応を楽しむかのように悪戯っぽく言うと再び鼠径部を刺激する。


「あんっ……、そこっ……はぁ……」


と僕が喘ぐたびに彼女は楽しげに笑う。……やがて彼女は手を離すと、僕の横に回り込み上半身に触れ始めた。腕から肩、胸の方へ向かってゆっくりと手を這わせて揉みほぐしてくれる。彼女の柔らかい手から伝わってくる体温に安心感を覚える。まるで全身が溶かされていくみたいだ。……心地良さに身を任せていると突然、彼女の手が僕の乳首に触れた。


「あぅっ!」


僕が大きな声を出すと彼女は驚いたように僕の顔をじっと見つめていた。


「あ、あの……ごめんなさい」


「いえ、こちらこそすみません。ビックリさせちゃって……」と僕が謝ると、彼女は恥ずかしそうに下を向いてしまった。……しばらく沈黙が続いた後、彼女は口を開いた。


「続き、しても大丈夫ですか……?」


「……はい。お願いします」と答えると、彼女はまた優しい笑顔に戻ってくれた。……それからしばらくの間、彼女の手にされるがままになっている内に時間切れとなってしまった。彼女は手を離すと僕の隣に座って話しかけてきた。


「どうですか?ちょっとは楽になりましたか?」


「はい……ありがとうございます。なんだか全身スッキリしました!」

僕は起き上がると頭を下げた。


「それなら良かった。……でも、そろそろ出発の時間じゃないですか?」

彼女は壁にかけられている時計を見ながらそう言った。


「はい、残念です……、あの……、最後にハグだけしてもいいでしょうか……?」

僕は彼女を見つめながら問いかける。


「え……っと、それは……」


彼女は頬を赤く染め、困惑した様子で目を逸らす。……嫌だったのかな……


「あ……やっぱりダメですよね……」と僕は俯きながら答える。


その時……彼女がギュッと抱きしめてくれた。


「あ……あぅ……」


僕は驚きと喜びが入り混じったような変な声を出してしまった。柔らかく温かい……彼女の肌を通して伝わる熱がとても心地良いと思った。僕たちはお互いに無言のまましばらく抱き合っていた。……やがてどちらからともなく離れる。名残惜しかったけど、もう行かなくてはいけない。


「あ……じゃあ、また会いましょう!今日は本当にありがとうございました!」


「はいっ、待ってますよ!」


彼女は嬉しそうな表情を浮かべていた。僕は少し照れくさくて目線を下に落としていた。そしてそのまま別れを告げると部屋を出て行く。彼女と出会えてよかったと心の底から思った。


「さて……次はどんな出会いがあるのだろう?」


僕は小さく呟くと搭乗ゲートまで歩いて行った。



つづく

挿絵(By みてみん)

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