第19話 夢幻結界
僕とシルバーはイレイザの夢幻結界の中で一泊していた。
僕は一足早く起きて、キッチンで朝食を作り始める。今朝のメニューはトーストにベーコンエッグ、サラダにフルーツヨーグルト。あと、インスタントコーヒーを添える。完成した料理をテーブルの上に置くと、タイミングよくシルバーとイレイザが起きてきた。
「シルバー、イレイザ、おはよう」
「ん、……んん……、おはよう」
「……おはよう」
二人とも少し眠たげな様子だ。二人は椅子に座り、僕が作った朝食を食べ始めた。シルバーはパンを一口サイズにちぎり、口に運ぶ。咀しゃくして飲み込むと、コーヒーを飲んだ。イレイザは目玉焼きをフォークで刺し、口に運んだ。ゆっくりと味わって食べているようだ。しばらくして、二人とも完食した。
僕はそのタイミングで二人に話を切り出した。
「えーと、ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」
僕は結晶生命体のドロップアイテムをテーブルの上に置いた。
「これはイレイザが僕から奪おうとしていたアイテムなんだけど、実はこれは異世界のものなんだ……」
僕はサクヤさんのことやアイテムに書かれた異世界語のこと、錬金術師のこと、異世界の門のこと、宇宙人の襲撃のことを二人に伝えた。
イレイザが口を開く。
「それでは、このアイテム自体は『異世界への転移を可能にする装置』ではないということね」
「そうだね……、だからイレイザが僕を襲う必要はないんだ」
「ふむ……」シルバーが首を傾げる。
「このアイテムのことは分ったわ。ただ、一つ確認したいのだけれど、イレイザが所属する組織は『異世界への転移を可能にする装置』を破壊することが目的なの?」
「ええ、そうよ」
「なぜ?」
「それは……、私達は……、異世界転移に関わって不幸になった人を多く見てきているからよ。例えば、恋人や大切な家族が異世界に飛ばされて二度と会えなくなくなった人とか、異世界に行って帰れなくなってしまった人とか……」
イレイザは涙ぐんでいた。
「「……」」
彼女の悲しみが伝わって来た。確かに異世界転移は危険で、転移したまま帰れなくなってしまう人もいるだろう。
「……なるほどね」
シルバーが相槌を打つ。
「イレイザの組織の目的はわかった。否定はしない。だが、僕が所属している組織の目的は地球の滅亡を防ぐことだ。そのために異世界から来る敵性宇宙人に関する情報が必要なんだ。だから、装置を破壊するだけではなく活用することも考えなければならないんだ」
僕がそう言うと、イレイザは頷いてくれた。
「そういうことなら私の組織も協力すると思う……」
「ありがとう」
こうして僕はイレイザと協力関係を結ぶことができた。
異世界からの侵略者に対してできればこちらから打って出たいが、まだ情報が少ない。暫くは情報収集に努めよう。
◇◇◇
「それじゃ、また遊びに来るからな!」
「うん!絶対だよ」
僕はイレイザと握手を交わし、シルバーと共に結界の外に出た。
結界から出た瞬間に、現実の風景が見えてくる。夢幻結界の中では朝だったが、現実世界では夜だ。時間の流れ方が違うようだ。
僕の隣に立つシルバーが呟く。
「これからどうするの?」
「僕は宇宙港に行って、地球に帰るつもりだったんだ。でもこの時間だと最終便に間に合わないかもな」
「そう……、じゃあ、今日は泊まるのね」
「ああ、シルバーが住んでる宿に泊まるよ」
「……え?」
「泊まらせてほしい」
「別にいいけど……。どうして?」
「アンダーワールドにも行ってみたいし、シルバーが普段住んでいる街を見てみたいなと思ってさ」
「そっか、そういうことね。じゃあ、案内するわ、ただし治安が悪いからあまり一人で行動しないようにして」
「了解」
「こっちよ」
「ああ」
シルバーは前を歩き、僕はその後ろをついて行く。街灯があり、建物はライトアップされている。しばらくして、円筒形の大きな建物に辿り着いた。建物の中にはたくさんのエレベーターが並んでいる。
シルバーが振り向く。
「ここは『アンダータワー』という施設で、地上と地下とを繋ぐエレベーターの駅よ。アンダーワールドへの交通手段はいくつかあるけど、今日はこのエレベーターで行きましょう」
「へぇー、すごい数のエレベーターだな」
「まぁね、宇宙港に近いからこの辺は利用者が多いのよ」
「そうなんだ」
「それじゃ、乗りましょう」
「ああ」
シルバーは慣れた手つきでエレベーターの一つに乗り込んだ。僕もそれに続く。彼女は『B59』と書かれたボタンを押した。ボタンが点灯すると扉が閉まり、動き出す。それと同時に僕はシルバーに抱き着いた。
「ちょ、ちょっと何するのよ!監視カメラがついてるから止めなさい」
シルバーは僕の胸を押して距離を取る。
「ゴメン……」
僕は謝った。
「もう……」
「……」
沈黙が続く。気まずい空気だ。
「……」
「……」
暫くして地下59階層に辿り着いた。
「ここが私が普段住んでいる地下59階層よ」
「へぇー」
僕たちはエレベーターを降りると、そのまま歩き出した。目の前には広大な空間が広がっていた。天井が高いため圧迫感は少ない。地上が夜のためか天井はプラネタリウムのように星空で満たされている。辺りを見回すと、様々な店があった。コンビニやレストラン、衣料品店、雑貨屋、書店、レンタルビデオショップ、スーパーマーケットなどがある。
「この辺りは商業施設が立ち並んでいて、このエリアだけで一通りの買い物ができるわ」
「そうだな」
「こっちよ」
シルバーについて歩く。
「この先は?」
「この先には歓楽街があるのよ。飲食店がたくさんあって、いつも賑やかなのよ」
「へぇ、楽しみだな」
僕たちは飲食店が立ち並ぶ場所にやってきた。飲み屋やスナック、お洒落なオープンカフェやバーなどもある。
「私が住んでいる宿はこの近くにあるの。ほら、見えてきたでしょ」
彼女が指差す方向を見ると、大きな看板に『INN』と書かれていた。どうやらホテルらしい。シルバーの後に続いてホテルに入り、受付を素通りしてエレベーターに乗る。
「受付はいいのか?」
「いいのよ」
シルバーはそう言うと3階のボタンを押した。エレベーターを降りて少し歩くと307号室に着いた。
「どうぞ、入って」
「失礼します」
部屋に入ると、そこは広めのビジネスホテルの一室のようだった。玄関から短い通路があり、左側にユニットバスとトイレが見える。奥にはセミダブルベッドと椅子、テレビがあるようだ。
僕は奥にある椅子に腰かけた。シルバーは湯沸かし器でコーヒーを入れている。
「ブラックでよかった?」
「ああ、ありがとう」
僕はカップを受け取ると、コーヒーを一口飲んだ。美味しい。
「うまい」
「ふふっ、良かった」
シルバーは嬉しそうな表情で微笑んでベッドに腰を掛ける。僕は椅子に座ったまま質問する。
「ところでシルバーは何歳なんだ?」
「私?私は2188歳よ」
「へぇー、そうなんだ」
「あなたは?」
「僕は7800歳だよ」
「ふーん、すごいね」
「まぁね」
僕はコーヒーを置いて、シルバーの隣に腰を掛けた。そして彼女のガスマスクを外した。ガスマスクの下からは美しい素顔が現れた。艶のある銀髪、深い青色の瞳、雪のように白い肌、ぷっくりとしたピンク色の唇。
「あっ、ちょっと……何するの!」
彼女は顔を赤らめて恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「いや、だってさ、ずっと着けてるし」
「そりゃそうだけど……。もう、バカ」
「あはは……、ごめんごめん」
「まったく……」
シルバーは僕を睨みつけると、体を預けるようにもたれ掛かってきた。彼女は僕の肩に頭を乗せると、こちらを向いて頬ずりした。彼女の柔らかな髪の毛が首筋に当たって気持ちが良い。僕は彼女の髪を撫でた。さらさらとして心地良い感触だ。彼女の甘い香りが鼻腔を刺激する。とても落ち着く匂いだ。
……
どれくらい時間が経っただろうか。しばらく無言のまま時間が流れる。静寂の中、僕たちはお互いの存在を感じていた。不思議な気分だ。彼女と初めて会った時は殺伐としていたのに、今は穏やかな時間を共有できている。
彼女はそっと僕から身を離すと、ベッドの上に寝転んだ。そして、こちらに顔を向ける。その美しい青い瞳は熱を帯びていた。
僕は彼女に近づくと、覆いかぶさって彼女の瞳を見つめた。彼女は潤んだ瞳で僕を見返す。心臓が高鳴る。
彼女は両手で優しく僕の頭を引き寄せた。僕は抵抗せずに彼女にされるがままに身を寄せる。互いの息遣いを感じる距離まで近づくと、彼女はゆっくりと目を閉じた。僕も彼女に合わせて瞼を閉じる。
次の瞬間、柔らかいものが僕の唇に触れて、それは直ぐに離れた。再び目を開けると、彼女が僕をじっと見上げている。僕は彼女の両頬に手を当てて、もう一度キスをした。今度はもっと強く押し当てるようにしてみる。僕が舌を差し入れると、彼女は受け入れてくれた。温かい粘膜同士を合わせると、得体の知れない感覚に襲われた。僕たちは何度も角度を変えて、深い接吻を繰り返した。互いの唾液が混じり合う音だけが耳に響く。僕は自分の中に何かが湧き上がってくるのを感じた。
しばらくして唇が離れる。僕は無意識のうちに彼女のローブの中に手を入れて、彼女の膨らみに触れた。柔らかく弾力のある肌の感触と、体温と、ドクンドクンという鼓動が伝わってくる。彼女は小さく震えながら甘い吐息を漏らした。
「んっ……」
僕は興奮を抑えられずにいた。荒く呼吸をしながら見下ろすと、そこには頬を上気させて切なげな表情を浮かべる銀髪の少女がいた。僕は思わず唾を飲み込む。
「シルバー、いい?」
彼女は静かにコクリと首を縦に振った。僕は彼女のローブも脱がせて裸にした。美しい少女が一糸纏わぬ姿で横たわる姿はとても幻想的だった。まるで芸術作品のようなその姿に見惚れてしまう。彼女は少し照れたような笑みを浮かべた。
「あんまりジロジロ見られると恥ずかしいな……」
「あっ、悪い、電気消すね」
薄暗くなった部屋の中で、彼女のシルエットがぼんやりと浮かび上がる。僕も裸になって彼女を抱きしめた。彼女の体に手を回して、滑らかな肌を指先でなぞっていく。彼女の柔らかなものが僕に触れて形を変える。全身で彼女の体を感じ取るように、彼女の隅々まで触れる。首元に顔を近づけて、そこに口づけをする。そして耳や首筋、鎖骨にも。
彼女の口からは甘く湿った吐息と微かな喘ぎ声が漏れている。
「んっ、はぁ、あぁっ……」
その艶やかな声を聞く度に体が反応する。僕は堪らずに彼女を求めるようにして唇を奪った。貪るように深く、執拗に舌を入れ、絡め合わせ、吸う。彼女の口腔内は温かく湿っていた。舌先に神経を集中させると、彼女はそれに応えようとしてくれる……
僕たちは互いに求め合い続けた。
……
……
……
気がつくと、窓の外は明るくなり始めていた……
つづく




