第18話 カレーライス
僕とシルバーは碧眼の女のユニークスキル【夢幻結界】で作り出されたリビングダイニングキッチンに閉じ込められていた。
「そういえば名前を聞いていなかったな」僕は碧眼の女に話しかけた。「僕は京太だ。こっちはシルバー」
「私の名はイレイザ」
「よろしく、イレイザ」
イレイザはキッチンにある大きな冷蔵庫から缶ビールを取り出して、それを開けて飲み始めた。ぷはぁっと息を吐いて幸せそうな表情を浮かべている。
シルバーはリビングのソファーに座り、リモコンでテレビをつけた。画面にはニュース映像が映し出されている。ニュースキャスターの声が聞こえてきた。
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……続いてのニュースです。アメリカのニューヨークにて、先日、大規模な暴動が発生した事件について、アメリカ政府は、この騒動の原因が人工知能によるテロ行為だと発表しました。この混乱によって多数の死傷者が出ており、死者の中には著名人も多く含まれています。この事件を受け、各国の政府や企業は対応に追われて、大きな経済的損失を被っています。また、世界各国で発生しているサイバー犯罪も深刻化しており、政府はサイバー対策に力を注ぐ方針を示しました。続いて、最新の経済動向について……。
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シルバーはチャンネルを変えた。今度はバラエティ番組が放送されている。お笑い芸人がトークを繰り広げていた。シルバーは画面をジッと見つめている。
僕はキッチンを物色していた。冷蔵庫を開けると、そこには食材がたくさん詰め込まれている。調味料や調理器具も充実しているようだ。コンロの火力を確認する。問題なく使えそうだ。僕は鍋を手に取った。調理台に向き直り、そこに並べられた調理道具を確認していく。包丁やまな板など必要なものは一通り揃っている。僕は料理に取りかかった。
まずは3人分の米を研いで炊飯器にかける。次に、カレーの具材を冷蔵庫から取り出した。カレールー:80g、豚バラブロック肉:150g、玉ねぎ:一個、ジャガイモ:一個、ニンジン:一本、サラダ油:大さじ1、水:600ml。
そして具材を切っていく。玉ねぎは繊維に沿って、くし形に切るのが基本。シャキシャキ感が残り加熱しても形が崩れにくいのでカレーにぴったりだ。僕が玉ねぎを切り始めるとイレイザが缶ビールを持ったまま話しかけてきた。
「へ~、意外と手際がいいんだね」
「これでも一人暮らしだからな」
「ふーん。そうなんだ」
「玉ねぎを切る向きって決まってるの?」
「好みによるけど、繊維を断ち切るようにすると柔らかくなって甘みが出やすくなるんだ。食感を残したいときはくし形に切るといいぞ」
「なるほど」
次に僕はジャガイモの皮をむいて芽を取り除き一口サイズに切りそろえる。ニンジンも皮をむいて、一口大に切っていく。
「今回は皮をむいたけど、きれいに洗って皮をむかずに使った方が栄養を無駄にしないからおすすめだ」
「そうなのか」
「ああ、但し、ジャガイモの芽には毒があるから、必ず取ってから使うようにしよう」
「わかった」
僕とイレイザはキッチンで会話しながら作業をしていく。
シルバーはテレビの前のソファーに座っている。ガスマスクを外して、つまみのスルメを食べながら缶ビールを飲んでいた。
僕は豚バラブロックを3cm幅に切ったあと、鍋にサラダ油を入れて熱して、豚肉を炒めていった。じゅうっと音を立てて豚肉が焼けると香ばしい匂いが立ち込める。その香りが食欲を刺激する。豚バラ肉の表面の色が変わってきたら玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジンを加えて、中火で炒めていく。全体に油が回ったら水を加えて蓋をし、豚バラ肉が柔らかくなるまで30分ほど煮込んでいく。
「ふぅ……」
僕は額に流れる汗を拭った。そして、隣にいるイレイザの方を見た。彼女は僕の視線に気付くとニッコリと微笑んで見せた。彼女の笑みには人を魅了する不思議な力があった。その魅力に逆らえず、僕も自然と笑顔になっていた。
「どうしたの?そんなに見つめて」
「あ、ごめん」
「もしかして、私のこと好きになっちゃったとか?」
「えっ……!?」
イレイザは冗談っぽく言ったつもりなのだろうが、図星だった僕は顔を赤くしてしまった。
「あら……本当……?」
「……」
「ふふ、かわいい」
イレイザは楽しげに笑う。僕は彼女にからかわれているだけなのだが、なぜか胸がドキドキしていた。
「なあ、イレイザ……、あとは30分待ってからカレールーを溶かすだけなんだけど……、ごはんの前に先にお風呂入っちゃってもいいぞ?」
僕は照れ隠しするように話題を変えた。
「うん、そうだね。じゃあお言葉に甘えて、先に入らせてもらうよ」
「ああ、ゆっくり浸かってくれ。僕は一応火を見てるから」
「了解」
僕はダイニングテーブルの椅子に腰掛けて、カレーの鍋を見張っていた。イレイザはバスルームへと向かった。
シルバーが見ているスポーツ番組の音声が聞こえてくる。
***
今シーズン第10戦にして最終戦となるワールドベースボールクラシックの決勝戦がいよいよ始まります! 日本代表は過去最強と言われていて、既に優勝は確定的と言われているものの、対戦相手が世界最強のアメリカということもあり、試合前から興奮冷めやらぬ状態です! 試合は日本時間午後1時からで行われる予定で、現地時間の午前11時現在、スタジアムの外は大変な人混みになっています。それでは現地の音声を拾ってみたいと思います。えー、聞こえるでしょうか? 聞こえますか? あ、すみません、ちょっとお待ちください……、どうぞ……
***
テレビの音声をぼんやりと聞き流しながらシルバーの横顔を眺めていた。銀色の髪に深い青色の瞳がとても美しい。そういえばユキナリ博士がいる世界から戻った後、彼女と別れて、しばらく会っていなかったな……。連絡も取ってなかったし、彼女はどこで暮らしていたんだろう……。そんなことを考えていると、彼女がこちらを振り向いた。目が合うとドキッとした。
「ん?どうしたの?」
「いや、最近会ってなかったなと思って……」
「そうね。元気だった?」
「まあ、風邪をひいてしばらく寝込んでたな。風邪が治ってからは仕事で出張に行ってたけど……」
「そうなんだ」
「そっちは?」
「私はいつも通りかな。たまに冒険者ギルドの依頼を受けてモンスターを狩ったりしてたけど」
「そうなのか。普段はどこで暮らしてるんだ?」
「えっと、特に決まってないの……。アンダーワールドのどこかで宿を借りて住んでるわ」
「ふーん、レナもアンダーワールド出身だったな」
「ええ、地表で暮らせる人は少ないから、ほとんどは地下に暮らしているの」
「そうなのか……」地球で一緒に住まないかと誘おうか迷ったけど、荒廃した地球よりもタイタンのアンダーワールドの方が遥かに住み良いだろう。
「わかった。いつでも地球に遊びに来てくれ。案内するよ」
「うん、ありがとう」
しばらくテレビを見ていると、イレイザがお風呂から上がってきた。
「お待たせ~♪」
「ああ、おかえり。さっぱりした?」
「うん、最高に気持ちよかった!」
湯上がりのイレイザは上気した顔に少し濡れた髪という扇情的な姿だったが、同時に可愛らしさもあった。
「ごはんまでもう少しかかるから、リビングのソファーに座っててくれ」
「はーい」
イレイザは鼻歌を歌いながらシルバーの横に座った。僕は鍋にカレールーを入れてかき混ぜ、弱火でルーを溶かしていった。5分経ち、蓋を開けるとスパイシーな香りが漂ってきた。スプーンを手に取り、一口食べてみる。
「……うん、うまい」
イレイザとシルバーも僕に続いて味見をした。
「おお……、すごい……、これぞ理想のカレーだ……!」
イレイザは感動のあまり目を大きく開いた。
「……これは素晴らしいわね……」
シルバーも褒めてくれている。
「二人とも、喜んでくれたようで良かったよ。じゃあ、ご飯にしましょうか」
僕はイレイザとシルバーの前に皿を置き、カレーを盛り付け、3人でテーブルに着く。
「ほら、冷める前に食ってくれ」
「うん!」
「それでは、いただきます!」
「「いただきます!」」
僕らは三人で仲良く食事を始めた。
「おいしい!」
「うん、美味しい。初めて食べるけどとても気に入ったわ。あなたは料理が上手なのね」
シルバーも僕の作ったカレーを食べて絶賛してくれた。
「えへへ、ありがとう。嬉しいな。そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」
「また作ってほしいな」
イレイザが笑顔で言う。
「もちろん。これからも作るよ。そうだ、次はハンバーグにしようかな」
「それは楽しみ」
イレイザは嬉しそうに微笑んだ。
食事を終え、僕は食器を洗っていた。すると、横から声が聞こえた。
「ねえ、京太」
「ん?どうした?」
隣を見ると、イレイザが真剣な表情をしていた。
「あのね……。私、ずっと考えてたんだけど……。やっぱりこのまま黙ってるのは嫌だから、はっきり言うわ……」
「……?」
「あの……、今日は急に攻撃したりしてごめんなさい!」
イレイザは深々と頭を下げた。
「あっ、そのことか……、いや、僕の方こそ、君の気持ちを考えずにあんなことをしてしまったから、謝らないとと思っていたんだ。本当に申し訳なかった。こっちも悪かったよ」
「ううん、元はと言えば私が悪かったの。ごめんね……」
「こちらこそ……。いや、やめよう。お互い様ってことで」
「そうね。でも、どうしても聞いておきたいことがあるの」
「なんだ?」
「私のことは嫌いになった?」
「なるわけないじゃないか!そんなわけないよ」
「そっか……。なら良かった……」
イレイザはほっとしたように笑みを浮かべた。
「僕からも質問させてもらってもいいかい?」
「ええ、どうぞ」
「【夢幻結界】の中では心が折れたら負けって言ってたけど、負けるとどうなるんだ?」
「えっと、肉体的なダメージは一切ないけど、しばらく鬱病になるの」
「それはちょっと怖いな……」
「でも、何か月かしたら自然に回復するから大丈夫だよ」
「ああ、そうなの……」
まあ、それでも怖いけどね。
シルバーは脱衣場に入っていった。風呂に入るのだろう。
イレイザがまた話しかけてきた。
「それで、京太とシルバーは今日はどうするの?泊っていく?」
「ああ、できればそうしたいな、明日、結界から出してもらえると助かる」
「おっけー。了解」
イレイザはピースサインを作って答えた。
つづく




