第16話 三次元映像記録媒体
僕とサクヤさんは温泉旅行を楽しんだあと、再び冒険者ギルドの地下倉庫を訪れていた。目的は、結晶生命体のドロップアイテムの解析である。地下倉庫の作業場に案内された僕は、彼女と一緒に分析を進めた。
このアイテムは透明な16面ダイスのような形をしていた。大きさは手の平サイズである。表面には複雑な模様が描かれているが、よく見てみると文字のようにも見える。
「京太様、実は……、このアイテムに書かれている複雑な模様は、私が生まれた世界の文字です。信じてもらえないと思って、誰にも言っていませんでした」
サクヤさんの言葉を聞いて驚く。
「そうなんですか!? それなら、このアイテムはサクヤさんがいた世界に関係するものということですね!」
「はい、おそらく……」
彼女は真剣な表情で僕の手の中にあるアイテムを見つめていた。
「何と書いてあるか読めますか?」
「はい、読めると思います。……えーと、この本を手に取ったあなたへ。これは『三次元映像記録媒体』という本です。私たちはこの世界で起きている様々な出来事を、目に入って来る『光線』を通して観測しています。そして、この『三次元映像記録媒体』は、指定範囲の全ての光線の動きを保管・再生することができる記録媒体なのです。この本には、宇宙人が攻めてくるまでのこの村のすべての光線情報が保存されてあります。そして、もしあなたが宇宙人と戦う意思があるのならば、この本を読むことで、宇宙人を倒すための知識を得ることができるかもしれません。宇宙人が狙っているのは、この村にある異世界への門が開く魔法装置だけではありません。宇宙には異世界へと通じる門が無数に存在するのです。そして、その先には恐ろしい敵が待ち構えているのです。だから……、どうか、あなたの未来を守るために戦ってください。」
「な、なんだこれ……?」
「まだ続きます……、この本を再生するには、以下の手順に従ってください。1.『情報検索』を起動し、再生したい情報に関するキーワードや日時、場所などを入力します。2.検索結果の中から、任意の項目を選択します。3.『光線情報抽出』を実行すると、必要な情報を自動で読み取り、立体映像として出力されます。再生手順は以上です。この本に触れて頭の中で強く念じることで各操作を行うことができます。この本を手にした皆さんが、これからどんな人生を歩んでいくのか楽しみです。皆さんの人生の節目で、この本が何らかの役割を果たすことでしょう……、書かれている文字は以上になります」
「ふむふむ……、面白そうですね。このアイテムは『本』なんですね。サクヤさん、やってみましょう」
僕はワクワクしながら答えた。
彼女は少し不安げな表情でアイテムを見つめていた。
「でも……、とても信じられません。そんなことが本当にできるなんて……」
「まあ、いいじゃないですか!とりあえず試してみましょうよ!」
僕は軽い気持ちで言った。
「はい……、そうですね」
僕はアイテムを手に取り、『情報検索』と強く念じた。すると頭の中にキーワード入力欄が浮かび上がったので、そこに『サクヤ』『ヌード』と入力した。すると、少し若いサクヤさんの裸姿が頭の中に次々と表示された。
「うわっ!? ちょ、ちょっと……!?」
僕は慌ててアイテムを落としそうになってしまった。
「ど、どうしました? 京太様」
サクヤさんはキョトンとした顔で僕を見つめていた。裸の彼女が目の前にいるような錯覚を覚えてしまう。ドキドキする心臓の鼓動を感じながら、何とかアイテムを操作しようとする。しかし……、
「あわわわ……」
手が震えてしまい上手く操作することができない。このアイテムには彼女が元の世界にいた頃の日常生活のすべてが記録されているということだ。とんでもないアイテムを手に入れてしまった。自分を抑えられなければきっと僕は廃人になるまで彼女の映像を見続けてしまうだろう。それだけは避けなければならない。
(後で少しだけ見ることにしよう……)
僕は再度『情報検索』と強く念じた。次は『宇宙人』『異世界の門』と入力した。すると、サクヤさんが温泉旅館で話してくれたような宇宙人襲来の様子がサムネイル画像となって映し出された。その中の一つを選び、『光線情報抽出』と念じると、アイテムから立体映像が投影された。
「すごいです!京太様!本当にこんなことができるんですね!」
サクヤさんが感嘆の声を上げた。確かにこれは凄まじい技術だ。このアイテムを使えば、彼女が住んでいた村のすべての情報を簡単に取得することができるだろう。
「ああ、すごい技術だな……」
「はい……、あ……、これは私が異世界の門に入るときの映像ですね……」
サクヤさんは懐かしそうな目をしながら呟いた。少し悲しそうでもある。
僕たちはしばし立体映像を眺めた。画面の中には女性が映っていた。今より若いサクヤさんだ。年齢は……、十代後半くらいだろうか。彼女は何かから逃げているようだった。その先には怪物の姿があった。見覚えがある怪物だ。
「あれ……、これは……?」
「京太様、どうしたんですか?」
彼女は不思議そうな声を出した。
「いや、この、サクヤさんを追いかけてる怪物は、地球滅亡管理局を襲った奴と同じ見た目なんだ……」
「え……、それは、つまり……」
このアイテムには異世界語でこう書いてあった、『宇宙人が狙っているのは、この村にある異世界への門が開く魔法装置だけではありません。宇宙には異世界へと通じる門が無数に存在するのです』と。
「つまり……、はっきりとは言えないが、この怪物は時空移動ができて、色々な世界にある異世界への移動手段を破壊しようとしているんじゃないだろうか……」
「……そうですね、このアイテムに書かれていることを信じれば、そのように思えます」
サクヤさんも同意見のようだ。やはり、あの怪物は何らかの方法で時空を超えて地球に来たと考えて間違いない。そして、おそらく、また、現れる。しかしシルバーが以前言っていたように、対症療法では根本的に解決しない。そしてサクヤさんが読み上げた文言も気になる。『宇宙には異世界へと通じる門が無数に存在するのです。そして、その先には恐ろしい敵が待ち構えているのです。』僕はアイテムに書かれてあるこの『恐ろしい敵』とやらと、いずれ戦うことになるのかもしれない……。
「京太様……」
サクヤさんが僕の手をそっと握った。彼女の手に力がこもり、僕は現実に引き戻された。
「ん、どうかしたかい?」
「いえ、ちょっと、怖くなって……」
彼女は俯いて小さく震えていた。
「サクヤさん、大丈夫。僕がいる限り、サクヤさんを危険な目に遭わせたりはしないよ」
僕は彼女の手を強く握り返した。
「はい……、ありがとうございます」
彼女は安心した表情を浮かべた。
「しかし、このアイテムの情報量には驚くな」
僕は立体映像を見ながら言った。そこには錬金術師の男性が宇宙人と戦いながらサクヤさんを異世界の門に逃がしている姿が映し出されていた。
「はい……」
彼女が逃げた後、宇宙人はミサイルで異世界の門を破壊した。そして錬金術師は宇宙人を撃破し、このアイテムを持って村の外へと消えた。村の外の映像は記録されていないようだ。
「サクヤさん、おそらくこの錬金術師が何らかの方法でこのアイテムを僕たちの世界に送ったんだ。つまり彼はまだ生きていると思う」
「本当ですか!?」
彼女は驚いた顔で僕を見た。
「ああ、そうだと思う」
「よかった……、私、ずっと心配していたんです。でも無事ならいいんです……」
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
(こんな風に喜んでくれる人がいるなんてこの錬金術師の男性も幸せものだな……)
僕も彼女を幸せにしてあげたいと思った。そのためには強くなろう。サクヤさんを傷つけるすべてから守れるほど強くなろう。そして彼女にふさわしい男になろう。
僕は彼女をそっと抱きしめた。彼女は恥ずかしそうに身を捩って微笑んでいた。
……
……
……
僕は冒険者ギルドを後にしてビジネスホテルに入った。
そして例のアイテムを起動し、『サクヤ』『部屋の中』と入力した。すると彼女の日常生活のサムネイル画像が表示された。
僕は彼女の日常の一幕を次々に閲覧していった。
「はっ……、はぁ……、はぁ……、僕だけのサクヤさん……」
サクヤさんが着替えている動画。ソファに座っている動画。勉強している動画。料理を作っている動画。美味しそうに食べてる動画。お皿を洗っている動画。脱衣場で服を脱ぐ動画。シャワーを浴びている動画。湯船に浸かっている動画。体を乾かしている動画。可愛い下着を身に着ける動画。ベッドで横になる動画。お腹を出して寝ている動画。
「可愛いよ……、サクヤさん……、はぁ……、はぁ……、サクヤさん……、はぁ……、はぁ……、サクヤさん……、はぁ……、はぁ……」
僕は立体映像の彼女の姿を舐めるように見続けた。
「うへ……、へ……、うへ……、サクヤさぁん……、はぁ……、はぁ……、サクヤさん……、はぁ……、はぁ……、サクヤさん……、はぁ……、はぁ……」
……
……
……
僕はやがて、力尽きて死んだように眠った……
つづく




