第14話 冒険者ギルド地下倉庫
僕とマキノは直帰した。マンションに着くと辺りはもう暗くなっている。
「ふぅ……、疲れた」
僕はソファーに座って、マキノがいれてくれた紅茶を一口飲んだ。
「そうですね、長旅で少し疲れました。京太さんの体調はどうですか?」
マキノが隣に座った。
「うん、問題ないよ」
「よかったです」
彼女は嬉しそうな顔で僕を見た。そして彼女の顔を見て姉のサエカさんのことも思い出していた。
正直、サエカさんは美人なので、言い寄られて悪い気はしない。しかし、流石にサエカさんに直腸内をマッサージしてもらってマイクロマシンを採取されるのは避けたい……。サエカさんの指使いは妙にいやらしくて、ドキドキしてしまったが、やっぱりダメだと思う。僕は慌てて邪念を振り払った。
それから、『ユグドラシル』を使ってアンドロイドを量産して兵士にするというのは、倫理的に問題がある気がする。最初は魅力的な提案だと思ったが、冷静に考えるとちょっとおかしい。
「マキノ……、あの装置を使って兵士を作ることについてどう思う?」
僕はストレートに聞いてみた。
すると、マキノは考え込むように腕を組んだ。
「どうでしょう? お姉様は科学者としては優秀かもしれませんが、人間性に少々問題があります。」
「そうだな……。サエカさん、ちょっと変な人だもんな……」
「はい、それに、あの装置を使って大量のアンドロイドを作ったとしても、兵士になってくれるとは限りません。」
「確かに……」
僕はうなずいた。やはり、別の方法を考えた方が良いと思う。志願兵を募るか傭兵を雇うか……、あるいは命令に忠実なロボットの軍隊を作るか……、いろいろ方法はあるはずだ。
「マキノはどんな方法があると思う?」
「はい、私は……、その……、京太さんの……お子さんをたくさん作って軍隊を作るのが良いと思います」
「ぶっ!」
僕は吹き出した。
「お子さんって……」
「えっと、つまりですね……」
マキノは恥ずかしそうにもじもじしている。
「僕とマキノの子供ということ?」
「はい、そうです」
「なるほど……」
僕は少し考えて言った。
「マキノが子供を作りたいという気持ちはわかった。でも、それはマキノのお姉さんがやろうとしていることとあまり変わらないんじゃないか?」
「そう言われればそうかもしれませんね……、いいんです。わかっていますから……」
マキノは残念そうに肩を落とした。
「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて……」僕は焦ってしまった。彼女の悲しげな横顔を見て胸が苦しくなった。
「ごめんね。マキノの気持ちは嬉しいんだけど、子供が欲しいならまずは結婚しないと……」
「そうですよね。すみません……」
「あはは……」
僕は照れ隠しに笑った。
「それじゃあ、今度こそ真面目に考えよう。何かいい案はないか?」
「んー……」
マキノは可愛らしい顔をしかめて考えている。そのとき、プルルルル! と着信音が鳴った。
「おっと、これは……」
僕は急いでスマホを取り出した。画面を見ると、そこには、『冒険者ギルドのサクヤさん』と表示されている。
「はい、もしもし」
『京太様、冒険者ギルドのサクヤです。』
「あ、はい、サクヤさん、お久しぶりです。」
『夜分遅くにすみません。先ほど、結晶生命体の死骸やドロップアイテムの回収が完了しました。現在は冒険者ギルドの倉庫に保管してあります。』
「おお、そうですか! 連絡ありがとうございます。素材は全部売ろうと思ってるんですが、ドロップアイテムがどんなものなのか気になります。」
『はい、それが……、どうも、特殊な効果のあるアイテムのようなのですが、詳細を解析できていないんです……』
「ほう……、特殊なアイテムですか。ちょっと興味ありますね」僕は腕を組んで考え込んだ。
「……そうだな……、近い内に、冒険者ギルドに行こうと思います。また連絡しますね」
『わかりました。よろしくお願いいたします。では失礼いたします』
ピッ。
電話を切ると、マキノがじっとこちらを見つめていた。
「今の通話、誰だったんですか?」
「ああ、うん、冒険者ギルドだよ。結晶生命体の死骸やドロップアイテム回収が終わったんだって」
「わぁ、よかったですね!結晶生命体の死骸は貴重な素材になると聞いたことがあります。きっと高値で売れますよ!」
マキノが嬉しそうに目を輝かせた。
「うん、そうなんだよ。あと、ドロップアイテムはまだ解析できていないらしいんだ。」
「えっ、そうなんですね……」
「まあ、いつかは分かるさ。解析できるまで時間はかかるだろうけどね。」
「そうですね。でも……、どんなアイテムなんでしょう? 楽しみですね!」
マキノがワクワクした様子で言う。僕は彼女の笑顔を見てホッとした。やっぱり女の子には笑っていて欲しいものだ。
「ところで、これからどうしようか? もう眠くない?」
「そうですね、今日は遠出して少し疲れました……」
「僕も同じだ。よし、今日はもう寝よう。おやすみ、マキノ」
僕はマキノを引き寄せた。
「きゃっ……」
マキノは少し恥ずかしそうにしながらも素直に従っている。僕たちはそのまま抱き合って眠った。
◇◇◇
翌日、僕はタイタンの冒険者ギルドにやって来た。マキノより早く起きて、いつもより早く家を出たのだ。そして、冒険者ギルドに到着するなり、受付の女性に話しかける。
「おはようございます。サクヤさんいますか?」
「あ、おはようございます。彼女なら別棟の地下倉庫にいますよ」
そう言って彼女は案内図を指差す。
「なるほど、ありがとうございます」
僕がお辞儀をすると、女性は微笑んで手を振ってくれた。
僕はマップを頼りに地下の倉庫に向かった。そして、扉を開けると、そこには、結晶生命体の死骸の山とサクヤさんの姿があった。彼女は若く見えるが見た目に反して落ち着いた雰囲気を纏っており、どこか大人びた印象を受ける。彼女は腰ベルトがついたワンピースタイプの制服を着ており、首元からは宝石のついたネックレスがぶら下がっている。身長は低めで胸は平らだが顔立ちは非常に整っている。
「おはようございます、京太様」
「おはようございます、サクヤさん」
「わざわざこんなところまでご足労いただきありがとうございます」
「いえ、全然大丈夫ですよ。それで、この大量の死骸を売るといくらぐらいになりそうでしょうか」
「はい、ざっと計算したところ、全部で10億円になると思われます」
「おお! 10億円ですか! それはすごい! あ、そうだ! そのお金を使って、二人で何か楽しいことをしましょうよ!例えば……、温泉旅行とか! どうですか?」
「……」
「美味しいものを食べたり、綺麗な景色を見たりするのもいいですね! それと、貸切露天風呂に入って二人っきりでゆっくり過ごすなんていうのも最高だと思うんですよ!」
僕は興奮して饒舌になっていた。
「……京太様、申し訳ありませんが、お気持ちだけ受け取っておきます」
サクヤさんは静かに言った。
「……どうしてダメなんですか? 僕はサクヤさんと一緒に楽しく過ごしたいんですけど……」
「京太様には私よりももっと相応しい女性がいるはずです。その方と温泉旅行に行かれるのがよろしいかと思います」
「いや、違うんですよ。僕はサクヤさんがいいと思ってるんです。でもまだあまりサクヤさんのこと良く知らないから……、これからお互いに知っていきたいと思ってるんです」
僕の言葉を聞いて、彼女の表情が曇った。
「京太様……、私はあなたが思っているような女ではありませんよ……?」
「そんなことない! 僕はサクヤさんが好きだよ! だから一緒に……」
僕の言葉を遮るように、彼女が首を横に振る。
「……駄目なのです。」
「なぜですか?」
「……」
「お願いします。理由を教えてください」
「……分かりました。」彼女はため息をつくと、話し始めた。
「京太様、あなたのお言葉はとても嬉しいです。ですが、あなたは私の事を何も知りません。きっと幻滅してしまうでしょう」
「僕がサクヤさんに幻滅するわけがない!」
「……ありがとうございます。でも……、やはりあなたは知るべきだと思います」彼女はそう言うと、少し躊躇いながら口を開いた。
「実は……、私には特殊な能力があるのです」
「特殊能力?」
「はい。私のユニークスキルは【性欲操作】です……。私は他人の性欲をコントロールすることができるのです」
「そ、そうなんですか……」
「はい……、信じられないのは当然だと思います。では、試してみましょうか?」
「何をですか?」
「……」
サクヤさんは真剣な眼差しで僕を見た。僕は彼女の瞳に見惚れていた。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
彼女の手が伸びてきて、僕の頬に触れる。そして彼女は優しく微笑んだ。
心臓が激しく脈打つ。体が熱くなり、動かなくなる。頭の中で警鐘が鳴る。まずい。このままだと本当に心を奪われてしまう。
僕は必死に抵抗した。歯を食いしばり、心を落ち着かせる。
「わかりましたか?」
サクヤさんの声が聞こえた。
「は、はい……」
「それでは終わります」
そう言って彼女は手を引っ込めた。
今起こった出来事を簡単に説明するとこうだ。サクヤさんに触れられた瞬間、全身に電流が流れたかのような衝撃を受けて動けなくなった。まるで金縛りにあったかのように、全く身動きが取れなかったのだ。そしてその後、急激に性欲が湧き上がってきた。自分の意志とは関係なく、強制的に性的欲求が高まったのだ。しかし今はもう収まっている。これが彼女の能力なのか……。
サクヤさんは悲しげな表情を浮かべて言った。
「信じてもらえたでしょうか? 私がそういう人間だということを……」
「はい……、とても驚きました」
正直かなり驚いたが、同時に納得もしていた。彼女は初めて会った時から、どこか不思議な雰囲気を放っていたからだ。
「京太様、お願いです。私と一緒にいると不幸になります。だから、これ以上関わらないでください」
彼女は懇願するように僕を見つめる。
「そんなことないですよ。サクヤさんと一緒にいると幸せになれます」
「嘘はやめてください……」
「本当です! だって……、サクヤさんと一緒にいると楽しいんです! ずっとこの時間が続けばいいのになって思っています!」
「……もうやめて下さい! お願いします……、これ以上、優しくしないで……、辛いんです……、苦しくて仕方がないんです……。お願いします……。私はあなたのことが……」
彼女は俯いて肩を震わせている。僕は思わず彼女の細い体を抱きしめた。
「サクヤさん! 僕は絶対にサクヤさんから離れませんからね!」
「……どうしてですか? どうしてそんなことを言えるんですか? どうして私なんかのことを……」
「好きだからです! 僕はサクヤさんの事が大好きだからです!」
彼女の震えが止まった。僕は彼女に回している腕に力を込めた。
「サクヤさん、あなたが何を悩んでいるのか僕には分かりません。ですが、僕はあなたがどんな存在であろうとも、一緒にいることであなたが笑顔になれるならそれでいいと思ってます」
「……」
「サクヤさんが僕にしてくれたように、今度は僕があなたを笑顔にしてみせる。僕はあなたが好きです。大好きなんです。愛しています」
「京太様……、わ、私は……」
彼女は何かを言いかけて口をつぐんだ。
「サクヤさん、僕の目を見て答えてください。僕の事、どう思っているのですか?」
「……」
「サクヤさん、お願いします」
「……あなたのことが好きです」
「ありがとうございます。僕も同じです。僕がサクヤさんを想う気持ちと、サクヤさんが僕に抱いている想いは同じです。だから……、僕たちは同じなんですよ。」
「……」
「サクヤさん、顔を上げて僕を見てくれませんか?僕はあなたともっと話がしたいです。これからは一緒に食事をとったり、散歩をしたり、温泉に入ったり。サクヤさんがやりたいことは何でもやりましょう。そしていつかお互いの心の底にある本当の望みが分かったら、その時は二人でその願いを叶えましょう。」
「……でも、私の能力は強力過ぎます。きっと迷惑をかけてしまいます」
「いいえ、大丈夫です。何があっても、僕はサクヤさんを信じています。」
「京太様……」
「さあ、行きましょう」
僕は彼女の手を握った。彼女は頬を赤らめると微笑んだ。
僕らは地下倉庫を出て外に向かって歩き出した。彼女の手は温かくて柔らかくて、そしてとても小さかった。彼女の手を握っているだけで幸せな気分になる。
僕は空を見上げた。澄み切った青空に白い雲が浮かんでいた。今日も穏やかな一日になりそうだ。
つづく




