第四十六話「会いたくなかった過去の女(ひと)」
斉田博士以外の元所員たちが全員ザラス団によって殺害され、キミナがすでに死んだとの報告も耳にしてしまったテツ。なにも出来ない自分に対して、悔し涙を流し続けることしか出来ないのであった。
「大和博士。斉田博士の居場所と殺害方法が確定するまでは、再びあなたの拷問をメインに続けさせてもらいましょう。そこでです、ここで拷問の担当者を面白い方に交代してさしあげましょう……」
黒装束の団員たちがドアの前に並んで道を開け、そのドアが開くと――。
そのドアのところに立っていたのは、なんとテツの前妻・アキであった!
「あっ! おっ、お前はっ!? アキ!」
二度と会うことはないと誓って別れた、数年ぶりに見ることになってしまったアキのその姿は――その時とほとんど変わらぬ、容姿だけは美しい姿のままであった。
「どうです? 驚きましたか大和博士。このアキは、我々がわざとあなたとお見合いをセッティングして結婚させるために送り込んだ、ザラス団のスパイだったのですよ」
「やっぱり、そうだったのか……。俺も、最初から薄々なにか変な部分を感じてはいた。それでもあの時の俺は若さもあって、それを承知の上で情熱を持って結婚したんだ。若気の至りで結果的には失敗の結婚だったが、あの時の情熱については後悔していない!」
テツの元に歩み寄るアキ。
「あんたが私に、念波の情報を一切なにも出さないせいで……私は失敗スパイの烙印を押され、今ではこんな下っ端の地位よ! 最初はスパイとして潜入したけど、あんたのことは、本当に好きになったのにっ! 私にすべて従っていれば、今頃このザラス団の中で二人とも幹部になれて……幸せになっていたのよっ!」
「そ、それはお前のエゴだ! それに、こんな悪の組織にいて人々を不幸にし、それで二人だけ幸せなど訪れるわけがない! お前こそ、こんな悪の組織から足を洗って、俺と共に生きていくチャンスがあったじゃないか! 俺は結婚した時、本気で君を愛していた。どうして、俺と生きていくことを選択してくれなかったんだ……」
アキは物心つく前の幼少期からザラス団におり、絶対忠誠のマインドコントロールがなされていた。よって、ザラス団に対する疑問を抱くことは一切ないように仕込まれて育っていたのだ。ザラス団の言うことを、本気で信じ込んでしまっている状態なのである。
元々は念波の情報を入手するスパイとして送り込まれたアキだが、実は付き合ううちにテツのやさしさに触れて感化され――テツのことは、本当に好きになってしまっていたのだ――。
結婚当時テツはアキに対して、家庭では公私混同せずに念波のことは一切話さなかった。そしてアキが絶対だと思い込んでいるザラス団で叩き込まれた思想がチラホラ見え隠れするアキに対し、まっとうな正しい人間になってほしいと妥協しない姿勢を貫いた正義漢テツに対する『歪んだ恨みと好意が同居する状態』が、アキの中に発生してしまっていたのである。
自分はテツが好きなのに、テツは念波のことも話さないし、自分の思うザラス団の思想通りにも動いてくれない。そんな『自分でもわからない矛盾感』にアキはだんだんと耐えきれなくなっていたのだ。
さらには結婚後まもなく自分の父親が死んだショックもあり、スパイ活動としては失敗状態のまま――テツに理由も言わず一方的にワガママな離婚をして、ザラス団へ帰還していたのである。




