第三十九話「忍耐の父・大和テツ」
それは――大和テツが、タクシーごと海に転落した直後のこと――。
気を失ったテツが目を覚ますと、そこはまるで秘密組織の地下アジトのような場所であった。そしてテツは手術台のようなものに寝かされており、手足や体を動けないようにロックされていたのだ。
(こっ、これは一体……⁉ ここは、どこだっ⁉)
すると――数名の黒装束のようなものを被った者が、手術台に固定されたテツの周りを取り囲んだのである。
「ようこそ、大和テツ博士。ここは、国際秘密テロ組織・ザラス団の前線アジトの中の一つです」
「国際秘密テロ組織、ザラス団⁉ そ、そうか……やはり、念波研究していた俺がずっと感じていた、見張られていたような感覚は……気のせいではなかったんだな!」
「そうです。あなたの天才的な念波技術は実に素晴らしい! 我々だけでなく世界各国の公的機関やら私的機関やらも、将来あなたを引き入れて念波技術を手に入れようと裏では必死に動いていましたよ。あなたを表面上は支援せず、見放して研究所を解散させた……あなたの国の政府でさえもです!」
「どうせお前たちは、俺を拉致して念波技術をテロに使うために協力しろというのだろう⁉ 俺が、テロのために協力するとでも思っているのか!」
「あなたが凄い正義感であることは、我々も当然知っています。もちろん、そう簡単に協力してもらえるとは思っていませんよ。ですから、地道にやるだけです。クックック」
不気味に笑う、顔の見えない黒装束のザラス団員たち。
「ハッ、そうだ! 俺は、嵐の中をタクシーに乗っていて……突然、目の前に大型車が……あの大型車は、お前たちがわざと仕組んだんだな!」
「もちろんです。ああ、ちなみにタクシーの運転手は我々の仕組んだ仲間ではありませんよ。たまたまあなたを乗せてしまった、普通のタクシー運転手です。ただし、転落事故を確実にさせるため……事前に、多少手入れさせていただきましたがね……。クックック」
キミナの父・テツは、偶然の交通事故に遭遇したのではなかった。初めからザラス団によって仕掛けられた、交通事故死に見せかけた『テツを狙った拉致工作』というのが真相であったのだ。
「手入れだと⁉」
「はい。不慮の事故を偽装した上で、確実に死んでいただくための手入れです。あの運転手には、先に特殊な薬を盛っておきました。事故を起こす頃には体がしびれてきていて、海に転落した頃には……もう体を動かせなくなっていたはずですよ。クックック」
「そ、そうかっ! お前たちは偽装事故を装って、俺のような者をたった一人拉致するだけの為に、罪なきタクシー運転手まで殺したんだなっ⁉ なんということをっ……! 運転手さん、関係ない俺なんかの巻き添えにしてしまって……ス、スマン!」
手術台に固定され動けないまま、悔しさを噛みしめるテツ。
「お前らは全員、黒装束で顔を隠してるがっ、下っ端なんだろ⁉ ここのボスは、一体誰だ! ボスを出せ!」
「我々は、世界各国の諜報機関にすら、名称以外に実体を知られておりません。完璧な秘密テロ組織なのです。我々は最前線にいるメンバーで、ボスは我々すら実体も知らないほど強固な秘密で守られておりますからね。答えようがありませんよ。いや、ボスという単体の存在がいるのかどうかすら、我々にはわかりません」
(なんという、恐ろしい組織だっ……)
「とにかく……。我々には、上からは指令が届くだけですよ。我々にそんなことを聞いても、我々すら知らないのですから無駄です。ザラス団は、絶対に滅びませんよ。クックック」
「クソッ、いつかお前らの正体を掴んで、必ず壊滅させてやるからな! 例え俺がここで死んでも、正義の魂を持つ誰かが志を継いでくれる! 少なくとも長期的には、悪の支配がずっと栄えることはない!」
それからテツは数年間、ザラス団によって拷問を受け続けてしまう日々を送るのであった。まるで、同時期にアイコがキミナを一人で育てながら、苦難の道を歩んでいたのとリンクするかのように――。
それでもテツは悪に屈さず、ザラス団への協力を断固拒み続けていたのである。




