第三話 愛は複雑な退屈しのぎ
相変わらずレイアにとって、この世はつまらないものだった。
だが『助けて欲しいなら助けるべき価値を見せよ』という点においては、答えは出た。
今のレイアには守るべき価値のあるものが、この王国にある。
「魔獣だ! 魔獣が出たぞっ!」
だから衛兵が叫びながら夜会会場へ飛び込んできたとき、レイアは迷うことなく戦うことを選んだ。
悲鳴をあげながら逃げ惑う王族貴族たちがドタバタと脇を駆け抜けていくなか、レイアは広げた扇でニマニマと緩む口元を隠し、その場にスックと立っていた。
魔獣相手に普通の武器は不利。
ほとんど効果がないと言っていい。
こんな時こそ聖女の出番なのだ。
「レイア! 君は逃げろ!」
預けてあった剣を受け取ったラインハルトが、レイアの側に駆け寄り叫んだ。
「ふふふ。おかしなことをおっしゃるのね、ラインハルトさま。いまは聖女が逃げるべき時ではありませんわ」
レイアは扇の影に口元を隠しながら、上品に笑った。
ラインハルトは怒ったように眉を跳ね上げながら怒鳴る。
「君に何かあったら、王国全土を覆う結界が維持できないっ! ごちゃごちゃ言ってないで逃げろっ!」
だがレイアは余裕だ。
「ふふふ。そんなことはありませんわ、ラインハルトさま。わたくしなどいなくても、ほかの聖女が協力すれば、王国全土を覆う結界など簡単に維持管理できます」
「そんなはずはないっ! いまだって君がひとりで維持管理しているんだろう⁉」
ラインハルトの言葉に、レイアはこともなげに言う。
「あぁ。結界の維持管理は、わたくしの趣味ですの」
「なんだって⁉」
ラインハルトは目を見開き、口を大きくあんぐりと開けたままレイアを見た。
(ふふふ。おもしろい顔。本当にこの男はおもしろすぎて、飽きませんわぁ~。この話は何度もしているのに覚えてないとか、記憶力の悪さがまた堪りませんわぁ~)
レイアは場にそぐわない冷静さで説明する。
「いつも言っているではありませんか。聖力など眠れば戻るのです。わたくしの聖力は有り余っていますから」
「だからって女性に戦わせるなど!」
(もうラインハルトってば、頭が固いんだから。何度言っても受け入れられないのね。ギフトやスキルは、男とか女とか関係ないのに)
レイアは笑った。
「ふふふ。わたくしなら大丈夫。それに魔獣相手では剣による攻撃など、たいして効果はありませんよ?」
レイアはそう言うと、ラインハルトが持っている、まるで飾り物のような華やかな剣を横目でチロリと見た。
「うっ」
言葉に詰まったラインハルトの後ろで、悲鳴をあげながら跳ね飛ばされてきた衛兵が、ガランとした夜会会場の床へ転がった。
(来る!)
レイアが会場の入口をアメジスト色の瞳でキッと睨みつけると、魔獣の黒い影が飛び込んできた。
ラインハルトは剣を構え、レイアを守るように一歩前に出た。
(並みの腕前では魔獣に敵わない、って言っているのに守ろうとするのよね。そういうトコにキュンときちゃう)
レイアがキュンキュンしている前で、ラインハルトはキリッとした表情を浮かべて問う。
「あれは……黒蛇か⁉」
ラインハルトの疑問に、レイアは即答した。
「そうみたいね。蛇という割にウロコよりもモフモフ多目なのが見分けるポイントよ。それにあんなデカい蛇は、王都にはいないっ!」
黒蛇は半開きの口から赤い舌をチョロチョロと出しながらあたりを窺っていたが、会場内を他に獲物はないと判断するやいなやレイア達に飛び掛かってきた。
「危ないっ!」
レイアは叫びながら、黒蛇のギラギラと赤く光る目に向けて、手に持った扇をブンッと振った。
すると光と共に風が巻き上がり、聖力がピンク色の閃光となって黒蛇に向かって放たれる。
黒蛇は、ラインハルトの構えた剣の切っ先すれすれをかすめて、吹き飛ばされた。
レイアは黒蛇の行方から視線を外すことなくジッと見据えながら、ラインハルトに説明する。
「黒蛇の卵の殻は、七色に輝く貝の裏のように美しい。だから王国に持ち込まれてしまったのは不思議でないわ。でも黒蛇は、卵のときには手のひらに乗る程度の大きさだけど、かえった途端に急速に成長する厄介な魔獣よ。子どもが拾って持ち込んだか、無知な貴族が宝石のつもりで買い求めたか。もしくは計画的に持ち込んで現体制の転覆を狙ったか。いずれにしてもアレの出自は、後からしっかり調べなくてはいけないわ」
「もちろんだ」
ラインハルトがうなずくが早いか、態勢を整えた黒蛇が鎌首をもたげて、再び2人に向かって飛び掛かった。
「ハッ!」
ラインハルトの掛け声を共に、彼の構える剣先に黒蛇の牙がガシャリと絡み、空中を滑るように黒く細長い体が会場の隅へと飛ばされた。
(熱い)
レイアの体のなかを、熱い闘志がメラメラと燃え上がる。
その闘志に聖力が追い出されるようにして彼女の体の外側へとあふれ出た。
青いドレスが聖力のピンク色の光を受けて、紫色の影を帯びる。
レイアを包む光に、彼女のピンク色の髪はぶわっと舞い上がり、彼女自身の体がふわっと床から少し上がった。
黒蛇のギラギラ光る赤い目が、レイアをとらえる。
「ここからは生き残りをかけた戦いね」
レイアはにっこりと笑うとバンッと音を立てて扇をたたんだ。
そこからはレイアの独壇場だ。
全身から光として聖力を放っているレイアだが、攻撃には力を集中させたほうが効果は高いことを知っていた。
彼女は、聖力をたたんだ扇の先に集中させて次から次へと閃光を放つ。
閃光を浴びた黒蛇は、ガッシャンガッシャンと音を立てて、黒蛇の体は会場内の至る所へ叩きつけられた。
シャンデリアが天井から崩れ落ち、激しい揺れに蝋燭は倒れて消えた。
レイアが一方的に攻める様を、他の者は眺めているしかない。
手練れの騎士たちも、唖然として事の成り行きを見ているしかなかった。
下手に戦いの前線にでれば、かえってレイアの邪魔になることは分かっていたからだ。
天井のステンドグラスや大きな窓のガラスは所々割れていて、満月の明かりが差し込んではいるものの室内は暗い。
「ほっほっほっ。このわたくしに立ち向かうとは、100年早いわ!」
レイアの高笑いが室内に響く。
体外に放出されている聖力のピンク色の輝きがレイアの顔に濃い影を作り、美しく整った可愛らしい顔が夜会会場のなかに、まるで化け物のように浮き上がる。
まるで悪党のような捨て台詞を吐きながら、すでに弱っている黒蛇へ閃光を放ち続けるレイアは、聖女というよりも悪役令嬢のよう。
ラインハルトはレイアの攻撃の度に飛んでくる黒蛇のウロコを豪華な飾りのついた細い剣で受け流しながら、鬼神の如く美しいレイアをうっとりと見上げていた。
魔獣は吹き飛び、陰謀があったとすれば砕け散った。
あとは黒蛇の卵を持ち込んだ者を見つけて、適切に処分すればいいだけだ。
(子どもの仕業だったら、お尻を何回か叩かれる程度だけど……弁償で破産しそうね)
レイアは室内の惨状を確認しようと、首ごと視線を巡らせた。
するとふわっとした感覚と共に、レイアの体がグラリと揺れた。
「ん……あら?」
(はしゃぎすぎて聖力を使いすぎちゃったみたいね。体に力が入らない。えっと、どうしましょうか……)
レイアの体はバランスを失って、ふわりと後ろへと倒れた。
「危ないっ」
素早く駆け寄ったラインハルトが、レイアの体を受け止める。
気付いたときには、レイアはラインハルトの腕の中にいた。
「レイアッ! あぁ、だから言ったのにっ! 大丈夫か⁉」
「ふふふ……大丈夫よ」
心配そうな顔をして覗き込むラインハルトに、レイアは笑みを向けた。
ラインハルトは、駆け寄ってきた衛兵たちがレイアへ救護の手を伸ばすのを断った。
「いい。レイアは私が医務室へ運ぶ。……大丈夫だ、私は怪我していない」
そしてレイアを横抱きにして抱き上げると、怒ったような声で言う。
「もうっ。無理をしないで。聖女だからって、君ひとりで責任を抱える必要はない。君は逃げていい。幸せになっていいんだ。誰も文句は言わないし、私が言わせない」
「ふふふ」
レイアはラインハルトの腕の中で笑った。
(この中は温かくて心地よい)
レイアは横抱きにされてラインハルトに医務室へ運ばれながら「わたくしは幸せよ」と小さな声でつぶやいた。




