第二話 おもしれぇ女、レイア
レイアには前世の記憶がある。
前の人生は、ろくなものではなかった。
色んな男に利用され、色んな男に捨てられ、時には逆恨みされ、挙句にそのうちのひとりに殺された。
前世のレイアは誠実に生きたが、男の趣味は悪かったのだ。
だから死んだあとも、レイアはとっても疲れていた。
だから、めちゃくちゃ同情してくれた女神に、レイアは言い放った。
「もう転生はいいです」
結果的に、めちゃくちゃギフトやらスキルをもらえたし、聖力もオマケしてもらってたっぷりと授けられて、レイアとして転生したのだ。
だが転生したレイアが抱いたのは女神への感謝ではない。
優秀過ぎた彼女にとって物事はあまりに容易で、「この世はつまらん。助けて欲しいなら助けるべき価値を見せろよ」という神も裸足で逃げ出しそうな、傲慢で高飛車な感想だった。
ぶっちゃけ、レイアは力を得すぎて退屈していた。
地位にも、才能にも、美貌にも恵まれている上に、周囲からはたっぷりと愛されて。
恵まれ過ぎた環境に生まれてレイアが困ることは一切なかった。
そして悟る。
「今生は、思うがまま生きればいいのでは?」
仕事さえキチンとすれば、あとは好きにすればいい。
前世では出来そうで出来なかったことだ。
この考えに至ったレイアはひとり、悦にいっていた。
しかし実際にやってみたら秒で飽きた。
レイアは恵まれ過ぎてしまったのである。
公爵家に生まれ、容姿にも恵まれ、強すぎるほどの聖力を持ったレイアに怖いものはない。
かといって、特に欲しい物もなかった。
悪事にも興味はないし、恋にも興味はない。
恋に固執するほど、恋愛でよい思いをしてきてないからだ。
「今生は、恋とか愛とかどうでもいいかな」
レイアがそう思い始めた8歳の時に、ラインハルトとの婚約が決まった。
貴族にとって政略結婚など珍しくはない。
「王太子の嫁を聖女にするのはどうかとは思うけど」
父から話を聞かされたレイアは感想を聞かれて答えた。
「わたくしを他国へ嫁がせないために、よい条件を出してきたのね。これならお父さまも断れないわ」
「レイア、またそんな可愛くないことを」
父は戸惑い気味に言った。
公爵家にとって、レイアは異分子だ。
聖力も膨大ならスキルやギフトの数も半端ない。
兄姉や弟妹もいる子だくさん家庭にあって、レイアの異質さは際立っていた。
とはいえ普通であれば、聖女は処女を失えば聖力もなくす。
そのことを8歳にして娘が知っているとは考えない両親は、彼女に無邪気な反応を期待していた。
眉をへにょりと下げた母が、心配げに聞く。
「レイア。王子さまとの結婚は、あなたにとって嬉しいことではないの?」
レイアは首をかしげた。
母に心労をかけるほど嫌というわけではないが、嬉しいという気持ちはない。
そもそもレイアは、結婚はもちろん恋愛もする気がなかった。
「わたくしは、ダンジョンにでも行って冒険者と共に稼ぎながら生きていくのが、合っていると思うの」
レイアは母にテキトーな未来を語りながら、冒険をするのも楽しそうだと思った。
「はははっ。レイアに冒険者は無理だよ」
「どうして? お兄さま」
「だって冒険者になったら、こんなに美味しいケーキは食べられないよ」
兄の隣でシェフが満面の笑みを浮かべている。
「そうね。このケーキが食べられなくなるのは嫌だわ」
レイアはケーキを一口頬張って、冒険者になるのは止めようと決めた。
とはいえ、このまま王太子婚約者におさまるのはいかがなものか? とレイアは思った。
処女を失えば聖女でなくなるのだから、この結婚はレイアの聖女としての力を期待したものではない。
ならば王族が欲しがっているのはスキルのほうだろうか?
レイアは余計なことを考えてニマニマしながら暇をつぶした。
女神の寵愛を受けたレイアは特別だ。
だから結婚しても、子どもを産んでも、聖力が失われることはない。
しかしそれを知るのはレイアのみだ。
『レイアは聖女としての務めを気に入っているようだな』
『ええ。だから……ねぇ、あなた? 嫁いだら聖力を失うことを知ったら、あの子は悲しむのではないかしら?』
両親がコソコソと話をしているのもニマニマしながら聞いていた。
周りの人間が自分のことで多少の苦悩を抱えることは、彼女を飽きさせないために必要なことだったからだ。
だからレイアには、この秘密を抱えていることに罪悪感はない。
それからほどなく、レイアとラインハルトの顔合わせの日はやってきた。
「はじめまして。メイデン公爵の娘、レイアでございます」
完璧なカーテシーと共に挨拶をする令嬢に、ラインハルトの反応は素直なものだった。
「私はラインハルト。次期国王となる男だ。お前、レイアといったか? 私の隣で国をもりあげてくれ」
レイアは、高慢ちきな態度で自分を見るラインハルトの白い肌が真っ赤に染まっていることや、汗をだらだらとかいている様をみた。
そんなラインハルトの様子をじっくりと観察していたレイアは、返事をするふりをして、彼にズイッと近寄った。
そしてレイアは、ラインハルトの青い瞳を覗き込みながら口を開いた。
「はい。よろしくお願いいたします」
「……あっ、ああ。よろしく……たのむ」
ラインハルトは視線を泳がせ、汗をだらだらかいて、落ち着きのないしどろもどろといった風で答えた。
(わたくしのことが気に入ったみたいね)
レイアはラインハルトの反応から、彼が自分のことを気に入ったことを確信した。
金髪碧眼で整った顔立ちの王子さま然とした同じ年の少年に、特に興味があるわけでもなかったレイアだったが、反応がおもしろいとなったら話は別だ。
(これは……ちょっと楽しめるかも)
レイアは扇をパッと開くと、ニマニマとした悪い笑みをその下に隠した。
実際、ラインハルトはレイアを楽しませてくれた。
レイアが仲良くしていれば、兄弟だろうと焼きもちを焼くし、レイアに嫉妬して欲しくて他の令嬢たちにちょっかいをかけているところをわざわざみせた。
(器が小さい。小さすぎて逆におもしろい)
レイアはニマニマしている顔を隠すために、何度扇を広げたかしれない。
表情を隠すための扇は、小さなレイアの顔をすっぽりと隠してしまう。
だから肩を震わせるレイアが、泣いているように見えてしまったりすることもある。
王立学園の学友たちは、令嬢も、令息も、レイアに同情して味方になってくれた。
そんな必要ないのに。
だが学友たちがレイアの味方になってしまって焦るラインハルト、というのも味わい深いものがある。
結果としてラインハルトが悪者になってしまう場合が多かったが、おもしろいのでレイアは誤解を解かずにニマニマと慌てふためくラインハルトを観察していた。
そんな2人の関係に変化があったのは、15歳の時だ。
この国では15歳で成人する。
そのため、15歳で秘密を知らされることが多い。
ラインハルトとレイアが聖女にまつわる秘密を教えられたのも15歳の時だ。
聖女はその力を使って国を守ること、その力を無くさないためには結婚後も清い体でい続けなければいけないことなどを教えられた。
さすがのレイアも、結婚してまで処女でいるのはいかがなものか? と思ったため、両親に秘密を打ち明けた。
「でもわたくしには女神から与えられたスキルがあるから、清い体でいる必要もないし、子どもを産んでも聖力をなくしたりしないわよ?」
レイアの言い分を両親は知っているが、半信半疑だったため、ラインハルトに伝わることはなかった。
このころになると、王国はレイアの膨大な聖力に期待を持ち始め、『王太子の子を産んで聖力を失う』という選択肢のほうを消そうとし始めたのだ。
(あー王座を巡る面倒な争いに巻き込まれた気配がするー。きゃー、おもしろー)
レイアは自分の置かれた立場を面白がっていた。
ラインハルトにしてみれば、レイアに子どもを産ませて王座を確実なものとするにしても、側妃を迎えて子どもを産ませるにしても、どちらを選んでも苦悩がついてまわる。
(ラインハルトは、どんな選択をするのかしら? まんまと他の王子たちに王座を持っていかれるのは論外として、彼がどうするのか興味あるぅ~)
レイアは自分の置かれた立場を存分に楽しんでニマニマしていた。
もちろん聖女としての役目も、レイアは楽しんでいた。
王国を守る結界へ聖力を注ぐ役割は、随分前からレイアの役目になっていたが、それで彼女が体調を崩すこともなかったし、むしろ発散できてスッキリする。
聖女は力のみで選ばれるため、貴族もいれば平民もいる。
色々な立場の女性と接するのは、レイアにとって新鮮で楽しいことだった。
だがラインハルトは、自分との婚約が聖女としての仕事をレイアに強要し、負担を与えていると勘違いをしてしまった。
そこからは愛するレイアを守るために、どうにかして婚約解消して解放してあげようというラインハルトの地下活動が始まったのだ。
そんな必要ないのに。
当然のように学友も、王族貴族たちも、レイアの味方だ。
婚約破棄や婚約解消に自ら進んで協力するような者は少なかったし、協力した者はもともと反逆の意思アリとみなされて秘密裡に処された。
陰でラインハルトの裏切り者あぶり出し効果が評価されていたが、秘密なので本人に知らされることはなかった。
レイアは、そんなラインハルトを眺めてはニマニマして、毎日を楽しく過ごしていた。




