第一話 おもしれぇ男、ラインハルト
レイア・メイデン公爵令嬢は聖女である。
そして、王太子の婚約者だ。
ピンク色の髪にアメジスト色の瞳を持つレイアは、整った可愛らしい甘い顔立ちをしていた。
彼女は甘やかな容姿とは逆に、キリッとした辛口の表情を浮かべている。
細身の体を引き立てるドレスは青。婚約者であるラインハルトの瞳の色だ。
だというのに。
肝心の金髪碧眼のハンサムな王太子は、胸を張ってレイアを指さすと鼻息荒く宣言した。
「我が婚約者、レイア・メイデン! 私、王太子ラインハルト・カッシーニはお前との婚約を破棄するっ!」
今宵は夜会シーズンの幕開けを告げる、国王主催の夜会の日。
夜空には満月が輝き、天井のステンドガラス越しに月明りが差し込む豪奢な王城大広間には、王国内の王族貴族が大勢集っていた。
豪華なシャンデリアと蝋燭の明かりが照らし出す会場は、その広さを夜闇に緩く埋めて上品な高級感を演出している。
磨き上げられた輝く大理石の床の上に並ぶのは、華やかにドレスアップした貴族たち。
それぞれに着飾って豪華な花々と化した人々は、さっきまでのざわめきを忘れたかのように口をつぐみ、会場の真ん中で始まった婚約破棄劇に注目していた。
その中央でレイアは、胸を張って自分を指さす婚約者に向かって、顔色ひとつ変えずに右眉をピンッと跳ね上げてみせた。
ラインハルトはレイアのアメジスト色の瞳に睨まれて、怯えたように全身をビクンッと震わせて怯んだように体を後ろへ引いた。だがラインハルトはゴクリと唾を吞み込むと、気を取り直して再び自らの婚約者へと立ち向かった。
「婚約破棄だ! 私は『真実の愛』に目覚めた。相手は、こちらにいる聖女ニーナだ」
ラインハルトは『真実の愛』の相手を、自分の婚約者へドヤ顔で紹介した。
ニーナは細い眉尻を困ったように下げながら、美しいカーテシーを添えて可愛らしく挨拶をする。
「お初におめにかかります、レイアさま。チャドラー男爵家のニーナと申します。微力ながら聖女のお仕事をさせていただいています」
レイアは金色の扇をバンッと音を立てて広げて口元を隠すと、ニーナを上から下まで舐めるように見た。
年のころは王立学園を卒業したばかりの18歳といったところか。レイアとラインハルトが卒業したのは、たった二年前。だというのに、改めてみると18歳は初々しくてなんとも可愛らしい。
ニーナは聖女の証のピンク色の髪にアメジスト色の瞳をしている。小さくて整った顔はとても可愛い。男爵家の娘という低い爵位でありながら、可愛らしい見た目に聖女という肩書があれば、王太子の心を射止めた娘としては相応しいように見える。
ラインハルトは、その役柄に合った女性を連れてきた。
だが違う。
彼女が『真実の愛』の相手というのは嘘だ。
レイアは吐き捨てるように言う。
「婚約破棄? はんっ。つまらん男だな。やり直し!」
「なっ、なにを言う? やり直しってなんだよ、やり直しって! 私都合の婚約破棄だから、レイアに損はさせないっ! あと王太子は『つまらん男』ではないからっ!」
レイアは扇をバンッと音を立ててたたむと、その美しい顔をラインハルトに向けた。目と目があう。するとラインハルトの白い肌はあっという間に真っ赤に染まった。
「わたくしの顔を見ただけで真っ赤になるくらい、わたくしのことを好きな男が。この程度の女に『真実の愛』ですって?」
レイア・メイデン公爵令嬢は、そう言って切って捨てた。
そして再び金色の扇をパッと広げて口元を隠して高笑いした。
「ほっほっほっ。笑わせてくれるわね」
ラインハルトは羞恥でカッと頬を赤く染めた。
「なっ……そんなことは……」
真剣な企みをあっさりと見破られて言いよどむラインハルトの顔に、レイアはズイッと顔を寄せて覗き込む。そして目と目をしっかりと合わせた。
レイアはアメジスト色の瞳でしっかりと見据えていた青い瞳が、ばつが悪そうにそらされていくのを眺めながら、再び高らかに笑った。
「ほっほっほっ。冗談はおよしになってラインハルトさま。毎回、毎回、仕掛けが可愛らしくて『おもしれぇ男』以外の感想が出てきませんわ」
レイアは口を閉じると、パッとニーナの方を振り返り、彼女をジッと見つめて聞く。
「ねぇ、ニーナ? 貴女は偽物の『真実の愛』のお相手よね?」
ラインハルトはニーナの隣で首を横に振り否定していたが、レイアの強い視線を浴びたニーナは問われてコクリとうなずいた。
ラインハルトは慌てて叫ぶ。
「ああっ、ニーナ! 話が違うっ!」
「ほっほっほっ。ラインハルトさまのことだもの。どうせ『実家の借金を肩代わりしてあげる』とでも言って、協力を求めたのでしょう?」
レイアの言葉に、ニーナは再びコクコクとうなずいた。
「ちょっ……ニーナ! この裏切り者っ!」
「ほっほっほっ。ラインハルトさま、そのような言い方はよろしくありませんわ。どちらの味方になったほうが得になるのか、ニーナ嬢は瞬時に見切ったのよ。彼女は、とても優秀ね。さすがは聖女だわ」
「くッ!」
レイアに底の浅い企みを暴かれて、ラインハルトは悔しそうに唇を嚙み締めた。
ニーナはレイアとラインハルトの顔を見比べていたが、ここが去り時とばかりそそくさとその場を後にして他の貴族たちの中へと紛れてしまった。
レイアはラインハルトをジロジロと面白そうに眺めながら、金色の扇で自分の顔をあおぎながら悪役のような口調で言う。
「クックックッ。わたくしのことが好きなのであれば、大人しく婚約者に収まっていればいいものを」
ラインハルトはキッと目をつり上げてレイアを睨んだ。
そして悔しそうに言葉を紡ぐ。
「だって……君は私の婚約者であるゆえに、重すぎる責任を与えられているではないかっ。婚約破棄すれば、その務めから解放されるっ」
「重すぎる責任?」
ラインハルトの言葉に、レイアはキョトンとして首をかしげた。
「だってそうじゃないか。私の婚約者というだけで、レイアはただ働きをさせられている。公務の手伝いだけじゃない。そのなかには王国全土を覆う結界の維持管理、なんて厄介なものも含まれているじゃないか。君はその細い体で、瘴気や魔獣から国を守る役目をたったひとりでこなしている。いくら聖力が多いからって、ひとりでそんな重責を担うことなんてないのに」
ラインハルトは心苦しそうな表情をして一気にまくし立てたが、レイアには理解できない。
扇を持った右手を開いた扇ごと上下させて何でもないことのように言う。
「あぁ、あんなこと。重責ってほどでもないわ。実際にわたくしの聖力はたっぷり豊富にあるのよ? 聖力なんて生命エネルギーみたいなもので寝たら回復するし、貯めておくこともできないのよ。だから、出し惜しみしたって仕方ない。むしろ発散しないとだるくなっちゃうのよね。だからわたくしは全く気にしてないけど?」
レイアは、優秀過ぎる聖女である。
優秀ゆえに、王国全体を自分ひとりの聖力で守る、などという荒業をいとも簡単にやってのけた。
(相変わらずお可愛らしいこと)
レイアは心の中で笑う。
ラインハルトにとっては、レイアが仕事をすることが心苦しいようだが、優秀すぎるレイアにとっての敵は退屈だ。
たが、その退屈は婚約者である面白い男、ラインハルト・カッシーニが解消してくれる。
聖女の仕事や王太子婚約者としての仕事はついでだ。
レイアはラインハルトが思うよりはるかに、いまの自分の立場を気に入っていた。
しかし当のラインハルトは、何度説明してもレイアの思いを受け入れない。
そこも含めて、レイアはこの『おもしれぇ男』ラインハルトを気に入っていた。




