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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
幕間 二

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アクリルガラスのこちら側


福止屋。


薄暗い電算室。


「そろそろ、名前が必要だと思います」


白鳥は、貧乏神を見た。


貧乏神は交換用のパソコンを、一台ずつ仕分けている。


「……名前?」


「ちょっと、呼びづらいのよね」


枯れ木のようだった風貌は、もうない。


長い髪には艶が宿り。


頬にも、少しだけ血色が戻っていた。


「……どうしよう、白鳥さん」


「仮の名前でもいいの。何か、選んでみない?」


ボリ、ボリ。


「田中か鈴木で、いいんじゃないの~」


橋本は、ポテトチップスのうす塩味を頬張る。


企画書へ次々と、指摘事項を書き込んでいく。


「まずは、苗字から考えましょう」


白鳥は紙とペンを差し出した。


「……はい」


「社員証も、作らないとね」


貧乏神は静かに頷く。


「名前に縁のあるものはどうでしょう。例えば、この電算室は二階ですから――『二神』さん、とか」


少し考えたあと。


貧乏神は、小さく頷いた。


「……二神。それが、いい」


「はい」


白鳥は微笑む。


「今日から、二神さんです」


さらさらと紙へ書き記す。


ふと、白鳥は橋本を見た。


「そういえば。座敷童の名前は、誰が決めたのですか?」


橋本は面倒くさそうに答える。


「先代の死ず子だ~」


白鳥は少しだけ目を見開いた。


あの先代社長にも。


怪異へ名前を贈る一面があった。


「……そうでしたか」


再び紙へ視線を落とす。


「さて、今度は下の名前ですね」


貧乏神を見つめる。


整った顔立ち。


擦り切れた厚手の服。


それでも、その瞳には確かな意思が宿っていた。


「……白鳥さんと、同じがいい」


初めてだった。


彼女が、自分の意思で何かを選んだのは。


白鳥は少しだけ笑う。


「分かりました。美しい砂と書いて、美砂です」


紙へ書く。


『二神 美砂』


その文字を、彼女は何度も見つめた。


そして、小さく頷く。


「……二神、美砂。」


その名を。


大切そうに、口の中で繰り返した。


翌日。


擦り切れた服の胸元には。


福止屋の社員証が揺れていた。


『二神 美砂』


仕事の合間。


彼女は何度も社員証へ目を落とす。


少しだけ。


本当に少しだけ。


嬉しそうに、微笑んでいた。




◇ ◇ ◇




福止屋。


エントランス。


「社長」


白鳥は歩きながら口を開く。


「午後の予定ですが」


「ああ。まずは人事、そのあと営業だ」


「はい」


白鳥は既に資料を抱えていた。


氷室は受け取る。


表紙に刻まれた突起を、指先でなぞる。


その瞬間。


足が止まった。


「……待て」


「何ですか」


「何で、人事と営業だと分かった」


白鳥も立ち止まる。


「……私も、分かりません」


二人で首を傾げる。


エレベーターが到着する。


扉が開いた。


乗り込む。


ふわりと身体が浮く。


静かな上昇。


「社長」


「何だ」


「どうして、いつも、見なくても私だと分かるんですか。」


「……分からん」


氷室は少し考える。


そして。


白鳥へ視線を向けた。


「お前の因果だけは、基準になる。他の人間は、その光と比べて、見分けている気がする」


白鳥は思わず笑った。


「……何ですか、それ」


無機質な電子音。


エレベーターが止まる。


扉が開く。


白鳥が一歩先を歩き出した。


カツ。


カツ。


靴音が廊下へ響く。


氷室は耳を澄ます。


この歩幅、この足音。


知っている。


「白鳥」


「何でしょう」


「機嫌がいいのか」


白鳥は答えなかった。


ただ。


少しだけ。


歩く速度が速くなった。




◇ ◇ ◇




水族館。


平日の午後。


受付。


「おすすめは、ペンギン、アザラシ、シャチ、クラゲ――」


言い終わる前。


「クラゲで」


白鳥が即答する。


「……かしこまりました」


チケットを受け取り、ゲートを抜ける。


「クラゲが好きなのか」


氷室が尋ねた。


白鳥は少しだけ笑う。


「はい」


館内には、子どもたちの声が響いていた。


「おさかなー!」


氷室は、小さな因果の光を一瞥する。


(……平和だな)


二人は、深海魚エリアへ向かった。


青白い男――河童は、少し離れた場所から眺めている。


ボコ。


泡が一つ。


『今日も平和だな』


その背後から。


氷室と白鳥が歩み寄る。


「河童」


河童がゆっくり振り向く。


『何の用だ』


「顔を見に来た」


河童は鼻で笑う。


『暇人め』


その時。


子どもたちの笑い声が響いた。


河童は何も言わず、その様子を眺める。


そして。


ほんの少しだけ、水流を変えた。


魚たちが、ゆっくりと一か所へ集まっていく。


「わあ!」


「おさかな、いっぱい!」


子どもたちが歓声を上げ、水槽へ駆け寄る。


白鳥は、その光景を静かに見つめていた。


中央の巨大水槽では。


アザラシが愛嬌たっぷりに泳ぎ回っている。


「……帰るよ」


『気をつけてな』


二人は並んで歩き出す。


その背中を見送りながら。


河童は、また子どもたちへ視線を戻した。


ボコ。


小さな泡が、一つ。


ゆっくりと水面へ昇っていった。



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