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【閲覧注意】弊社の『大型案件受注』の決済種別が『一家心中』と『交通事故』だった。――余命と因果を改竄する派遣社員の私は、322歳の社長を許さない。  作者: 葛石
第一章 派遣社員編

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一家心中

挿絵(By みてみん)



鉄錆の匂い。


粘りつく、他人の温い血。


確率、ゼロ。


絶対に起きるはずのない惨劇。


それが寸分の狂いもなく、百回連続で成立した。


偶然ではない。


明確な殺意。




『一人だけ救える』




氷室結衣の脳裏に響く。


今日一日の記憶が呪いのように駆け巡る。




◇ ◇ ◇




給湯室。


氷室は珈琲メーカーの蓋を開ける。


放置された茶色いフィルター。


ゴミ箱へ捨てる。


ツンと刺すような酸っぱい臭いが鼻腔を突いた。


飲んだことはない。


派遣社員の使用は禁止されている。


営業フロアへ向かう。


壁の端末に、プラスチックのカードをかざす。


ドアを開くと、妙な熱気に満ちている。


言得洲いえず企画」の大型継続案件。


その受注に、正社員は浮かれているようだった。


シュレッダーの袋を交換する。


ビニールが擦れ合う乾いた音。


「あ、派遣さん。ごめん、これ頼める?」


営業が引き出しから掴み出した、歪に丸まった領収書の山。


男の指先が、申し訳なさそうに、それを平らに伸ばそうとする。


無自覚な悪意。


そして、微かな善意。


(不思議、どうして丁寧にしまっておけないの?)


会釈して頭を下げる。


「はい、大丈夫です」




押し付けられた領収書を自席で仕分けながら、壁のデジタル時計に視線をやる。


11時27分。


耳と肩で挟み込んだ受話器は、繋がる様子がない。


手配した弁当が、届かなかった。


「ちょっと、氷室さん? トラブル?」


振り返る必要はない。


上長、白鳥美砂。


非の打ち所がない、完璧なキャリアウーマン。


「はい、再手配中です」


「早くしてね。営業の男達は騒ぐから」


受話器を持ち替え、頷く。


(……なんだろう)


心臓の鼓動が、嫌に重い。


この受話器の向こう側を知ってはいけない。


本能が、そう告げていた。


――だが。


指先は、すでに再ダイヤルを強く押し下げていた。




◇ ◇ ◇




19時13分。


自作の野菜スープを頬張る。


音のない部屋が寂しくて、リモコンの電源ボタンを押した。


仕事終わりの、自分だけの自由な時間。


(今日は、感動モノの映画でも観ようかなぁ)


画面の上部に、ニュース速報のテロップが流れた。


『一家5人の遺体発見。無理心中か』


他人事のように、ぼんやりとそれを見つめる。


スプーンで大きな人参をすくい、口に運んだ。


ハフハフと息を吐きながら、甘みを噛み締める。


『本日18時ごろ、福止市の弁当店「福止亭」の店舗兼住宅で悲劇がありました。店主の高橋隆太さん(67)――』


――福止亭。


ピキリ、と頭の芯が凍りついた。


咀嚼していた人参が、味のない粘土の塊に変わる。


『……息子の高橋翔太さん(37)、その妻の英子さん(34)。さらに長女の未希さん(7)、次男の大誠さん(3)の5人が倒れているのを、配達に訪れた業者が発見しました』


「え、……嘘、でしょ」


ごくり、と無理やり喉に流し込む。


テレビに映し出された、ブルーシートで覆われたシャッター。


見覚えがありすぎた。


たった二時間前、仕事帰りに通り過ぎた場所。


今日、配達に来なかった、あの店だった。


両手で口を覆う。


画面が切り替わり、生前の写真が映し出された。


笑顔の女店主と、幸せそうな姉弟。


お弁当を渡すのは、あの小さな女の子の役割。


画面の隅、看板に映る、きれいな手書きのメニュー。


それは彼女が小さな手で、何度も、何度も練習した、あたたかい記憶の跡だった。


(……昨日まで、生きてたのに)


口元を強く手で押さえる。


その瞬間、奇妙な浮遊感。


視界が、灰の濁流と化す。


融解していく現実。


「え……、なに、これ」


音が消えた。


吹き荒れる突風。


鼻腔を刺す、古い油と肉の饐えた匂い。


景色が強制的に再構築される。


見知らぬ調理場。


一歩、後退した。


だが、背中に衝撃はない。


コンクリートの壁が、肉体をすり抜けていく。


拒絶は許されない。


氷室は、すでに確定した「惨劇」の渦中にいた。


──足音。


「こら、大誠! 調理場に入っちゃダメだよー!」


じゃれ合う姉弟。


因果の歯車が、狂いなく噛み合う。


少女のエプロンの紐。


調理台の角。


異常な角度で突出した、一本の古い釘。


磁石のように、それが紐を捉えた。


「あ──」


引き千切られるような衝撃。


倒れる少女の手が、まな板の端を強打する。


跳ね上がる、重い出刃包丁。


計算され尽くした放物線。


重力が、真下へ刃の狙いを定める。


顔を上げた少女の、無防備な首筋。


「あ、あ、危ない――ッ!!」


少女を庇おうとした氷室の身体。


擦り抜ける。


氷室を嘲笑うように、刃は正確に、深く、裂いた。


溢れ出る鮮血。


狂ったようにもがく、小さな身体。


引き抜かれた包丁。


容赦なく弟の首を貫いた。


激しい悲鳴。


「未希! 大誠!? 大丈夫か──」


近づいた父親にも、因果が襲い掛かる。


静寂。


車椅子のきしむ音。


現れたのは、祖父。


持病を抱えた脆弱な心臓。


だが、その視界に叩きつけられたのは地獄絵図。


折り重なり、血の海で痙攣する三人。


じわじわと車輪を浸していく、濃厚な赤。


「あ、あ、あああ……っ!」


耐えられる訳が無い。


その心筋を冷酷に握りつぶす。


抵抗すらせず、車椅子から転げ落ちる。


痙攣。


そして、完全な静止。


わずか数十秒。


確率ゼロの不運。


それが百回連続で執行された。


生き残った女店主。


すべての死を見届けさせられた、最後の生贄。


「……ぁ」


膝が砕け、床に崩れる。


幸せは、一瞬で灰に変わった。


狂った悪意は、息の根を止めるまで終わらない。


そこにあるはずのない、一本のカッターナイフ。


手元に転がった。


カチ、カチ、カチ。


静寂に響く、冷たい金属音。


「……っ、う、あ、あああ、いや、アアアッ!!」


拒絶の絶叫。


彼女はそれを自らの喉元へ、深く、迷いなく突き立てた。


眼前に広がる、完成された地獄。


ニュースが告げた事件の真実。


コトン。


乾いた音が響く。


足元に転がった、女店主のスマートフォン。


液晶が不気味に明滅している。


【着信中】


画面に刻まれた時刻は、11時27分。


表示された発信元は、会社の氷室のデスクの番号。


「……ッ、ふざけないでよ」


怒りで奥歯がガチガチと鳴る。


この家族は玩具にされ、なす術なくすり潰された。


氷室の身体に憎悪が這い上がってくる。


『そうだ、許せる訳が無い』


その瞬間、氷室の耳元で自分の声が、信じられないほど冷酷に囁いた。


『一人だけ、その歪んだ運命から救える。──選べ、間違うなよ、私』


視界に映り込む、運命。




【運命の改竄】


――どの運命を救う?


品目

大型案件の継続受注(言得洲企画)


決済種別

一家心中(福止亭)


内訳

高橋 隆太(67) 余命:02年 倫理:中 幸福:中

高橋 翔太(37) 余命:17年 倫理:中 幸福:中

高橋 英子(34) 余命:45年 倫理:高 幸福:低

高橋 未希(07) 余命:70年 倫理:― 幸福:高

高橋 大誠(03) 余命:79年 倫理:― 幸福:高


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