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第一章 聖女クビ事件

笑いすぎて聖女をクビになった女の子が、辺境で最強の薬師になるほのぼのコメディです。


全10章・完結済み。第4章以降はKindleでお楽しみいただけます。


どうぞよろしくお願いします!

             九十九 ぐるり

「では、聖女アリア・ベルナール。神の御前にて、その聖なる力を示してください」


大神官マクシムの厳かな声が、白亜の大聖堂に響き渡った。


千人以上の観衆が息を飲む。貴族、騎士、一般市民。全員がこの歴史的な瞬間を見届けようと集まっていた。百年に一度の聖女選定の儀式。その主役に選ばれたのが、平民出身のアリアだった。


アリアは祭壇の前に立ち、深呼吸をした。


大丈夫。練習通りにやればいい。手を広げて、神聖な光を出して、ありがたいお言葉を述べるだけ。


「いざ、神よ——」


そのとき、アリアの視界の端に映ったのだ。


大神官マクシムの頭の上に、小鳥が一羽。


ちょこんと。


すごく、ちょこんと。


「……っ」


笑ってはいけない。これは百年に一度の神聖な儀式だ。今この瞬間、王国中の人間が自分を見ている。絶対に、絶対に——


「ふっ」


漏れた。


「アリア殿?」マクシムが眉をひそめる。その拍子に小鳥がぴょこっと動いた。


「ふふっ、あっ、すみ——ふふふっ」


だめだった。


「こ、こほん。申し訳ございません、今のは——」


「何を笑っておられる」


「いえ、あの、神官様の頭に——」


「頭に?」


マクシムが手で頭を探る。小鳥はその手を軽々と避け、今度は反対側へ移動した。


「ふふっ、あっ、ごめんなさい、本当に——くくっ」


千人の観衆が沈黙していた。


アリアは必死に口を押さえた。おかしい。おかしすぎる。なぜよりによって今なのか。神様、これは試練ですか。だとしたら意地悪すぎます。


「……神聖感が、ない」


マクシムがぽつりと言った。


「は、はい。おっしゃる通りで——」


「まったく、ない」


「面目次第もございません」


「笑い飯屋でもやっておれ」


「……え?」


「聖女の任、解く。出ていけ」


アリアは三秒かけて、状況を理解した。


「——クビですか」


「クビだ」


「いま、百年に一度の儀式の最中ですよね」


「そうだ」


「それで、クビ」


「そうだ」


千人の観衆が固まっていた。アリアも固まっていた。マクシムだけが涼しい顔をしていた。頭の上の小鳥は、どこかへ飛んでいってしまっていた。


「……あの小鳥のせいですよ」


「関係ない」


「絶対関係あります」


「ない。出ていけ」


---


王都の城門の前で、アリアは荷物袋ひとつを持って立ち尽くした。


夕暮れ時の風が、追い打ちをかけるように冷たかった。


「信じられない……」


聖女候補に選ばれると通知が来たのが三ヶ月前。仕事を辞め、実家を出て、王都での研修を積んで、今日この日のためだけに生きてきたのに。


理由が「笑いすぎ」。


「笑いすぎって……人間として普通の反応でしょ。頭に鳥がいたんだから」


「誰に言ってるんですか」


突然の声に、アリアは飛び上がった。


振り返ると、壁に寄りかかった長身の男がいた。年齢は二十五、六歳ほど。黒い騎士服に、ひどく疲れたような目。整った顔立ちをしているが、表情が仏頂面すぎて台無しだった。


「あなたは?」


「ガリウス。元近衛騎士」


「元?」


「あなたの護衛を命じられた。不本意だが」


「不本意って……」


「あなたが聖女失格になった場合、追放先まで送り届けるのが任務だそうです。いの一番で失格になるとは思いませんでしたが」


言い方がいちいち刺さる。アリアはため息をついた。


「どこへ行けばいいんですか」


「辺境のベルタ村。元々あなたの出身地に近いそうです。そこで大人しくしていれば、特に何もしないと大神官閣下がおっしゃっていました」


「……辺境」


「馬車で三日です。荷物はそれだけですか」


アリアは手の中の袋を見た。着替えが二着と、昔から持ち歩いている薬草採取の道具。それだけだった。


「はい」


「では行きましょう」


アリアはふと、道具袋の中に手を入れた。指先に触れたのは、使い古された薬草採取ナイフだった。柄の木が磨り減って、手のひらにぴったり馴染む形になっている。子供の頃から何百回と握ってきた道具。聖女の儀式の衣装より、このナイフの方がずっと自分らしい気がした。


「草があるなら、まあ、なんとかなるかもしれません」


「楽観的ですね」


「そうですか?……さっきクビになりましたけど、なぜか全然落ち込んでないんですよね。おかしいですかね」


ガリウスは答えなかった。でも、ほんの一瞬だけ、横顔がかすかに緩んだ気がした。


馬車は王都を離れ、辺境へ向かって走り出した。アリア・ベルナール、元聖女候補(在任時間:約三十秒)の、薬師人生が始まろうとしていた。


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