引き合わせ
雪がちらつく山の奥地で、五〜六人の若い男たちが川魚を相手に漁を行っていた。手製の網で造った罠を引き揚げ一喜一憂している中、4頭身ぐらいの比較的若い少年が遅れてやってくる。少年は慌てた様子で流れるように挨拶をした後、網の回収に取り掛かる。「アランはいつまでも成長しないな。」と、体格が良く、優しそうな顔つきの青年が微笑んだ。「あいつらしいくて、いいじゃないですか。」そう言って、帰り支度をランと同じくらいの小太りの少年。そんな、周囲をよそにアランは他と比べ2~3回りほど小さな自身の網を引き揚げ、嬉しそうにしている。小太りの少年がアランの背中を叩き「ドンマイ!」と声をかける。アランは「タケル!」と少し驚き、「別に落ち込んでいないんだけど…」と タケルを煙たそうに見ながら囁く。
漁を終え、村に戻ったタケル達は、各々の家族が待つ家に帰っていく。村は漁地よりも山奥に位置し、常に雪が積もっている。ドアを開け「ただいま。」とつぶやくアラン。返事がないが、それが彼の日常である。アランは洞窟に簡素なドアと小窓を付けた家に一人で住んでいる。外から見れば家には見えづらいが、内装は質素な書斎といった感じである。アランは家に入るや否や、ベッドにバッグを投げ置き、ロウソクに火をつけ、床下を探りはじめた。床下から、隠した本や図面を取り出し、机に向かった。
朝、アランはタケルの声掛けで起こされ、慌てて漁に行く。「おはようございます。」と、昨日とは打って変わって、落ち着いた様子で青年らに声をかける。タケルが「まったく、調子が狂うぜ」と言うと、アランは「自分が起こしたんだろ。」と返す。
いつものように漁をしていると、漁地の片隅で二人の少年が何やらひそひそと話をしている。アランがそっと覗くと、彼らの網にお、印刷が施された紙切れが一枚ひっかかっていた。彼らは、「面倒ごとは御免だ。流しちまえよ。」とか「報告してもどうせ燃やすんだし…」といった会話をしている。「どうした?」と言ったタケルの声でアランはハッとし、「何でもない。」と落ち着いた様子で答える。漁を終え、家に戻ったアランは、いつものように、床下から印刷物を取り出し、机の上に広げた。
翌朝、アランは地響きによって、ベッドから引きずり降ろされた。急いで村の様子を見に行くアラン。人々が慌てふためいていたものの、大きな被害はないようで安心し家に引き返す。部屋に戻り室内を見まわすと木目の壁が歪み、裂け目が入っていた。修理を覚悟し落ち込み、頭をかいて俯向く。次の瞬間、アランは違和感を感じ、もう一度裂け目を見つめる。壁の向こうがやけに黒いことに気づき、裂け目をこじあけて手を入れる。「壁が無くなっている」。アランはは落ち着いた口調でつぶやいたが、驚きで固まってしまっていた。本来、木材で造られた壁の向こうには、冷たく無機質な`洞窟の壁`が存在しているはずであった。人がギリギリ通れるほどの岩の割れ目の先に、十二畳くらいの空間が広がっていたのだ。アランは魅入られるように空間の奥へと進んでいく。途中何か硬く冷たいものに躓きころび、顔をあげる。鉄の塊が静かに佇んでいた。「キカンシャだ」アランはポツリとつぶやくと、素早く辺りを見回す。空間には、機関車の他に、いくつかの本棚と、机、設計図のようなものが散らばっていた。資料を探っていると円筒状の半透明な物体を見つける。その物体は手のひらサイズで、ざっと二、三十個が机の上に積まれていた。「電池と設計図がある・・・。そこにあるのが先頭車両だとすれば、動かせるかもしれない」そう呟くと、アランはすぐさま、整理を始めた。
地震の後から、アランは日中は漁を行うなど、村人と生活をし、夜になると例の裂け目の先で、コソコソと作業を行うようにっていた。旧時代のモノや知識が禁忌であることを、薄々と感じとっているにも関わらず、アランは好奇心に勝てず、資料を読み解いていった。
ある日、アランは漁に行く最中、村に違和感を感じた。積雪が極端に減っていたのだ。
村人たちが、「雪の日が減り暖かくなっきていると思ってはいたが、、、」「ここまで雪が溶けるほどとは、、、」「ショクブツが村付近に現れるのも時間の問題かもしれない。」などと不安そうに、話している。
漁を終えたアランとタケルは木造の食堂で昼食を食べ始める。アランはタケルにショクブツについて問う。「そんなことも知らないのか?」と小馬鹿にするような半笑いして答えるタケル。「悪かったな。」と少し不機嫌そうにアランは返す。タケルが言うには、ショクブツとは、動物を捕食する緑色の生物で、群れを成して動き回っているらしい。「ショクブツは寒さに弱いから、村周辺には現れないんだってよ。」とタケルが話し終えると同時に、外から騒ぎ声が聞こえて来た。
何事かと思い、飛び出すアランとタケル。騒ぎの中心に目を向けると、村人達が雪の溶けた茶色い地面を見つめている。人混みを押し除け地面に駆け寄るアラン。アランは地面に光沢があり、倒した梯子のようなモノを見つめる。「線路」とアランは呟いた。呟いた瞬間に、周囲の大人複数人が険しい顔をし、アランに詰め寄った。六十代くらいの男がアランの襟を掴み、に連れて行く。タケルは心配そうにその様子を見つめている。
寂れた石造りの部屋に連れて行かれたアランは、年長の村人三人に「どこで知った?」「誰に聴いた?」と強く責められていた。「なんのことですか?」と半笑いしながらしらを切る。
「仕方ない、、、」と年長の村人が呟く。アランは抵抗虚しく、足枷をつけられ、簡素な牢屋に放り込まれてしまった。
その日の夜、アランは夕飯として与えられた、粗末なパンを貪っていた。自室を探られ、裂け目が発見されるをことを危惧し、顔を顰める。すると突然、「こんにちは!」と声をかけられる。アランは驚き周りを見渡す。「こっちこっち!」と少し甲高く、どこか腑抜けたような声が確かに聞こえてきた。鉄格子を挟んだ斜め向かい、牢屋の中から一人の男がこちらを、嬉しそうに見つめている。その男は、アラン達村人とは異なる、服装をしていた。「コート」とアランが言葉を漏らす。その瞬間、男は目を輝かせ、鉄格子に体を密着させてこちらに話しかけてきた。「ここに捉えられて三日間、この服の良さが分かる人がなかなかいなかったんだ!」と話す男。男を横目にアランは困惑していた。旧時代に発達した服をなぜ目の前の男が着ているのか。そんなアランをよそに男は自己紹介を始める。
男はカートと名乗り、遭難しているところを村人に助けられたが、すぐに牢屋に閉じ込められたらしい。アランはカートの言っていることが信じられなかった。村の外の人間に会ったことのある村人などいないからである。旧時代以降、人類は激減し、自分たちが最後の生き残りでもおかしくないと村人達は考えていた。「なぜ、俺が旧時代の服を着ているか、気になるか?」とアランの疑いを察するかのようにカートは語りかける。今までの砕けた、口調と異なり重みのあるカートの口調に、アランは唾を飲み込む。が、カートはそのまま寝てしまう。