視察は実際にやってるときより、準備の方が大変なこともある
ヒューイが、アーペインという冒険者から仕事を貰うようになって、十日ほどが過ぎていた。
元々呑み込みが早いのか、あるいは教え方が良かったのか。
仕事を始めて間もないにもかかわらず、ヒューイはすっかり仕事の流れを覚えていた。
この日も、ヒューイは仕事道具を背負い、家を出た。
仕事道具と言っても、ズタ袋と背負子だけである。
ギルドの仮設テントの前で待っていると、待ち人がやってきた。
「おう、少年! 今日も早いねぇ」
雇い主の冒険者、アーペインである。
身軽そうな出で立ちで、背負っているのはリュックが一つだけ。
それも大きいものではなく、あまり荷物が入っているようには見えない。
防具などもこれと言って身に着けていないように見えるので、最初は心配したものであった。
だが、今となっては、アーペインにとってはこれがもっともよい装備なのだ、と分かる。
挨拶を交わしてちょっとした打ち合わせをした後、すぐに出発する。
ダンジョンへ向かう道は、まだ整備中であった。
外から来た職人や、村の人達などが、地面をならす作業をしている。
費用はギルド持ちで、なかなかいい金額が支払われるらしい。
ヒューイも雇ってもらいたい、と思っていたのだが、残念ながら断られてしまっていた。
かなり立派な道を作る予定なのだそうで、それなりの知識と技術が必要なのだそうだ。
力仕事もあるらしいのだが、それならヒューイよりも体格がよく力がある大人の方が重宝される。
道の普請作業を横目に見ながらしばらく歩くと、ダンジョンに到着。
ダンジョンの周りは、かなり賑やかだ。
テントがいくつも並んでおり、ギルド職員や冒険者などがあわただしく動き回っている。
整地や建築作業なども行われていて、そちらの作業に携わる人間も忙しそうだ。
ヒューイとアーペインは、まずギルドの仮設テントへと向かった。
ダンジョンに入るには、必ずギルドへ報告しなければならないのだ。
当然だろう。
何しろ、このダンジョンでは塩と魔石が採れる。
下手なことをするようなものを、入れるわけにはいかない。
この世界の人間ならば誰でも知っていることだが、ダンジョンは「へそを曲げる」ことがある。
あまりにも「ダンジョンの意」に沿わないことをし続けると、「資源が枯渇してしまう」のだ。
それがどれだけ恐ろしいことなのか。
まともな人間であれば、誰だって理解しているだろう。
それが理解できず、ギルドの決まりを蔑ろにしてダンジョンに入るようなものが居たとすれば。
ギルドだけではない、「人類社会」そのものを敵に回すことになる。
もっとも、こういった決まりはダンジョンごとに異なるらしい。
ダンジョンというのは、ものによって全く姿が違う。
それぞれの実情に合った方式にしなければ、中に入る冒険者の管理などできないのだ、とか。
ヒューイはほかのダンジョン、どころか、村から遠く離れたことすらない。
ほかのダンジョンのことなど、正直想像すらつかなかった。
ダンジョンの入り口は、東屋のようになっている。
ヒューイは「東屋」という言葉を知らなかったが、アーペインによると「なんか、柱と屋根だけの建物」とのことだった
このアーペインという冒険者は、実にヘラヘラしていて軽薄そうであり、そういう自分を好んでいるように見える。
だが、実際はかなり教養があって、自分では想像もつかないような教育を受けた、例えば貴族のような人物なのではないか。
と、ヒューイは思っている。
もちろん、そんなこと口には出さないのだが。
東屋の中には階段があり、それを降りていくと広い場所に出る。
地面の中のはずなのに、やたらと明るい。
だけではなく、壁やらの装飾も美しかった。
広い場所の壁にあるのは、装飾だけではない。
大きくて奇怪な構造の扉があり、その近くには絵記号のようなものが描かれている。
最初は「なんだろう?」と思っていたものだったが、アーペインにその正体を教えてもらった。
このダンジョンには「小部屋」があり、それぞれに攻略する条件がある。
その条件が、「絵記号」として書かれているらしい。
読み方も、教えてもらった。
案外簡単だったので、すぐに覚えることが出来、今ではぱっと見でも分かるほどだ。
ダンジョンに入る冒険者は、案外日によって違う。
今、村には何人もの冒険者が来ているが、休む日がずれているから、らしい。
冒険者というのは毎日毎日ダンジョンに潜っているモノだとヒューイは思っていたのだが、どうも違う様なのだ。
「場所にもよるけどさ。ここなんかは特に、モンスターと命のやり取りをするわけでしょ? 疲れてていつもの調子が出ないなぁーって時に、殺し合いやりたいと思う?」
「そもそも殺し合いをしたいと思わないんですが」
「ああん、まぁ、それが正しい感覚だわね。いや、そうじゃなくってよ」
「分かってます分かってます。そうか。でも、そりゃそうですよね。命がかかってるんだから、調子が悪かった、じゃすまされないですもんね」
「休むのも仕事のうち。体の調子を整えるすべをきちんと身に着けて、やっと一人前なのよ。それがわからないやつは、冒険者にゃ向かないね」
そんな話をしながら、ダンジョンの中を歩く。
小部屋の前に並んでいる冒険者を確認するためだ。
空いている部屋で、手頃な条件のものを探すためだ。
この日は人数が多いパーティが多いらしく、「一人、あるいは少人数向け」の部屋は空いているようだった。
アーペインは一人で小部屋に挑むので、好都合だ。
丁度良い部屋が空いていたので、アーペインはそこに挑むことに。
何度か攻略したことのある部屋で、採れる塩や魔石の量もわかっている。
ヒューイは背負子をおろし、アーペインにズタ袋を渡す。
受け取ったアーペインは、部屋の中へと消えていった。
あとは、出てくるのを待つばかりである。
最初の頃はハラハラしながら待っていたものだが、今は全く心配していない。
アーペインに雇われるようになって、三日目の事である。
村のギルドの前で、若い冒険者パーティがアーペインに話しかけてきた。
訓練に付き合ってくれないか、というのだ。
何でもずっと獣型の相手とばかり戦ってきていたので、人型の相手とのやり取りを確認し直したいのだとか。
もちろん礼はする、と言われて、アーペインは快く引き受けた。
そして、今後の参考になるだろうから、と、ヒューイにその様子を見て置くように、といったのである。
給料も出す、と言われては、じっくりと拝見するしかない。
最初は、一対一。
対戦形式の訓練ということで始まったのだが、なかなか終わらない。
実力が拮抗している、というわけではなかった。
アーペインが、わざと終わらせないようにしていたのである。
攻撃をさせ、それを遮って攻撃を繰り出し防御をさせて、ギリギリ見切れる程度の不意打ちを織り交ぜ。
相手も冒険者だ。
そのうち勘を取り戻したのか、猛然と攻勢に出る。
だが、アーペインはそれを平然と受け流す。
素人であるヒューイの目から見ても鮮やかなその動きは、同業の冒険者達にして見れば驚愕に値するものだったらしい。
最初の一人がバテると、次の冒険者へ。
それが疲れたら、次へ。
結局、アーペインは相手のパーティ全員の相手をしたのだが。
その間息一つ乱すことはなかった。
「長く戦うためのコツがあるのよ」
そう言って笑っていたが、コツだけでどうにかなるものではないだろう。
アーペインという男は、凄まじく強いのだ。
しばらくすると、小部屋の扉が開く。
ズタ袋を肩に担いだアーペインが、満足そうな顔で出てきた。
「いい感じの塊が出たよん。次行ってみよう」
一回小部屋に入った程度では、ズタ袋は一杯にならない。
それでも、握り拳三つ分ほどの塩の塊は、意外なほどに重いのだ。
ヒューイは塩入のズタ袋を預かると、空のズタ袋を手渡す。
次にアーペインが塩を持ち帰ったら、中身だけを塩の塊が入ったズタ袋へ移す。
そうして二つほどのズタ袋がいっぱいになったら、村へ引き上げるのだ。
ちなみに、魔石が出た場合は、塩とは別のズタ袋に入れて置く。
このダンジョンでは塩と魔石が出るのだが、魔石の方が出る確率が低い。
十回中、九回が塩、一回が魔石、といったところなのだそうだ。
魔石は一度に出る量は少ないものの、買い取り額が良い。
時々ほかの冒険者が機嫌のよさそうな声を上げているのは、魔石が出たからだろう。
「今日は一人の所が空いてるから助かるねぇ」
小部屋の条件で、「一人」というのは少なかった。
大抵が、「二人から五人」といったモノばかりである。
冒険者側にとっては、好都合だろう。
大抵の場合は、複数人でパーティを組んでいるからだ。
前から聞いてみたかったことを、ヒューイは聞いてみることにした。
「アーペインさんって、パーティ組まないんですか?」
「んん? 基本的に一人で動いてるからねぇ。行った先で、即席で組むことはあるけど。決まったパーティはいないのよ」
理由を聞きたいところだが、それは流石に憚られた。
それに、もっと聞いてみたいこともある。
「冒険者になるのって、大変なんですか?」
「全然? ギルドで登録すりゃ、それで誰だってその瞬間から冒険者よ?」
ギルドに登録すれば、冒険者には簡単になれるだろう。
だが、ヒューイが言っているのはそう言う事ではない。
アーペインも理解しているのだろう、軽く笑って、手をひらひらと動かす。
「ここのダンジョンだけでいえば、ヒューイならそんなに苦労しないである程度稼げるようになると思うよ」
雇われるにあたって、ヒューイは自分のスキルについてアーペインに報告していた。
スキルというのは、よほどの理由がない限り、別に隠すようなものではない。
むしろアピールポイントになるので、積極的に宣伝する者も居るほどだ。
「なに、ダンジョンで稼ぐのに興味あるの?」
「そりゃ、実入りがよさそうですし」
「そうかもだけどさ。結構危険よ?」
「村で新しい畑の開墾してるのよりですか?」
ヒューイのこの言葉は、揶揄の類でもなんでもなく、純粋な疑問であった。
何しろ未開の地、魔法が存在する世界である。
危険な動物も、動物じゃない奴も、そもそも生命体なのか怪しいやつだって、そこら中にいるのだ。
森の木々を切り開いて新たな畑を作るというのは、つまりそういう連中が蠢いている所に切り込んでいくと言う事なのだ。
「それを言われちゃうとなぁ。ただ、ここのダンジョンは倒すか倒されるかなのよ。場所を選んできちんと準備をすれば、そりゃ、畑の開墾よりは危険は少ないさ。準備をすれば、ね」
「道具とか武器ってことですか?」
「そういったモノも大切よ? でももっと重要なものがあるのさ」
「知識と技術、ですか」
「そういうこと。俺のでよければお教えしようか?」
「そんなお金ないですよ」
農村から遠く離れたことのないヒューイだが、何かの技術や知識は金がなければ得られない、ということは知っていた。
アーペインはまじまじとヒューイの顔を見ると、可笑しそうに目を細める。
「ギルドとしては、地元密着の冒険者が居てくれた方が助かるのよ。生産が安定するからね。で、その育成のためなら多少の報酬も出すわけ」
「ってことは、僕がアーペインさんからいろいろ教わったら、ギルドがお金出してくれるってことですか?」
「そういうこと。まあ、お前さんがモノになればだけどね。簡単な小部屋ぐらいなら、そうそう時間はかからないと思うよ」
ヒューイは難しい顔を作ると、苦しそうに呻いた。
正直、お金は欲しい。
冒険者としてダンジョンに挑めれば、それなりのお金は手に入るだろう。
もちろん、アーペインやほかの腕がいい冒険者ほど稼げるわけではないだろうことは、分かっている。
だが、ただの荷物運びですら、かなり実入りが良いのだ。
自分がダンジョンに潜るようになったら、どれ程になるか。
村や家族に、稼ぎを持っていきたい。
きっとこれからは、多くの人間が村の外から入ってくるのだ。
その前に、出来るだけ準備をしなければならない。
準備にはお金がいる。
今までの村では必要なかったものだけに、集めるとなると大変だ。
それこそ村中が総出でかかっているが、なかなかどうして。
ヒューイには、うまく行っているようには見えなかった。
「一晩、考えさせてもらってもいいですか」
「一晩でいいの? もっと考えた方が良いんじゃない?」
「いえ、一晩で大丈夫です。こういうのは早い方が良い。んじゃないか、と思うので」
おおよそ、気持ちは決まっている。
実のところ、一晩必要なのは両親の説得のためなのだ。
上がってきた報告を読み、確認し、次の指示を出す。
やらなければならないことはかなり多いのだが、ダンジョンマスターとしての壮志郎の仕事は、さほど多くはなかった。
ソッティーをはじめ、ウィーテヴィーデやマルシュオーラが仕事をしてくれているからだ。
「皆優秀だよねぇ。おかげでおじさん、ほとんどお仕事しなくていいぐらいだもの」
「そうなるようにマスターが調整をした結果かと」
「いやぁ? おじさんが思ってた何倍もすごいよ? 嬉しい誤算、ってやつだね」
「ある程度の目算はあったのですか」
「うん。そりゃぁ、うん。え? どうだろう。うーん。計算してたのかっていわれるとなぁ。おじさんって意外と行き当たりばったりだから」
おおよそ見た目通りなので、意外でもなんでもありませんが。
とは、口にしなかった。
ソッティーは基本的に無慈悲だが、壮志郎には気を遣うのである。
「ひとまず、ヒューイ少年はアーペイン殿の訓練を受けることになったようです」
「みたいだねぇ。なんか、若者の未来を誘導してるみたいでさ。正直、おじさんとしては複雑な心境なんだけど」
「この世界における冒険者というのは、地球でいえば一流企業の社員のようなものです。彼自身にとっても、良い道筋であると思われるかと」
「そうなんだよねぇ。その通りなのよ。でもさ、なんていうか。職業選択の自由。みたいなのがね」
そういいながらも、壮志郎は難しい顔でため息を漏らす。
「この世界の現状を考えれば、そういう考え方はミスマッチなんだろうけどねぇ。冒険者って必須の一次生産者さんなわけだし」
ダンジョンからの産出が無ければ、農業すら立ち行かないのだ。
村周辺、というより森全体で見ても、土に魔力が足りない。
それを補ってやったとしても、そもそも農業に向いた土地ではないのだとか。
「調べさせたところ、この辺りの土はそもそもこの周辺で主に栽培されている作物と相性が悪いようです。別の地域が主食としている作物に相性が良いものがあるようなのですが」
「そこまで調べられるのか。調べが付いたとして、それまで縁のなかった作物に切り替えられるのか。難しいねぇ」
農家に、いきなり知りもしない作物を育てろ、というのはあまりにも無茶だろう。
その両腕両足は君に合っていないから、取り替えろ。
と言っているようなものである。
いや、畑は先祖代々受け継いできて、子々孫々に残していくものなわけだから、もっと凄まじいことを言っているようなものだ。
「アーペイン殿によると、ギルドが既に土の調査などを始めているそうです」
「へぇ。ギルドってそういうことまでするんだ。結果は出そうなの?」
「おそらく、今年中には結果が出るだろう。とのことでした」
「早いなぁ。まあ、食事の事だからねぇ。それなりに必死になるかぁ」
「作物の切り替えも、さほど時間はかからないだろう、というのがアーペイン殿の見立てのようです。新規に開墾する畑が増えるだろうから、そこで実験が行われるだろう、と」
「なるほど。新しく開墾された畑か。そういうの直ぐ思いつくところは流石だなぁ。昔何やってたか知らないけど」
アーペインは昔は王様をやっていた、というようなことを何度も口にしているのだが、壮志郎は見ざる聞かざるを通していた。
もはや単なる悪あがきなのだが、壮志郎はそれを貫いている。
おっさんというのは、時に想像もつかないような意固地さを発揮する生き物なのである。
壮志郎の持論の一つだ。
「ですので、今後は魔石の需要はますます高まります。訓練を受けて冒険者になる道筋がつくのは、良いことなのではないかと」
「そうなんだよねぇ。高給取りなわけだしね。ある程度になれば、地位も名誉も手に入るって話だし」
何しろ、人間社会を支えている立場、と言ってよい冒険者である。
その能力によっては、かなりの尊敬を集める立場なのだ、という。
「こちらがある程度思考誘導をしたとはいえ、結論を出したのはヒューイ少年ですので。そこまで気にしなくてもよろしいのではなかろうかと」
「まぁ、そうなんだけどもね。頭では納得してるんだけどさ。気持ち的な問題でね。若者にはいろいろと選べる道を用意してあげたかったなぁ、っていうか」
そこで、壮志郎は何かに気が付いた、というような顔を作った。
眉間を指で押さえると、大きくため息を吐く。
「そのためにはダンジョンが必要不可欠なのか。この世界では」
正直なところ、「人類の命運が双肩にかかっている」などと言われても、壮志郎としては「へぇ。大変だなぁ」と思う程度である。
大切なことだということはもちろんわかっているのだが、正直「なるようになるさ」としか思えないのだ。
もしかしたら、話がでかすぎて理解が追い付かないのかもしれない。
しかし。
若者の未来がかかっている、となると、途端に苦いものがこみ上げてくる。
おっさんうんぬんというより、これは壮志郎個人の感傷だ。
考えても詮無いことではある。
「とはいえ、割り切れないのが人間だ、と。おじさんは思うのよねぇ」
割り切れないが、そんなことを言っていても仕方がない。
やるしかないことを、やるしかないのだ。
「まあ、おじさんに出来ることは、出来るだけうまくダンジョンをやることぐらい、か。何か口出ししなくても、アーさんに任せて置いた方がうまくやってくれるかしらね」
「アーペイン殿も、ヒューイ少年を気に入っているようです。悪いようにはしないものかと」
「そうだねぇ。余計なことはしない方が良い、か。で、次のは何だっけ?」
壮志郎が手に取った書類には、「サンプルダンジョン内視察について」とタイトルがうってあった。
「あー。そういえばそんなのもお願いしてたよねぇ。楽しみにしてたのよ」
「楽しみに。伝えておきます。ウィーテヴィーデも喜ぶでしょう」
楽しそうな声の壮志郎の言葉に、ソッティーは大きくうなずいた。
ウィーテヴィーデは、酷い緊張の中にいた。
壮志郎によるサンプルダンジョンの視察の当日。
準備は万端、の、つもりだ。
何しろ、今回のために特別な自動人形を作ったほどである。
人を乗せる「籠」を装備した、「ヴィーデ」と同じような形の物。
わざわざダンジョン力を使って、新造したものだ。
壮志郎を輸送する専用の自動人形を作ってしまえば、安全である。
それが、ウィーテヴィーデが出した結論だった。
この自動人形を作るにあたり、当然ソッティーと壮志郎には相談している。
壮志郎は「そこまでしなくてもいいのよ?」と苦笑していた。
だが、ソッティーは「良い考えです。すぐに取り掛かりなさい」といったのである。
正直なところ、ウィーテヴィーデにとっては予想外だった。
基本的に、ソッティーはダンジョン力の消費に厳しい。
壮志郎が比較的サクサク使うから、ストッパー的な役割を担っているのだ。
そのソッティーが、一も二もなく新しい自動人形、それも他に使いどころのない特注を新造することに賛成した。
異常事態である。
ソッティーが過保護なのは今に始まったことではないが、ここまでというのは初めてではなかろうか。
「マスターは視察を楽しみにされています」
自動人形を新造する打診を言ったときに、ソッティーは改めてそう言った。
二度目である。
基本的に、自動人形というのは故意に削除でもしない限り記憶は消えない。
よって、ソッティーがわざわざ「二度」もそういったのには、明確な理由がある。
すさまじく念の入った強調。
だから絶対に失敗するな、と釘を刺してきたのだ。
もしウィーテヴィーデが人間だったら、歯の根が合わないぐらい震えていただろう。
憎悪や殺意を向けられるのは当然怖いが、こういう「当然分かっているだろうな」的なプレッシャーも内臓にクルものがある。
身をもって知りたくない種類の事実を知ることが出来、ウィーテヴィーデは頭を抱えた。
それでも、やらなければならないことは、やらなければならない。
とにかく急いで、新造自動人形を呼び出し。
丁度人間型であるマルシュオーラを実験台にし、テストをしては調整を繰り返した。
マルシュオーラはブーブー文句を言ったが、おかげでよいものになった、はずだ。
ダンジョンマスター専用自動人形。
字面にすると大仰だが、要するに介護用車椅子の豪華版みたいな感じの代物である。
可動域が広く、不整地でも安定して歩行が可能な六本脚。
場合によっては魔法による浮遊移動も可能。
姿勢制御や防御、万が一の戦闘用として、特殊構造の腕部も搭載している。
打撃や高握力による掴み攻撃のほかに、攻撃魔法掃射装置。
防御魔法展開装置も組み込んである。
高度な自己判断能力を持ってはいるが、ソッティーやウィーテヴィーデのような「人格」はない。
おかげで必要ダンジョン力はかなり削減できた、が。
それでも相当なコストをかけて作った一体である。
「へぇー。おじさん、これに乗って見学するの? やっぱり自分の足で歩かない方が良いのかしらね?」
「今回見てもらうのは、森。そして、石造りの地下迷宮といった形状のフィールドでございマスデス。本職の冒険者でも、歩いているだけで疲弊するような場所だと聞くでございマスデス」
「うん、無理だね。おじさんなら五分ぐらいでバテるかな」
おっさんというのは、基本的に体力のない生き物なのである。
稀にかなりの筋力を保有したおっさんも居るのだが、そういったモノは希少種と言ってよい。
「最初は、森の方にご案内するでございマスデス。それが終わって余裕があるようだったら、地下迷宮へ向かいマスデス」
「余裕があったら?」
「解説とかに時間がかかってしまうかもしれないでございマスデスから」
「そっか、予定が狂う場合もあるもんね」
今回視察に行くのは、第三階層。
つまり、次の次の階層候補のサンプルである。
さして急ぎの仕事ではないので、今回だけですべて視察して回り終える必要はない。
対して、壮志郎には時間的制約がある。
食堂で従業員向けの食事を作ったり、ウィーテヴィーデとマルシュオーラの食事を作ったりしなければならないのだ。
それと、日常の家事も待っている。
ぬか床をかき回さないといけないし、掃除と洗濯もしなくてはいけない。
特にマルシュオーラは全く家事をしないので、壮志郎が実家のおかん状態になって世話を焼いている。
「一応余裕のある予定を組んでいるので、多分大丈夫でございマスデスけど。念には念をでございマスデス」
「そうだねぇ。そういうの大事だよねぇ。ところで、今日ってマルさんも来る予定じゃなかったっけ?」
「今日は休むとのことでございマスデス。用事が出来たと言っていたでございマスデス」
「何かあったのかしら?」
壮志郎のダンジョンでは、有給制度が存在する。
働いているのはモンスターや自動人形なので、基本的には必要ないのだが。
それだと壮志郎が心苦しい、ということで作られた制度である。
休むのは良いのだが、なんで突然。
まさか、体調不良とかだろうか。
心配そうに首をかしげる壮志郎に、ソッティーが首を横に振る。
「大したことではありません。食券が手に入ったので、ゲームを手に入れに行くとの事です」
「食券? ゲーム? どういうこと?」
「何から説明すればよいのか迷いますが」
自動人形は、基本的に食事を必要としない種族である。
だが、彼らが全く食事をしないかというと、そうでもない。
娯楽として、食事をするものも多いのだ。
よって、生物系の従業員同様、食堂で食事が出来る「食券」を配布されていた。
もちろん、壮志郎の意向である。
さて、この「食券」であるが。
自動人形達にとって食事は「娯楽」であるがゆえに、「通貨」のような役割を持つようになっていった。
何かをやり取りするときには、「食券」が絡むようになっていたのである。
「へぇー。いつの間にそんなことに」
「ご報告が遅れて、申し訳ありません」
「全然、全然。話すタイミング見てたんでしょ? 説明しづらいもんねぇ、こういうの」
本来推奨されている「食券」の使い方ではないわけだから、壮志郎としては諸手を上げての歓迎は出来ない。
だが、こういった息抜きが必要だということは、良くよく心得ている。
「それで、食券が手に入ったから、それとゲームを交換しようとしてるってわけかぁ」
従業員達には娯楽、ゲームなどの所持も許されている。
それ等のやり取りにも、「食券」が使われているらしい。
「自動人形の中に、マルシュオーラ殿の食指が動くようなゲームを作ったものが居たようでして。いわゆる、スマートボールやパチンコに近いもののようなのですが」
「はっはぁー。そうなんだぁ。でも、どうして急に?」
「マスターが乗る自動人形を調整したときに、手伝ってもらったのでございマスデス。それで、手持ちを渡したのでございマスデス」
「あらら。そうだったんだ。そりゃ、災難だったねぇ」
壮志郎の言う通り、災難であった。
だが、ウィーテヴィーデとしては、背に腹は代えられなかったのだ。
普段であれば食事の絡むことでは絶対に妥協しないところなのだが、ことがことである。
流石のウィーテヴィーデも、「食券」をケチってミスを犯し、ソッティーに殺されたり生き返らせられたりするのは嫌だった。
「かわいそうにねぇ。そうだ。今日の御夕飯は、ウィーテヴィーデちゃんの好きなのにしようか。丁度献立決めてなかったし。何食べたい?」
「すき焼きが良いと思うでございマスデス!!!」
「じゃ、そうしようか」
僥倖。
思わぬ事態に、ウィーテヴィーデは心の中で雄たけびを上げた。
頑張ったご褒美は、特別なごはん。
いや、まだ美味しくすき焼きが食べられるとは限らない。
壮志郎が無傷で視察を終えなければ、ソッティーに酷い目に遭わされるだろう。
過保護なソッティーが料理もさせないで休ませるだろうから、当然すき焼きも食べられない。
逆に言えば。
この視察を無事に終えれば、ソッティーの覚えも目出度く、すき焼きもおいしくいただくことが出来る。
ウィーテヴィーデのモチベーションは、急上昇していた。
「まぁ、とにかく。案内してもらっちゃおうかしらね」
「お任せくださいでございマスデス!!!」
ウィーテヴィーデの気合が通じたのだろう。
視察は無事、終了。
その日の食卓には、すき焼きが上ったのであった。
間が空いて申し訳ねぇ
次回
ヤバそげな国がろくでもないことをして、おじさんにも被害がきます
あと、ヒューイ少年が冒険者の訓練をします




