新人は不発弾のように丁重に扱うべし
この日、壮志郎は朝からスーツを着込んでいた。
天使である5番と、通話をすることになっていたからだ。
朝ごはんもすでに終えており、さっそくソッティーにダンジョンコアを操作してもらう。
相変わらず、壮志郎の目ではダンジョンコアの画面をとらえられないのだ。
5番と通話がつながり、一頻り「いやいや、ご無沙汰しておりまして」と頭を下げあう。
ある意味儀式ともいえるようなそんな挨拶を済ませたところで、5番は早速本題を切り出した。
「田沢さんも気になってると思うんですが。“メルタール・リンド大森林”の件です。例のスタンピードの」
「あー。あちらを担当していらっしゃる天使様からのご指示だったそうで」
「そうなんですよ。いやぁー、ちょっとあれも訳アリでしてね。まあ、しっかり説明しようと思うとかなり複雑なうえに面倒な話になるので、ざっくりそんなニュアンス、ってことで」
さて、この話、聞いてしまっていいものなのだろうか、と、壮志郎は考えた。
あちらのダンジョンマスター、パルタパルは、天使から事情は聞かされていない、と言っていたはずだ。
壮志郎が思い浮かぶ理由としては、おおよそ二通り。
聞かせる必要がないと考えたから説明しなかったのか。
あるいは。
聞かせることが出来ないから説明しなかったのか、である。
「あの、5番さんすみません。私、怖がりなもんでして、一応の確認なんですが。それって、私が聞いても、大丈夫な感じのやつなんですかね?」
「はっはっは! いやぁー、田沢さん相変わらず察しが良いですねぇー。ちょっと事情が特殊でしてね? 私達より上のご都合で、壮志郎さんにだけある程度情報開示しろってご指示でして」
5番の上、つまり天使の上ということは、神様とかそういった感じの話になるのだろうか。
できれば聞きたくないが、「情報開示しろ」という表現を5番が使ったということは、つまりこちらに選択肢はない、ということだろう。
非常に聞きたくない話ではあるが、苦笑いで聞かなければならない。
「わかりました。他言無用、ということですね」
「そう言う事です。で、まぁ、ざっくりいうとですね。所属する派閥の事情、ってやつなんですよ」
「派閥、ですか」
「ええ。“メルタール・リンド大森林”を担当している若い天使なんですが、混乱やらを担当する部署に近い立ち位置にいまして」
神様的な所属も部署っていうんだろうか。
まあ、おそらく実際は別の呼び方があるのだろう。
5番はそれを、壮志郎にわかりやすくかみ砕いてくれているのだ。
あるいは、その「部署」をちゃんとした言葉でいうと、問題があるのか。
「ダンジョンを管轄する部署ではないんですが、まぁ、色々力関係がありまして。無視もできないところなんですよ。で、そこがスタンピードについて、くちばしを突っ込んできたわけです」
「担当である、混乱やら、に関する事柄でですか」
「そう言う事です。スタンピードが混乱を起こさないのがお気に召さなかったようでして。それが、お気に召さない、だけならよかったんですが。そちら関係で実害が出始めていたようでして」
「あららら。じゃあ、実際結構不味いことになってた、と」
「それで、急遽対策が必要になりまして。パルタパルさんに頑張ってもらったわけです」
「ちなみに、聞いて問題なければなんですが。不味いことって、どの程度不味い感じだったんです?」
「ちょっと空間がゆがんで、ちょっと大陸とかがなかったことになったり、ちょっと星の軌道がゆがむかもしれなかった感じですかね」
やっぱ神様のちょっとって次元がちげぇな、と、壮志郎は思った。
まあ、そういう感覚の違いというのは、日本でもままあることだろう。
貧乏人とセレブでは、金銭感覚とかが違うことなどはよくある。
壮志郎は飲みニケーション能力が異常だったので、交友関係はかなり広かった。
海外セレブとかにご飯をおごってもらったこともあるのだが、金額に腰を抜かしそうになったものだ。
人によっては首を括らなきゃならないような金額も、人によっては一回の食事代扱いになる。
壮志郎の持論の一つだ。
「あー、それは問題ですねぇ」
「そうなんですよ。ですが、パルタパルさんが上手いことやってくださいました。いやぁー、本当に優秀ですよ、あの方は」
確かにその通りだろう。
空間がゆがんだり、大陸がなくなったり、星の軌道が歪んだりするような事態を回避したのだ。
功績だけ見れば、英雄やらの所業ではなかろうか。
「そして。田沢さんはダンジョン力を供給することで、その手助けをした。いや、本当に助かったんですよ。こちらとしても」
「いやぁー、お役に立てたようでしたら、何よりです」
つまり。
と、壮志郎は素早く頭を回転させる。
つまり、お前達が携わっている仕事は、容易く世界の明暗を分けるような仕事であって、相手は人間だけではない。
ちょっとした手違い、失敗で、「そう言う事が起きる」仕事をしているのだ。
だから、今後も励むように。
おそらく、5番が言いたいのは、そう言う事だろう。
と、壮志郎は推測する。
相手は天使様だ。
壮志郎のこんな考えも、筒抜けだろう。
実際、5番は良い笑顔でゆっくりと頷いている。
「それを教えていただけた、というのは。釘差しとご褒美。ってところでしょうか」
釘差しは、先の通り。
そういう仕事をしてるのだから、気を緩めるな、という種類のものだ。
ご褒美、というのは、いわゆる「やりがい」である。
昨今、悪役にされがちな概念ではあるが、「やりがい」というのは重要だ。
モチベーションの維持にもつながる要素である。
ここまで話が大きいと、かえって委縮して仕事がしづらくなるものもいるだろう。
だが、幸い壮志郎はそういった傾向はない。
自分がどんな仕事に携わっているかある程度分かった方が、やる気になるタイプなのだ。
もちろん、5番もそのあたりのことは百も承知だろう。
「田沢さんは話が早くて助かります」
満足そうな笑顔を見るに、壮志郎の答えは5番のお気に召すものだったらしい。
この後、アレコレと打ち合わせをして、一時間ほどで通話は終了した。
ダンジョンの発見。
それ以降、村は劇的に変化していた。
多くの人がやってきて、次々に建物が建っている。
当然、村人の生活も大きく変わっていた。
ヒューイも、例外ではない。
「おーい、資材が届いたぞー! 運んでくれー!」
その声に、ヒューイは「そら来た」とばかりに走りだした。
建材を満載にした馬車の元まで走ると、職人に指示をもらう。
ヒューイは今、大工に荷物運びとして雇ってもらっている。
まだ子供で体格も大きいとは言えないヒューイだったが、どういうわけか力は大人並みにあった。
大きな柱用の木材であっても、一人で担ぎ上げることだってできるのだ。
村の皆は、ヒューイの怪力をよく知っていた。
だから今更驚きもしないのだが、外から来た人達は違う。
皆一様に、驚いていたものである。
ギルドの職員が、好意で「スキル」の鑑定をしてくれたのだが、そこでも驚かれた。
どうやら、ヒューイは優秀な「スキル」をいくつも持っているらしい。
重い荷物が運べるのも、そのおかげなのだそうだ。
「気を付けて運んでくれよ」
「はい! ここにあるやつは全部、宿屋ですか?」
「おう、そうだな。怪我するなよ」
木材を担ぎ上げ、ゆっくりと歩いて運ぶ。
本当はもっと速く運べるのだが、人とぶつかると危ないということで、速度を落としていた。
以前、農作物を運んでいて、兄を跳ね飛ばしたことがあるのだが、その時は目玉が飛び出るほど叱られたものである。
もっともその時は、明らかにヒューイの不注意だったから、怒られて当然だったのだが。
荷物を運び終えると、給金が支払われる。
日当制で、お金はその日ごとに支払われることになっていた。
貰ったお金は、すべて家に納めている。
今までの村の暮らしでは、お金というのは必要のないものだった。
ヒューイもお金がどういう物なのかは、知っているのだが、自分で使ったことなど一度もない。
だが、今後は変わってくるのだろう。
生活するのに、必ずお金が必要になる。
そんな風になるまでには、さほど時間はかからないはずだ。
だからこそ、それまでに相応のお金を稼いでおきたいところである。
ヒューイの家では、兄や姉、母などが、仕事をしてお金を稼いでいた。
父や祖母祖父は、畑につきっきりだ。
最近はダンジョンから採掘された魔石を、畑に使っている。
どんな反応があるかわからないので、片時も目が離せない。
「おう、少年! 仕事帰り?」
「ええ、これから家に帰るところです。アーペインさんは、もうお酒ですか?」
「はっはっは! これのために働いてるからね!」
声をかけてきたのは、最近村に来た冒険者、アーペインだった。
酒場、といっても外にテーブルを並べただけのそこで、酒を飲んでいるようだ。
ここは、村の貯えで作った酒場である。
冒険者相手に商売するための場所で、村人も働いていたりする。
「相変わらず荷物運びしてるの? ワンパクだねぇー」
「体力ならありますんで。自分には合ってるんですよ」
「確かにヒューイの腕力なら、そうかもなぁ。いや、そうだったそうだった。その腕力を見込んでさ、実はちょっと相談があるんだよ」
「へ? 俺にですか?」
なんだろう、と、ヒューイは首をかしげる。
アーペインと話すようになったのは、少し前。
村の周りを歩いていたアーペインに、ヒューイから声をかけたのがきっかけだった。
うろうろ歩いている姿が気になったので、何をしているのが聞いてみたのだ。
「この辺は、どんな植物が生えてんのかなぁ、と思ってね。使えるのがありゃ便利かな、と思ったんだが。なかなかねぇ」
毒のある植物があれば武器になるし、蔦があれば縄なども編める。
あるいは、動物や昆虫にも、便利なものはある、のだとか。
冒険者というのはそんなことまで考えるのか、と、感心したものである。
それ以来、顔を合わせるとあれこれ話すようになった。
「俺がいつも一人で仕事してるって、言ったっけ?」
「そんなこと言ってましたね。ダンジョンでもそれ以外でも、いっつも一人だって」
「そうなのよ。今まで潜ってたダンジョンだとそれでよかったんだけどさ。ここのダンジョンだと、ちょっと問題ありなのさ」
どう言う事だろう、と、ヒューイは首を傾げた。
村の近くで発見されたダンジョンは、一人でも十二分に稼げるようなものだったはずだ。
まして、アーペインはかなりの凄腕らしい。
顔見知りのギルド職員もそういっていたので、間違いないはずなのだが。
「いやほら、お兄さんってめっちゃ狩りがお上手なのよ。だから、稼ぎがそれなりに良いわけさ。でもね、ここで稼ぎが良いって、つまり重い荷物運ぶことになるでしょ?」
「あー。塩と魔石ですもんね」
これらはお金になるのだが、ずっしりと重い。
それなりの稼ぎを得ようと思えば、当然それなりの量を運ぶ必要がある。
「そうなのよ! この間なんて、危うくぎっくり腰になるところだったからね。だからさ、ちょっと荷物運びを手伝ってほしいわけ」
「はぁ。それって、ダンジョンに入るんですか?」
村の近くにあるダンジョンがどんな作りになっているのか、ヒューイも話には聞いていた。
モンスターと戦うための場所があり、そこに入らない限り先ず安全、らしい。
村人の何人かも、実際に入って仕事をしている。
なので、別に入っても問題ない、と言われているのだが。
少々怖いというのが、正直なところだ。
「そう。あと、ズタ袋の運び込みね。アレも意外と重くってさぁ。俺って、動き回って相手をかく乱する戦い方するからさ。本番まで疲れたくないのよ」
「へぇー。そういうモノなんですか」
確かに戦うなら、疲れている状態でなく、万全の態勢で臨みたいと思うのが当然だろう。
ダンジョンに入るときは空の袋を運び、出るときには塩や魔石を入れた袋を運ぶ。
そんなところなのだろうか。
「荷物運びだけですか?」
「もちろん。危ないことはないよ。なんかあったら俺が守るし、周りには冒険者もギルドの職員さんもいるからね」
「んー、ちなみに、お給金っていかほど?」
「このぐらい」
アーペインは財布から銅貨を数枚取り出すと、自分の掌に載せて見せた。
それを見て、ヒューイはぎょっと目を見開く。
村での荷物運びより、イイ金額だったのだ。
「そんなに? いいんですか?」
「良いも悪いも。ギルドで決まってる既定の額なのよ。そうだよなぁ!」
アーペインが声をかけたのは、酒場で飲んでいたほかの客、ギルドの職員だ。
非番なようで、酒とつまみを楽しんでいるようだった。
ギルド職員は口に入っていた酒を飲み込むと、うなずきながら答える。
「んん、そうだよ。それと、あんまり荷物の数が多い時は、追加料金ね」
「一応、村を出てダンジョンって危険地帯に行くからね。危険手当もあるのよ」
「そういうもんですか。でも、荷物運びにそんなに払って、アーペインさん稼げるんです?」
「あっはっはっは! じゃなきゃ頼まないって!」
アーペインは大口を開けて笑っていて、ギルドの職員も苦笑している。
どうやら、冒険者というのはヒューイが思っているより、ずっと稼ぎが良いらしい。
「あー、わかりました。やらせてください。ただ、明日は資材運びの仕事に行く約束があるので。明後日からになるんですが」
「よっしゃ! じゃあ、それで決まり。明日はダンジョンに潜らないで、色々準備することにするわ。明後日の朝、ギルドのテントの前で集合ね」
簡単な打ち合わせをして、ヒューイはアーペインと別れた。
冒険者というのは、ずいぶん儲かるらしい。
家のために、少しでもお金を稼ぎたいヒューイとしては、気になるところだ。
今度、アーペインやギルドから、話を聞いてみるのもいいかもしれない。
ヒューイはあれこれと考えながら、家へと向かった。
ウィーテヴィーデとマルシュオーラは、顔を突き合わせて唸り声をあげていた。
ソッティーに命じられた無理難題、「壮志郎に怪我をさせず、サンプルダンジョン内部を見学させる」を遂行するためである。
「ていうかマジなんで私巻き込まれたの。言われたのウィーテヴィーデちゃんだけだったじゃんか」
「死なば諸共でございマスデス」
「発言が物騒すぎる。流石に死なんでしょ。え? し、死なないよね? 死なないよね流石に。ソッティーもそこまでしないよね?」
「ソッティー様はこの間ダンジョンコアを弄りながら、ぼそりと。死んでも復活は可能、ですか。死人の魂を呼び寄せて復活させられるぐらいだから、当たり前ですか。と言っていたでございマスデス」
ウィーテヴィーデは、異様にソッティーの声真似が上手かった。
自動人形であるウィーテヴィーデのことだから、何かしらスピーカー的なもので声を出したのだろう。
いつもなら「似てるぅー!」とか言ってテンションを上げるところだが。
この時のマルシュオーラはむしろ真顔になっていた。
「えーっと。がんばろっか」
「それしか生き残る道はないのでございマスデス」
黒曜石で作った、のっぺりとした人型。
そんなビジュアルのソッティーだが、割と見た目通りヤヴァイところがある。
「ていうか、そもそもよ。どうしてマスターってソッティーの隣に立ってて平気な顔してるの」
マルシュオーラから見て、ソッティーは「尋常じゃないぐらいヤバイ化け物」であった。
自我を持った、大型で強い勢力を持つ台風、あるいは地震、とでもいえばいいのだろうか。
戦うとか戦わないとか、そういう相手ではないのだ。
にもかかわらず、壮志郎は平気な顔でその隣に突っ立っている。
「魔力が感じられないとか、ソッティーが力の放出を抑えてるって言ってもさ。ソッティーを設計したのってマスターなわけでしょ? どんなスキル持ってるか知ってるのに、平気でいられるもんかしらね?」
「前にソッティー様にお伺いしたことがありマスデス。マスターはどうしてソッティー様といて、平気な顔をしているのか、って」
「なんて言ってたの?」
「ああ見えてマスターは神に見初められた人物です。口幅ったいことを言うようですが、並、尋常の人間とは器が違うのでしょう。だそうでございマスデス」
「過大評価じゃね?」
確かに壮志郎は神様に選ばれてダンジョンマスターになっている。
ダンジョンマスターとしての適性はあるのだろう。
ただ、マルシュオーラが見るに、それはいわば「下請け企業の社長」としての適性なのだ。
上から降ってきた注文に対し、最高品質の商品で答える。
そのために、職人達に最高の場を用意し、仕事が円滑に進むように指示を出す。
壮志郎の才能は、そういった種類のものだ、とマルシュオーラは判断しているのだ。
実際、その考えはほとんど正解といっていい。
「うちのマスターにはその手の戦国大名的な大物っぽさはないでしょうよ」
「ソッティー様がそうおっしゃっているのなら、そうなのでございマスデス」
「まあ。自動人形勢はそうなるかぁ」
ウィーテヴィーデもマルシュオーラも知らない事実ではあるが、ソッティーはそもそもほかの「自動人形」とは段階が違う存在である。
この世界は、神が作り上げた世界であった。
それも、何かの特異点、例えばビッグバンのような状態から順を追って形作られたわけではなく。
まるで「世界五分前仮説」のように、「人間型の種族が繁栄するちょっと前」の状態で「創り出された」世界なのである。
よって、すべての種族は神によって造形され、神によって調整されている。
もちろん、「自動人形」も例外ではない。
何しろダンジョンマスターが「呼び出せる」魔物の一つであるわけだから、さもありなんといったところだろう。
さて、通常の場合、ダンジョンマスターが呼び出す魔物は、「天使」などが作ることになっている。
そのうえで、指定したスキルやら何やらを添付され、ダンジョンマスターの下へ送られてくることになっていた。
が、ちょっとした手違いがあり、ソッティーは天使が作ったのではない体が使われている。
つまり、この世界の神が作ったものなのだ。
それも、ちょっと加減を間違えて、「権限を与え過ぎた」ものだったのである。
少々ニュアンスは違うのだが、ものすごくかみ砕いてわかりやすく言えば、「天使の5番と同等の力がある」といった感じだろうか。
事情があってそういうことになったのだが、現時点でそのことを知るものはごくわずか。
ソッティー自身ですら、知らないことであった。
ともかく。
そんな事情であるから、ソッティーは言ってみれば「自動人形の祖」であり、「自動人形の完全上位種」であり、「究極の自動人形」なのである。
ウィーテヴィーデを含む自動人形達は、ほぼ本能でそういった「格の違い」を感知し、ソッティーに跪いていた。
傍から見れば、尋常ならざる力から服従しているように見える。
実際、マルシュオーラもそう見ていたのだが。
もはやそういう次元とはかけ離れたところで、「自動人形」はソッティーに服従するしかないのである。
まあ、もちろん単純に力も強いので、自動人形以外も服従するしかないのだが。
「でも、ぶっちゃけどう思ってんの?」
「ソッティー様はマスターに呼び出されていマスデスから、恩義を感じておられるものと思うでございマスデス」
「まあ、そうだわよねぇ」
マルシュオーラはそうつぶやくと、厚揚げのポテトチップスを一枚口に放り込んだ。
分厚くスライスしたジャガイモを揚げたもので、まだ温かい。
全体に塩をまぶしてあり、上に固まりのバターを乗せ、青のりを振ってあった。
壮志郎が作ったおつまみである。
そう、マルシュオーラは酒を飲んでいたのだ。
ウィーテヴィーデとマルシュオーラがいるのは、ウィーテヴィーデの自室であった。
試験的にダンジョン内で生産した絨毯なども布かれており、かなり快適なスペースになっている。
「ま、そんなことより、マスターに怪我をさせない工夫、か。ヘルメットはマストでしょ?」
「膝当ても用意しマスデス」
「肘当ても必要かな。あの、肘にやるやつ」
「必要かもしれないでございマスデス。いっそお尻のサポーターも用意しマスデス?」
「小学生がローラースケートやるみたいな装備になるなぁ」
「安全性を考えれば、それが一番かもしれないでございマスデス」
「そうかもしれないけど。ん、この味噌美味いなぁ」
キャベツをざく切りにして、ディップソースをつけて食べる。
ソースはいくつか種類があって、辛子味噌、ごま油と塩昆布、オリーブオイルに香辛料を加えたもの、などなど。
すべて、壮志郎の手作りである。
地球時代から料理を趣味にしていた壮志郎は、部下を自宅に招いて酒と料理を振舞うことがあった。
こういったつまみ系は、十八番といってよい。
とにかく壮志郎は、酒の席、というのを大事にしている。
飲める飲めないにかかわらず、その雰囲気が大事なのだ、と考えていた。
人間関係を円滑にするのに、ある種の無礼講、羽目を外せる場というのは大事だ、と。
そういった場での言葉なんぞ信用に値しない。
というようなことをいうモノもいるが、壮志郎はそうは思っていなかった。
社会人、特に日本人は、抑圧されがちな人種だ。
酒の席位でしか言えない本音もあれば、愚痴もある。
壮志郎の持論の一つだ。
「ん? ウィーテヴィーデちゃん、なにそれ」
「ブリトーでございマスデス。チーズとベーコンとミートソースでございマスデスね」
無論、壮志郎が作ったものだ。
トルティーヤ、ブリトーを包む薄いパンみたいなものまで自作したらしい。
「へぇー。美味しそうじゃん。一口ちょーだい」
「絶対に嫌でございマスデス」
「いいじゃんよ。美味しいものは分け合おうぜ」
「じゃあ、そのグラタンをよこすでございマスデス」
マルシュオーラの前にあるのは、壮志郎手製のポテトグラタンだ。
冷凍のフライドポテトにベシャメルソース、ミートソース、とろけるチーズなどを乗せてオーブンで焼いたものである。
これがなかなかに美味い。
マルシュオーラは無言で、グラタンを自分に引き寄せた。
そして。
無言で身を乗り出し、ウィーテヴィーデのブリトーに齧りつこうとする。
「やめるでございマスデス! この!」
「痛い痛い痛い! 拳はないでしょ拳は! ちょっ! いつの間にそんなでっかいフォーク持ってんの! 人のもの奪おうとしないでもらえますぅー!?」
「どの口が言うでございマスデス!?」
テーブルの上のものに被害があると不味いので、どちらもそこから離れて取っ組み合いを始める。
そんな自動人形と魔女を、ウィーテヴィーデの片割れ、四角い箱に節足動物系の足が付いたような形状の方、ヴィーデは、非常に残念なものを見るような雰囲気で見守っていた。
事務所には、壮志郎、ソッティー、ウィーテヴィーデ、マルシュオーラが集まっていた。
アーペインは不参加である。
村にいる必要があるから、仕方ないだろう。
ただ、近いうちに対策を打つ予定である。
ダンジョンコアで取り寄せられるものの中に、寝ている人間を幽体離脱させる装置があるらしい。
事務所は少々次元のずれた場所にあるので、幽体だけで戻ってくることはできないのだが。
それでも、通信機などを使えば、会話程度は可能である。
「部屋に障害がなさ過ぎて、戦いにくい場合がある。特に多数に対して人数が少ないパーティなどは、なにもない部屋では戦いにくいそうです。アーペイン殿自身、なかなか面倒だ、とのことでした」
ソッティーからの報告に、壮志郎は「へぇー」と感心したような声を上げる。
「ああいうのってなにもない部屋の方が良いのかと思ってたけど。そうでもないのね」
「そのあたりは私にはわかりかねますが」
ソッティーのそんな言葉を、壮志郎は「実戦経験がないからよくわからない」と捉えた。
ウィーテヴィーデとマルシュオーラは「下々の戦い方とか絶対強者である自分からするとよくわからない」と捉えた。
認識の違いである。
「うーん。そういう部屋も作った方が良いのかしら?」
「障害物がある部屋を作ること自体は、簡単でございマスデス。夜に部屋を閉じているときに作業すれば、あっという間でございマスデスから」
壮志郎のダンジョンマスターとしての特性である「ダンジョン魔法」。
施設課に所属するものは、全てがそれを保有している。
なんだかんだと頭数もそろってきているので、作業スピードもかなり速い。
「試してみるのが良いんじゃない? うちの新入りの出番だと思うけども」
マルシュオーラのそんな言葉に、壮志郎は首を傾げた。
「うちのしんいり?」
「例の、人間の魂入りの自動人形の事かと」
「あー、はいはいはいはい。それにしても、どうなのあの子達。実際のところ。こう、メンタル面とか」
「安定してるみたいよ? やっぱり体が自動人形なのが良いんじゃない? まあ、ビジュアルは完全に人間だけど」
「そう見えるように調整したでございマスデス」
ウィーテヴィーデはこれでもかというほどのドヤ顔で言った。
壮志郎達が話題にしていた自動人形、四体は、顔を突き合わせてため息を吐いた。
ダンジョンで働く従業員用に用意された、食堂の一角。
喫茶スペースや休憩、談話室などとしても解放されているそこで、今後のことを話し合うためだ。
「死後の世界って本当にあったんだな」
「現世だけどな、ここは」
彼ら四人は、冒険者であった。
ダンジョンに潜り、資源を採掘する、ごく普通の冒険者である。
しかし、ダンジョンに危険は付き物。
四人はちょっとしたミスをきっかけに、死んでしまったのだ。
だが。
死んだ彼らは、そのまま死後の世界で「審判」を受けた。
人は死ぬと、三つの世界のうち、どれかで新たな生を受ける、と言われている。
一つは、地球でいうところの「地獄」。
非常にひどいところらしい。
一つは、地球でいうところの「天国」「極楽」に該当する場所。
非常にいいところらしい。
最後の一つは、「なんだかよくわからない場所」、場合によっては、「異世界」などと呼ばれる場所だ。
別の世界で、何かそこにいる生き物に生まれ変わるらしい。
当然、悪行を積んでいれば「地獄」に。
善行が多ければ「天国」や「極楽」へ行ける。
そして、取り立ててそう言うのがない、平々凡々な生き方だと、「異世界」で適当な生き物に生まれ変わる、らしい。
四人は全員が「異世界」で、魚とか小動物になる予定、だったのだが。
そこで、「審判」を執り行っていた「天使様」から、提案を受けた。
とある場所で五十年ほど働いたら、「天国」「極楽」に行く権利を得られますよ。
四人が四人とも、一も二もなく飛びついた。
結果が、今の有様である。
「自動人形の体になって、ダンジョンの試験に使われるって。実験台みたいじゃない?」
「みたいじゃないでしょ。実験台なのよ」
四人のうち、二人が男、二人が女である。
まあ、自動人形の体となってしまったわけだから、男も女も関係ないかもしれないが。
実際のところ、彼らの認識は全く正しかった。
四人はマルシュオーラの発案により、ソッティーが天使である5番に提案した、ダンジョン用の実験台なのである。
「でもさ。ぶっちゃけ嫌じゃないんだよなぁ」
「そうなんですよね。それがなんか、問題のような気がしないでもないんですけど」
まさしく文字通りの実験台であるわけだから、陰鬱とした気持ちになるのが当然だろう。
が。
四人は全くそんな気持ちになっていなかった。
むしろ、今までよりも楽しいまである。
なんといっても、衣食住を気にする必要がない。
病気の心配は完全に無用。
実験のために血が出たりする「限りなく有機物に近いけど、無機物の体」であるため、怪我などはするのだが。
それだってちょちょいのちょいで、魔法やパーツの取り換えで治ってしまう。
仕事のスケジュールだってかなり余裕がある。
というより、ダンジョンのテストだけが仕事なので、めったに仕事がない、と言っていい。
実際、今のところ仕事らしい仕事をしたのは二回ほどだけ。
あとは、訓練や教習、暇つぶしなどをしているだけなのだ。
「僕としてはこの世界の真実を知れたのは、うれしいね。知識欲がすごく満たされたよ」
「アレは衝撃的だったよな」
この世界は「五分前仮説」みたいな感じで作られ、うっかり資源を入れ忘れられていること。
それを補充するために、ダンジョンが作られたこと。
四人は「自動人形」になってすぐに、それらをマルシュオーラから説明されている。
「いろいろ腑に落ちましたけどね」
「それも含めて、不満ってないのよね。今の生活」
「俺ら、食うや食わずやだったもんなぁ」
「まさか、自動人形になるときに、そういう風に思うように調整されてるんじゃ」
「ああ、それこの間、ウィーテヴィーデ様に聞いてみたんだけど。そんな面倒なことしないって言われた」
「私達って、自分達で思うより図太かったんですね」
だからこそ、こんなことに選ばれたのである。
「これから、どうなるんだろうなぁ」
四人のうち、誰にもわからない疑問だろう。
別に答えを求めていったわけではない。
再び、ため息が漏れる。
「しっかし、ダンジョンマスター様っていうのは、どういうお人なんだろうな」
「知らないよそんなの。人間だったって話は聞いてるけど」
「きっと、とんでもない人なんでしょうね」
「異世界の人だっていう話でしょう? よっぽどの傑物なんじゃないかしら?」
そんな四人のそばを、のんびりとした顔のおっさんが通りがかった。
おっさんは四人に気が付くと、踵を返して声をかけてくる。
「あ、君たちさぁ、コロッケって好き? 試作品作ってるんだけど、味見してもらいたいのよ」
「マジっすか!?」
「聞いたことないですけど、それっておいしいんですかマスターさん!」
おっさんの正体は、もちろん壮志郎だ。
四人組は、壮志郎が「ダンジョンマスター」だとは思っていない。
この食堂の「マスター」、つまり責任者かなんかだと思っているのだ。
福利厚生は割と手厚いものの、末端までの情報徹底は割とぬる目なダンジョンであった。




