無理難題は降ってわく
慣れてしまうと、仮設営のギルドというのは使い勝手がいい。
何しろギルドというのは大量の物資が持ち込まれる。
冒険者がダンジョンから手に入れてくる品々だ。
それらの査定には、外の方が都合がいいことが多かった。
また、天幕、椅子、机などといった備品も、野外用の品質の良いものがそろえられている。
使い勝手は非常によく、仕事をするのに支障がないどころか、実に快適だ。
今現在、正式なギルド建物の建築真っ最中なのだが、もういっそこのままでもいいのではないか。
と、メルディスは思うようになっていた。
ギルドが連れてきた冒険者がダンジョンに潜り始めてから、しばらくが経つ。
ダンジョンの調査も進んでおり、最近では外から流れてくる冒険者もちらほら見えるようになってきた。
幸いなことに、皆一様に行儀がいい。
それもそのはずだろう。
やってきているのは、ある程度以上の腕を持つ冒険者ばかり。
そういった者達は収入もよく、社会的評価も高い。
衣食足りて礼節を知る、とはよくいったもので、そういった者は無茶なことをしないことが多かった。
持つものが多いというのは、失うものが多いと言う事でもある。
人間というのは、持っているものを失うことを嫌う。
冒険者であっても、それは同じらしい。
ギルド側からしてみれば、歓迎すべき状況である。
もちろん、いつまでそれが続くかはわからない。
できるだけながく。
少なくとも、村の人達がある程度警戒心を持ってくれるようになるまでは、その状況が保たれてほしい。
それはメルディスというより、ギルド全体としての願いであった。
「へぇー。いわゆる闘技場みたいな形なんすね。こりゃ、独り身としてたすかるっすわ!」
メルディスの前にいるのは、今日この村にたどり着いた冒険者であった。
最寄りのダンジョン、“メルタール・リンド大森林”から流れてきた、アーペインという名の冒険者だ。
到着早々、ダンジョンについての情報を集めようと考えたらしい。
冒険者としては、非常に平均的な動きと言える。
話してみた印象としては、頭の回転も悪くなさそうに思われた。
立ち居振る舞いや装備から見ても、それなりの腕もありそうだ。
ギルド職員として、メルディスは多くの冒険者を見てきている。
その目から見て、比較的優秀な中堅どころ、といったところだろうか。
「そっかぁ。じゃあ、明日さっそく、様子見に行ってみるっすかね。その前におねぇさん、ここの村ってもう宿屋出来てるんすか? 身一つできちゃったんで、泊まるとこないと困るんすよぉ」
「村が共同で経営している、宿泊施設があります。もちろん、食事とお酒もありますよ」
「マジっすか! そりゃぁありがてぇっすわ!」
とりあえず、すぐに村に不利益を与えるような冒険者ではないらしい。
メルディスはこの新しい冒険者、アーペインは、当面監視する必要はないだろう、と判断したのであった。
当人はあまりそう思っていないのだが、アーペインはのちの世に名前が残る位の人物。
まして戦乱に荒れる大国を治めたことで、“平定王”などと呼ばれる元国王であった。
相手に与える印象を意識的に変えることなど、特に何か考えることもなく、呼吸をするように行えるだけの能力がある。
ただのギルド職員でしかないメルディスに、アーペインのことを見抜け、というのは、あまりにも酷な話だろう。
早速、村が共同経営しているという宿屋に行ってみると、案外しっかりした建物が建っていた。
元々は村長の家だったものを、急ごしらえで改装したらしい。
外から人が来たとき、宿泊させることも想定したつくりになっているようだ。
店番をしていた村人に聞いてみると、村長の家は新しく建てるのだとか。
ダンジョンが発見された以上、外からくるものも多くなる。
交渉の場にもなる村長の家は、もっと立派にしなければならないから、なのだとか。
とりあえず十日分の料金を払い、村の中を回ってみる。
拠点となる村を確認するのは、冒険者にとっては当然の行動で、特に怪しむ者はいない。
アーペインは、以前この村に来たことがあったが、気が付くものはだれも居なかった。
バレないような偽装は施していたのだが、やはり問題なかったらしい。
それでも、念のため確認は必要だ。
ヒューイ少年のことも、確認しておく。
畑仕事や、冒険者相手の仕事を手伝っているようだった。
根が真面目なようで、懸命に仕事に励んでいるように見える。
周りをよく見てみると、部下達が合図を送ってくれているのがわかった。
シャドーピープルやガスクラウドなどが本気になって隠れていると、アーペインでも見つけるのは困難だ。
しっかり仕事をしているようで、まずは感心である。
日も暮れてきたので、食事と、少量の酒を買う。
思ったよりも、味が良かった。
おそらく塩が手に入るからだろう。
ちょっとした葉物野菜もあったが、これが思ったよりずっといい。
アーペインの知識によれば、生育が早く、むしっても次の日には次の葉が出てくるような、生命力の強い葉野菜だったはずだ。
おそらく、さっそく魔石を肥料として使っているのだろう。
辺境の畑で育ったとは思えないほどの大きさに育っているのは、そのためだとアーペインは推測した。
土にすら、ダンジョンから手に入れたものを与えなければ、十全に作物が育たない。
ここはそういう世界であり、アーペインはそういう世界で生まれて死んだ。
ゆえにこのことを特に疑問に思わなかったのだが、壮志郎に呼び出されて以降は、なんとなく複雑な感情を抱くようになっていた。
壮志郎やマルシュオーラのいた世界をいささかうらやましく思う、のだが。
あちらはあちらで、人間同士の争いが一切絶えないのだとか。
こちらでそんなことをしていたら、共倒れで滅びて終わりだろう。
どこに行っても、苦労というのは絶えないらしい。
借りた部屋は、個室だった。
相部屋でもいいかと思ったのだが、寝られるだけのスペースにかぎ付きのドアがある部屋が並んだ種類の宿だったのだ。
壮志郎やソッティー、マルシュオーラが見れば、マンガ喫茶の個室か、ドヤ街の安宿みたい、というだろう。
冒険者というのは、武器持ちが多い。
現金を宝飾品に換えて、身に着けて歩いている、という場合も少なくなかった。
そのため、相部屋を嫌う冒険者というのは、存外に多い。
駆け出しで金に余裕のない連中ならそんな贅沢も言えないのだが、相応に収入のある中堅以上の冒険者であれば、安全に金を払う価値をよくよく知っている。
そういう意味では、この村の宿は急ごしらえとしては、まぁ、及第点といったところだろう。
朝食を食べて、さっそくダンジョンへ。
村とダンジョンをつなぐ道は、整備している真っ最中らしい。
ギルドが金を出し、村が請け負って作業をしているようだ。
この仕事でとりあえず金を持たせ、店などを開く資金にさせる。
おそらくギルド側の思惑としてはそんなところだろう。
その気になれば、ギルドはいくらでも土木作業の専門家を呼んでこられるはずなのだ。
ダンジョンの前に着くと、ギルド職員が既に待機していた。
何人かの冒険者もいるようだ。
近くには天幕が張ってあり、そこでギルド職員達が作業をしている。
しばらくすると、ダンジョンに通じる階段から職員が上がってきた。
近くにいた職員に声をかけると、にわかに職員があわただしくなる。
ほどなくして、冒険者達に地下へ降りる許可が出た。
地下へ降りる階段の前に、職員と護衛と思われる冒険者が立っている。
ダンジョンに入るには、ここで登録書を見せる必要があった。
冒険者達の列に並び、アーペインも中へ。
製作中から見ていたが、こちらから入るのは久々な気がする。
初めて来た体なので、あちこちきょろきょろとあたりを見回す。
いかにも初めて来ました、といった姿でいささか情けなくはあるが、見た目なんぞ気にしているようでは冒険者は務まらない。
何しろ自分の命がかかった仕事である。
外聞を捨てる程度で五体満足で生き延びられるなら、その方がいい。
何より、「そういうことが出来る冒険者」の方が、評価が高いのだ。
ほかの冒険者や、その辺にいる職員に話を聞き、情報を収集。
判明しているこのダンジョンのルールをあらかた聞き終えたところで、さっそく小部屋で戦ってみることにする。
小部屋の前にはギルド職員がいて、中に入る人間の調整を行っていた。
考えてみれば、そのぐらい気を遣うのは当然だろう。
入るのは、一番基本的な小部屋。
一人の冒険者が入り、ゴブリン型の自動人形が一体現れるもの。
このダンジョンの小部屋に出るのは、今のところすべて自動人形なのだとか。
説明を聞いたアーペインは感心して見せたが、もちろん知っている情報である。
種族は統一した方が、マルシュオーラにとっても調整しやすかろう、という壮志郎の配慮だ。
それに、壮志郎の下にはソッティーとウィーテヴィーデがいる。
あの二人がいる以上、自動人形は使いやすかろう。
まあ、ソッティーがいればどんな種族でも従順になると思うが。
順番を待つまでもなく、小部屋に入ることが出来た。
今ダンジョンに入っているメンツは、ほとんどこの部屋に用はないらしい。
チュートリアルのようなものであるから、もう用はない、というものが大半なようだ。
小部屋に入ると、出入り口が閉まる。
完全に密封されたところで、目の前にモンスターが現れた。
のっぺりとした人型。
全身が黒曜石で作られたような、つるりとした外見。
つなぎ目はなく、固そうな外見にもかかわらず、関節と思しきところがぐにゃりと曲がる。
近づくだけでわかる魔力保有量の多さは、ドラゴンなどすら足下に及ばないだろう。
立ち居振る舞いの隙の無さは、あまりに異質すぎて、そこにそれが存在しているという事実すら認識しづらくなる。
「おいおいおい。やべぇのが出てきちゃったじゃねぇっすか。レアモンスターってやつっすかねぇ?」
「お久しぶりです、アーペイン殿。早速ですが、今後の打ち合わせを始めます」
「なんすかぁー! せっかく初心者ダンジョンでやばいモンスターにかち合った冒険者って雰囲気出してたじゃないっすか! 乗ってくれてもよろしかろうというものでは!?」
「この部屋にそれほど長くこもるのも、不自然なものかと」
「まぁ、そっすよねぇ。了解っす。こっちの情報は、うちの部下が届けてるっすよね?」
「ええ。ですので、アーペイン殿が知っておいた方がよさそうなことを、お知らせしておきます」
情報を聞き終えたところで、ソッティーが塩の塊を手渡してきた。
一応モンスターと戦っていた体なので、戦利品をもっていかなければならない。
次の部屋に入ったときに、再び打ち合わせをする予定だ。
それにしても。
ソッティーにあったせいで、無性に白飯が恋しくなってしまった。
すっかり日本食にならされてしまった、アーペインである。
「じゃあ、今週のアンケートメニューはつけ麺、ということで。結構偏るかなぁ、これ。お野菜食べてもらいたいですよねぇ。まあ、種族的にそういうの必要ない子も多いのかしら?」
居並ぶ部下の前で、壮志郎は唸った。
食堂で週一で行われる、食べたいメニューのアンケート。
その集計結果によって決まる「アンケートメニュー」の決定会議である。
「サラダを付けるというのは、いかがでしょう?」
「しかし、ラーメンにあうか?」
「いや、この際、栄養面を考えて、ある程度は」
「んー、それならさ、ごま油とかで味付けした、やみつき系のサラダとかどうかしら? キャベツと海苔って感じで」
壮志郎の提案に、どよめきが起きる。
「なるほど。家系のもやきゃべの感じで行けますね」
「それで行きましょう」
この後、ラーメンの方向性などを打ち合わせて、会議は終了。
食堂の従業員達と壮志郎は、食堂を出た。
その後、壮志郎は事務所へ足早に向かう。
「ごめんなさいね! お待たせしちゃって」
部屋に入ると、ほかのメンツは既にそろっていた。
ソッティー、ウィーテヴィーデ、マルシュオーラ。
ダンジョンの主要なメンツである。
壮志郎は靴を脱ぎ、いそいそとこたつの中に入っていく。
「いやいや。ごはんは大事だもんねぇ」
「その通りでございマスデス。それで、今回のアンケートメニューはなんなのでございマスデスか!」
「発表するまで秘密なのよ」
「グギギギギギギギギギギ」
ウィーテヴィーデから、多分人間からは鳴らないであろう音が響く。
外見上は人間に見えるが、きちんと自動人形なのだ。
ソッティーは咳ばらいをして、話を始める。
構造上、咳などでないはずのソッティーだが、必要とあらばそれっぽい音は出せるのだ。
「では、報告から。アーペイン殿が、ヒューイ少年と接触に成功した、とのことです」
「ヒューイくんってアレだよね。村の若い子」
おっさんから見ると、大抵の子は若い。
というか、ダンジョン最寄りの村の村長は、壮志郎と同世代だった。
平均寿命が短い世界なのもあるだろうが、単純に壮志郎がおっさんだ、というのもある。
世知辛い世の中である。
「おじさんの友達のお子さんがさ、ちょうど同じぐらいなのよねぇ。いや、もう高校生? 大学? 子供の成長って早いからなぁ」
特に、知人とか親戚の子供の成長は早い。
生まれたと思ったら、知らんうちに小学生になり、大学生になり、大学を卒業している。
独り身のおっさんは、強く意識しないと時の流れに取り残されてしまう。
あるいは、強く意識していても取り残されてしまう。
壮志郎の持論の一つである。
「確認したところ、冒険者という職を気にする素振りはあった、とのことです。当人が意識しているかどうかは別として、間違いなく興味はあるだろう、と」
「聞いてはいないんだ?」
「村に入って数日の冒険者に、突然そんなことを聞かれても困惑するものかと」
「それもそっかぁ」
「どこかできっかけを作って、接触してみる。とのことです」
そのあたりのことは、アーペインに任せておけばいいだろう。
部下も使って、上手いことやってくれるはずである。
「何か労いをしないといけないですよねぇ」
「当人に何か聞いておきます」
「うぃうぃなぁー、アーさん。私もご褒美ほしいんですけど。こう、モンスターと戦って素材をはぎ取るやつの最新版とか」
「手柄をあげればよろしいのでないかと」
「私管理業務よ!? どうやって手柄をあげろと!?」
多分、ソッティーはしばらく、マルシュオーラにゲームを与える気はないのだろう。
与えたら齧りついて遊び始めるので、多分良い判断だ。
手持ちのゲームもしゃぶりつくしていないようだし、文句は言っても暴発はしない、と考えているらしい。
おそらく、その判断は正しいのだろう。
もしマルシュオーラが本気でゲームに飢えていたら、地面に寝転がって両手両足を激しくばたつかせるはずなのだ。
実際、壮志郎もそういう光景を五回は見てきている。
壮志郎がきちんと記憶しているぐらいだから、マルシュオーラのばたつかせっぷりの激しさがわかろうというものだ。
「続いてですが。5番様から、マスターと通話をしたい、というむねのご連絡がありました」
「ん、すぐにかな?」
「いえ。都合もおありでしょうから、明日以降の都合がよい時間に、とのことです」
本来なら相手の都合も考えるところだが、相手は天使様である。
こういう場合、向こうの時間的都合を考える必要はない。
とはいえ、何が伝えたいのか気にはなる。
「どんな要件かとかは?」
「頂いたメールには、何も」
「そっかぁ。ちょっと気になるよねぇ。うん、明日の始業、朝一でということで。すぐにご連絡してもらえるかしら?」
「わかりました」
いうが早いか、ソッティーはダンジョンコアを操作し始める。
すぐに、といったその場で瞬時に。
ダンジョンというのは、早さが重要なのだ。
「こちらも、ご報告なのでございマスデス」
「はいはい。何かしら?」
手を上げるウィーテヴィーデを、壮志郎が促す。
「森、石造りの地下。それぞれのサンプルが完成したでございマスデス」
ダンジョンの今後の展開を考え、ウィーテヴィーデはダンジョンの構造サンプルを作っていた。
階層ごとに内容が変わるダンジョン、というのを予定しており、一階層目は現在の闘技場スタイル。
次の階層は、草原型で、ダンジョン“メルタール・リンド大森林”のダンジョンマスター、パルタパル・ロス・セシリアスに監修を依頼する予定になっていた。
ウィーテヴィーデは現在、そのさらに下。
第三階層の方向性を模索する仕事に取り掛かっているのだ。
「そうなんだぁ。じゃあ、直接確認させてもらいに行こうかしら」
「マスターが、直接来るのでございマスデス?」
「ええ。目で見た方がわかることも多いでしょうし。まあ、怪我しないように、ソッティーとウィーテヴィーデちゃんにはちょっと準備してもらおうと思うんだけどね。ほら、おじさん何もないところでもころんじゃうから」
「マスターが、怪我をしないように、準備を。で、ございマスデスか」
「えらいこっちゃで」
壮志郎が怪我をしないような準備をする。
振ってわいた突然の高難易度ミッションに、ウィーテヴィーデは息をのんだ。
直接関係がないマルシュオーラですら、戦慄するレベルである。
ウィーテヴィーデは助けを求めるように、ソッティーを見た。
が。
「わかりました。準備はしておきますが、マスターご自身にも注意して頂かないと。流石に何もないところで転んで怪我をされますと、手の施しようがないかと」
「そうねぇ。安全靴とか用意しようかしら」
ソッティーは、壮志郎にだけは甘い。
なんだかんだ言って、基本路線は壮志郎の意思に沿うようにするのだ。
そして、ソッティーが方向を定めた以上、ウィーテヴィーデが反対するわけにはいかない。
「わかりましたでございマスデス。それでは、随行員についてはマルシュオーラさんとも相談いたするでございマスデス」
「そうしなさい。どちらも、そのつもりで」
なんで突然巻き込んだ?!
その一言が言えず、マルシュオーラはすごい顔でウィーテヴィーデを睨んだ。
もちろんそんなものは一切意に介さず、ウィーテヴィーデは涼しい顔である。
こうして、ソッティー、ウィーテヴィーデ、マルシュオーラは、ミッションインポッシブルに挑むことになったのであった。
お久しぶりの更新
お待たせして申し訳ねぇ
本業の方でバタバタしております
いろいろお知らせできるのは、もうちょっと先になりそうです




