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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
山賊とお嬢ちゃん
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最終話

「おい、土産だ」

 ……また来たな、くそ親父。

 玄関ドアを閉めようとしたら、足で止められた。

 ……チッ。

「今、舌打ちをしなかったか?」

「いいや」

 転移魔法陣が完成し、王都とこの街の移動は一瞬で済むようになった。しかし転移魔法陣を使えるのは限られた者だけで、それも正当な理由がなければ使用許可は下りない。

 そのはずなのに、なぜ親父はたびたび現れるのか。今日は仕事が休みでこれから出かけるというのに。

 俺は親父の横に視線を移す。ジギーと、そしてその横に馬……と言うには少々爪も牙も長いが、まあ一応仔馬が一頭。

「まさか、土産というのはそれのことか?」

「ああ」

 実はジギー、以前やって来た時に領主の馬――お嬢ちゃんが乗っていた馬車を引いていた馬だ――を気に入り、厩舎の前で動かないという超わがままで強引な方法を使い、結局王都に連れて帰ってしまったのだ。

 仔馬が生まれたという連絡はあったが、それがこの馬なのか。

「土産、ということはくれるのか?」

「そうだ」

「しかし、いいのか?」

 親父ではなくジギーに訊けば、馬のようにヒヒンといなないた。

 そうか、いいのか。

 まあ、聖獣の血を引いているのだから能力はそこらの馬より余程いいだろう。

「名は?」

「コギーだ」

「……まさか、ジギーの子だからコギーとか、そんな単純な理由じゃないよな」

 親父が睨んでくる。あ……単純な理由だったか。

 親父には先に屋敷の中に入ってもらって、俺はジギーとコギーを厩舎に連れて行く。

「なあコギー、お前は話せるのか?」

 訊いてみれば、コギーが返事をする。

 ――うんうん、超話せる! よろしくねー主様! オレね、リンゴが好き、超好き! でね、人参も好きー! ブラシごしごしもー! あとね、遊ぶのも好きー! お水ばしゃばしゃする? あ、でも移動で疲れたー。寝るー!

 コギーはごろんと寝転んで、ぐうぐう寝てしまった。

「…………」

 ジギー、どういう教育をしたのだ。

 ジギーがふんと鼻を鳴らす。

 ――リズリアが甘やかした結果だ。お前にそっくりだな。

「俺とどこが似ているんだ! しかし母さんが可愛がっていたのなら、ここに連れてくるのは反対だったのではないか?」

 ――いや、次が産まれるから大丈夫だ。

「…………」

 次? 

 ――すまないな、先に幸せになって。

 俺はこほんと咳払いする。

「ま、まあ幸せならいいのではないか?」

 ――おや、なんだ? 余裕があるな。

 何かいいことでもあったかと訊かれ、俺は少し胸を反らす。

「最近ルーティアが俺に歩み寄ってきているのだ」

 そう告げれば、ジギーがあきらかにがっかりとした様子を見せる。

 ――……なんだ、それだけか。

「それだけとはなんだ!」

 失礼な。ここまで来るのにどれだけ頑張ったと思っているのだ。

 殿下一行が帰った後も、なんだかんだと領主の屋敷に居座り続け、最近は婿扱いまでしてもらえるようになったのだぞ。周囲から固めていく作戦だ!

 ――ああ、そうかそうか。

 ジギーがコギーの横にごろんと寝転ぶ。

 ……この親子、ちょっとむかつくな。

 ――そうだ、コギーは角砂糖が好きだが、際限なく食べるのであまりやりすぎないでくれ。

 そうしてジギーはコギーを舐める。コギーが寝ながら「うにゃにゃ」と笑う。

 ……変な笑い声だな。

 いや、それよりも……。

「ジギーは本当にいいのか? コギーを手放して」

 ――会いたければ、いつでも会いに来られるだろう。それに、子は離れていくものだ。

「……そうか」

 ジギーも目を閉じたので、俺は屋敷に戻る。するとお嬢ちゃん――ミルルが親父に抱っこされていた。

 学校に通うようになり、以前よりも背も伸びて益々可愛くなった……って待て、親父!

「その足元の箱の山はなんだ!」

 大量の箱を指させば、親父が鼻を鳴らす。

「ミルルへの土産に決まっているだろう」

「ありがとう! ガディおじ様大好き!」

 ミルルが親父に抱きつく。

 く……っ。もので釣るとは卑怯な。

「ルーティア殿の分もある」

 ルーティアが戸惑いの表情をしながらも礼を言う。

「こんなにたくさん……。いつもありがとうございます」

「これくらいどうということはない」

 まあ実際助かってはいるがな。あの男への援助と借金の支払いで、この家の台所事情はかなり酷い状態になっていたのだ。

 だが王弟殿下は滞在費とラディちゃんが好き勝手した分の迷惑料まで払ってくれたし、親父はせっせと貢物をしてくれる。俺も仕事の合間に領主の仕事を手伝い、伯父さんの手助けもあってかなり立て直すことができた。

「ああ、そうだった」

 親父がミルルを下ろし、服のポケットから小さな箱を取り出すと、それを俺に差し出す。

「注文の品だ」

「…………」

 俺は箱と親父を交互に見る。

 ミルルが「これなに?」と首を傾げている。

 ちょっと待て。

「それは、あれか?」

「あれだな」

「…………」

 伯父さんにこっそりお願いした品を、どうして親父が持ってきた。いや、それよりまだ内緒にしていてくれと頼んでいたはずなのに。

「いいから受け取れ。そして開けろ」

 開けろって……。

「ミルルも見たいな?」

「見たい!」

 そう言われても……。

 俺はちらりとルーティアを見て、それから箱を受け取って開けた。中から出てきたものを見て、ミルルが歓声を上げる。

「わあ! 綺麗な指輪!」

 魔石をあしらった、世界で一つだけの指輪だ。もちろんその魔石には、俺が構築した守護魔術が組み込まれている。

「これ、お母様に?」

 う……まあ、そのつもりだが。

 俺は恐る恐るルーティアに視線を向ける。

「……貰ってくれるか? いや、別にこれを受け取ったからと言って結婚を強制しようとか、そういう考えは……ない……が……」

 声が尻すぼみになる。結婚を強制するつもりはないが、多少の下心はやはりある。そろそろあんなことやこんなことを許してはくれないかと、そんな思いはある!

 ルーティアが視線を彷徨わせる。

「お母様!」

 そんなルーティアの腕をミルルが引っ張る。

「ルルは、山賊さんとずっと一緒にいたい。いつまでも待たせたら、どこかに行ってしまうかもしれないよ。誰かのものになってしまうかもしれないよ。ルルは――、幸せになりたい!」

 ルーティアがハッとする。

「お母様だってそうでしょう?」

 親子はじっと見つめあう。

 そしてルーティアは、ゆっくりと俺の前に立った。

 受け取ってくれるのか!

 期待する俺に、ルーティアは両手の甲を見せた。

 ん? なんだ?

「どの指にはめればいいのでしょうか?」

「…………!」

 え、選ばせてくれるのか!?

 俺は慌てて指輪を箱から取り出し、ルーティアの左手を握った。

「絶対に幸せにすると誓う。だからこの指に」

 薬指にはめた指輪はぴったりで、こっそりサイズを測っておいてよかったと安堵する。

 具体的に、どのようにしてこっそり測ったかは言えないけどな!

「お母様、よかったね! お父様も!」

 ミルルがぴょんと跳ねて俺たちに言う。

 お、お父様? そうか、俺はお父様になるのか。

「ミルルのおかげだ!」

 抱き上げて頬ずりをすれば、ミルルがきゃっきゃと笑う。

 やれやれと親父が踵を返した。

「親父、どうした?」

「邪魔のようだからな、今日はこれで帰る」

 今度はリズを連れてこよう、と言い残して親父は帰っていった。その背中を見送り、俺はハッとする。

「そ、そうだ、領主殿に報告を!」

 ミルルを抱っこし、ルーティアの手を引いて領主の元に行く。報告をすれば、領主殿も喜んでくれた。

 これから忙しくなるぞ、式の準備をしなくてはならないからな。盛大にしようと言えば、ルーティアが戸惑いミルルが喜ぶ。

「ラディちゃんも呼ぶ?」

「ああ」

 そうなると王弟殿下もついてくるか。昔迷惑をかけた騎士仲間も呼びたいな。

 最近になって、昔の仲間とちょくちょく会う機会が増えた。昔の俺の失態を笑い飛ばしてくれ、「蔑んだりはしていない。むしろ同情していた」と言われ、それはそれで複雑な気持ちになったりもしている。

 領主への報告を終え、俺たちは予定通り出かけることにした。弁当を持って、山の頂上へと行くのだ。

 馬車の準備をするために厩舎に行けば、寝ていたコギーが起き上がってぴょんぴょん跳ねる。

 ――お散歩? お散歩?

「馬車で出かけるんだ」

 ――コギー、力持ち。馬車を引くよ、馬車馬のように働くよ。

 うーむ、まあいいか。普通の仔馬では無理だろうが、こいつなら大丈夫だろう。無理そうなら魔術で補助してやればいいしな。

 馬車の準備をして玄関前までルーティアとミルルを迎えに行けば、二人は目を丸くしていた。

 ……そういえばコギーのことを教えていなかったか。

「親父の馬とここに以前いた馬の間に生まれた子だ。名はコギー、仲良くしてやってくれ」

 よろしく、と言う代わりにコギーはいななく。

「こんな小さな馬に、馬車が引けるのですか?」

「大丈夫だ。俺が魔術で補助する」

 それを聞いて安心した二人が乗り込み、俺は御者台へ。コギーを走らせて、山の頂上まで行った。俺が以前住んでいた小屋は、今では山道を行く者が休憩に使う小屋となっている。

「この山も随分変わりましたね」

「ああ」

 それは、魔獣がいなくなって精霊が帰って来たからだ。精霊の力により、山が生き返ったのだ。今日は、どれほど精霊が戻ってきているかの確認も兼ねてここに来た。

 敷物を広げ、その上に座って弁当を食べる。時々、山頂まで来た者が、おや山賊さんと挨拶をして通り過ぎる。いつまで経っても俺は山賊さんと呼ばれるのだな。

 弁当を食べ終えた後、ミルルはコギーと遊び始める。それをルーティアが微笑んで見つめ、俺はその光景を見ながら山の状況を確認するために少し離れる。

「おい、そこの精霊。ちょっと訊きたいのだが」

 木の上にいた精霊に声をかければ、精霊が下りてきた。

「山から魔獣がいなくなったから戻って来たのか?」

 そう訊けば、精霊が首を横に振る。なになに、違うだと? 以前住んでいたところの治安が悪くなって困っていたら、ある精霊がここを教えてくれたの、だと?

 まさかそれは……。

 以前ここに来たあの精霊ではないかと特徴を聞いたら、思った通りだった。……あとで金品を要求してくる気ではないだろうな。しかし精霊が増えるのはいいことだ、これは正直ありがたいな。

 ルーティアの元に戻れば、ふわりと微笑まれる。

 横に座れば、

「ああ……、幸せだな」

 自然と出てきた言葉。

 この小さな幸せの芽が、枝を伸ばして広がりますように。葉をつけ実を結びますように。このひとを守って、家族を、領民を守って、俺はここで生きていく。

 そう決意していると、ミルルが駆け寄ってきて俺の胸に飛び込んだ。

「山賊さんがお父様になってくれて、ルルも幸せだよ」

 そして俺の耳に唇を当て、囁く。

「今夜、ルルはお爺様と一緒に寝るから、夜中にそっとお母様のお部屋に行ってね」

 ……は?

 俺は目を丸くして固まる。

「大丈夫、山賊さんが思っているより、お母様は山賊さんのことが好きだよ」

 だからここで勝負をかけろと、ミルルは俺の頬に口づけした。

 ハ、ハハハ……。

 それはあれか、そういうことをしろということか。

「約束だよ!」

 ミルルがぴょんと後ろに跳ぶ。

 ルーティアが首を傾げた。

「なにを約束したの?」

「あとで教えてもらえるよ!」

 ね、お父さん。と悪戯っぽい笑顔を向けられた俺は、引きつった笑いを返した。

 ほ、本当にやれというのか? だがまだ婚約したばかりだぞ? そりゃできるならそういうこともしたいが……むしろ大歓迎だが……。

 というか、ちょっとませすぎではないか、ミルルは!

 誰だ、ミルルに余計な知識を与えたのは。ラディちゃんか? そんなこと覚えて、お父さん心配だぞ!

 ……だがそんなミルルのおかげで、今俺はここに居るのだよな。ミルルが思いきって行動してくれたから、俺を好きになってくれたから。

 すっと息を吸い、俺は青空に向かって歌を歌う。遠く離れた双子の兄の元へ、魔力に乗せて歌を届ける。

 どうだ、俺は愛する人たちを手に入れて、共に歩んでいくのだぞ。お前も早く幸せを見つけろ、と。

 それを受け取ったツクヨが、ふわりと笑った気配がした。

 ……ん?

 俺は首を傾げる。微妙にだが、ツクヨの雰囲気が変わっている? あちらも何か変化があったのか?

 幸せになろう、俺もお前も。

 そう送れば、今度は苦笑が返ってきた。……やはり何かあったな。

「お父様、歌がお上手!」

 ミルルが褒めてくれる。

「そうか?」

 今度は陽気な歌を歌う。するとコギーが踊り、それに合わせてミルルも踊りだす。

「あの仔馬、可愛いですね」

「可愛いか? ルーティアの方が可愛いな」

 そう言えば、ルーティアはきょとんとしたあと苦笑した。

「ハルヒさんより年上なのですが」

「少しだけだろう? それに可愛いに歳など関係ない」

「だったらハルヒさんも可愛いです」

「この顔で、か?」

「顔は関係ありません」

 そうか、関係ないのか。

 そんなことを言ってくれるひとが、俺にも現れたのだな。過去の苦労も、きっとルーティアに巡り合うための試練だったのだ。そうに違いない。

「ミルル、幸せそう……」

「幸せだな」

 そっとルーティアの手を握れば、少しだけ躊躇するそぶりを見せたあと、握り返して顔を近づけてくる。

 なんだ? と思う間もなく頬に口づけられた。

 ……へ?

 ルーティアがくすくす笑う。

「ハルヒさん、顔が真っ赤です」

「そ、そういうルーティアも頬が赤いではないか」

 顔を見合わせてひとしきり笑い、俺はルーティアの手を握ったまま立ち上がる。

「そろそろ帰るか」

「はい」

「ミルル!」

 駆け寄って来たミルルが両手を伸ばす。

「お父様、抱っこ!」

「ほら、来い」

 抱き上げれば、ミルルがきゃっきゃと無邪気に笑った。



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