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聖女やるならお好きにどうぞ  作者: 久條 ユウキ
第二章:理解不能なアルファード帝国編
7/21

7.意地っ張りなど理解不能です

 城下町を見て回りたいわ、とある晴れた日の朝にジュリアーナがそうぽつりと零した。

 本来貴族のお嬢様が町を見て歩くとなると、それなりの下準備が必要となる。

 危険な地区に近寄らないよう町の下調べはもとより、護衛の選定、服装の選別、案内役の手配など、地味にやることが多いのだ。

 しかしそれを知っているはずのジュリアーナは、どうしても今日出歩きたいのだと珍しく駄々をこねる。


 彼女がどうして急にそう言い出したのか、マドカはその我侭の理由に心当たりがあった。


「確か本日は、皇太子殿下から観劇のお誘いがあったのでは?」

「……それならお誘いを受けたその場でお断りしたわ。生憎と叔父と約束があります、って。だけど叔父様ったら、昨日になって急に国境周辺の視察に参加すると言われるのだもの。お断りしておいて、部屋に引きこもっているのもおかしな話でしょう?」

「でしたら、今からでも観劇のお支度を整えればよろしいかと」

「いいえ。……とにかく、今日は城下町を見にいくわ。殿下だって、この国をじっくりと見て歩いてくださいって仰ってくださったことだし。色々準備はあると思うけど、お供はいつも通りマドカだけで充分よ。いいわね?」

「…………我が主の御心のままに」


 芝居がかった仕草と口調でいつものように一礼すると、マドカは小さくふぅっとため息をついた。



 ジュリアーナが皇太子に向ける好意、それは初対面のあの時あの場にいた誰に対しても筒抜けであっただろうに、なのに彼女はその数日後から何事もなかったかのように振舞い始めた。

 いっそわざとらしいほどに皇太子の誘いを断り、王城を見に来てはどうかとの誘いは受けたものの、叔父であるアルバートの傍を片時も離れようとはせず、決して皇太子と私的に会話をする機会をつくろうとはしない。

 見事なまでの社交辞令、そのわかりやすすぎる線引きに疑問を抱いたマドカがアルバートに詰め寄ると、彼はあっさりと姪との会話の一部始終を要約して明かした。


『私はね、別に殿下に近寄るなと言ったつもりはないのだよ。ただ、あの子の想いが王国側にも知れればそれを利用されるかもしれない、だから気をつけなさいと釘を刺しただけでね』


 ジュリアーナはきっと、己の恋心を制御できる自信がないのだろう。

 だから皇太子から距離を置こうと、せっかくの彼からの誘いをすっぱりと断ってしまい、後々になって後悔にさいなまれるという悪循環を生み出している。


『どうしたら良いと、旦那様は思われますか?』

『さて、ね……いっそのこと、殿下が誘いをかけなくなってくれれば気が楽なのだが』


 初対面時こそ社交辞令のキラキラしい笑顔を浮かべて応対してくれた皇太子ジェイルだが、こうも頻繁にジュリアーナに誘いをかけてくる彼の態度は、社交辞令の域を逸脱しているようにも思える。

 かといって恋焦がれてどうにかなりそうという情熱は見えず、断られればあっさりと引いてみせるという点でも執着は薄いと考えられるのだが。


『やはり、ジュリア様の能力やそれに付随するものを欲しておられるのでしょうか?』

『……敵か味方か、という二択でものを考えるのはやめなさい。とにかく、今は様子を見るしかない。そのうち、王国側が何かしらアクションをとってくるはずだ。色恋沙汰はそれを片付けてからでも……きっと、遅くはないだろうさ』




 元ローゼンリヒト公爵、現在はアルファード帝国の客人であるアルバートとの会話を思い出している間に着々と支度が整えられ、ハッと気がつけば「はい、いってらっしゃいませ。お気をつけて」と侍女達に送り出されていた。


 ジュリアーナは目立つ銀の髪色を魔術具で栗色に染め、服装は淡いブルーのワンピース。

 マドカも髪色をジュリアーナのそれよりは淡い茶色に染めて後ろでひとつに纏め、格好は動きやすいように男性用のシャツとぴったりしたスキニーパンツ、それに愛用のサーベルを腰から提げている。

 これで傍目には『いいところのお嬢さまとその護衛』という風に見えるだろう。


「城下町というからかなり賑わっているかと思ったけど……意外と穏やかね」

「ここは国境の町ですから。不審な者はそもそも入国できませんが、それでもよからぬことを企む者がいないとは言い切れませんし。帝都周辺であれば相応に賑わっているのでしょうが、ここは旅人にとっても通過点ということでしょうね」

「詳しいのね」

「最低限、この領地のことは学ばせていただきましたからね。案内人を雇わずともご案内することくらいはできますよ。さ、お嬢さま。どちらへ?」


 そうねぇ、と思案しながらジュリアーナはぐるりと周囲を見渡す。


 意外と穏やか、と彼女はそう評したがそれは行き交う人が少ないとか活気がないという意味ではない。

 立ち並ぶ店先からは客引きの声が飛び交っているし、この町の住人であろう軽装の男女に混じって旅人らしき装いの青年が真剣に品物を見定めていたり、ぽつぽつと立つ露店から漂う匂いに思わず立ち止まる子供もいる。

 ただ、予想していたほどの混雑ぶりではなかった、というだけだ。

 ジュリアーナがそれを見たのはヴィラージュ王国王都の城下街であったため、やはりマドカが言うように土地柄ということもあるのだろう、と彼女はそう納得してひとまずゆっくりと歩き出した。




「おっ、見慣れねぇべっぴんさん!あんたも旅人かい?」

「ええ」

「そんじゃ、これを食ってきな!ヴィラージュ王国北の地方の名物、豚肉の腸詰をパンに挟んだ逸品だよ!」

「…………」

「…………」


 思わぬところから飛び出した祖国の名に、ジュリアーナとマドカは顔を見合わせて何とも言えない微妙な表情になる。

 確かに、国境の町ともなると他国を渡り歩く商人が行き交い、各国の名産品が集まりやすいという特色がある。

 それを生かして各国の特産品を扱う店であったり、こうして名物料理を出す露店であったりが軒を並べるのも、国境の町ならではと言えなくもない。

 それ自体は問題はないし、隣国の国境を越えたくらいでは祖国の名を聞かなくなるとも思っていなかったので、そこも特に気にしてはいない。

 問題があるとすれば、その差し出された料理……豚肉の腸詰をパンに挟んだ逸品とやらである。


 豚肉の腸詰とはつまりソーセージのことであり、それをパンに挟むと所謂『ホットドッグ』になる。

 名物料理になるほどなのだから歴史は古い、と思いきや実はこれが流行ったのはつい最近で、今はマドカと同じチームに所属しているが当初は王国の北の地方に落ちてきた『落ち人』であるミシェル、彼が己の大好物をどうにかして再現できないかと試行錯誤の結果作り出し、そうして彼が頻繁にそれを食している姿を見た住民たちが真似し始めて今に至る。

 つまりはこれも、『落ち人』のもたらしたささやかな恩恵というわけだ。


 であるからか、それを良く知るこの二人……特にマドカは苦笑いを浮かべて、その名物料理の類似品を生温く見つめている。

 が、そんな事情など知らない露店のオヤジは黙り込んだ二人を見て顔を曇らせ、そうかそうかと何かに気づいたように2,3度頷いた。


「あぁ、あんた見るからにいいとこのお嬢さんだもんなぁ。腸詰なんてもん、さすがにちょっと抵抗あるかもな。ま、嫌だってんなら無理にはすすめねぇよ」

「ああいえ、そういうわけではないのですが」

「ん?」

「以前その地方に立ち寄った時に口にしたことがありまして。ですから、懐かしいと思って見ておりましたの」

「なんだ、そうかい」

「ええ。ではその腸詰をパンに挟んだものをひとつ……いえ、ふたついただけますか?」




 食べ物屋が軒を並べる地区を通り過ぎると、中央に噴水のある広場のような開けた場所に出る。

 まだお昼時には早いこともあって休む人もまばらなそこに陣取って、マドカは手に持った『ホットドッグ』にかぶりつく。

 その隣にちょこんと座ったジュリアーナが持っているのは某ファストフード店でお馴染みの『フライドポテトもどき』と、『シェイクもどき』で、マドカは両手に『ホットドッグ』という異様な二刀流を発揮して不機嫌そうにそれを口元に運んでいる。

 そしてどうにか片手分を胃の中に押し込んだところで、彼女はチラチラと横目で視線を送ってくる主を冷ややかに見つめた。


「客引きが物珍しいのはわかりますが、いちいち反応していては金蔓だと判断されてしまいます」

「ええ。……そう、よね」

「腸詰が苦手なのは事実なのですから、あそこは断ってもいい場面でした」

「……わかってるわ」

「なのに格好をつけてふたつも買った挙句、移動する途上でも似たような客引きに引っかかってその有様です。もしあちらの世界のように手提げ袋が普及していたら『手が塞がっているから』という言い訳は通用しなかったでしょうね」

「うぅっ、……ごめんなさい……」


 この主は世間知らずに加えて人が良すぎる、とマドカは思う。

 自分の店の商品をどう売りつけるか、色々な策を練って客引き合戦が繰り広げられているというのに、その店側の策に簡単に乗ってしまってまんまと商品を買わされてしまう、それはすなわち店側にとっての金蔓であることを意味する。

 欲しいものなら買っても無駄にはならないが、今のように食べられないものを買ってしまうというのは無駄の一言に尽きる。

 今回の場合マドカが食べられるものだったからまだ良かったが、そうでなければもったいないことにゴミ箱行きだったのだ。

 いくら主至上主義を掲げるマドカでも、さすがにこれには呆れ果ててしまった。


 ベンチの上で身を縮こまらせている主に向けてもう一度深いため息をついてから、彼女はすっかり冷めてしまったもう片方のパンへとかじりつく。


「それは食べられるでしょう?」

「え?……えぇ」

「なら食べてしまってください。それを持ったままだと、次のエリアには入れませんから」


 この町では、外から訪れる旅人がわかりやすいように、商店街をいくつかのエリアに分けている。

 今通ってきたのが飲食業エリアで、その中には宿泊施設も含まれているため旅人が最も利用する度合いの高いエリアとなっており、人通りも多く夜でもかなり賑やかだ。

 国境の関所側に偏っているのが武器や防具といった旅に必要な装備品を取り扱う店。

 普通の洋服やそこそこ値の張るドレス、アクセサリーなどを取り扱う店があるのは飲食店街のちょうど反対側で、これは匂いなどが商品につかないためである。

 そして真ん中には領主の邸があり、その周辺に店などを営まない一般庶民の家々が立ち並んでいる。


 マドカが今言ったように、飲食街での食べ歩きは自由だが、それらの食べ物を持ったまま他のエリアに行くのはマナー違反だと言われている。

 エリアの境目は大体の店構えを見ればわかるようになっているので、こうして狭間狭間にある公園などの休憩所で一度進む方向を見直し、必要なら身支度を整えてそちらへ向かうというのがこの町を歩く際に必要なことだった。


 当然と言えば当然、意外と言えば意外なそのルールにきょとんと目を見開いて驚いたのもつかの間、状況を正確に把握したジュリアーナは慌ててポテトを口に運び……慌てすぎて喉に詰まらせてしまうのは、お約束と言えるだろう。




「…………あら?」


 歩いていたジュリアーナの足が、とあるショーウインドーの前でぴたりと止まった。


 今二人が歩いているのは国境の関所近く、武器や防具、装備品などを扱う店が並ぶエリアだ。

 アクセサリーや雑貨を見に行きますかとたずねたマドカに、しかし彼女は魔術具などが置いてあるような店がいいと強請った。

 魔術具の開発はやはり魔術大国であるヴィラージュ王国が先んじているが、それでもこの国ならではの何か掘り出し物があるかもしれない、とそう考えたらしい。


 だが大概が旅人向けであるからか、置いてあるのは実用性を重視したような無骨なデザインの装備品のみで、中々掘り出し物は見つからない。

 いい加減諦めかけたその時、ショーウインドーに飾ってある小物に目が奪われた。


「……綺麗……」

「獅子、ですね。身体の部分は銅製、目は魔石……でしょうか」


 掌よりもまだ小さなくらいのその小物は、ウインドーの中に飾られている剣の柄にぶら提げられていた。

 剣の装飾品のひとつなのか、それともそれ単体で売られているのかまではわからない。

 だが装備品といえば効果重視で選ばれるだけあって、この程度の小さな魔石では気にも留められないだろう。


 いつまでもそこを離れようとしないジュリアーナを見て、マドカはさっさと店に入り店主と何事か交渉すると早足で戻ってきた。


「……あっ、」


 ちょうどそのタイミングで、ショーウインドーに飾ってある剣からあの装飾品が取り外され、似たような別の形のものに取り替えられる。

 ややあって慌てたように店外に出てきた店主は、どうもと深々とお辞儀をして小さな袋をマドカに手渡してくれた。

 彼女はそれを、主に手渡す。


「…………マドカ、これ……」

「店主殿にお願いして、譲っていただきました」


 店主の祖父は『落ち人』で、ここに身を落ち着けた際にいくつか気まぐれに装飾品を作ってみたのだが、いい出来であったのにやはり実用性重視ということでさっぱり売れなかったのだという。

 あれだけ見入るほどに気に入ってくれたのだから、と店主は喜んで譲ってくれたのだそうだ。


「両目の部分は純度の高い魔石ですから、何か小さな魔術をこめて……贈られたらいかがですか?」

「え、っ?」


 その獅子を思わせる方に、と小さく付け加えられて、ジュリアーナは泣きそうに顔を歪めた。




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