結末
サウラは崩れた土を抱きしめたまま、長い間動けなかった。
王国は静まり返っていた。
かつて人々の笑い声が響き、子どもたちが走り回り、夕暮れには歌が聞こえていた広場には、今は風だけが吹いている。
家々は残っていた。
畑も残っていた。
王宮も、木々も、空も、何一つ壊れてはいない。
それなのに、誰もいなかった。
サウラはゆっくりと立ち上がり、王国を歩いた。
一軒の家へ入る。
食卓には器が並んだままだった。
窓辺には花が飾られている。
昨日まで誰かが暮らしていた温もりだけが残り、人影はどこにもない。
別の家を訪ねる。
そこにも誰もいない。
工房にも、畑にも、広場にも。
静けさだけが世界を満たしていた。
サウラは再び広場へ戻り、セトが土へ還った場所にひざまずいた。
指先で土をすくう。
その土は、初めて魔法を使ったあの日と何も変わらない。
違うのは、自分の心だけだった。
「どうすれば……。」
声が震える。
「どうすれば皆、幸せになれたの……。」
答える者はいない。
風も何も語らなかった。
サウラは静かに涙を流した。
涙は土へ落ち、小さな染みを作る。
一滴、また一滴。
それはまるで、この世界に残された最後の雨のようだった。
やがて空が暗くなっていく。
王国も、大地も、城も、すべてがゆっくりと闇へ溶け込んでいった。
サウラは目を閉じる。
その時だった。
どこからともなく柔らかな光が現れた。
小さな光は次第に強さを増し、彼女の身体を優しく包み込む。
眩しさに目を開けていられない。
世界そのものが白く染まっていく。
そして――。
サウラはゆっくりと目を開けた。
そこは草原ではなかった。
見慣れた白い天井。
静かな病室。
隣には母親が座っていた。
赤く腫れた目で、サウラの顔を見つめている。
サウラはしばらく母親を見つめ、それから静かに口を開いた。
「お母さん。」
「どうしたの。」
母親は震える声で答える。
「私のこと、愛してる?」
その問いを聞いた母親は、一瞬だけ目を閉じた。
そして迷うことなく頷く。
「愛しているわ。」
その言葉には飾りもためらいもなかった。
サウラは安心したように微笑む。
しかし、すぐに少し寂しそうな表情になった。
「でも、私……いなくなるかもしれない。」
病室は静まり返る。
「そうなったら、初めからいなかったことと同じじゃない。」
母親は首を横へ振った。
「そんなことない。」
その声は穏やかだった。
「あなたが生まれてきてくれたことは、なくならない。」
サウラは母親の目を見つめる。
母親も涙をこらえながら微笑んだ。
「お母さんは、神様は、あなたの側にずっといる。」
サウラは少し考えるように天井を見上げた。
「そうかな。」
「そうよ。」
短いやり取りだった。
けれど、その言葉には長い年月の愛情が込められていた。
サウラはふっと笑う。
どこか草原で笑っていた頃と同じ、穏やかな笑顔だった。
「私、お母さんに魔法をかける。」
母親も少しだけ笑った。
「どんな魔法?」
サウラは静かに答える。
「私に似た子供を、また産みますように。」
母親は涙をぬぐいながら頷いた。
「妹が欲しければ、何人でも産むわ。」
そして優しく続ける。
「あなたも仲良くしてあげて。」
サウラは小さく頷いた。
「いいよ。」
それが母親と言葉を交わした最後だった。
サウラは静かに目を閉じる。
苦しそうな表情ではなかった。
何か大切な夢を見終えた子どものように、穏やかな顔だった。
母親はその手を握り続けた。
病室には静かな光が差し込み、風が白いカーテンを揺らす。
それからサウラが再び目を開けることはなかった。




