セトとの対話、決断
サウラが王国へ戻ると、人々の不安はさらに大きくなっていた。
「大丈夫。」
その言葉を何度繰り返しても、誰も安心できなかった。
死というものを一度知ってしまえば、以前と同じ世界には戻れない。
誰もが互いの姿を見つめ、自分の身体を確かめ、いつ崩れてしまうのかと恐れていた。
その恐れは、やがて疑いへ変わっていく。
「あの人が悪い。」
「違う、お前のせいだ。」
責任を押しつけ合う声が、あちらこちらで聞こえるようになった。
サウラはそのたびに駆けつけた。
「争わないで。」
「みんな同じ家族でしょう。」
けれど、その言葉は以前ほど人々の心へ届かなかった。
恐れは、優しさよりも早く広がっていく。
ある日、王国の広場で再び激しい争いが起こった。
原因は些細なことだった。
しかし、その争いは瞬く間に多くの者を巻き込み、大きな騒ぎとなる。
その中で一人が叫んだ。
「魔法があれば、何でもできるはずだ!」
その視線は、セトが預かっていた木の杖へ向けられていた。
「あれを持てば、王になれる。」
「いや、俺が皆を救う。」
「私ならもっと良い国を作れる。」
誰かが走り出した。
それを止めようと別の者が腕をつかむ。
さらに別の者が押し返し、広場はたちまち混乱に包まれた。
「やめて!」
サウラの叫びも、人々の耳には届かない。
セトは必死に人々の間へ入り、一人ずつ引き離そうとした。
「落ち着いて。」
「皆、サウラの願いを思い出して。」
だが、不安に支配された心は、その声さえ拒んだ。
杖へ手を伸ばす者。
それを押し返す者。
互いに身体をぶつけ合い、倒れ、また立ち上がる。
土でできた身体は、強く打たれるたびに崩れ始める。
一人。
また一人。
静かな音を立てて土へ戻っていった。
広場は土で埋まり、そこに立っていた人々の姿は次第に少なくなっていく。
中には争いではなく、自ら胸へ手を当てる者もいた。
「どうせいつか崩れるなら……。」
その言葉を最後に、自ら身体を崩してしまう者も現れた。
サウラは何度も駆け寄った。
土へ戻った身体を抱きしめても、もう誰も返事をしない。
彼女の涙は土へ落ち、小さな染みを作るだけだった。
やがて辺りは静まり返る。
怒鳴り声も、泣き声も消えていた。
王国を埋め尽くしていた人々は、ほとんど土へ戻ってしまっていた。
風だけが広場を吹き抜ける。
サウラは震える足で立ち尽くしていた。
その時、遠くからゆっくりと歩いてくる人影があった。
セトだった。
彼は一人だけ生き残っていた。
その歩みは重く、肩は深く落ちている。
サウラは急いで駆け寄った。
「セト!」
セトは力なく笑った。
「僕だけになっちゃった。」
その言葉には責める響きも、怒りもなかった。
ただ深い悲しみだけがあった。
二人は崩れた王国を見渡した。
家々は残っている。
畑もある。
城も立っている。
けれど、そこにはもう人の営みはなかった。
長い沈黙の後、セトがぽつりと尋ねた。
「僕って、本当にいるのかな。」
サウラは驚いたように顔を上げる。
「いるじゃない。」
迷いなく答えた。
目の前に立ち、声をかけ、悲しそうに笑っている。
それ以上、何を証明する必要があるというのだろう。
しかしセトは静かに首を振る。
「でも……。」
その身体の表面が、少しずつ崩れ始めていた。
腕の先から土がこぼれ落ちる。
足元にも小さな土の山ができていく。
サウラは息をのみ、慌ててセトの両肩へ手を伸ばした。
崩れ落ちる身体を抱き留めるように強く触れる。
「あなたはここにいる!」
必死だった。
この言葉だけは、絶対に間違っていないと思えた。
「ここにいるじゃない!」
セトはサウラを見つめた。
その瞳は優しかった。
どこまでも穏やかだった。
そして、かすれるような声で答えた。
「嘘だ。」
サウラは首を横に振る。
「違う!」
「本当は……どこにもいないんだ。」
その言葉を言い終えるより早く、セトの身体は静かに形を失っていった。
サウラの指の間から土がさらさらと零れ落ちる。
最後に残った顔も、風に溶けるように崩れ、やがて一つの土の塊となって地面へ横たわった。
サウラはその場へ崩れ落ちる。
両手で土を抱き寄せながら、声にならない嗚咽を漏らした。
王国は静まり返っていた。
聞こえるのは、風の音だけだった。




