②
──『堕神』。
それは、厄災『逢魔』の瘴気に呑まれ、異形と化した八百万の神々、妖怪、霊魂の総称。怨念、欲望、信仰が混ざり合い、もはや神と呼ぶにはあまりにもおぞましい異形。
よって、だいたいの堕神にはルーツがある。
そして今、男達の前に立ちはだかっているのは、
「きたあああああああああ!! いたああああああ!!」
神尾の声が跳ね上がった。
美人が、跳んでる。
頭部がアレに似た形状の堕神を見て、森で野生動物を見つけた子供の如く大喜びしてる。
「やったーーーーッッ!! 本物だぁぁぁぁ!! ねえねえ見て! クガくん見て! ほらこのフォルム! まさに人間の願望! 生命力の象徴! 欲望の権化だよぉぉぉぉ!!」
空閑の腕をがくがくと揺さぶっていた神尾が満を持してスマホを取り出した。ぱしゃぱしゃとスマホのシャッター音が鳴り響く。
なんなんだあれは……!全身は木彫りの質感なのに、妙にリアルな肉感を持っている。あと、思ってた堕神と違う。
ふざけてる……ふざけてる!!
「昔のやつら頭おかしいのか!!」
「コラァ!?? 失礼だろぉが生殖器崇拝にいぃぃ!!」
何故か神尾がガチギレしている。
「生殖器崇拝はなぁ! 万国人類共通なんだぞ!? 子孫繁栄・子宝成就! 人間の頭数=生産能力の限界!! あらゆる時代と文化を超えた切実な願いだったんだぞなめんじゃねええええ!! ……あ、いやこの場合は舐めていいのか?」
「黙ってください!!」
とうとう空閑がつっこんだ。しかし神尾の暴走は止まらない。
「ふふ、そうそう。この堕神ね、うちの若手がもう十人はやられてる」
「ヒッ!」
空閑が青ざめ凍りつく。
「具体的にどうなったかは、聞かないほうがいい。……うん。君の心のためにも……」
チラッ、チラッと神尾がこちらを伺う。
なんで聞いて欲しそうなんだ!
味方やられてんだぞ!!
「そうだ、名前つけてあげなくっちゃ! 堕神の命名権はね、大体私に回ってくるんだ。こいつはそうだなぁ……勃起大明神・一本槍……ッ違うな……! 千本槍の方が神秘的か……?」
「アンタやっぱりふざけてるだろ!!」
神尾が前に出て、インカムに向かって指令を飛ばす。
「みんな聞けぇ!! 絶対に祓うな? ぜっったいに祓うなよ!? どういう異能を使うか観察するの! あの丸いところが光るかも含めて重要だからね! 焦らせ!! ギリギリまで焦らせぇ!!」
現場の部下たちが遠巻きに怯えている。何人かはもう気絶している。
……ああ、やばい。
だめだ。無理だ。最悪だ。
駄目だこの人!!!
空閑は震える手で退魔札を取り出した。
「くっ……もう見てられない!!」
「ああっ! 待って!? もう少しだけ観察──」
「もう十分です!!」
ありったけの札を堕神に放つ。爆音とともに雷光が弾け、禍々しい肉の塊は爆散し消え去った。
「え……」
空閑が呆然と呟く。まさかの一撃。神尾は凍ったようにその場に立ち尽くしていた。数秒後、狂ったように目を剥き叫ぶ。
「あああ……あああああああああ!!!?」
膝から崩れ落ち、髪をかきむしる。
「なんで! なんでえええええ!! あんなに、あんなに、面白い堕神、滅多にいないのに……楽しみにしてたのに……! 観察できてない……玉のギミック……見れてない……! うっ……ぐすっ……うわぁぁぁぁぁ!!」
泣いてる……美女が号泣してる……。
アレが爆散して……泣いてる……。
空閑が空を仰ぐ。
なぜ、前任がダメになったか分かった気がした。
──全部、この人のせいだ……。
「即逝きだなんて……なんて、なんて儚いやつだったんだぁぁあああ!!」
こうして男の千年京初任務は、イカれた好奇心の塊──神尾 真珠により地獄の幕開けとなったのだった。




