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 ガタン!と車体が浮く。縮めていた巨体が両隣の若者にぶつかる。


「す、すすすみません…!」


 左右から迷惑そうに睨まれ、男はぺこぺこと頭を下げた。その時、格子窓の向こう、霧の中に聳え立つ巨大な石鳥居が現れる。


(あれが千年京(せんねんきょう)……)


 心の中で呟き、周囲を見渡す。


 鉄製の箱型の移送車の空気は棺桶のように重く冷たい。皆恐ろしいのか、窓の外を見ることもできずに固く俯いている。

 

 仕方がない。ここから先は堕神(だしん)と呼ばれる異形が跋扈し、魔術と呪いが支配する異世界なのだから。


 ──空閑 剛健(くが ごうけん) 三十六歳。

 

 身長190センチの道場仕込みの肉体は、人間相手なら一目置かれてもここじゃ指差し一つで真っ二つである。

 

(生き残れる気がしない……)


 未曾有の大災害『逢魔時(おうまがとき)』が起ころうが、必要なものは変わらない。金。そして稼ぎ口。そして、こんな危険地帯にどこにでもいる小市民がやってきた理由はただ一つ。……妹の学費だ。


 実家の道場は逢魔時に半壊。保険も降りず、妹は私立の医大に合格。そして金がない。

 

 辿り着いたのが、高額報酬と引き換えに命を張る『国家退魔師隊(こっかたいましたい)』だ。皮肉なことに、殉職手当も手厚い。もはや、いっそ殉職した方が色々手っ取り早い。


「金さえもらえれば命なんか……いや惜しいけど……妹の未来と生活の方が大事なんだよ……」


 空閑は退魔師隊本部の一室の前でぶつぶつ呟きながら突っ立っていた。


 俺は一体どんな怪物に食い物にされるんだ?

 死んでも骨くらいは残るのか?

 せめて保険が降りるレベルには残してくれ。

 あれか?指一本あれば証拠になるか?


「――お、君がクガ君だね?」


 背後から頓狂な声がかかり、ハッと振り返る。


 最初は美男かと思った。


 軽やかに波打つ赤茶の髪。切れ長の目元と通った鼻筋。肩幅のあるしっかりした骨格と高身長……。だが、やや細い腰回りに、低めの声は妙に色気がある。


 柔らかく笑うその顔は、なぜか「見てはいけないもの」を見た気にさせた。


「初めまして、私が神尾 真珠(かみお まじゅ)だよ。異形研究者兼退魔師。今日から君のバディです。よろしくね」


 魔力めいた引力のある声だ。はたと、空閑は我に帰る。


「く、空閑 剛健です。治癒専門の退魔師として一通りの訓練は積みました。……が、実戦投入はまだでして……」


「あーかしこまらないでいいよ。みんな同じだから。前に組んでた子がね、再起不能になっちゃって。しばらく単独でやってたんだけど、さすがにちょっとキツくてさ。助かるよほんと!」


「さ、再起不能って」


「片腕とー、中身がいくつかと、精神がちょっと。まぁよくあることだよ! 私も最初はあちこちイカれたし! 気にしない気にしない!」


 今とんでもないことをサラッと言われた。さっきまでの"美形かと思った美人"が、一気に"ヤバいやつ"に変わる。


 ……ん?ちょっと待て。


「バ、バディってどういうことですか? 俺はこちらの班の治癒支援だと」


「あー……ちゃんと聞かされなかったのかぁ」


 神尾はへらっと笑った。


「私、ちょっと特殊でさ。戦闘中観察モードに入るから、治癒術師が一緒じゃないと不便なんだ」


「そ、そういうこと、でしたら」


「よし、それじゃあ行こうか! 初日から申し訳ないけど、待ったなしなんだ!」


「えっ……!? どこにですか」


 神尾はくるりと背を向け、白い隊服を翻す。

 好奇心を抑えきれない笑顔で、


「男根崇拝系の堕神が出たんだ。面白いでしょ?」


 駄目だ。正真正銘のヤバいやつだ。



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