エピローグ
その後、様子を見にきた朝長に心配されたが、部活があるからという無茶な理由でそそくさと逃げてきた。ドロップキックを食らわされた後でどんな顔で会話をすればいいか分からなかったからだ。
そうして、飛び蹴りを喰らった一時間後の部室に俺らはいた。犬島が青春とはなんぞやを語る活動とも呼べない活動を終え、帰り際に俺は犬島におっかなびっくり問いかけた。
「気になってたんだが……どうやってお巡りさんを呼んだんだ?」
「は?」
一文字で返してくるの怖いからやめてほしい。負けじと、俺はまた口を開く。
「だって痴話喧嘩を止めるためになんか、おいそれと来てくんねえだろ」
「ふん。考えたらずもそこまでいくと清々しいな」
疑問をぶつけても天才には理解できないらしい。凡人ですんませんね。
「いや事細かに状況を全部理解するなんかできねえだろ」
「……ま、平凡極まる脳みそしてりゃそうだろうな」
変わらぬ罵詈雑言だ。逆にそれができるのか、と問おうとしたところで。
「いいぜ。説明してやる。簡単なことだがな」
犬島はことの裏側をざっくりと解説し始めた。
×
あの日の十六時。事前に日暮と相対した警官が交番に駐在していることを調べていた私は、そこに一本の電話をかけた。
『校内に不審者がいるかもしれない』
そうしてやってきたお巡りさんに、
『実は……あの電話は嘘なんです! ごめんなさい。でも、それとは別にあなたの力が必要なんです』
元々正義感の強い人だし、ウツケのことを引き合いに出せば来てくれるだろうと踏んでいた。目論見通り、それは通った。
ただ高校側にバレると面倒だから、裏口から入ってもらって……廊下を歩くのには苦労した。スパイ活動もかくやっつー風にな。
その後、あの場面に繋がる。
×
「てなわけだ」
犬島はあっけらかんと説明し終え、俺は肩透かしを食らったような心持ちに襲われていた。
「……なんつーか……結構博打みたいなとこあったんだな」
率直に言わせてもらえば詰めが甘い。お巡りさんが別のことに対応していたら。校内で見つかったら。そもそも電話一本で来てくれなかったら。
様々なifを引き当てていただけで瓦解するような作戦だ。
「上手くいかなかったらどうするつもりだったんだよ」
「あ? そんときゃー……ほら、このお前のスマホよ」
「は、え、なんで!?」
犬島はなおも動揺することなく、俺のポケットにあるはずのスマホを自身のカバンから取り出した。
慌てて俺はポケットを探り、ないことを確認すると、彼女が手中に収めるものが自分のスマホであると改めて認識した。いつ盗られたのだろうか。俺は全く気づかなかった。
「なんか新たに弱みでもにぎれねえかと、な」
「な、じゃねえよ!」
俺はそれを奪い返すと、先ほどの彼女の言葉の意味するところを察知して、一息ついた。
「……気づいてたんだな、あの会話を録音してたこと」
「ああ」
そう。良くないこととは承知しつつも、俺は土谷とのピロティでの一件を丸々録音していたのだ。彼の脅迫めいた言葉の数々が、このスマホには収められている。
犬島に任せきりで、何もしないのはどうも釈然としなくて、証拠をこちらでも抑えれば、少しは役に立てるかなと思っての行動だった。
仮にお巡りさんが来なくても、これを全員集合した場所で流せば朝長から土谷を遠ざけるという目的は達せられただろう。
「お前はウツケているがとびきりの馬鹿じゃない。それぐらいはやってるだろう、って見当をつけてたよ」
「はは、また博打じゃねえか」
俺は笑った。苦笑いに近かった。結局それもifだ。俺が録音をとっていなかったら。それだけで終わりだ。でも、信頼に似たなにかを感じて、俺はなんだか嬉しかった。犬島に少し、近づけたような気がして。
そんな風に思っていたのだが。犬島は顔をキョトンとさせ、首を傾げた。
「? 何言ってんだ? 博打じゃねえぞ。ちゃんと確認したしな」
「……え? 確認、って、え?」
耳に飛び込んできた確認の二文字の意味がわからず、俺は困惑した。いや、確認の意味は知っているが、その文脈が一切理解できなかった。主語はなんだ。なぜかぞくりと、背筋が凍りつくような感覚を味わう。
軽い混乱状態に陥った俺を意に介さず、犬島は続ける。
「あの日も実はこっそり借りててな」
「え、いや、うん。借りてた、っていうか盗られたっていうか」
いや、盗られたのはいい。確認? できるはずがないだろう。しっかりとスマホにはロックがかけられていて。だから大丈夫な……。
ロック。
あ。
冷や汗が垂れたのも束の間、衝撃的な言葉が紡がれた。
「パスワードが誕生日だなんて、随分、分かりやすいな」
「は、は、はああああああああ!?」
最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ。どこまで。何をどう。何まで見られたんだ。まずい。これは、いけない。だって、だって、あの中にはあれやこれやが全部あるんだぞ。
ノートなんか比べ物にならないスマホの中身に思いを巡らせて頭を抱えていると、犬島は口に手を当て、もにょもにょと何かを宣い始めた。
「その録音を確認したのもそうだが、その……」
「……」
犬島にしてはしおらしく、なぜだか気まずそうに目を逸らして、笑みを堪えつつ。
「お前、割と変な性癖持って」
「ころしてくれ」
遮るように俺は言った。彼女によって救われたこの身を、俺は投げ出したくなった。終わったんだ。何もかも。
全身に力が入らなくなって、ふらふらと千鳥足になり、俺は壁にもたれかかる。
会話の節々まで覚えていられる人間に誕生日なんか軽率に言うんじゃなかったと、初対面の時の振る舞いを俺は遅ればせながらも激しく悔いるのだった。
まだ痛む、脇腹をさすりながら。
ここまで読んでくださってありがとうございました
続きも考えてないことはないのでもしかしたら書くかもしれません




