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90話 観測開始:5年16日目-8 / 壊れた人形は夢を見る

「え?」


 顔を上げたアリシアの瞳に、エデンの悲し気な顔が映っている。


「私は、良いお姉ちゃんには、なれないから……」


 だから、記憶を凍結した。

 他に方法が、思いつかなくて。


「……お姉ちゃん?」


 私はきっと、寂しがり屋で……。


「私……村を出たくなかったの。ママとパパと、離れたくなくて……」


 怖がりで……。


「あ、アリシアの夢も、本当は応援なんてしてない。 冒険者なんて……い、いつ死んじゃうかも、分からないのに!」


 臆病者だ……。


「でも……でも、そんなこと言えない! だって、それは……アリシアの、夢だから……」


 だから、良いお姉ちゃんには、きっとなれない。


「だから、全部忘れて、せめて役に立つスキルに戻ろうと思って……」


 そうすれば、欠陥品である自分も、少しはアリシアの役に立つことが出来るから。


 言ってしまった。

 きっとアリシアは、傷ついた顔をしている。

 失望しただろうか。それとも、また嫌いと言われてしまうか。

 エデンが俯いて声を出せずにいると、腰に回されていたアリシアの腕に、ぎゅぅっと締め付けられた。


「……それでも、おねえちゃんがいい」


「でも……」


「いっしょに、いてくれるだけでいいから!」


 アリシアはそう言うが、本当にいいのだろうか。

 答えを求めるようにダリヤを見つめると、彼女はただ、微笑みながら頷くだけだった。


「わ、私……村から出たくなかったの……」


「それでもいい!」


 本当に、いいのだろうか。

 

「冒険者も……応援してないの」


「いいの!」


 こんな、ふさわしくない私であっても。


「わ、私……どこか、壊れてる。ずっと、痛くて……」


「おねえちゃんがいい!」


 それでも、アリシアが求めてくれるなら。こんな私でもいいのなら。


 エデンは残された右手を、アリシアの背中へそっと回した。


「……わ、私も……アリシアの、お姉ちゃんがいいの……」

 


 *********



 館の二階へと上がる階段を歩きながら、エデンはリリカに背負われたアリシアを見上げた。

 ぷらぷらと揺れる小さな足。

 その寝顔は泥と涙で汚れてはいるけれど、どこか安心したように口元が緩んでいる。

 背中をじっと見つめていると、前を歩くダリヤが、不思議そうに顔を近づけてきた。


「どうしたの? 怖い顔してるわよ」


「……いえ。まだ今回の件が、全て解決したわけではありませんので」


 あれから、地図を持って来たオスカーと共に、誘拐された館の場所を確認した。

 地図は詳細な物だったが、貧民街だけは大まかな情報しか載っておらず、ダリヤと共に歩いた道のりと距離から大まかな位置を特定することしか出来なかった。

 冒険者ギルドへも行ってくれるということなので、ギズーのことも伝えておいた。

 話が長くなり、アリシアはエデンに抱き着いたまま眠ってしまい、オスカーは苦笑していたが――。

 

 エデンが頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、ダリヤの手がエデンの肩にそっと置かれた。


「いいから、今日はもう休みなさい。大変な一日だったわね」


「……はい。そう、ですね」


 エデンが大人しく頷くと、ダリヤは満足したように笑った。

 階段を上がり、少し歩いた場所にある扉を、ダリヤは手で示した。


「ここが私の部屋。あなた達の隣だから、何かあったら遠慮なく来ていいからね」


 ダリヤが胸に手を置いてそう言うが、それを見て、リリカが少し眉をひそめた。

 

「お嬢様。何かあれば、まず使用人を呼ぶように伝えてください」


「う、そ、そうね。エデン、使用人を呼んでもいいけど、私を呼んでもいいからね」


「……お嬢様」


 リリカが微妙な顔をしながら、ダリヤの部屋の隣にある扉の前で立ち止まった。

 ゆっくりと扉を開け、ダリヤを先頭に中へと入っていく。

 その部屋は、客室と呼ぶにはあまりに広すぎた。

 もしかすれば、トリト村の家一軒が、そのまま入ってしまうのではないかという広さだ。

 

 入ってすぐのリビングスペースには、小さなローテーブルを挟んで、落ち着いた色合いのソファが置かれている。

 奥にある扉の1つをリリカが開くと、大きな窓の前にこれまた大きなベッドが鎮座している。

 ベッド脇にはこれまた大きなクローゼットが並び、その脇には鏡の備え付けられた化粧棚まである。

 そのあまりな待遇に、エデンは慌ててダリヤへと声をかけた。


「だ、ダリヤさん。こんなに豪勢なお部屋、私たちには……」


「いいの。二人で使うんだし、このくらいはね。ね、リリカ?」


「はい。聞けば、お嬢様を助けてくださったとのこと。どうぞ、遠慮なさらずお使いください」


 リリカはそう言うと、ベッドへと歩み寄り、背中のアリシアをそっとシーツの上に降ろした。

 慣れた手つきで、アリシアが寝やすいように体勢を整えていく。


「あの……申し訳ありません。私たち、こんなに汚れていて……シーツを、汚してしまいます」


「ふふ。それも気にしないで。それに、私があなた達を連れてきたのよ?」


 ダリヤが言うことは事実なのだが、真っ白で清潔感のあるシーツを見ると、どうしても申し訳なさを感じてしまう。

 すると、リリカがヘッドボードの上に置かれている、小さなベルを手に取った。


「エデンさん。もし、何かご用がある時は、こちらを鳴らしてください。すぐに使用人が駆け付けますので」


「は、はい。分かりました」


「それとお嬢様もおっしゃられましたが、汚れなど気になさらずに。ゆっくりと体を休めてください」


「アリシアが寝ちゃったから……明日、一緒にお風呂に入りましょう。起きたらすぐ行くわよ」


「何を言っているのです。お嬢様は、この後すぐに入浴ですよ」


「……はい」


 ダリヤは無念そうに返事をすると、扉へと向かっていく。部屋を出る際、振り返ると小さく手を振ってきた。


「エデン。本当に、助けてくれてありがとう。おやすみなさい」


「はい。こちらこそ、いろいろとありがとうございます」


「エデンさん。良い夜をお過ごしください」


 最後にリリカが一礼し、扉がゆっくりと閉められた。

 

 灯がついていると、アリシアが起きてしまうだろうか。

 照明のスイッチがないかとあたりを見渡すと、ヘッドボードの上、ベルの横にスイッチがあった。

 パチリという音と共に、部屋の中が暗闇に沈む。

 窓から差し込む月明かりだけが、横になったアリシアの輪郭を青白く浮かび上がらせていた。

 エデンは片手でシーツを掴み、体を持ち上げるようにしてベッドによじ登ると、アリシアの隣でヘッドボードへと背中を預けた。


「ふう……」


 長い、大変な一日だった。

 もし……もしあの時、ヴァイスに負けていたら、今頃どうなっていたのだろうか。

 そう考えた途端、エデンの体がぶるりと震えた。


「……はっ、はっ」


 怖い。怖かった。

 負けることではない。

 もしかしたらアリシアを救えず、彼女を失う、その可能性が。


「う、うう……」


 ヘッドボードから離れ、縋るようにアリシアへと手を伸ばし、その手をぎゅうっと握りしめる。

 起きてしまうだろうか。でも、たった一人の夜は――。


「夜は、寂しいです……」


 いつだったか、レイラに寂しくないのかと聞かれたことがあった。

 あの頃は、まったく寂しさなんて感じなかったのに。

 今は、酷く寂しくて、そして怖い。


「はっ、はっ……」


 息が、落ち着かない。

 部屋には他に誰もおらず、ただ孤独であることをエデンに叩きつけてくる。


「う、あ、アリシア。お、起き……」


 駄目だ。

 アリシアも、大変な一日だった。

 起こすわけにはいかない。


「うう……ママ……」


 レイラが、ディーンがいれば、こんなに寂しく感じずに済んだのだろうか。

 そう考えたところで、エデンは何かに取り憑かれたように記憶領域を漁り始めた。

 アリシアの手を握ったまま、ヘッドボードへと再度寄りかかる。

 そして縋るように、最も直近に保存された映像データを再生した。

 

 思考領域に、賑やかな笑い声と、食器を動かすカチャカチャという音が流れる。

 そして、レイラとディーン、二人の温かい笑顔も。


『二人とも、お誕生日おめでとう』


『あっはっは! もう五歳か! 早いな!』


 鮮明に再生される、誕生日の映像。

 その光景に、エデンの思考が沈んでいく。


 もう、二人はいないけれど……。でも、 体の震えが、少しずつ止まっていく。

 

『エデンちゃん。最後にルルも準備してるから。だから、お腹いっぱいにならないようにね』


『そうか? エデン、いっぱい食べないと、体が大きく……は、ならないのか』


 この声が、どれだけ聞きたかっただろうか。

 エデンの瞳が、他を拒絶するようにゆっくりと閉じられた。

 

 二度と訪れることのない、甘美な時間。そこに浸るのは、ただの逃避だろうか。

 でも、今だけは、この記憶データに甘えていたい。

 

 流れる映像の中、レイラの体がゆっくりと近づき、視界が群青色のローブでいっぱいになった。


『二人とも、愛してるわ』


「あ……」


 たまらず、エデンの口から、小さな声が零れた。


「ママ……私、私も……」


 その呟きを最後に、エデンの思考は記憶の世界へと沈没していった。

 身体から力が抜け、頭がかくんと前に落ちる。

 その拍子に巻いていた布がずれ、その隙間から緑色の魔力の粒子が零れた。

 

 それはまるで、涙のようにエデンの頬を伝わり、空虚へと溶けていく。

 血にまみれ、泥に汚れた体は、ただ静かな月明かりに照らさる。

 眠っているかのように、まるで壊れた人形のように、その動きを止めてしまった。



 


 第4章 「Core Dumped」〜壊れた人形は夢を見る〜 完


 


 

 暗闇に沈む空間の中、キューレが一人ソファに座りながら、頭の前で指を組んでいる。

 その肩が揺れると「ふうー……」と疲れたように、大きく息を吐いた。


「……危なかった……」


 どこか気疲れしたようにそう呟くと、納得いかないというかのように、人差し指を眉間に当てぐりぐりと押し付ける。


「弱い、弱すぎるな。あの程度の相手に、何を苦戦しているのだ」


 もう一度息を吐くと、気だるげにこちらへと振り向いた。


「君も、ずいぶんとやきもきしたのではないか? まあ、戦いに限らず……諸々含めて、だが」


 彼女はそう言うと、だらしなく背もたれに寄りかかり、何かを考え込むように目を閉じた。


「……どうするか。以前手を出した時は、えらく怒られてしまったしな……」


 いらだつように、踵をトントンと床に鳴らしながら、キューレはぶつぶつと言葉を並べていく。

 そして、何かを思いついたように目を見開いた。


「……ふむ。こちらからの依頼という形にすれば、お父上も見逃してくれるだろうか」


 そう言いながらおもむろに立ち上がると、ぐっぐっと身体をストレッチし始めた。


「よし、少し忙しくなるな。……おっと、すまん、君のことを忘れていた」


 キューレはそういうと、ふと、何かを思い出したかのように、ずいっとこちらに顔を近づけてきた。

 その瞳が、妖しく輝く。


「ところで、だ。こんな時には、盛大に祝うべきなのだろうか? その人が好きな物を渡したり、何かサプライズを催したり」


 キューレは腕を組むと、背中を向けて書架の奥へと歩き始めた。

 そしてそのまま闇に溶け、姿が見えなくなってしまった。

【第4章「Core Dumped」完結!】

最後まで読んでくださりありがとうございます!

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第5章も毎日投稿します!

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