38話 観測開始:3年65日目-4 / 水源を追って
「これでよし、と」
静かに杖を下ろしたレイラに、エデンはかろうじて声を絞り出した。
「……もう、終わりですか?」
「うん。どうだったかしら?」
「……あっという間でした」
問いかけるレイラの顔には、いつもの柔らかな笑みが戻っている。しかし、目の前に広がる凄惨な光景とのあまりの不釣り合いさに、エデンは思わずディーンを振り返った。彼は、なぜか呆れたように苦笑いを浮かべている。
「……少し、気合を入れすぎじゃないか?」
「なによ、いいじゃない」
そう言ってツンと上を向くレイラに笑いながら、ディーンは腰のナイフに手をかける。
「さて、魔石だけでも回収しとくか」
「そうね。お願いしてもいい?」
「あいよ」
手慣れた様子の会話を背景に、二人は動かなくなった死体へ近づいていく。ディーンが手際よく解体を始めるのを横目に、エデンは地面から突き出た、血で赤黒く染まった氷の槍を見つめ、レイラに尋ねた。
「これは……氷、なのですよね?」
「そうよ。状況にもよるけれど、私は戦闘では氷の魔法を使うことが多いわね。ぶつけるだけで、相手を無力化できるから」
「それは……たしかに、そうですね」
狼の体を貫いた槍の先端を見て、エデンは頷いた。液体の水ではこうはいかない。氷の硬度は、その温度が低ければ鋼鉄にも匹敵する。目の前の光景をじっと見つめる小さな同伴者に、レイラは静かに語りかけた。
「魔法は楽しいだけじゃないってこと、覚えておいてね。間違った使い方をしないように」
「はい。……ママ様。私も、氷の魔法を試してみてもいいでしょうか?」
いつかアリシアを守るために、きっと必要になる。そう思い確認すると、レイラは「んー」と少し考えると、「私がいる時なら」と笑った。
「はい。……プログラムだけ、構築していても良いでしょうか?」
「なあに? 早くやってみたいの?」
「恥ずかしながら、その通りです」
小鳥が期待に体を震わせると、3体の灰狼から魔石の回収を終えたディーンが戻って来た。
「よし、じゃあ行くか」
再び川沿いを歩き始める。レイラの肩の上で、エデンは早速、氷の魔法のプログラム構築に没頭し始めた。
その様子にディーンとレイラは呆れたように笑みを交わしたが、何も言わず、ただ静かに見守っている。
太陽が空の頂点を通り過ぎ、西へ傾き始めた頃、ふと、レイラが「あら」と声を上げた。
「見て。水の跡があるわ」
彼女の視線の先、ずっと乾ききっていた川底に、黒く湿った石が点々と続いていた。ディーンもそれを認め、歩みを速める。
「水源そのものが枯れたわけじゃなさそうだな」
「ええ。どこかで、水の流れが変わってしまったのかしら」
「まあ、行けば分かる」
乾いた川床に現れた湿った水の跡を辿るうち、平坦だった道は次第に傾斜を帯び、周囲の景色は鬱蒼とした森へと姿を変えていく。苔むした大きな岩が道を塞ぐようになると、そこはもう本格的な山の中だった。ディーンは時折、ひょいとレイラを抱え上げて岩を乗り越え、一行は水の源流を目指して登り続ける。やがて、その流れは洞窟の闇へと吸い込まれていた。
ひんやりとした湿った空気が流れ出す洞窟の入り口で、ディーンは足を止め、闇の奥を鋭く見据えた。
「……いるな」
「魔物ですか?」
エデンの問いに、ディーンは頷く。
「ああ。数はそれほどでもない……が、これで水が止まった原因も察しがついた」
彼はそう言うと、躊躇なく洞窟へと足を踏み入れた。レイラも静かにそれに続き、杖の先端を軽く振るうと、柔らかな光球を生み出してディーンの頭上へと浮かべた。洞窟の濡れた壁が、ぬらりと光を反射する。
「何がいるの?」
「土蜥蜴だ」
「ああ、それなら……」
レイラの納得したような声に、エデンは首を傾げた。
「アースリザードとは、どのような魔物なのですか?」
新たな名前に、ディーンが振り向きもせずに答える。その声は洞窟の壁に低く反響した。
「でかい蜥蜴だ。まあ、それだけの魔物なんだが……ただ、土や泥を固めて巣を作る」
「多分だけど、その巣が川を塞いじゃったのね」
「ああ……なるほど?」
洞窟の通路は川幅と同じく三メートルほどある。単なる蜥蜴が土を盛った程度で、これほどの水流を完全に堰き止められるものだろうか。エデンが訝しんで周囲を見回していると、ディーンの低い声がその動きを制した。
「洞窟内は音が響く。ここからは声を潜めろ」
一行は息を殺して進む。滴り落ちる水の音に混じり、前方の闇から、グルル、と獣が喉を鳴らすような低い唸り声が聞こえてきた。その音を目指して進むと、やがて通路の先に開けた空間が見え、その中で複数の影が蠢いているのが分かった。
ディーンはレイラに視線を送り、指先で素早く合図を交わす。
頷き返したレイラは、杖を静かに掲げ、頭上に数メートルはあろうかという巨大な水球を練り上げた。それは圧縮された魔力によって不気味なほど静止している。
次の瞬間、水球は弾丸となって狭い通路を突き進み、広間に出た途端、凄まじい轟音と共に炸裂した。圧縮されていた激流が、津波となって空間内を洗い流す。
それを追うようにディーンが広間へと突進し、レイラとエデンが後に続いた。
通路を抜けたエデンの目に映ったのは、水流に押し流され、壁際で混乱している魔物の姿だった。「蜥蜴」という言葉とは裏腹に、その大きさは全長一メートルを超えている。水に濡れて黒光りする鱗、ちらちらと揺れる長い舌。人ほどの太さがある四肢の先には鋭い爪が伸び、濡れた地面を苛立たしげに引っ掻いていた。その魔物が六体、円形の空間に散り散りになっている。
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[ALERT] 未定義の生体情報を複数、観測。
[CLASSIFICATION] 暫定分類:爬虫綱有鱗目トカゲ亜目に近似。
[ERROR] データベースに該当する既知の地球生物が存在しません。
[SYSTEM] 新規カテゴリ『魔物:土蜥蜴』として仮登録します。
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正面で体勢を立て直そうとしている個体に向け、ディーンが駆ける。
「うおらぁっ!!」
雄叫びが洞窟を震わせ、びりびりと空気を揺さぶる。振り下ろされた大剣が、蜥蜴の頭から首にかけて斜めに叩きつけられ、硬い鱗を砕く鈍い音と共に、その巨体が痙攣するように跳ねた。
それが合図だった。我に返った他の個体が、一斉にディーンへと向き直り、威嚇の唸り声を上げる。体をこする鱗がザラザラと不快な音を立て、近くにいた二体が、ずらりと牙の並んだ顎を大きく開いて飛びかかった。
それがディーンに届く直前、二体の間に氷の壁が瞬時に生成され、ガチンッ!という硬質な音を立ててその突進を阻む。
「レイラ、別にフォローはいらんぞ」
「あなたのためじゃないわよ」
レイラはそう言うと、肩のエデンに悪戯っぽく微笑んでみせた。
「……まあ、いい」
空中で動きを止め、無防備に落下する蜥蜴たちに、ディーンの大剣が薙ぎ払われる。凄まじい風切り音と共に、二体の胴がたやすく両断され、血飛沫を上げて吹き飛んだ。
仲間の無残な死を見た残りの三体は突進を止め、距離を取ってディーンの周りをうろつき、機を窺い始める。
「なんだ? こないのか?」
ディーンの声が不機嫌そうに低くなる。
「そんなんじゃあ――」
その言葉を遮るように。三条の氷の槍が、回転しながら宙を裂いた。それは寸分の狂いもなく三体の土蜥蜴の頭部を捉え、硬い頭蓋を粉砕しながら貫通していく。
「――終わっちまう、だろうが」




