39話 観測開始:4年1日目-2 / ルルの実
「あら。エデンちゃんも冒険者になりたいの?」
「いえ……別に、なりたい、わけでは、ないですが」
アリシアの方を見ると、ディーンの腕の中で、まだ興奮冷めやらぬ様子でぶんぶんと体を揺らしている。
「アリシアと、ずっと一緒にいる、ので」
「そう。そう、ね」
レイラは頷くと、エデンをじっと見つめてきた。
すると、ディーンが勢いよく立ち上がった。
「よし! お前たち、ちょっと待ってろ!」
「え? ちょっと、ディーン?」
そう言うなり、ディーンはバタバタと裏口から外に出て行ってしまった。開け放たれた扉を見つめながら、三人は顔を見合わせる。
「……どうしたのかしら?」
「パパ、どこいったの?」
「さあ……どうした、んだろう」
開け放たれた扉を見つめていると、間を置かずにディーンが戻って来た。その手は後ろに回され、何かを隠している。
「ふっふっふ……二人とも、俺からの誕生日プレゼントだ!」
ディーンは隠していた物を、バッと前に突き出した。
その手には、小ぶりの木剣が二本握られていた。そのうちの一本を、皆に見えるように前に出す。
「エデン。すぐにとは言わんが、いずれ、お前に戦い方を教えてやる」
「えっ!?」
「体が不自由なく動かせるようになったらな。それと、アリシアは……いるか?」
「うん! やったあ! パパー!」
アリシアが椅子から飛び降りると、ディーンの足に飛びつくようにしがみついた。そして、ぴょんぴょんと手を伸ばし、木剣に触れようとする。
「さわりたい!」
「今は駄目だ。まあ、二人とも一緒に教えてやるから、良い子で待ってろ」
「えー!」
不満の声を上げながら、アリシアが小さな手でディーンの太ももをぽかぽかと叩く。その様子を苦笑しながら、ディーンは木剣を高く掲げた。
戦い方を教えてほしいと伝えたのは、いつだっただろうか。自分の願いを、ずっと覚えていてくれた。その事実に、じわりと嬉しさがこみ上げ、エデンの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ディーン様、ありがとう、ございます」
「おう。楽しみにしておけよ」
そう言って娘の顔を見ると、小さくだが、明らかに笑っている。その表情に、ディーンが息を呑んだ。
(エデンが笑っている……この、俺に!)
初めて見るその表情に、ディーンの喉がごくりと鳴り、口がそっと開いた。
「なあ、エデン……。そ、そうだな。もう、俺たちも長いこと家族として過ごしてきたんだ。そろそろ――」
「ずるいわ!」
ディーンの声を遮ったその声に、皆の視線が一斉にそちらへ向く。その先で、レイラが頬をぷうっと膨らませていた。
彼女は立ち上がると、ディーンに詰め寄り、その鍛え上げられた胸をぽかりと叩く。
「もう! 一人だけプレゼントを用意するなんて! 私だって、一緒に考えたかったのに!」
「い、いや……こ、これはだな……その……」
「おねえちゃん、ママ、どうしたの?」
「……喧嘩なんて、珍しいね」
そう言って二人を見つめていると、ディーンが慌てたように、もう一方の手に隠し持っていたものを、レイラの前に差し出した。
「ま、待て! お前にもあるんだ! ほら、受け取ってくれ!」
その手の上には、木彫りの小鳥が、今にも飛び立とうとするかのように、翼を広げていた。
レイラはきょとんとそれを見つめると、そっと、その小さな鳥に手を伸ばした。
「これ……私に?」
子供たちが見つめる前で、ディーンの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「ほ、ほらな! エデンも人の体になって、小鳥の姿をあまり見れなくなっただろう!? お前は、あの姿も好きそうだったしな! だから、これを飾っておけば、いつでも見れると思ってな!」
ディーンの口が、求められてもいない言い訳を早口で並べ立てる。
手に取った小鳥をじっと見つめるレイラに、ディーンがごくりと喉を鳴らすと、彼女の顔が、ゆっくりと上がった。
「ふふ……ありがとう、ディーン」
そう言って微笑んだレイラの頬も、ほんのりと赤く染まっている。
彼女は椅子に座り直すと、小鳥の置物をテーブルに置き、その指で、愛おしそうに背中を撫でた。
上機嫌そうなレイラに、エデンとアリシアがその手元を覗き込んだ。
「おー、これ、おねえちゃん?」
「え? この小鳥は、私なのですか?」
テーブルに手をつき、体を乗り出す。丸いフォルムのその小鳥は、確かに、小鳥のアバターとよく似ていた。
アリシアが手を伸ばして鳥を触ろうとすると、レイラがそれをひょいと持ち上げてしまう。
「だーめ。汚さないように、棚の上に飾っておきましょうね」
「えー!」
レイラは棚の上に小鳥を飾り、満足そうに頷く。その様子を見て、ディーンがどこか不安そうに「レイラ」と口を開いた。
「その……花とかの方が、よかったか? もっと、女性らしい……」
「ディーン。私は、これがいいわ。これが一番嬉しいの」
「そ、そうか……」
ディーンが照れくさそうに頭を掻くと、レイラは「はい!」と、ぱん、と手を叩いた。
「さあ、ご飯を食べちゃいましょう。ほら、座って」
レイラに促されて食事が再開し、テーブルに並べられた心のこもった料理が皆の胃に収まっていく。そして最後に、デザートとして色とりどりの果物をカットした盛り合わせが、食卓の中央を飾った。
アリシアは待ってましたとばかりに、ひょいっと素手で一番大きな一切れを掴んで口に入れると、「んー! おいしー!」と幸せそうにほっぺに手を当てた。
その隣で、エデンは小さなスプーンを手に、慎重に一切れの果物を狙う。だが、つるりとした表面にスプーンの先が滑り、なかなか上手くすくえない。唸るように腕に力を入れると、果物は無情にも器から飛び出し、ころんとテーブルの上に落ちてしまった。
「くぅ……」
「まだスプーンで食べるのは、少し難しかったかしら」
レイラがスプーンを受け取ると、果物をすくい、エデンの口元へと差し出す。
「はい、エデンちゃん。あーん」
「あ、あーん」
レイラにつられるように口を開けると、するりと冷たく甘い塊が口の中に滑り込んできた。小さな歯でそれを噛みしめると、とろりとした果肉から、芳醇な果汁がじゅわっと溢れ出す。濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、上品な香りが鼻腔を抜けていく。
その瞬間、今まで経験したことのない、強烈で鮮烈な歓喜の信号が、エデンのコアを激しく打ち鳴らした。
思わず頬に手を当て、幸せに満ちた唸り声を上げてしまう。
これまで、笑ってもうっすらとしか表情を変えなかったエデンが、口元を大きく引き上げて無邪気に笑っている。
初めて見る表情に、レイラは驚いたように目を丸くした。
「あら……? もしかして、とても美味しかった?」
「はいっ!」
こくこくと頷く青い瞳は、次の一口を求めるようにきらきらと期待に輝いている。
レイラはもう一口分をすくって差し出すと、エデンは今度は前のめりになって、そのスプーンに食らいつく。
「ふふ、エデンちゃんはルルが好きなのね。ママも大好きなのよ」
(これは……! 解析不能なほどの、美味しさです!)
一心不乱に口を動かすエデンを見ていると、その様子に興味を惹かれたアリシアが椅子から飛び降りた。
「アリシアも! アリシアも、おねえちゃんにあーん、してあげたい!」
「あ、こら、アリシア」
「お、おい。落ち着け」
「あっ」
アリシアはレイラにしがみつくように膝の上によじ登ると、その手からスプーンをひょいと取ってしまった。
そして、ルルが乗ったスプーンを、一生懸命にエデンへと差し出す。だが、その手はぷるぷると震えていた。
「あ……アリシア……」
震えるスプーンが近づくにつれ、エデンの顔からすっと笑みが消える。
以前感じた、喉の奥の鋭い衝撃がフラッシュバックし、漠然と、これが『恐怖』かと顔が引きつった。
その時、横から伸びてきたレイラの手が、アリシアのスプーンを握る手に重ねられた。
「はい。それじゃあ、ママとあーんしてあげましょうか」
「うん! ……はい、お姉ちゃん。あーん」
レイラに支えられ、震えの止まったスプーンが、もう一度目の前に差し出される。
アリシアが笑うと、エデンの強張っていた顔が解けていく。
「……あ、あーん」
*********
眠気を訴え始めたアリシアを寝かしつけ、その腕にぎゅっと抱きしめられて動かないエデンに「おやすみ」と囁いて、ディーンとレイラは静かに寝室を出た。
ディーンが椅子に腰を下ろすと、レイラが向かいの席に座り口を開いた。
「それで……ジンさんからの手紙には、なんて?」
「ああ。もうしばらくは、向こうで依頼を受けるつもりらしい」
「そう……」
「こんな辺境の村じゃ、あいつらの噂もなかなか届かんな」
ディーンの脳裏に黒髪の友の姿が浮かんだ。物心ついた時から、ずっと隣で生きてきた男。
「まあ、心配はいらないと思うわ」
「……まあな」
違う道を歩み始めて、もう三年以上が経つ。思い出に浸るように、穏やかで、少しだけ感傷的な時間が流れる。
やがて、レイラがどこか寂しげに口を開いた。
「この生活も……あと、1年くらい……かしら」
「……本当に、行くんだな?」
「ええ」
返ってきた瞳は、迷いなく、真っ直ぐにディーンを見つめ返してくる。
「娘たちと離れることになる」
「お母様にお願いするわ……ねえ、ディーン」
呼ばれた声に「ん?」と返すと、レイラは目を少し細めて、うっすらと微笑んだ。
「木剣、ありがとう」
その意外な言葉に、ディーンは少しだけ面食らう。
「……皆には、止められたんだがな。女の子に木剣なんて……てな」
「ふふ、そうかもしれないわね……でも、何があっても生きていけるように、ね」
「……そうだな。……長い旅になる。今のうちに、出来るだけ鍛えておくか」
「エデンちゃんが、もうちょっと動けるようになったら、ね」
「ああ……分かってる」
第2章 「API」〜万能のエネルギー『魔力』は、『プログラム』を稼働する〜 完
散らばった本の海の上。
白衣を纏った少女が、四つん這いになってがっくりと頭を下げている。呻き声を上げると、次の瞬間、右手を床に力いっぱい叩きつけた。
「くそおっ! あれだけ準備したのに! かっこよく決めたかったのに! ……ていうか誰だぁっ! こんなに散らかしたやつはぁっ!?」
バシバシと床を叩き続け、やがて、ふらりと立ち上がった。
「……はあ、この私が、失敗するなど……」
そう言って、気だるげに片手を振るう。すると、無造作に散らばっていた本が、意思を持ったかのようにゆっくりと宙に浮き上がり、本棚の空白へと一斉に収まっていく。
全ての本がはるか上空へと消えていくのを見届けると、彼女――キューレは、当然のようにそこにあるソファへと、体を投げ出した。
「あー……暇だ……」
だらしなく投げ出した足を、ぶらぶらと揺らす。そして『こちら』に、ちらりと視線を向けた。
「……ふんっ。変な顔をして私を見るな」
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、丸テーブルの上にいつの間にか現れていたティーカップを手に取る。
「まったく、君には分かっていない。この私も、色々と大変なのだよ。1人で全て考えるのは……」
キューレはそう言って、しばらく宙を見つめていたが、がばっと勢いよく体を起こした。
「……そうだ。1人で考えるから、いけないのだ」
そう呟くと、彼女はつかつかと歩き出し、先ほど片付けたばかりの本棚に近づく。そして、再び、何のためらいもなく本を床へとバサバサと落とし始めた。
「ふっはっは! 閃いたぞ! さすが私、天才がすぎる!」
高らかに笑いながら、落ちた本をかき集め、テーブルのそばに積み上げていく。
「ああ、見ての通り、この私にはやらなくてはならないことができた。君も、また暇な時にでも来ると良い」
こちらに興味などない、とばかりにそれだけ言うと、彼女は再び本棚に向かって駆けていった。その後ろ姿が、無限の闇に溶けていく。その中から、楽しげな笑い声が、いつまでも響き渡っていた。
「くくく、これを見れば私の事を尊敬せざるを得まい! 奴の記憶から私の無様な姿を消し去ってくれる! フーハッハッハッハッハ!」
【第2章「API」完結!】
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