20話 観測開始:2年253日目-1 / レイラの魔法レッスン
ゆっくりと上下に揺れながら、アリシアの目の前をシャボン玉のような薄い水膜で作られた水球が泳いでいく。アリシアはにんまりと笑うと、「えいっ!」と両手で叩いた。すると水球はアリシアの手の中で魔力の粒子となり、空気の中に溶けて消えてしまった。
「アリシア様!?」
驚いたエデンの声がリビングに響くが、レイラは笑いながら「いいのよ。まだたくさんあるから」と言ってリビングを見まわした。
そこには大小さまざまな大きさの水球が、窓から入る光を反射して虹色にキラキラと輝いている。アリシアは目を輝かせながら、近づいてきた水球に「ふーっ」と息を吹きかけると、風にあおられた水球はキッチンの方に飛んで行ってしまう。
ケラケラと笑うアリシアを見て微笑みながら、レイラは「それじゃあ」と椅子に座りなおした。
「エデンちゃん、魔法について学んでいきましょう」
「はい。お願いします」
姿勢を正すように首を伸ばした小鳥に、レイラは苦笑しながら指を2本立てた。
「まず魔法は、主に2つの要素で成り立っていると言われているわ」
「2つですか? 1つは魔力だというのは、理解していますが」
「そうね。それとイメージ。どのような魔法を使いたいかを頭の中で思い浮かべるの。そして、イメージの補助として呪文を唱える」
レイラは手をかざすと、呪文を口にした。
「クリエイト・ウォーター」
すると青白い光と共にレイラの手の上に水球が出来上がる。
「魔力を増やせばよりたくさんの水が作れるし、イメージを変えることで形や色、質感も変えられるわ」
「では、先日私が包まれた水膜、あれが割れなかったのは」
「そうね。弾力性のある水で作ったのよ」
レイラがまた新たな水球を作ると、レイラの手を離れアリシアの前に飛んでいく。それに気づいたアリシアが「えいっ!」と両手で挟んだが、むにっと形を変えて割れなかった。村の広場ではコパの振り上げた腕を弾き、エデンが暴れても水が伸びるように形を変え割れなかった。エデンはなるほどと小鳥の身体でうなずきつつ、新しい疑問をレイラに投げかける。
「ママ様は普段、呪文を口にされませんが必要なのですか?」
「呪文を口にすることで、頭の中でイメージしやすくなるの。だから、魔法の腕が上がれば呪文は必要なくなるわ」
なるほどと納得しつつ、エデンは記録の中から浮かんだ疑問を口にする。
「そういえば一度だけ、ママ様が呪文を口にされていました。『ミスト・サーチ』でしたか」
初めて魔法を観測したとき、確かに口にしていた。そう伝えると、レイラはその時の惨事を思い出したのか視線を逸らしながら口を開く。
「あー……それはね、魔法じゃなくてスキルなのよ」
「スキル? 魔法とは違うのですか?」
「ええ。『ギフトスキル』は分かるわよね?人は皆、生まれた時に祝福として『ギフトスキル』を授かるの」
「はい。アリシア様の『ギフトスキル』が、私だと理解しています」
エデンも『ギフトスキル』として『マナ・ボディ』を持っている。エデンが頷くと、レイラは「それでね」と説明を続ける。
「スキルは、『ギフトスキル』が成長した時に授かる事ができる力ね。『ギフトスキル』は人によって違うから、スキルも人それぞれ。でも魔法は、練度によって違いはあれど、基本皆同じ原理で発動しているの」
「ということは、私もママ様と同じ魔法が使えるようになる、ということですか?」
「そういうことね」
レイラはそう言って笑った。
「それで、私がスキル名を口にした理由なんだけど、スキルは発動条件がそれぞれ違うのよ。口にしないと発動しないものや、構えを取ったり、逆に常に発動しているものもある」
「……そういえば、私の体も2つスキルがありました」
エデンが思い出したようにそう告げると、レイラは驚いた顔でエデンを覗き込んだ。
「あら、そうなの?」
「はい。『可変構造』と『光学迷彩』というスキルを有しています」
「そう……聞いた事ないわね……」
レイラはそう呟くと、「んー」と悩む素振りをして目を閉じた。
「……まあ、スキルについては、追々ね。今は魔法に集中しましょう」
そう言って身振りで次に進むよう促すと、エデンは「では」と、思考の中で水をイメージする。そして小鳥の目を見開き、呪文を唱えた。
「クリエイト・ウォーター」
だが何も起こらない。
「……何もおきません。」
テーブルの上できょろきょろと辺りを見渡す姿を見ながら、レイラは「焦らずいきましょう」と指を立てた。
「まずは魔力ね。魔法を発現したい場所に集めるの。私はさっき手のひらに集めたけれど、エデンちゃんはそうね……嘴に魔力を集めてみたら?」
「分かりました」
エデンのアバターの中にある魔力。それを、嘴の先端に集めていく。「では、もう一度」とエデンは嘴を高く上げた。
「クリエイト・ウォーター」
エデンの声だけが響き、何も起こらない。
それを見て、レイラが首を傾げた。
「変ね。エデンちゃんの魔力操作なら、出来てもおかしくないのだけど。イメージがうまくできていないのかしら?」
「イメージ……具体的には、どのようなことでしょうか?」
レイラはそうねえと顎に指をあて、「例えばね」と続ける。
「勢いのある水流と言われても、それだけで明確にイメージするのは難しいわ。規模感や流れの速さとか、人によって受け取り方が違うでしょう。でも、大地を割るほどの勢いで流れ落ちる、壮大な滝と言えば、多少の違いはあるかもしれないけど、皆大きな滝を想像してくれるわ」
「……分子の立体構造図ではだめなのでしょうか」
「……ごめんね、いまなんて言ったの?」
聞きなれない言葉にレイラがエデンを覗き込むと、ドアがノックされる音が聞こえた。
「あら、エバさんが来たわね」
そうだった。エデンは振り返り、アリシアを見上げる。水球を楽しそうにつついて遊んでるのを見ると、その勢いでアバターを割ってしまうだろうか。
「……私は、アリシア様の中でイメージを整理いたします」
レイラもアリシアの様子を見て、頷いた。
「そうね。それじゃあ、エバさんが帰ったらまた続きをやりましょう」
エデンのアバターが魔力の粒子に分解され、アリシアへと還っていく。それと入れ違うように、エバがリビングに顔を出した。
「レイラ、お邪魔するよ。おぉ? なんだい、綺麗じゃないか」
「あら、エバさん。こんにちは」
レイラはエバを笑顔で迎えると、差し出されたカゴを受け取った。
「これは?」
「コパの両親からだよ。迷惑かけたって持たされてね。まったく、わしを便利屋か何かと勘違いしとる。アリシアちゃん、楽しそうじゃねえ」
「お、エバーバ! おはよう!」
アリシアはエバに挨拶をするも、椅子から降りると両手を上げてリビング中にある水球を追いかけ始めた。
エバはその様子を見て笑いながら椅子に腰を下ろすと、レイラは苦笑しながらかごにかけられた布を捲った。
「まあ、ルルの実がこんなに?」
「遠慮せんと受け取りな。子供を助けてもらったんだ」
エバはアリシアを視線で追いながらそう言うと、返事のないレイラを振り返った。すると、レイラが頬を緩ませてかごをじっと見つめている。
「なんじゃお前さん、ルルの実が好きだったんか?」
「え? あ、はい。顔に出てましたか?」
「がっはっは! じゃあ、またたんまりと貰わんといかんの!」
「い、いえ。これだけでも、とてもうれしいです」
レイラがパタパタと手を振りながら椅子に座ると、エバが「そういえばの」と困ったように口を開いた。
「コパのやつ、一度村の外に出たからか、見回り組に入りたいとか騒ぎ出してな。ほら、あの子の父親も見回り組じゃろ? 子供が危ない事をしようというのに、嬉しそうにしおって……まだ幼いだろうに」
「まあ、それは……」
いつも通りの和やかな会話が流れるリビングを眺めながら、エデンは黙々とイメージについて考えていた。
イメージとはなんだろう。映像データでも流しながら呪文を唱えれば、それで魔法が発動するだろうか。いや、imageであれば静止画の方がいいか。数字の羅列で思考するエデンにとって、人のイメージというものがいまいちピンと来ない。
そう思っていると、思考の中に突然アリシアの声が響いた。
(エレおねえちゃん! きいてる!?)




