19話 観測開始:2年242日目-4 / しおれた花を握りしめて
子供を抱えて村に戻ると、ディーンに気付いた村人が、蒼白な顔をしたコパの両親を連れてきた。コパは父親から再び拳骨をくらい、母親に涙ながらに抱きしめられている。その様子を遠巻きに見守っていると、安堵の表情を浮かべたエバが近づいてきた。
「ディーン。見つけてくれたか」
「ああ。少し怪我してたが、大したことはないだろ」
子供の怪我は治りが早い。二日もすれば元気に走り回っているはずだ。
エバはディーンに「すまんかったの」と礼を言うと、コパに歩み寄った。
「これ、お前さん、一体どこへ行っとったんだい?」
「あ……ばあちゃん……これ……」
そう言ってコパは握りしめていた花を持ち上げる。それを見たエバは全てを察したようにため息をつくと、ディーンに視線を向けた。
「すまんが、この子を担いで、お前さんちに連れて行ってくれんか?」
「ん? まあ、いいけどよ」
ディーンはそう答えつつ、コパの両親に目を向けた。
するとひょろっとした父親がそれに気づき、慌てて頭を下げてきた。
「なんだ。あいつ、ハンスの息子か」
村周辺に魔物が来ていないか、確認している見回り組。そのうちの1人である男を見てディーンがそうつぶやくと、呆れたようにエバが目を細めた。
「なぜ知らんのじゃ? お前さんの部下じゃろうが」
「……人の家族には、あまり興味がな」
ディーンの言葉に、エバは今度は明らかに呆れたと言わんばかりに大きなため息を吐いた。
「まあええわ。あやつらは今もコパを探し回っとる者たちに、頭を下げて回らんといかん。だから頼まれてくれ」
「ま、それもそうか」
それも親の務めだと納得し、ハンスに断りを入れてディーンは再びコパを担ぎ上げた。
「ほら、行くぞ」
「えふっ!? ど、どこに?」
苦しそうな声を上げるコパを気にせず、ディーンは自宅へと歩き出す。
「その女の子に謝りに行くんだろ? うちの子だ」
「そ、そうなんだ……」
「次は、泣かすような真似するんじゃないよ。まったく、お前達は日ごろから言葉使いがねえ――」
横からかけられたエバの声に、ディーンは少し歩くペースを落とした。家路の道すがら、エバの止まらない叱責で担いだ子供の元気がみるみるなくなっていくのを感じつつ、ディーンはふと気づいたことを口にした。
「コパだったか? お前、花を取りに行ったはいいが、うちの場所知ってたのか?」
「え? そりゃ知ってるよ。だってみんな、よく話してるもん」
「話してる?」
その言葉に、ディーンの表情がわずかに曇る。うちに客が来たことはほとんどない。エバが定期的に来てくれるが、こんな小さな村なのに、付き合いらしい付き合いはその程度だ。するとエバが「まったく」と、あきれたように口を開いた。
「おぬしのおかげで村は助かっとるが、もう少し家に気を配ったらどうだい。皆、アリシアちゃんのことがあったから心配はしとるんじゃよ。じゃが、レイラの仕事は家で出来てしまうし、子育てもある。基本、家から出ないだろう? きっかけがないまま、ずるずる時間だけが経って……お前さんも、ほとんど村におらんしのう」
「友達、いないだろうなって思って……でも、泣かせちゃった」
コパが小さな声で付け加えた。
「そうか……」
朝早く村を出て、森に魔物の気配がないか確認し、いれば討伐する。安全の確保には代えられないが、思わぬところで家族に寂しい思いをさせていたのかもしれない。ディーンはそう思いつつ、到着した自宅の前でコパを降ろした。
「アリシアを呼んでくるから、ちょっと待ってろ」
「う、うん……」
ディーンが家に入っていくのを見送り、コパは手の中の花をぎゅっと握りしめた。ずっと握っていたせいで、白い花びらは少し元気をなくしてうなだれている。それでも、ちゃんと謝ろう。そう決意して顔を上げた。そんなコパを、エバが少しだけ優しい目で見つめていると、すぐに扉が開かれる。アリシアを抱いたレイラが、ディーンと共に姿を現した。
「ああ、良かった。無事だったのね」
開口一番、レイラが安心したように笑うと、コパは思わず息をのんだ。怒られるとばかり思っていたのに。
「あ、あの、こ、これ!」
どもりながら、必死に右手の花をアリシアに向かって差し出す。アリシアはきょとんと、その花を見つめていた。
「ひ、昼間はごめん! 言い過ぎた!」
コパは叫ぶように言うと、深く頭を下げた。泣かせるつもりなんてなかった。いつもの友達相手なら、笑って言い返してくるような軽口だったかもしれない。でも、自分よりずっと小さい女の子に同じことを言うのは、ただのいじめだったと、後になって気づいた。
おそるおそる顔を上げると、アリシアが花とコパの顔を不思議そうに交互に見ている。
そしてアリシアは、小さな唇をゆっくりと開いた。コパの心臓がどきりと跳ねる。ディーンはその様子を腕を組んで見守り、レイラは優しく微笑み、エバは満足げに頷いている。皆が、アリシアの次の一言を待っていた。
「きらーい!」
口をいーとしながらの返事に、その場の時間がピタリと止まった。
アリシアはぷいっと顔を背け、レイラの腕から飛び降りると「エレー!」と叫びながら家の中に駆け込んでいく。コパの頭が真っ白になり、力の抜けた指の間から、握りしめていた白い花が音もなく地面に落ちた。その場の空気が凍りつき、風の音だけが寂しく響いた。
そして数秒、はっと我に返ったレイラが、わたわたとコパに声をかける。
「ご、ごめんね。あの子、まだ子供だから……でも、謝ってくれて、とても嬉しいわ」
「そ、そうじゃな! コパ、よう謝った! 立派じゃったぞ!」
「うん……」
顔を伏せてしまったコパの肩に、ディーンがぽんと手を置いた。
「ま、頑張ったな。お前はちゃんと謝ったんだ。だから胸を張れ」
「うん……」
そうは言われても、地面に落ちた花のように、コパの心もまたくしゃくしゃに萎んでいた。
動かないコパを見て、ディーンはレイラに声をかける。
「レイラ。アリシアが心配だ。もう戻れ」
「うん。ディーン、その子を送ってあげて。ご両親も心配してるだろうから」
「そうじゃな。レイラ、遅くにすまんかったのう」
扉が閉じられると、コパもゆっくりと顔を上げた。その顔を見て、ディーンが驚いた声を上げる。
「お、お前、何泣いてるんだ!? 泣くな、男だろ!」
「う……だって……」
「コパ、しゃきっとせんかい! 年下の女子にきらいと言われただけじゃろうが!」
「そうだけどさあ……」
怪我をした膝はまだ痛む。自分なりに必死で花を探しに行ったのに。そう思うと、悲しくて涙が止まらなかった。
泣きじゃくるコパを見て、ディーンがはっとした表情になる。
「ま、まさかお前、うちの娘に気があるんじゃねえだろうな!? 絶対に許さんぞ!」
*********
家に戻ったアリシアは、エデンと少し遊んだ後、すぐにこてんと眠ってしまった。外出もしたし、たくさん泣いた。疲れていたのだろう。すうすうと穏やかな寝息を立てるその頬は、ほんのり桜色に染まっている。レイラはエデンと並んで、その寝顔を愛おし気に眺めていた。
ぷくっとしたが柔らかいほっぺたを、つい指でふにふにと触っていると、エデンが静かにレイラに寄り添ってきた。
「ママ様は、あの子が反省していると、分かっていたのですか? だから助けようと?」
エデンがレイラのことを見上げながら訪ねると、レイラはアリシアの髪をそっと撫でながら、「いいえ」と笑って答えた。
「分からないわ。でも……私たちは、間違えちゃうから」
いろいろとね、とレイラは小さく付け加えると、エデンは不思議そうに首を傾げた。
「ママ様は、間違えないように見えます」
「そんなことないわよ。私なんて、間違いだらけ。だから……時には、誰かの間違いを許してあげないとね」
その言葉を受けて、エデンは小さく「許す……許す、ですか……」と繰り返した。アリシアを泣かせたあの少年。許しがたい。もし次に同じことをされたら、きっとまた怒りが湧き上がるだろう。でも、あの少年は反省して、謝罪した。
「……私は、間違えましたか?」
感情に任せて襲いかかったこと。もしレイラの制止がなければ、このアバターは砕け散っていた。もし自分が人間だったら、相手をひどく傷つけていたかもしれない。そう考えると、やはり自分の行動は間違いだったのだろう。そう口にすると、レイラはいたずらっぽく笑った。
「どうかしら? でも、もしエデンちゃんがそう思うのなら、次は間違えないようにすればいいのよ。そしてね、間違えちゃった自分も、許してあげないと」
「自分を? 間違えてしまったのに、いいのですか?」
「そうしないと、いつか積み重なった間違えに、押しつぶされちゃうから」
そうなのだろうか。レイラの言葉のすべてを理解できたわけではない。けれど、エデンは「なるべく……許せるように、努力します」と、静かに呟いた。
こくり、と小さく頷く小鳥の姿を見て、レイラはその背中をそっと指で撫でた。
「ふふ、頑張ってね、エデンおねえちゃん」




