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元AI、姉になる。~魔力不足の異世界ラーニング~  作者: おくらむ
第1章 「Hello, World!」〜無知なるAIと銀髪の幼女〜
14/43

14話 観測開始:2年221日目-2 / 生態データベース

「……『アバター・ボディ』?」


 アリシアの口元についたパン粥を優しく拭いながら、レイラは聞き返した。


「はい。私が設計したアバターを、アリシア様の魔力で物理的に生成し、活動することができます」


「アバター?」


「エレ! もっかい!」

 

 聞いたことのない言葉に首を傾げていると、アリシアがグーで握ったスプーンをテーブルにこつんと打ち付けた。


「では、再度生成します」


 その声に応じるように、アリシアの体から魔力が流れ出し、テーブルの上で光の糸を紡ぐように凝縮されていく。瞬く間に、先ほど見た奇妙な物体がそこに現れた。


「おー!」


「はあ、本当に……。エデンちゃんは、今その体にいるの?」


「はい。アプリケーション使用中は、こちらのボディに意識が転送されます」


 確かに、エデンの声はその物体から聞こえる。レイラが感心していると、アリシアがにぱっと笑った。


「えい!」


「え?」


「え、エデンちゃん!?」

 

 アリシアは空いた左手で、テーブルの上のエデンをぱしっと叩き潰してしまった。アバターは抵抗する間もなく魔力の粒子に砕け散る。慌ててアリシアの手を掴むが、そこには緑色の残滓がキラキラと舞うだけで、何も残っていない。するとアリシアから、エデンの声がした。


「ママ様、問題ありません。アバターが破壊されても、私のコアシステムはアリシア様の中にありますので」


「そ、そうなのね。驚いた……もう、アリシアちゃん。叩いちゃだめよ?」


「はーい」


 アリシアは悪びれる様子もなくケラケラと笑い、ご飯の続きを口に運んでいく。


「便利な物なのね。でも、こう言ってはなんだけど……とても奇妙な形だったわ」


「形状は任意に変更可能です。あまり大型化すると魔力消費も増大しますが、このサイズであれば、より複雑な形態も構築できるかと」


「そう……。どうせなら、もっと動きやすい形の方がいいのかしら」


「なるほど。確かに、高機動型のボディであれば、行動の選択肢が大幅に広がります」


 そういえば、研究所のデータの中に様々な生物の生態研究データがあったはずだ。エデンが保存されているデータを検索していると、コンコン、とノックの音が扉から聞こえてきた。


「あら、エバさんが来ちゃったわ。エデンちゃん」


「承知しています。私は黙っておきますので」


「ふふ、お願いね」


 さて、どんな個体がいいだろうか。魔力効率を考えるとなるべく小さく、移動性能に適した個体が良い。エデンが膨大なデータの中から最適なモデルを探し始めた時、ガチャリと扉が開いてエバが顔を覗かせた。



 *********



 踏み固められた土の道。見慣れた家々と、その向こうに広がる森の緑。代わり映えのしないこの道のりが、エバにとってここ二年、心躍る時間へと続く小道に変わった。


「……さて、今日はどんな顔でこの婆のことを呼んでくれるかねえ」

 

 吐息が寒さで白くなる中、これからのことを想像するだけで、皺の刻まれた口元から笑みがこぼれ落ちる。この身には少々重いカゴの荷も、今は心地よい期待の重みだった。

 残念ながら子供には恵まれず、連れ合いにもとうの昔に先立たれた。この小さなトリト村、エバにとっては皆が家族だ。だが、手がかかる子ほど可愛いとはよく言ったもので、あの子――アリシアは、どうしたって特別な孫のように思えてしまう。


 背中に揺れるカゴを感じながら歩いていると、村の男衆が数名、道の脇で何やら話し込んでいるのが見えた。朝早くから何事だろうと、エバは少しだけ道をそれて近づいていく。


「あんた達、どうしたんだい? こんなとこに集まって」


「ああ、エバの婆さん。いや、ほら、昨日帰っちまった商人が言ってたんだがよ」


 男は困ったように頭を掻いた。このトリト村は小さな集落だ。薪や薬草、季節の果実を渡し、行商人から日用品や塩、保存食を貰う。彼らがいなければ、村の暮らしはすぐに立ちゆかなくなる。


「なんでも、次の便が来るのは、三週間も先になっちまうらしい」


「ほう、三週間かい。そりゃあ、ちょいと先だねえ」


 エバは返事をしつつ、自宅の貯蔵棚を思い浮かべた。まだ蓄えはある。まあ、自分は困らないだろう。そう考えていると、一人の男が申し訳なさそうに一歩前に出た。


「なあ、エバさん。この事、レイラさんに……」


 そのおずおずとした顔を見た途端、エバの心にすっと影が落ちた。


「ったく、あんた達はいつまでそうやって、うじうじしてるんだい!」


 エバは腰に手を当て、溜息交じりに言い放った。


「い、いや、別にうじうじなんて……」


「レイラがあんた達を恨んでなんかいないって、何度も言ってるじゃないか! 一番辛い時に傍にいてやれなかった負い目があるなら、これから顔を出しゃあいいだろうに!」


 アリシアの体調が悪かった頃、村全体がどうすることもできずに遠巻きに見ていた。それが今も、重くのしかかっている。レイラが気にもしていないのに、周りが勝手に壁を作っている。

「タイミングが……」と言いよどむ男をひっと睨みつけると、「伝えておくよ!」と吐き捨てて、エバは踵を返した。


 少し荒くなった足取りでレイラの家に着くと、ドアをノックし、返事を待たずに扉を開ける。手のかかる子供がいる家だ。これくらいは許されている。


 「お邪魔するよ」


 リビングに足を踏み入れた瞬間、先程までのすさんだ心がすっと溶けていった。

 焼きたてのパンとは違う、甘く優しいミルクの匂いが鼻腔をくすぐる。食卓では、小さなスプーンを両手で握りしめたアリシアと、それを柔らかな笑顔で見守るレイラがいた。


「おはようさん。レイラ、今日も良い朝だね」


「エバさん、おはようございます」


 レイラは立ち上がると、エバが背負っていたカゴを受け取った。中にはいくつかの薬草が詰め込まれており、瑞々しく青い匂いがした。それを確認したレイラはぱっと目を輝かせた。


「こんなにたくさん……いつもありがとうございます」


「なあに、このくらいは年寄りの散歩のついでさ。そうだ、次の行商が来るのは三週間後だよ」


「少し先なんですね。分かりました。それまでには、薬にしておきます」


 レイラがカゴを仕事部屋に持って行くのを見送り、エバはアリシアへと向き直った。残り少なくなったパン粥と、小さなスプーンを相手に一生懸命に格闘している。


「おやぁ、アリシア。あんた、またおっきくなったんじゃないかい!?」


 まいったねえ、と笑いながら声をかけると、今エバに気づいたようで、大きな赤い瞳をまん丸にして顔を上げた。


「お! エバーバ! おはよ!」


「はい、おはようさん」


 レイラが座っていた席の向かいに腰を下ろし、ぶん、とスプーンを振り回したアリシアの頭を優しく撫でる。


「あー、いっぱい食べたんだねえ。おいしいかい?」


 まだ少し残っているのを確認しつつそう声をかけると、アリシアは「おいちい!」と満面の笑みで両手をぷにぷにの頬に押し当てた。その仕草に笑いながら、「まだ残ってるよ」と食べるのを促す。乳を飲ませるのすら苦労していた頃を思えば、この元気な姿を見られるだけで、胸が温かくなる。

 パン粥を食べ終え、カットされた果物にかぶりつくのを眺めていると、レイラが戻って来た。


「ああ、エバさん。アリシアを見てくださって、ありがとうございます」


「何言ってんだい、これも年寄りの楽しみさ。どうだい? アリシアちゃんの体調は」


「ふふ、元気すぎて、困ってしまうくらいです」


「がっはっは! そうかい、そうかい! 良いことじゃないか!」


 エバが声を上げて笑うと、つられたようにレイラも笑った。

 アリシアが食べ終わるのを見届け、食器を片付けるレイラに代わって、エバが口の周りを布で拭ってやる。「んー」と顔をしかめるアリシアは、椅子に座りなおすと、不意に「エレ! エレ!」と言って自分の胸をとんとんと叩き始めた。いつからだったか、アリシアはこの不思議な動作をよくするようになった。「エレ」が何かは分からないが、子供にしか見えない友達でもいるのだろう。


「アリシアちゃん、今日のエレはどうだい?」

 

 エバがにこやかに尋ねると、アリシアは目を輝かせた。

 

「お? しゃべった!(アリシア様!?)ん?」


「ほお、エレがしゃべったのかい! そりゃあすごいねえ」


「うん! それでね、ぱーってなったの!(あ、あ、アリシア様!)お?」


「おお、ぱーっと!」


「それでね、あいしゃが、ぱしって!」


 アリシアはそう言って、机をぺしっと小さな手で叩いてみせた。何を言っているかさっぱり分からない。時折妙な反応をアリシアがしているが、その1つ1つの動作が実に可愛らしい。エバがうんうんと頷いていると、いつの間にか戻ってきていたレイラが、何とも言えない苦笑いを浮かべて立っていた。


「レイラ? どうかしたのかい?」


「あ、いえ……アリシアがまた、楽しそうなことを言っているな、と」


 レイラは、これ以上ないほど曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。本当のことを言えるわけもなく、かといってエバに嘘をつくのも心苦しい。その結果が、乾いた笑い声となって口から漏れた。

 その微妙な心の機微に気づくことなく、エバは「そうそう」と話を切り出した。


「レイラ、実はあたしゃ最近、腰の痛みが酷くなってきてねえ。寒さのせいかもしれんが……それで、さっき渡したもんの中に、赤い花のついたのがあったじゃろ?」


「ええ、ありました。初めて見ましたけど、あれは――」


 エバとレイラが話し始めたのを見て、エデンは思考の中で大きく息を吐いた。

 子供にしか見えない友達と遊んでいるのだと、エバが温かく解釈してくれたから助かったが、この微笑ましい誤解がいつまで通用するか。

 何にしても今エデンは話す事が出来ない。出来ることをしようと、途中だったアバターの作成へ戻ることにした。


(魔力効率を考えるとなるべく小さく、移動性能に適した個体が良いですね)



 --------------------

 

 [SEARCHING] 生体データベースを検索...

 

 [CRITERIA] 条件1:小型であること。条件2:高機動性(飛行・登攀能力を含む)。


 --------------------

 


 検索結果が、エデンの思考にリストとして並べられていく。

 

(鳥類は飛行能力に優れますね。屋外での活動に最適と判断します。その中でも、燕はその機動性が特に素晴らしい……いえ、こちらの鳥類も良いですね。これは候補になります。……ですが、屋内での細かな活動に難がありますか)


 詳細データを確認し、より良い個体を探していく。その中でエデンは、1つの個体に目をつけた。


(ありました……これらの条件を、全て最高水準で満たしています。地球という惑星において、最も完成された生命体の1つが)



 --------------------

 

 [TARGET_LOCKED] 最適個体モデルを選定。生体データをアプリ『アバター・ボディ』に転送します。


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