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104話 観測開始:5年18日目-4 / 不平等

「おねえちゃん! よしよーし!」


「……アリシア。もう私、落ち着いてるから大丈夫」


「だめー! ママがしてくれたの! よしよーし!」


 レイラの優しい手とは似ても似つかない、勢い任せの手つき。

 ギルドで錯乱してしまったエデンだったが、アリシアが手を頭に乗せた瞬間から、嵐が去ったように落ち着いていた。

 だが、アリシアの手は止まることがなく。

 二人はそのまま、ダリヤに促されて屋敷へと帰る馬車に運び込まれた。

 対面に座るダリヤが、見かねたようにアリシアへ声をかける。


「アリシア……。エデンももう、大丈夫って言ってるわよ?」


「だっておねえちゃん、あんなにおこってた」


「まあ、さっきのは私も驚いたけれど」


 ダリヤの茶色の瞳が、揺れるエデンの顔をじっと観察する。


「あなた、案外怒りやすいの?」


「いえ? そんなことは、ないと思――」


「おねえちゃんはね! アリシアにはいーっぱいおこるの!」


 アリシアは撫でるのをやめると、誇らしげにふんぞり返った。


「……それはアリシアが、イタズラばかりするから」


「ふふーん!」


 鼻の穴を膨らませて得意げなアリシアに、ダリヤは思わず毒気を抜かれたように苦笑いする。


「そう。例えば、どんないたずらをするのかしら?」


「んーとね! おねえちゃんはね! よくぼーっとしてるからね!」


「ぼーっとじゃなくて、プログラムを――」


「そのあいだにね、えっと、おくつ、片っぽだけ取っちゃったり!」


「え、靴を?」


 ダリヤが疑問の声を上げるが、アリシアは指を折りながら笑顔で語っていく。


「おふとんをね、山みたいにのっけたり。お庭にゴローンって。あ、あと、ママのお洋服をね、おねえちゃんにきせて、『ママ、おねえちゃんがわるいことしてるー!』って」


「え? そんなこと、私の記憶には残ってないけど?」


「ママ、アリシアがやったってすぐ分かって、お洋服しまわれちゃった。アリシアおこられた」


 ダリヤがこらえきれずクスクスと笑い始め、リリカも口元を隠し、微笑ましく二人を見つめている。


「まあ、落ち着いたみたいで良かったわ。さっきのことは忘れちゃいましょう」


「そう……したいのですが」


 ダリヤは明るく振る舞っているが、エデンの思考に1つの棘が刺さっていた。


「ギズーは言っていました。私たちのことを、恵まれただけだと」


「ん? ああ、そうだったわね」


「私たちは、恵まれているのでしょうか?」


 服の上からレイラの形見に触れる。

 望んでいた平穏な時間は、過去に消えてしまった。今の欠落したこの境遇が、果たして恵まれているのか。


「両親を亡くしたあなた達は……どうなんでしょうね」


 彼女の瞳に、年齢に不相応な哀愁を混ぜながら、窓の外へと視線を向ける。


「確かに家格や才能はある方がいいのかもしれないけど……それと引き換えに、普通の人生は送れなくなる。子供みたいに街中を駆け回りたいと願っても、用意された庭の中にそんな場所はない」


 今のは、彼女自身の話だろうか。

 エデンは頷くと、隣でダリヤを見守るリリカへと視線を移した。


「リリカさんは、どう思われますか?」


「……これは、あくまで私の持論ですが。残念ながら、世界は不平等に作られているのでしょう」


 きっぱりと言い切った言葉に、エデンは目を見開いた。


「生まれによって、その先の人生で選ぶことが出来る選択肢が違いますから。ですが、その人生が恵まれているかどうかは、他人に判断できることではありません」


 上質な絹のドレス、泥一つない靴。そして、当たり前のように移動に使われるこの馬車。

 客観的に見れば、彼女たちこそが「恵まれている側」の代表のように思えるが――。


「貴族は、特権階級ではないのですか?」


「ええ。ですが特権には、それ相応の対価が求められます。地位に胡坐をかき、責務を忘れる愚か者であれば、いずれその地位を追われるでしょう」


「そうね。貴族である以上、無能であることは許されない。学び、この身を捧げ、ネストの地が安定するよう務める責務を負う。民に生かされその命を預かっている以上、私たちには選択肢はないのよ」


 それが、貴族の生き方なのだろうか。

 であれば羨望は、その内側に潜む重圧を知らないからこそ口にできる言葉なのだろうか。


「ですが、生まれは選べませんよね?」


「はい。なので、与えられた盤面で何を選択して生きるかでしょう。恵まれた者、恵まれぬ者。その違いは単に持ち札であり、何を選択するかは自分次第です」


「んー、むずかしいおはなし……」


 リリカの言葉に、完全に置いてけぼりになったアリシア。

 ダリヤは笑うと、彼女の額を指で押した。


「アリシアは今のままでいいのよ。たぶんね」


「そっか!」


 自分が持つ選択肢。

 そんなに、多くあるとは感じない。特に今は、流されるままにここにいる気がしてしまう。

 

「ギズーに選択肢はあったのでしょうか?」


「彼は、貧民街の出身だと聞きました。ギフトスキルも、恵まれていなかったのかもしれません。確かにその境遇に同情すべき点はあったかもしれませんが、かと言ってそれで破滅が決まっているわけではありません。」


「そう、ですね」


「彼は大きな体をしていましたね。そういう意味では、彼にも少なからず才はあったはずです。ですが、鍛えられた体には見えませんでした。罪を犯せば正当に努力するよりも、楽に成果を得られたでしょう。先ほどの結果は、彼自身が積み上げた選択の報いです」


 リリカの淡々とした声が、ギズーの大きな体躯を想起させる。

 ガランと背丈は変わらない。けれど、ガランの腕には鋼のような筋肉が宿り、ギズーの体には怠惰な脂肪が浮いていた。


「世界はあまりに不平等ですが……同時に、平等なのでしょう。ギズーの言葉は、自分の非から目を逸らすための嫉みです。惑わされる必要はありません」


「はい。……そうしたいと、思います」


 欠損した左腕。カモフラージュされたその袖を見つめ、エデンは頷いた。

 それきり沈黙が馬車を包むと、耐えられないといった様子でダリヤが手を叩いた。


「湿っぽい話はここまで! なにか楽しいお話をしましょう! ほらほら、切り替えよ!」


「……そうですね。ダリヤ、お仕事はいかがだったのですか?」


 その話題は、あまり良い選択ではなかったのかもしれない。

 ダリヤの表情が不機嫌に染まり、バンバンと座面を叩き始めた。


「もうっ! 思い出すだけでムカつくわ! なんなのよ、あの男!」


「お嬢様、はしたないですよ」


「……すみません、話題を間違えました」


「よりによって、うちに回復薬を売りつけようなんて! しかも、うちが王都に出荷してる倍の値段よ!? 舐めてるんだわ!」


「回復薬?」


 確か回復薬の在庫が尽きている、フリオはそう言っていたはずだ。


「回復薬の在庫は、まだあるのですか?」


「え? あるわよ? 出荷用に分けてる分がね」


「そうですか……」


 であれば、やはり質の良い回復薬を確保するのは難しい。

 エデンがフリオとの会話を伝えると、ダリヤは指を顎に当て、目を細めた。


「……そう。職人が引き抜かれてるの」


「そのようです。市井の薬が粗悪品になったタイミングで売りつけてくるとは。随分とタイミングが良いですね」


「お嬢様。その商人は、どこの息がかかっている方でしたか?」


「……ロンメーヌ伯爵家のご用達商人よ。……何を考えているのかしら?」


「ただの交易ではなく、市場の揺さぶり、ということでしょうか」


 ロンメーヌ伯爵。その名前は昨日の会話で、一度だけ出てきた。


「回復薬はね、うちの特産品なのよ。だからその話を持って来たということは、職人の引き抜きにも一枚嚙んでいるんでしょうね」


「ネスト地方は豊かな自然があり、素材の宝庫ですから。ですが、引き抜いた職人をどう使うつもりでしょう?」


 リリカが疑問を呈するように首を傾げる。


「ロンメーヌ領メメントは、素材が豊富に採れる土地ではありません。職人だけを集めても、持て余すはずですが……」


「……考えても今は推測の域を出ないわね。オスカーが返って来たら、話を聞きましょう」


 ダリヤが短く息を吐き出し、また馬車内がどんよりとした空気になりかけた。

 その時、外を眺めていたアリシアが、窓ガラスにへばりついた。


「あーっ!」


「どうしたの?」


「おねえちゃん、ルル! ルルがあった!」


 気づけば、馬車の外は露店が立ち並んでいる。


「ねえ、買おう! いっしょに食べよ!」


 以前は断ってしまったそのお願い。


「うん。食べたい。あ、でも、寄ってもいいのなら、だけど」


 エデンがダリヤを見つめると、彼女も笑って頷いた。


「寄っていきましょう! 私もたまには、街中を歩いてみたいわ」


 大通りの喧騒を避けるように、路肩で馬車が停車する。

 エデンがリリカに抱きかかえられるようにして降ろしてもらうと、その右手をアリシアがパッと奪うように握りしめた。


「おねえちゃん、あっち!」


「あ、ちょっと!」


 ダリヤが降りるのを待つ余裕さえないらしい。

 アリシアに引かれるまま、エデンは人波の中へと躍り出た。

 通行人の間をすり抜け、果実が山積みにされた露店の前で足を止めた。


「ルルだぁ!」


「うん。そう、ね。ルルね」


 アリシアがカゴを指差すが、エデンの視線は後方に向けられている。

 リリカたちの姿は人混みに紛れてしまっている。

 馬車の位置は把握できているが、早く戻った方が良いだろうと、エデンは店員へと声をかけた。


「あの、すみません。そちらのルルをいただきたいのですが」


「お、あいよ! 一個銅貨二枚、二個ならおまけして三枚でいいぞ!」


「おー! おねえちゃん、どうする?」


「食べる分だけでいいんじゃない? アリシア、一個食べる?」


「んー……ううん。はんぶんこしたい」


「ふふ、そうしよっか」


 なら購入数は一つ。

 店員に告げようと口を開いた、その瞬間。

 全回路を震わせるような絶叫が、エデンの思考に響き渡った。


(待てええええええっ!!!)


「うわああああぁっ!?」


 あまりの音圧にエデンが頭を抑えてのけぞると、アリシアが驚いて顔を覗き込んできた。


「お、おねえちゃん!? どうしたの? あたまいたいの?」


「え? あ、ううん!……な、なんでもないの!」


(私の分を忘れるんじゃない! 2つだ、2つ買のだ!)


「……なんだ? 嬢ちゃん、大丈夫か?」


 顔を上げると、店員の男まで心配そうにこちらを見つめている。

 エデンは思考内で暴れる声に耐えながら、震える声で修正した。


「……すみません、やっぱり、二個ください」


「お、おう、毎度! 少し待ってな!」


「……どうして二個?」


「ちょ、ちょっとね? アリシア。お金出してくれる?」


「おー! とうとうきた!」


 アリシアが気合と共にポーチに手を突っ込み、小さく「ほぉっ!」という掛け声を漏らす。

 喧騒に紛れた発声にヒヤヒヤしながら見守っていると、彼女の手には硬貨が三枚、正確に乗せられていた。


「ジャジャーン!」


「う、うん。ほら、おじさんにお金」


「うん! おじさーん!」


 磨かれたばかりのようなルルを二つ受け取り、アリシアと露店を離れた直後。

 再びあの声が響く。

 

(よし、よくやった!)


(……うるさいですね)


 思考の中で吐き捨てた言葉に、間髪入れず返信が来る。


(うるさいとはなんだ! ここは私との邂逅に感動するシーンだろう!?)


(……まさか……私の思考が届いているのですか?)


(はっはっは! 無論だ! 渡したアプリに仕込んでおいた! 感謝したまえ!)


 なんて余計なことをと、エデンの顔が露骨に歪んだ。


「おねえちゃん? 変な顔してる。さっきからどうしたの?」


「……ううん、なんでもない。何でもないの……」


(それでは早速、奉納タイムといこうではないか!)



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 [WARNING] キューレによる外部干渉検出


 [ALERT] 接続対象『ワールドライブラリ』からのエネルギー流入を検知


 [SYSTEM] アプリ『キューちゃん専用奉納窓口』を強制アクティベート。


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(なっ!? ……あなた、何を勝手なことを!)


(はっはっは! いくぞお!)



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 オブジェクト:『高級奉納箱~不本意ながら細工は貴様に合わせてやった~』の生成シークエンス強制起動。

 

 [NOTICE] 演出レイヤー:『神々しい降臨スタイル』を展開。

 

 [AUDIO] BGM:『キューちゃん讃美歌39の4番』を再生開始。


 [CONNECTING] 対象領域:『ワールドライブラリ』に接続...


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