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102話 観測開始:5年18日目-2 / インベントリ

 エデンが驚きに目を瞬かせると、フリオは照れくさそうに頭を掻いた。


「いやあ、僕これでも、貴族の端くれでね。まあ、五男坊なんて家を継げるわけもないし、路頭に迷うよりはマシって程度で冒険者をやってるだけさ」


「お嬢様の教師を任せるのに、素性の知れない者というわけには参りませんから。非常に助かっていますよ」


「僕なんて、大したこと教えてないですよ? お嬢様の飲み込みが早いだけで」


 世間話に花が咲き始めたのを見て、アリシアはエデンの手を引いて棚の探索を再開した。

 並んでいるのはナイフやスコップ、頑丈なロープなどの必需品。

 特に珍しいものはないが、アリシアにはどれもが新鮮に映るらしい。


「おねえちゃん、みて! いっぱいいろいろある!」


「そうね。でも、ナイフもスコップもあるでしょう?」


「でも、これはもってない!」


 アリシアが指差したのは、束ねられた太いロープだ。

 確かに、様々な用途に使えるロープは有用かもしれない。持ち運びの問題も解消されたし、いずれは購入を検討すべきか。

 エデンが一つ一つ商品を確認していくと、ある一角で視線が止まった。

 在庫が極端に少なくなっている棚。並んだ瓶を手に取り、目の前にかざす。


「……回復薬、ですか」


「おねえちゃん、何見てるの?」


 アリシアが横から覗き込むと、その目が細くなった。


「んー? なんかこれ、ドロドロしてて……よごれてる?」


「そうね。古くなった物の在庫処分かな?」


「そう思うよね。でも今購入できる回復薬は、それだけなんだよ」


 背後から近づいてきたフリオが、持っていた瓶を棚に戻した。


「これが、ですか?」


 エデンの知る回復薬は、輝くような透明度を持っている。

 だが目の前にあるそれは光を透過せず、色も澱んだ深緑色をしていた。


「皆さんは普段、このようなものを使われているのですか?」


「冗談じゃない。こんな粗悪品、怖くて使えないよ」


 苦笑するフリオを見てエデンも瓶を棚に戻すと、リリカも怪訝な顔で手を伸ばした。

 

「もっと品質の良い回復薬は、売られていないのですか?」


「あれ、リリカさん知らない? 最近腕の良い職人がさ、どこかの貴族に好条件で引き抜かれているんだよ。残った見習いたちが泣きながら作ってるのが、これ」


「……そうなのですか?」


「うん。たぶん、オスカーさんは把握してると思うけどね」


「ですが、これまで作っていた在庫、全て無くなるなんてこと……」


「ほら、バルガス様がさ。蟻の巣退治に物資をかき集めてたでしょう? それも重なって、在庫が尽きたらしい」


「……そうですか」


「ん? これしかないってこと?」


「うん。そうみたい」


 本当なら、使ってしまった回復薬、その補充がしたかった。

 とはいえ、しばらく冒険者の活動も出来そうに無いので、急ぐ必要もない。

 この品質なら、むしろ自分たちで作った方が……。

 エデンが諦めて視線を棚から逸らした時、フリオが顔を覗き込んできた。


「ところで、その目はどうしたんだい?」


「あ、いえ。これは先日、少し怪我をしてしまいまして」


「ふーん。一昨日、大変だったんだろう?」


 その一言に、エデンの肩がビクリと跳ねた。

 なぜ知っているのかとフリオを見上げると、その反応を楽しむかのように、フリオは笑いながらエデンの頭をぽんぽんと叩く。


「その時君がどんな魔法を使ったか、たっぷり時間をかけて聞きたいところだけど。残念、クラリスさんが呼んでるよ」


 言葉通り、カウンターからクラリスが手招きしている。

 フリオにお礼を告げカウンターに戻ると、クラリスが報酬を出してくれた。


「はい、お疲れ様。今回の報酬、銅貨八枚ね」


「ありがとうございます」


「あー……少なくなっちゃった……」


「ごめんね。中には、押しつぶされちゃってたのもあって……それは流石に、受け取りできなくて」


 そういえばヴァイスに蹴り飛ばされた際、バックパックを背負ったまま壁に激突した。


「アリシア、仕方ないわ。全部駄目って言われなかっただけ、良かったのかもしれない」


「んー、そっか! クラリスさん、ありがと!」


 アリシアが銅貨へ手を伸ばすと、頭上から巨大な影が彼女たちを覆った。


「お? 嬢ちゃん達、報酬か?」


 エデンが見上げると、頭頂部を輝かせたガランが笑いながら立っていた。


「はい。薬草の納品を済ませたところです」


「おう、偉いじゃねえか。最初から無謀な依頼に手を出す奴も多いからな。まあ、嬢ちゃんたちなら心配ねえだろうが、頑張れよ! あと、怪我も早く治るといいな!」


 ガランはそう言ってエデンの頭を大きな手でわしづかみにし、ぐりぐりと撫で回した。

 頭を派手に揺らされるエデンを、クラリスが苦笑いで見守りながら、アリシアに尋ねる。


「アリシアちゃん、お金を入れる袋は持ってる?」


「うん!」


 アリシアは元気よく返事をすると、カウンターの上に手を乗せた。


「えいっ!」


 彼女の手のひらから魔力が白い粒子となって溢れ出す。

 何もない空間から、ジャラリと音を立てて、硬貨の詰まった革袋が姿を現した。


「……えっ?」


「なっ……」


「――はあぁぁぁっ!?」


 ガランの大声がギルド内に響き渡り、酒場にいた冒険者たちが怪訝な顔で視線を向けてくる。

 その視線に気づいたガランが、顔を引きつらせながら口を開いた。


「な、なんだクラリス! 男が出来たってのはただの噂だったのか! ガハハ、こりゃ驚いたぜっ!」


「なあっ!?」


 ガランによる突然の爆弾発言に、クラリスの顔が沸騰したように赤くなる。

 食堂の方から男どもの歓声が上がるが、クラリスが身を乗り出してガランの襟元を掴んだ。


「な、なんてこと言ってるんですか!?」


「わ、悪りぃっ! い、いたのか? 男」


「……いえ、い、いません……けど」


 クラリスが視線を伏せながら呟くと、ガランがほっとしたように息を吐いた。


「なんだ、なら良かったじゃねえ……!?」


 その瞬間、クラリスの手がガランのスキンヘッドを掴んだ。


「ガランさん? 私が独り身であることの、何が良かったというのですか?」


「……な、なんでも、ございません……」


「クラリスさん、どうしたの?」


「さあ……それより、これで全部ね」


 アリシアと硬貨を袋にしまっていく。

 最後の一枚を入れ終え、アリシアが袋の口を縛ると、リリカが手を重ねてきた。


「アリシアさん。ここでは、それをしまってはいけませんよ」


「ん? そうなの?」


「はい。あの、クラリスさん。個室をお借りしたいのですが」


 リリカがどこか気の毒そうに視線を向けると、クラリスも我に返ったように表情を正した。


「そ、そうですね。場所を移しましょう」


「た、助かったぜ……」


「ガランさん! 今の、一つ貸しですからね!」


 ショックを受けたように天井を見上げるガランを残し、エデンたちはクラリスに導かれて二階へと上がる。

 すれ違う職員に「クラリスー、今夜飲みに行く?」と冷やかされながらも、奥にある一室へと入室した。


 ソファにエデンとアリシアが並んで座り、向かいにクラリスとリリカが着座する。

 真剣な眼差しと共に、リリカが口を開いた。


「まず、確認させてください。先ほど何もないところから袋を出されましたね。あれもエデンさんの持つ……あぷり? というものの一つですか?」


「はい。物を異空間に転送することで、収納を可能とするアプリです」


「なんだっけ? ……『いん、べんとり』?」


「いんべんとり? 聞いたことないですね」


 クラリスがリリカへ視線を送ると、リリカも頷いた。


「ちなみにいんべんとりには、どの程度の量が入るのでしょうか? また、収納できる物に制限はありますか? 例えば、武器や巨大な岩などは」


「基本的には、容量の制限はほぼありません。それと大抵の物はしまうことが出来ると思います」


 あの無限に広がるライブラリに送る以上、この世界の荷車数千台分程度なら誤差の範囲だろう。

 エデンが答えると、大人二人は深刻な危機感を瞳に宿した。


「リリカさん。……これって、『次元収納』ですよね?」


「はい。名称こそ違えど、その本質は『次元収納』に類似する物でしょう」


「『次元収納』、ですか?」


「うん。すっごく昔にね、勇者と呼ばれた方が持っていたとされるスキルよ。今となっては、おとぎ話のような物だけど」


「物を収納することができるスキル。これは希少ですが、持つ者はそれなりにいるでしょう。ですが、それには容量、もしくは入れる事が出来る品種に限りがあるのです。そして、最も大切なことは……」


 リリカは一度言葉を切ると、エデンの瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「制限の無い収納スキルは、あまりにも有益で、そして危険なのです」


「……そうなのですか?」


「おねえちゃん、あぶないの?」


 アリシアが不思議そうにエデンの袖をつかむと、クラリスが苦笑いしながら首を振った。


「エデンちゃんが危ないわけじゃないけれど。前に話したこと、覚えてる? 魔法袋が凄い高価だって話したの」


「はい。……ああ、なるほど……」


「どういうこと?」


「魔法袋はたくさん入るけど、いくらでも入るわけじゃないの。それでも、物によっては金貨を積み上げないと買えない物もあるの」


「つまり、今のエデンさんとアリシアさんは、金貨数百枚、いえ、もしかしたらそれ以上の価値があるということです」


「おー! きんか、たっくさん!」


 興奮して足をバタつかせるアリシアとは対照的に、エデンの表情が曇る。


「……それは、あまり喜ばしい話では……ないですよね?」


「その通りです。もし私が悪人なら、手段を選ばずお二人を拘束し攫います。悪用する方法は、考えればいくらでもあるでしょう」


「う……」


 きっぱりと答えるリリカに、エデンは言葉を失った。

 ようやく誘拐の危機を乗り越えたばかりだというのに、標的になる要因がいつの間にか増えている。


「エデンちゃん。この収納を使えることを、他に知っている人は?」


「いえ、他にはいません。今朝初めて使いましたので」


「うん! おねえちゃんとね、色々入れた!」


 その言葉を聞き、二人の肩の力がわずかに抜けた。


「じゃあ、後はガランさんだけかしら」


「彼の体格で周りの死角になっていたのも助かりました。クラリスさんの後ろも壁でしたし、他に気付いた者がいる可能性は低いと思われます」


「ガランさんは言いふらすような方ではないので……一旦は、大丈夫でしょうか?」


 クラリスが確認するように頷くと、リリカは視線を再びエデンへ向けた。


「本来スキルについては秘匿にすべきものですが……エデンさん。差し支えなければ、他にどのような力をお持ちなのですか? 身体を変化させるあぷりの他には?」


 その射抜くような眼差しに、エデンはわずかに身体をのけぞらせながら「そ、そうですね……」と口を開く。


「あとは、探知系のアプリがあります」


「探知……その範囲は?」


「し、消費する魔力量と周囲の状況、処理能力によりますが、基本的に上限はありません」


 正直に答えた結果。

 リリカとクラリスは揃って顔を覆い、深い溜息を吐き出した。


「おねえちゃん、わるい子?」


「えっ!? そ、そうなのですか?」


「ち、違うわよ? た、ただ、ちょっと規格外というか……」


「失礼いたしました。とにかく、今話した内容は、当面の間は秘密にするのが良いかと思います。お二人の幼さでは、格好の餌食にしかなりません」


 リリカの言葉に、エデンは何度も頷いた。

 あんな目に遭うのは、もう二度と御免だ。

 その様子に、クラリスは少しだけ表情を緩め、アリシアへと語りかけた。


「でも、便利なものは使わないともったいないわよね。……バレない方法を考えましょう。アリシアちゃん、インベントリの中にポーチはある? 腰につけてたやつ」


「うん! ある!」


 アリシアが手をかざすと、柔らかな光と共にポーチが現れた。

 クラリスはその光景を感心したように見守ると、報酬の入った硬貨袋を手に取って笑った。

 

「うん。そのポーチが魔法袋に見えるように、物を出し入れする練習をしましょう」

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