第三部 the noble
同刻 猫の国 宮殿
僕、キョウは空いた玉座の隣で一人……逃れられぬ『音』を聞いていた。
耳障りな何かが地面に落ちる大きな音。
人々の悲鳴。
放送されるニュースやラジオ。
何かが崩れる音。
そんなものが、至る所で、渦になって頭の中を廻っていく。
なんだろう。この、ゾワゾワして、ドロドロして、ジワジワと胸の中を広がっていくこの感じ。
慈悲とか怒りとか、そういう感情たちではなく、受動的にそうさせられる何か。
……胸が重たい。まるで心臓にコンクリートが詰められたみたいだ。
ゆっくり、ゆっくり冷えていく。
胸の下の辺りがひんやりしたかと思うと、腕も、太ももも、顔も。全部が冷たい。
まるで、自分だけが冷凍庫に入っているみたいだ。
意図してギーヨ様の声を聞こうとする。
「北部の情勢としましては……」
「……団は現在東進中で……」
……やっぱり他の人たちと会議か。
どうやら戦争の物音を誤魔化せる場所はどこにもない。
身体が冷えていくにつれて、息苦しくなっていく。
情けないことに、僕は随分と心が弱いらしい。
思わず耳を塞ぐ。
若干聞こえる音を無視して、無理矢理にでも仮眠を取ろうと、玉座の前の長椅子に座る。
……心臓がチクチクする。なんて言うか、体の内側から針で刺されているようだ。
例え僕みたいに音が聞こえている訳でなくとも、遠くにいる苦しんでいる人々に対して心を痛める人はいる。
でも彼らはたいてい、自分たちの生活を送っている。時に募金などの支援を送ったりしたとしても。
勿論、現地に行って助ける熱意ある人もいる。
……耳や目を塞いで、見て見ぬふりをする人だって、おそらく自分の役割を果たしている。
この世の人々には役割がある。
それを回し回し、全体で見れば環になっている。
今僕は、自分の役割を回すのを放棄して、環の上の人たちのリレーを中断させてしまっているのではないだろうか。
でも責任感から来る行動原理だけじゃない。
逆に言えば、この音を全て聞けるのは、おそらく世界で僕一人。
僕には才能とか、祝福は受けられなかったけど。それが僕に与えられた力ならば。
やってみようと、思える。
立ち上がり、玉座を見つめる。
「あと、一年……」
ギーヨ様。いや、兄様。
あなたから与えられるであろうこの座を、奪い取るぐらいの人間に。
「なってやりますよ、この耳で」
部屋を出て、長い廊下を歩き、宮殿を出る。
すぐ近くのラジオ局に入る。やっぱり、戦争のことについてか。
僕は番組の間の時間を貰い、口を開いた。




