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Sランク冒険者の付き人、始めました  作者: むぎひと
第九章【リズペット視点】
149/156

過去編⑩ 新たな人生

「リズ姉さん。()()()()()()()()()()()()()()()


 ベルの言葉を、あたしは遠い世界の話のように聞いていた。現実味がなく、まるでおとぎ話を聞いているみたいだった。

 

「リズ姉さんは、このままだと()()()()。お父様にはその気はないようだけど、メリー姉さんは絶対に黙ってない」

 

「ベル……?」

 

「メリー姉さんからすれば、ライバルのリズ姉さんはずっと蹴落としたいライバルで、今回ようやくその機会を得た。こんな好機を、()()メリー姉さんが見逃すはずがない」

 

「ベル、何を言っているの……?」

 

「わかってる。リズ姉さんに政治的野心なんてないから、ライバルだなんて言われても困っちゃうよね? でも、リズ姉さんにその気がなくても、周りはそうは思わないの。必ず、リズ姉さんを使って権力を得ようとする人間が出てくる」


 ベルの口から立て続けに並べられる言葉を、あたしは唖然として聞いていた。

 ベルはいつも明るくて素直で気の優しい女の子だったはずなのに。

 私の前にいるのは、ヴェルフォール王国第三王女の姿だった。

 

「もちろん、リズ姉さんを一人になんてさせない。あたしも、テオドールも一緒だよ?」


 そう言って、ベルはあたしに向かって微笑みかける。あたしはともかく、どうしてベルまで逃げる必要があるのだろうか。ベルは、あたしと違って何も悪いことをしていないというのに。

 

「あたしのことは心配しないで」


 ベルはあたしの考えを読み取ったように言って、首を横に振った。

 

「どのみち、メリー姉さんが王位に就いたら邪魔者として排除されるか、良くても遠くの国に嫁として送られるだけだから。あたし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ベルは真面目な表情で言う。何の迷いもない、まっすぐな言葉だった。そこだけは、いつものベルも同じだった。

 

「……色々言っちゃってごめんね。でも時間がないの。脱出の準備はもうできてる。さあ、あたしと一緒に――」


 そう言って、ベルはあたしに向かって手を差し出した。この間まであんなに小さく感じたベルの手が異様に大きく感じる。まるで、別の人みたいだった。

 あたしのぼんやりとした頭の中で、ベルの言葉が繰り返される。そんな中で、これまでの自分の行動に思いを馳せる。

 あたしは今まで、ずっと狭い世界の中で生きてきた。あたしだけの、狭い世界で。

 そして、本当の世界を知ったあたしの理想は、あっさりと打ち砕かれた。

 

――この世界に、あたしの居場所なんてあるんだろうか。

 

「……リズ姉さん?」


 黙り込んだあたしを見て、ベルは訝しげな表情を浮かべる。

 

「……ベル」


 あたしは大好きな妹の名前を呼んだ。その声は、自分でも笑ってしまうぐらい震えていた。

 

「色々、考えてくれて、ありがとう。でも、あたしは行けない」

 

「どうして!?」


 ベルは悲痛な顔で叫んだ。その表情をさせてしまうことが堪らなく苦しい。

 

「あたしは、怖いの。また否定されたら、今度拒絶されたらどうしようって、そんなことばっかり考えてるの」

 

「そんなの! リズ姉さんらしくない!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 あたしは叫んでいた。今にも泣きそうなベルの顔を直視できなかった。

 

「あたしは何も知らなかった! 世界がこんなに残酷だなんて! この世界に、あたしの居場所なんてないのよ!」

 

「そんなことない! リズ姉さんを必要とする人はたくさんいるよっ!」

 

「なら、その人を今すぐ連れてきてみなさいよ!」


 あたし自身、何を言っているのかわからなくなっていた。

八歳も年下のベルに八つ当たりしても、何もならないというのに。

 

「……どうして……」


 ベルは俯いたまま、呟くように言った。

 それからすぐに顔を上げた。

 

「どうして()()()()()()諦めちゃうの!?」


 ベルは何かが決壊したように叫んだ。その目には、大粒の涙が溜まっていた。

 

「誰だってうまくいかないことはある! リズ姉さん、色んな人に裏切られて、とっても辛かったと思う! でも、何でそこで諦めちゃうの!?」

 

「ベルにはわからないわよ!」

 

「あたし、リズ姉さんが話す理想が好きだった! 優しくって青臭くって、暖かくって眩しくって、でもそれを自信満々に話すリズ姉さんが好きだったのに!」


「あんなもの! 子供のお絵描きじゃない!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 ベルの叫びを聞いて、あたしは胸を突き刺されたような気持ちだった。殴られてもいないのに全身の力が抜けて、椅子の上から崩れ落ちそうになる。

 あたしの理想は、現実の前に叩き伏せられた。

 けれど、あたしの理想が誰かの支えになっていたのだとしたら。

 

「もういいよっ!」


 ベルは半ば自棄になって叫ぶと、勢い良く椅子から立ち上がった。

 

「あたしの大好きなリズ姉さんはもう死んじゃったんだ! だから、()()()()()()()()()()()()()!」

 

 そう言って、ベルは腰からナイフを抜いた。

 そしてその切っ先を、自身の喉元に突き付けた。薄暗い牢獄の中で、銀色のナイフがきらりと光っていた。

 

「ベルっ! やめなさいっ!」

 

「近寄らないでっ!」


 あたしが立ち上がろうとするのを制する。ナイフを握る手は小刻みに震えていた。


「リズ姉さん……」


 ぼろぼろと涙を流しながらも、ベルはナイフを握る手を下さなかった。

 そして、消え入るような声で言った。


「……迷惑ばっかりかけて、ごめんね――」


 そう言って、ベルは両手を振りかぶった――。


「ベルっ!」


 あたしは既に動いていた。椅子に腰を掛けた状態のままベルに飛び付き、そのまま体重をかける。華奢なベルの身体は衝撃に耐え切れず、そのまま後ろに倒れ込んだ。倒れ込んだ後間髪入れずにベルの両手に手をかけて、力任せに手のナイフを奪った。

 あたしは奪い取ったナイフを遠くに放り投げ、ベルの胸倉を掴んだ。


「ベルのバカっ!」


 力一杯叫びながら、胸倉を掴む手に力を込める。


「……ベルのバカっ……!」


 ベルにかける言葉が見つからず、うわ言のように同じ言葉を繰り返した。ベルに向かって「死ぬな」なんて、あたしが言えた義理ではない。だけど、それでもベルには生きていて欲しかった。

 だって、あたしのことをこんなにも認めてくれていたのだから。

 

「……リズ姉さんは、()()()()()()()()()()()()()()


 首を絞められた状態のまま、ベルは絞り出すように言った。あたしは慌てて、掴んでいた手を離した。


「世の中にはリズ姉さんの力を必要としている人たちがたくさんいる。()()()()この国にはいなかったかもしれないけど、その人たちのためにも、リズ姉さんは生き延びなきゃならない」


 落ち着いた口調で言いながら、ベルはあたしの顔を見る。


「あたしは……やり直せると思う?」


「やり直すも何も、リズ姉さんは()()始めたばっかりでしょ? どうしてもつらかったら、あたしのことを思い出して。だってあたしたち、姉妹なんだから」


「ベル……!」


 あたしは、小柄な妹の身体を抱き寄せた。

 これ以上、惨めな姉の姿を見せないようにするために。


「……ありがとう……ベル……ありがとう……」


「姉さん……!」



     *


 

「――あー、お取り込みのところ申し訳ありません」


 頭上から、やや冷めた声が聞こえた。慌てて涙を拭った後で見上げると、テオドールが少し居心地悪そうに立っていた。


「姫様方、そろそろ見張りが戻って来る頃合いです。やるなら、とっととやった方がいいと愚考しますがね?」


「……もう、テオドールったら、ムードの欠片もないんだから」


「そう言われましても……」


「でも、あなたはいいの?」


 あたしはベルの指摘に頭を掻くテオドールに向かって言った。


「あなたには、あたしたちに付き従う理由なんてない。あなたの実力なら、いずれ騎士団長にだって――」


「それは今更でございますよ」


 テオドールはふっと笑いながら即答した。


「リズ様は()()()()()()みたいなものですからね。自分の娘を見捨てて、自分だけおめおめと出世なんてできませんよ」


「そう、だったわね……」


 あたしは面白くなって、釣られてふっと笑った。

 その様子を見て、ベルが頬を膨らませた。


「あー! リズ姉さんだけずるい! それならあたしもテオドールの娘になる!」


「おっと、いきなり喧しい娘が増えたものですなぁ!」


 テオドールははっはっはと高笑いをした後、真面目な顔になって言った。


「……リズ様が見たのは、『人狩り』と呼ばれる風習です」


「人狩り?」


「まあ、端的に言えばお貴族様の実益を兼ねた()()()ってやつですよ。わたくしの時代からあったやつです。わたくしも、その()()に居合わせたことがあります」


 それからテオドールはばつが悪そうに言った。


「他の騎士たちは自分の実入りになると言って喜んでやっていた。だが、わたくしにはどうしてもできなかった。それでその時の部隊長と衝突し、今の訓練長に左遷されて今に至ります。そういうわけで、わたくしには出世の道なんてハナっからないんですよ」


「そう、だったの……」


「だから!」


 暗い空気を吹き飛ばすように、テオドールは明るい調子で言った。


「左遷されてどん底にいたわたくしに希望を与えてくれたリズ様のためなら、騎士の座なんて惜しくもありません! 元々生きながら死んでいたようなものでしたからな!」


「……ねえテオドール、あたしは?」


「おっと、もちろんベル様だって大事なお人ですぜ?」


「もう! そんなついでみたいに!」


 ベルは頬を膨らませながら立ち上がり、スカートの裾の埃を払った。

 そして改めて、あたしに向き直った。


「それじゃあ、行こう?」


 ベルはにっこり笑って、あたしに再び手を差し伸べた。

 今度のあたしは、その手をすぐに取ることができた。

 

 その瞬間、リズエスタ・ド・ヴェルフォールとしてのあたしは終わった。

 この時から、()()()()()()()()()()()()としての新たな人生が始まったのだ。

 

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