過去編⑨ 幽閉
「無様なものね、姉さん」
ふと、声を掛けられて顔を上げる。一体どれほどの時間が経ったのだろうか。あたしはベッドに腰を下ろした状態のまま、声の主――メリーを見た。
周囲は剥き出しの石で覆われており、室内に差すのは天井近くの壁に空いた鉄格子の窓からの光のみ。常に薄暗く、既に時間の感覚は失われていた。
「ねえ、わたしが誰だかわかる?」
「……メリー……」
「そう、正解。まだ理性があるようで安心したわ」
「……こんなところに、何しに来たの……?」
「あら、これは異なことを仰られるのね?」
メリーはあたしの言葉に、にやりと笑った。
「姉の顔を見るのに理由なんていらないんじゃなかったかしら?」
「……そう。ありがとう」
「……っ!」
あたしが力なく言うと、メリーは何故か苦い顔をした。
「姉さん。お父様から伝言よ」
メリーは気を取り直すように咳払いをして、あたしに告げた。
「『此度の行いを反省し、皆に謝罪をするのであれば、すぐにでも解放してやろう』。姉さん、今なら間に合うわ。何なら、わたしが口添えしてあげもいいわ」
「…………」
あたしは答えなかった。反省と謝罪をするということは、あたしが見たあの残虐な行為を容認し、追認することだ。
それは、それだけは、絶対に認めるわけにはいかなかった。
「……そうよね。姉さんは愚かだから」
メリーは容赦なく言った。そうだ。あたしは愚かだ。
あたしはこの国のことを、この世界のことを何もわかっていなかったのだから。
「姉さんならそう言うだろうって思ってたわ。だから、わたし言ってやったの。『姉さんは頑固だから、死んでも自分の過ちを認めないでしょう』って。そうしたらお父様、何て言ったと思う?」
「…………」
「『ならばメリエールよ。出来損ないの姉に代わって、お前がこの国を治めるのだ』ってね!」
ああ、なんてことだろう。
確かに内心では王位を頭の良いメリーに押し付けようとしていた。けれど、それが現実のものになってしまった。
メリーは無邪気に喜んでいるようだけど、それは父上から期待されているのを知ったことによる、一時的な高揚感でしかない。
結局あたしは、本来自分が背負うはずだった重荷を、メリーに負わせてしまったのだ。
「……気に入らないわね」
あたしが両手を固く握っていると、メリーは不機嫌そうに言った。
「ねえ! わかってる!? あんたは王位継承競争でわたしに負けたのよ!? 何か言うことはないの!?」
突然激昂したメリーに、思わず気圧される。何に対してそんなに怒っているのか、あたしにはわからなかった。
「さあ! 何か言ってみなさいよ! さあさあ!」
「……ごめんなさいね」
「っ! そういう余裕ぶった姿勢が嫌いなのよ!」
メリーは怒りの勢いそのままに、あたしとメリーを分つ鉄格子を蹴飛ばした。がしゃん、という大きな音が部屋中に響き渡る。
「もっと悔しがったらどうなの!? 何もかも失って、今まで下だと思っていた妹にも追い抜かされて、あんたは何も思わないの!?」
「……あたしは……メリーのことを下に見たことなんてない」
「あんたはどこまでわたしを怒らせれば気が済むのよ!」
立て続けに叫んだせいか、メリーは大きく肩で息をしていた。今まで見たことのない妹の姿に、あたしは呆気に取られていた。
「……まあいいわ。どのみち姉さんは一生ここから出られない。そのまま飼い殺しにされたまま、一人寂しく死んでいくのよ。でも安心して。わたしは姉さんと違って立派な国王になるから」
「……メリー……」
「わたしが国王になったら、姉さんに寂しい思いなんてさせない。すぐにでもここから解放してあげるから」
メリーは嗜虐的な表情で笑った。その言葉の持つ意味はあたしにもすぐわかった。
だけど、あたしにとっては救いであることには違いなかった。
「それじゃあね、姉さん。もう会うこともないでしょうね」
ふふっと笑うと、メリーはあたしに背を向けて去っていった。入れ替わりで、一人の兵士が鉄のトレイを持って入室し、鉄格子の小窓から差し込んだ。一切れのパンと冷めたスープ。食事の時間だった。
トレイを一瞥した後、あたしは座った姿勢のままでうなだれた。メリーに応対するに当たって張っていた気持ちが切れたのか、指一本も動かす気になれなかった。
「リズエスタ様、少しはお召し上がりになって下さい」
兵士が呆れたように言った。
「リズエスタ様は罪人ですが、未だに王女なのです。リズエスタ様に何かあったとあれば、わたくしが処罰されてしまいます」
懇願するような言葉を右から左に聞き流す。別にあたしのことを心配しているわけではない。彼もまた、自分のためにあたしを生かそうとしているだけに過ぎない。
兵士は深く溜め息を吐き、差し込んだトレイを下げようと鉄格子に歩み寄ったその時、鉄のドアがどんどんと叩かれる音がした。
「……今日はもう面会の予定はないはずだが……?」
訝しげに首を捻った後でドアの方に向かった。
ドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。
「……面会でしたら事前にご連絡頂かないと……」
「申し訳ない。ベルヴェット様がどうしてもと仰られるものでな」
ドアの隙間から見えたのは、大柄な立ち姿のテオドール。
そして、その影に隠れるようにひょっこりと顔を出したベルだった。
「……悪いのですけど、リズ姉さんを牢の外に出してもらえませんか? 姉さんとゆっくり話したいのです」
「ベルヴェット様、それはなりません。リズエスタ様は新たにご命令があるまで、決して外に出すなと厳命されております」
「お願いします。十分、いや五分で構いませんので……」
そう言って、ベルは上着のポケットから何やら皮袋のようなものを取り出し、兵士の手に押し込んだ。
「……今回だけですからね。あと面会はベルヴェット様お一人で行って下さい。よろしいですね?」
「構いません。ありがとう」
兵士はわざとらしく肩を竦めてみせた後、腰に掛かっていた鍵の束を使って、牢の鍵を開けた。それから、テオドールと共に隣の部屋に去っていった。
二人が立ち去ったのを確認して、ベルは部屋の脇にある四角い机、その前に置かれている椅子に腰を下ろした。
「さあ、姉さんも」
そう言って、ベルは向かい側の椅子にあたしを促した。
あたしはあまり状況が読めないまま立ち上がり、牢の外にある椅子を目指した。しばらく動いていなかったせいか、ふらふらと足元が覚束ない。
やっとの思いで席に辿り着くと、ベルはにっこりと笑った。
「リズ姉さん、久し振り。遅くなってごめんね。準備に時間かかっちゃって」
「……ベル……どうして……?」
「本当はゆっくり話したいんだけど、時間がないから単刀直入に言うね」
あたしが疑問を口にすると、ベルは急に真剣な顔になって言った。
「リズ姉さん。今すぐあたしとここから逃げよう」




