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第2章 個人ランクAの指南【2】

 次の依頼の前に腹ごしらえをしなければならない。人間、空腹では本来の力を発揮できない。リーフェットは、それを痛いほど体験した。リーフェットのパーティは壮絶とも言える努力をした。寝食を削ったこともあった。あんな目に遭うのはもう二度と、御免だった。

 オルディンにはリーフェットたち貴族が行くような高級レストランはない。庶民向けの大衆食堂がいくつかあるだけで、リーフェットはなんとも思わなかったが、兄や弟であったら文句を言っていたかもしれない。

 庶民向けの大衆食堂と言っても、料理の味は悪くない。いまのリーフェットには充分すぎるほどだった。

「そういえば、リーフェットさんはどうして勇者パーティに?」

 パンを口に運びながらライカが言った。リーフェットは肉料理をナイフとフォークで丁寧に切りつつ答える。

「お金のためよ。エレスティン子爵家を没落させるために、お金が必要だったの」

「没落のために?」と、ヴェラ。「回避するためでなく?」

「没落したほうが都合がよかったの。領地経営は従兄(いとこ)の家に投げたほうが手っ取り早かったのよ」

「借金をエレスティン家が請け負ったんだよな」

 肉とじゃがいもを口に放り込みながらディランが言う。ディランは幼馴染みであるため、このことをリーフェットから話した。ディランはこう見えても心配性で、貴族のリーフェットがこの辺境の地で暮らしていることも気掛かりではあったようだ。いまはすっかり忘れているようだが。

「ええ。領地経営をゼロに戻すためにね」

 エレスティン子爵領は数年前、死神が招き入れたような悪質な疫病が流行った。それは根深く子爵領に居座り、その治療と研究のために数年を要した。子爵家は借金をし、他領地から知識や知恵を集め、何年もかけて疫病の収束に尽力した。魔王の出現により勇者パーティが招集される直前、ようやく疫病は民のもとを去った。リーフェットは、子爵家の借金をなくすために勇者パーティに志願したのだ。その報酬でエレスティン家が負った借金は清算した。それでもエレスティン家を没落させたのは、エレスティン家が疫病のために多くのものを失ったためだった。父は早いうちから従兄(いとこ)の家に後継ぎを頼み、エレスティン家を解散した。母、兄、リーフェット、弟に余分なものを背負わせないために。

「ま、そんなことはどうでもいいわ。あなたたちは生活費を稼ぐ以前の話。特に個人ランクEなんて話にならないわ」

 小さく息をつくリーフェットに、ヴェラがしょんぼりと肩を落とす。個人ランクはEからSまで存在する。ランクEは駆け出しの冒険者より低いのだ。

「そもそも、なんでEまで降格してしまったのよ」

「……前に所属してたパーティが、規約に違反しちゃって……」

 ヴェラは俯き、消え入りそうな声で言う。冒険者ギルドは様々な規約がある。規約に反した者には厳しい処罰が下される。本来であればランクDから始まるはずの冒険者がランクEに降格してしまったのは、相当な違反だったらしい。

「よくある話ね。まあでも、EからDに戻るのは簡単よ。午後の依頼クエストを完了できれば上がるはずだわ」

「ほっ、本当!?」

「ええ。EからDに上がる条件はそう難しいものではないわ。午後の依頼クエストの実績で充分のはずよ」

 ヴェラは安堵したように微笑む。ランクEの冒険者が所属していれば、パーティランクは上げようがない。ヴェラがランクDに戻ることができれば、パーティランクを上げることが可能になるのだ。

「と言っても、ランクDが話になるわけではないわ。実績を積んでさっさとランクアップしなさい」

 パーティランクBを目指すためには、まずパーティメンバー全員が少なくともランクCまで上がる必要がある。それでもパーティランクBには程遠いのだが。



   *  *  *



「さ、次の討伐対象はレッドバイソンよ」

 レッドバイソンはポケットラットやグリーンウォンバットより上位の魔獣だが、魔獣の中ではランクが低い。討伐はそう難しいものではないはずだ。

「基礎は教えたわ。応用してみなさい」

 四人はそれぞれ頷く。昼食を取ったことで気力が回復したようだ。

 まずはヴェラがポケットラットを従属契約(テイム)する。従属契約(テイム)は索敵と同時に討伐対象の能力値を鑑定することができる。それを伝達魔法で他の三人に伝える。それにより必要な強化魔法を割り出し、ライカがディランとダンに各種強化魔法をかける。あとはディランとダンで叩くのみだ。

(本当に基礎は頭に入ったみたいね。ただ……)

 リーフェットは腕時計に目を落とした。このまま見守っていれば、彼らはレッドバイソンを討伐するだろう。だが、基礎を覚えたことで能力値が上がるわけではない。レッドバイソンは最下位御三家よりは上位の魔獣だが、冒険者から見れば大した強さではない。ふたり掛かりならさほど時間はかからないはずなのだが。

 レッドバイソンが地に倒れると、ディランとダンは膝に手をついて荒い呼吸を整えた。その姿に、リーフェットは溜め息を落とす。

「時間がかかりすぎだわ」

「倒せたんだからいいだろ……」

 息も絶え絶えに言うディランに、リーフェットは肩をすくめた。

「レッドバイソンは群れを作る習性があるわ。今回みたいに一頭でふらふらしているのは稀よ。魔獣討伐には魔獣に関する知識も必要。寝る前に魔獣図鑑で勉強しなさい」

「ああ……」

「わかったらさっさと角を採取する! レッドバイソンはは、討伐と採取、ふたつの実績が得られるわ。積極的に倒しなさい」

「そうなのか……」

「依頼書をしっかり見なかったわね。依頼書は隅から隅まで目を通す。そんなの基本中の基本でしょ!」

「はっ、はい~!」

 四人はすっかりリーフェットに逆らえなくなっている。ここで逆らえば、自分たちが勇者パーティ候補から外されることがわかってきたのかもしれない。それは彼らにも本望ではないはず。彼らは自ら勇者パーティの募集に志願したのだ。このまま無様に終えるわけにはいかないだろう。

 そこへ、ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえて来た。あら、とリーフェットは顔を上げる。

「珍しい。ゴブリンだわ」

 ゴブリンは三体で連なって歩いている。人間を見つけて騒いでいるのだ。好戦的な個体が揃っているらしい。

「ちょうどいいから倒してごらんなさい」

「は!?」ディランが声を上げる。「ゴブリンをか!?」

「私の言う通りになさい」

 毅然とした態度で言うリーフェットに、四人はゴブリンを恐れながらもそれぞれの武器を手にする。ゴブリンは先ほどのレッドバイソンより上位で、個体ごとに戦術が変わる。駆け出し冒険者が苦労する魔獣だ。

「ライカさん! ディランとダンさんに攻撃力、防御力強化魔法!」

「はいっ!」

「ヴェラさん! あの響鳥(オペラバード)従属契約(テイム)! 怪音波でゴブリンを攪乱なさい!」

「了解!」

 リーフェットの声に合わせ、ライカはディランとダンに向けて杖を振り、ヴェラは響鳥(オペラバード)従属契約(テイム)する。響鳥(オペラバード)が鳴き声を立てると、ゴブリンが耳を塞いで暴れ回った。

「ディラン、速力強化スキル!」

「ああ!」

「ダンさん、攻撃力強化スキル!」

「おう!」

「まずは足を狙って機動力を奪いなさい! 攻撃はひたすら躱すのよ!」

 昨日の今日で戦闘能力が上がることはない。魔法とスキルを重ねても、ディランとダンの動きが劇的に変わることはなく、それでも、確実にゴブリンの機動力を奪っていった。

「ゴブリンの急所は首よ!」

 棍棒を落としたゴブリンの首に、ディランの剣が食い込む。しかし、ゴブリンの首は硬い。その斬撃は首を斬り落とすに至らなかった。

「ディラン、虹撃破(こうげきは)!」

 リーフェットの声に、ディランがハッとする。そして両手に力を込め、虹色の輝きとともにゴブリンの首を落とした。その勢いのまま剣を大きく振り上げ、背後に迫っていたもう一体のゴブリンを一刀両断する。それに気を取られていたゴブリンの首をダンの魔剣が落とし、戦闘は終了した。

「及第点ね。いまのあなたたちにしては頑張ったんじゃない」

 四人は地面に倒れてぜえはあと息を整えている。彼らの能力値はまだ伸びる。それというのはつまり、いまは能力値が低いということ。彼らには厳しい戦闘だっただろう。

「さっさと牙を採取して、ギルドに帰るのよ。先に戻ってるわ」

 リーフェットは自分に転移魔法をかけ、四人と別れる。いまはへばっているが、そのうちライカが回復魔法を使えるまで復活するだろう。それまであのまま転がしておくほうが彼らのためだ。

 冒険者ギルドのドアを開けると、リーフェットは何度目かわからない溜め息を落とす。あのパーティに関わってから、幸せがどれほど逃げていったことだろう。

「おっ? リーフェットじゃん」

 不意にかけられた声に、リーフェットは顔を上げる。目立つ紫髪の、金縁のシャツの襟を大きく開いた、チャラけた男が歩み寄って来た。その途端、リーフェットは思わず眉間にしわを寄せる。

(出た。迷惑系冒険者の……中の誰かだわ)

 リーフェットは、こうしてギルドでふらふらしている冒険者を「迷惑系冒険者」と名付けている。彼らはまともに依頼クエストを受けず、寄生するパーティを探している。手数が足りずに困っているパーティに潜り込み、まともな働きもせずに依頼料だけを受け取るような小汚い連中だ。この冒険者ギルドにも何人かいるが、このチャラけた男の名前を、リーフェットは覚える気がなかった。

「借金は返し終わったのか? 手伝ってやろうか?」

「結構よ。あなた、どこの家の方?」

「忘れたのか? ジャン・ワイルドだ」

「あー……」

 左から入った声が右に抜けていく。この情報を頭に留めておく必要はない。

 そのとき、大きな音を立てて入り口のドアが開いた。まだ息が整わないままのディランのパーティが転がり込む。まだしばらく、この光景を見ることになるだろう。

「遅かったわね。あなたたちが遅いせいで、性質(たち)の悪いナンパをされたわ。速力が足りないんじゃない?」

 リーフェットの憎まれ口にも、四人は応えることができない。必死になって戻って来たようだ。

「平原で走り込みをしたほうがいいかもしれないわね。訓練に組み込みましょう」

「勘弁してくれ……」

 ふらふらになりながら、ディランがカウンターに袋を叩きつける。中身を確認したアンネリカが、えっ、と大きな声を上げた。

「ゴブリンの牙!? 東の平原でゴブリンを討伐して来たの!?」

「ああ、そうだよ……」

「たまたまね。ギルドの情報を更新しておいたほうがいいわ」

 ディランたちの訓練をしている東の平原は本来、せいぜいレッドバイソンが最上位種だ。ゴブリンの巣は近くになく、ゴブリンが出現することは滅多にない。そのため、東の平原は比較的、平和なのだ。

「組合に報告してくるわね。追加の報酬が出るはずよ」

 アンネリカがわくわくした表情で報告書を手に取る。いまだ息の整わないディランがサインすれば、四人には組合から追加報酬が出る。出現するはずのない魔獣が発見された場合、組合から冒険者に出される情報を更新する必要がある。その情報更新が、冒険者にとって大きな報酬となるのだ。

「よかったわね。これでようやく装備が整えられるわ。やっとスタートラインまであと一歩になったわね」

「ま、まだスタートラインに立ててすらいないのか……」

 ディランに続き、他の三人も肩を落とす。ランクCから勇者パーティを目指すには、まだまだ程遠い道のりになる。スタートラインはランクBになってやっと立てる。それがリーフェットの持論だった。




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