第219話:姉の服と姉への贈り物
いくら一人で混乱し続けていようとも、当然のことながら答えなど出るはずもなく、もう考えること自体を放棄し始めた頃。
ようやく何かしらがひと段落したのか、ずっと俺を抱きしめていたエメさんがその力を緩め、お互いの目が合う距離まで離れた後、
「昨日は本当に申し訳ございませんでした。いくらあの時、アベル様のお言葉に苛立ってしまったからとはいえ、周りの状況はおろか、あろうことかお仕えさせていただいておりますご主人様のことすら忘れ、怒りに身を任せてしまうなど……。これではヴァイスシュタイン家のメイドとしても、あなたの姉としても失格です」
真っすぐこちらを見つめながら、昨日の件について謝罪の言葉を述べた。
それを聞きながら、こちらはこちらで考える。
俺がそういったことに人一倍敏感なだけであって、一般的には、別に喧嘩をすること自体は悪いことではないのだろう。
エメさんとアベルの関係や、その原因を考えれば……きっと、おかしなことでもなかったはずだ。
まあ、あの場にいなかった俺はともかく、子供達は最初から同じ部屋にいたわけだし、その点に関してはエメさんの言う通り、時と場所を考えるべきではあったのだろうけどな。
あくまでも自分の感性ではなく、世間一般の感性を元に当時のことを分析し、反省した後、その旨を彼女へ伝えようとした瞬間。
小声でリーナ姉が、
「シーちゃんの優しさに甘えるだけ甘えて、散々自分は己の立場を忘れて他の男にうつつを抜かしていたくせに。何か問題が起こってから、『私はメイドとしても姉としても失格です』なんて、虫が良すぎるでしょ。どの面下げて言ってるんですか、この義姉は?」
悪態というには、少しばかり黒い感情が込められ過ぎている言葉を吐き捨てた。
勿論、そんなことをしている以上、小声は小声でも、エメさんにはギリギリ聞こえる声量での発言である。
しかし、それを黙って聞き流せるほど、彼女も大人ではなかったらしい。
ノータイムで嫌み返しへと移ろうとすると同時に、今回の反省を活かしてなのか、主人であり弟でもある俺を守るように再び抱きしめようとしてきた、その時。
なんの前触れもなく、ピタリとその動きが止まった。
かと思えば、先程までリーナ姉を敵視するために上へと向けていた視線が、凄い勢いで俺の体へ――正確には、俺が羽織っているパーカーへと移された。
そして、そのまま数秒間それを凝視した後、今度は腰に回していた手を俺の両肩へ軽く乗せ、
「旦那様、少し失礼いたします」
そう言ったのも束の間、俺の首筋辺り――正確には、今着ているパーカーのフードへと、エメさんは自分の顔を近付けてきた。
しかし、この行動の意味が全く分からない俺は、再び軽い混乱状態へと陥っている。
それにもかかわらず、何か納得というか……確信へと至ったらしいエメさんは、いつも通りの笑顔を浮かべた。
ただし、その目は一切笑っていない。
そんな顔でこちらを見つめながら、
「ところで旦那様、今お召しになられているこのパーカー。私の記憶が正しければ、旦那様のものでもなければ、お嬢様をはじめとする婚約者の方々のものでもないと思うのですが……一体、どうされたのですか?」
この謎の緊張感に対し、問われた内容があまりにも拍子抜けするものだったため、俺はつい、何も考えず馬鹿正直に答えてしまった。
「えっ? あぁ……リーナ姉の部屋で自分の服に着替えたまではよかったんですけど、それだけだと少し寒かったんで、近くにあったリーナ姉のパーカーを借りてきました」
そう言った瞬間、二人は何か確信を得たような表情を浮かべた。
それと同時に、リーナ姉はエメさんへ向けて、これ見よがしなドヤ顔を披露し始める。
普段のエメさんであれば、間違いなく大人の対応でスルーしていたことだろう。
しかし、今日の彼女は違う。
これが女同士の戦いというやつなのか、はたまた、お互いに譲れないプライドのぶつかり合いなのか。
その辺りはよく分からないが、エメさんもリーナ姉同様、対抗心をむき出しにしていることだけは分かる。
その証拠に、今自分が羽織っているカーディガンを、代わりに俺へ着せるためなのか、脱ごうとしている。
……ん?
「あれ、それって、ついこの間エメさんと二人で買い物に行った時に、俺がその場で買ってプレゼントしたやつじゃないですか」
別に、この言葉を引き出すことを狙っての行動だったわけではないのだろう。
俺の発言が予想外だったのか、エメさんは目を丸くしたまま、数秒間こちらを見つめる。
そして今度は、愛おしそうな表情を浮かべながら、俺の頭を優しく撫でてきた。
しかし、それだけでは終わらないであろうことは、さすがの俺でも簡単に想像できる。
そして、その想像は今まさに、エメさんによるドヤ顔返しによって現実となった。
先に喧嘩を売ったのはリーナ姉であることを考えれば、はい、これでお互い様――となるのが一番平和なのだが、生憎、うちの姉はそんな平和主義で温厚な女性ではない。
おそらく、もう一人の姉も同じ思考の人種なのだろう。
ドヤ顔の次は、おそらく挑発の意味を込めてなのだろう。
笑顔なのに目が笑っていない、例の表情をリーナ姉へと向けている。




