第202話:理解者と半理解者
月曜日の五限の講義をサボり、ユリーを連れてマリノ王国にあるエレイシア魔法学院へと足を運んでから早四日。
結局あの日は、レディに対して祝勝パーティーの日のことを全て白状したのに加え、ここにいるユリーは勿論、婚約者であるミナ達とさえ、まだ公式の場では一度もダンスを踊ったことがないと伝えた上で、
『こんな私でもよろしければ、次回は是非一緒に一曲踊っていただけませんでしょうか?』
そう言った瞬間、ほんの僅かにだが、ユリーの片眉がピクリと動いたのが見えた。
そしてそれを目敏く見ていたらしいレディは、
『ユリーの反応=俺の発言は嘘偽りのない真実であり、心からのお誘いである』
と判断したらしい。
先程までのお上品な笑みとは違う、どこか年上の余裕? みたいなものを感じさせる、しかし嫌みなどは一切感じられない柔らかな表情で、
『そういうことでしたら、次の機会を心より楽しみに待たせていただきます。それと、これはお伝えするだけ無駄かもしれませんが、万が一の際は私がソウジ様のことをリードさせていただきます。ですから次回は絶対に逃げてはいけませんよ?』
一人の女性が、一人の男に対する好意を前面に押し出した上での発言。
『………………』
そんな今の汚れ切った俺には不相応過ぎる相手からの気持ちに、どう返せばいいのか分からず、言葉に詰まってしまった。
しかし咄嗟に、レオンとアランの二人が何か下手なことを言ったらまずいと思い、あいつらの周りに消音結界を張ろうとしたその時、
……既に張られてるな。しかもやったのは、魔力の波長的にユリーか。
使ってる魔力は相変わらず人のだけど。
まあいい。今のコンマ数秒で大分冷静さは取り戻せた。
取り敢えず、この場を乗り切ることくらいは何とかできる。
『ええ、勿論。マリノ王国の一貴族という高貴な立場にあられるお方が、私のような男からの誘いを限りなく素に近い状態でお受けしてくださったのです。その上で、レディ様のお気持ちを蔑ろにすることなど絶対にあり得ません』
騙し騙されが当たり前の世界で生きている人間が本心で言葉を発してくれたのに、こっちは魔法を使って返事をするのは失礼に当たると考えた俺は、
あくまでもポーカーフェイスは使わず、限りなく白崎宗司に近い状態で、丁寧な言葉を返した。
すると少なくとも自分の気持ちは汲んでもらえたと思ったのか、ようやく繋いだままだった手を離してくれたお陰で、ようやく本題へと入ることができた。
ちなみに結界が張られていることを理解した上であろうが、先程まであーだこーだと言い合っていたレオンとアランはというと、
『おいおい、さっきは冗談で言ったけどよぉ。この馬鹿、本当に他国のお嬢様も誑し込んできたわけじゃねえよな?』
『う~ん、この場合誑し込んだというよりかは、ソウジ様には女誑しの才能があった、と言った方が正しいのではないでしょうか。まあ、もしレディさんのお気持ちが本気であるというのであれば、僕は同級生としてではなく、アラン・スロベリアとして全力で協力する気ではいますけれど……』
二人とも俺と同じ側の人間であるため、こちらの心境を察することなど容易にできるはずだというのに、完全に他人事ムーブを決め込みやがった。
あと俺が五限をサボったことは、しっかりとユリーがミナ達にチクったせいで普通に怒られた。
情けを掛けてくれたのか、レディのことは完全に伏せてくれたようだが……。
* * *
とはいえ、これはこれで問題があった。
仮にレディのことも全てバラされていたら、間違いなくあの程度の説教では済まなかったであろう。
済まなかったであろうが、あの日の出来事を知っている人がいないということは、俺の中にあるこのモヤモヤを吐き出すことなどできるはずもなく。
心の整理がつくどころか日に日にイライラが増していき、かなり限界が近付いてきている今日この頃。
今日は金曜日ということで講義自体はないのだが、10時から一時間ほど所属ゼミでの集まりがあった俺は、気分転換も兼ねてマイカに嘘の予定を伝え、朝食後から城内メンバーがお昼の休憩を終えるであろう13時まで、ずっと日本の方で過ごした。
そうして今、俺は自分の城の玄関前へと転移してきたところであり、
結局、気分転換にすらならなかったどころか、みんなに隠し事が増えたせいで逆に追い詰められた気がする。
なんて考えながら目の前の扉を開けると、どこか困惑した様子のアリス・サラ・エレナ・リーザの四人と、『これからどうしようかしら』といった感じで困り果てているセリアの姿があった。
「えっ、なにこの状況? みんなしてこんなところで何してんの?」
「ソウジ! はぁ~、やっと帰ってきた。ちょっと早くあの二人をどうにかしてよ!」
相当ストレスが溜まっていたのか、人の顔を見るや否や、セリアは両手を腰に当てながら、大変ご立腹な表情でそう言ってきた。
「待て待て、一旦落ち着け。それだけじゃ何があったのか全然分からん。もう少し詳しく話してくれ」
「私達が話すよりも直接見た方が早い。サキ兄ぃ、一回リビングに行く!」
さっきまでいなかった大人が自分達の前に現れたことで少し余裕が生まれたのか、リーザは明らかに怒りながら俺の背中を押してきた。
そんな状況に頭の中は「?」でいっぱいなのだが、他の子達も似たような表情を見せたものの、誰一人として事情を説明してくれる雰囲気ではなかった。
ということで大人しく子供達に従って城内を移動し、リビングへと繋がる扉に手を掛け、それを開けた瞬間、
「だから、俺の何が悪かったのか教えてもらえれば、ちゃんと自分で考えた上で反省するし! 次から気を付けるって言ってんだろうが‼」
「人から何が悪かったのかを教えてもらわなければ分からないようでは、本当の意味で私が何に怒っているのかを理解できないのは勿論、どうせ心から納得してもらえないのでしょうから絶対に嫌です」
「………………」
俺の大っ嫌いな喧嘩が、アベルとエメさんの二人だけで行われていた。
しかもそのレベルは、俺が帰ってきたことはおろか、この部屋の扉が開いたことにすら気付いていない程までに、お互いヒートアップしているという最悪な状態である。
一体ミナ達がどこまで知っているのかは分からないが、俺は自分が育った家庭環境上、こういった光景を見聞きすることが、一種のトラウマのようなものになっていたりする。
つまり、今の精神状態でそんなものを目の前で見せられて平気なわけもなく、考えるよりも先に子供達五人を抱き寄せた俺は、そのまま騎士団員女子寮玄関前へと転移した。
* * *
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン、ピンポーン。
「ちょっ、ちょっとソウジ⁉ あなたが最近何かにイライラしているのは知っていたけれど、少し落ち着きなさい! 子供達が若干引いてるわよ!」
「………………」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン、ピンポーン。
「はーい、もう今行きますから、それ以上インターホンを押さないでくださいな」
「………………」
ユリーの言葉を無視して三回目の呼び鈴連打をしようとした瞬間、
「まったく、どなたかと思えばソウジ様ですか。子供達もいるというのに、そんなに分かりやすく荒れたりして、どうなされたのですか?」
「ちょっと何日か、この子達のこと預かってくんね」
「えっ? 別にそれは構いませんが……お城の方で何か問題でもあったのですか?」
「………………」
「はーぁ、分かりました。丁度今日、明日とお休みをいただいておりましたので、この子達のことは私が責任を持ってお預かりさせていただきます。ということで皆さん、突然のことで困惑されているかもしれませんが、取り敢えず中でお話を聞かせてくださいな」
完全にガキな俺とは違い、ちゃんとお姉さんなユリーは、今回一番の犠牲者である子供達を安心させるため、順番に頭を撫でながらセレニティ・オルド(鎮静魔法)を掛けてあげた後……そのまま寮内へと入っていった。




