第201話:唯一無二が二人
あれから俺達三人のうち、誰かが口を開くことはなく、当初アランと約束していた時間から15分が過ぎた頃。
急ぐ素振りを見せるわけでもなく、普通に歩いて俺達の前までやってきたスロベリア王国現国王、アラン・スロベリアは、この異様な光景に対して何かしらの言葉を掛けるわけでもなければ、分かりやすく表情を変えるわけでもなく、
「遅くなってしまい申し訳ございません、ソウジ様。何分、この学園に通っている生徒のほとんどが寮生活ということもあり、世間知らずな者が多く……。同じ学園の生徒としてお恥ずかしい限りです」
わざとらしく人差し指で自分の頬を掻きながら、完全に形だけの謝罪の言葉を述べた。
「他国の王様との約束を友好国のお嬢様に丸投げした挙句、大遅刻してきたお前も大概だけどな」
「まあまあ、そこはこの間の祝勝パーティーの件でチャラということで許してくださいよ~」
チッ、この感じだと間違いなく、俺とティアが入れ替わった状態でレディとダンスを踊ったことを言ってやがるな。
ガキが舐めやがって。
確かに王族歴はお前の方が長いかもしれないけれど、こっちはアランの数百倍もの年月を王族貴族として生きている先生二人による王族教育を、ほぼ毎日受けてるんだからな。
……まだこいつがダンスの件を知っていると確定したわけでもないし、ここは一旦落ち着いて無言を貫くか。
「………………」
「もうあのパーティーが終わってからというもの、レディさんの機嫌を直すの、大変だったんですからね。誇張なしに、さっきまでまともに目すら合わせてくれませんでしたし」
悲報。
やはりダンスの件は、アランはおろかレディにもバレていたようです……。
すーーーぅ。
よし、取り敢えず引き続き無言を貫くか。
「………………」
しかし、この選択が失敗だったことを、俺はこの後すぐに思い知らされることとなる。
「そういえばあの日も、ソウジ様の護衛としてユリー様も祝勝パーティーに参加しておられましたね。ということは、本日もお仕事でご一緒されているといったところでしょうか?」
やっとユリーの存在を認めたかと思ったら、いきなり喧嘩腰で話し掛けるどころか、小声でそいつの悪口を言っている生徒に対して、片っ端から自分の殺気をぶつけて気絶させ始めたぞ、おい!
しかも顔はにこにこ♪って感じなのに、目は全く笑ってないし。
「ソウジ様をお一人にしてしまうと、どんな無茶をなされるか分からないということは、ここ一週間で嫌という程思い知らされましたので。奥様方同様、私も唯一無二の存在として、この方のお隣に立たせていただいているだけです」
あーあ、あーあ、あーあ。
こっちはこっちで負けず劣らず、同じような顔しちゃって。
それって表面上は相変わらずお上品な発言なのにも関わらず、実際は、
『あなたみたいな女は、もう既にソウジ様の婚約者組の中におられますので、レディ様がこの方の隣でお仕え・お支えする必要は微塵もございませんわよ』
って言ってるようなもんだからね。
あとお前はお前で、人には待てを食らわせてたくせに、さっきまで眼中にありませんけどみたいなスタンスを取っていた奴に対抗して、
俺とレディの関係についてあることないことを面白おかしく話している生徒に対して、殺気をぶつけて相手を気絶させるよりも数段階難易度が上とされている、自身の魔力をぶつけるという方法で張り合ってんじゃねえよ。
ちなみにレディが現在進行形で行っている、殺気をぶつけることによって相手を気絶させる技は、単純に自分の脳が処理しきれないレベルの恐怖心を与えられることによって意識を失うのに対し、
ユリーが使っている魔力をぶつけるという技は、ただそれをぶつければいいというわけではなく、まず初めに対象者の体全体を自身の魔力で隙間なくぴったりと覆う必要がある。
そしてそれが完了した後、血管の中を流れている血の方向とは真逆の方向に、あらかじめ細工しておいた魔力を適切な速度で移動させれば……突然物凄い眩暈に襲われたような感覚になるというわけだ。
別にこの技自体は、ウチの騎士団員でも数日練習すればできるようになるであろう。
……まあ前提条件として、対象がその場に留まっている且つ、一度に相手をする人数が多くても二人までであればの話だが。
「そんなに魔力を放出され続けていては、いくらソウジ様の専属護衛を務めておられるあなたでも、そう長くはもたないのではないですか? まあ、万が一の際は私が代わりを務めさせていただいても構いませんが」
「レディ様のそのお心遣い、痛み入ります。ですが、ご心配には及びませんのでお構いなく。そんなことより、人の心配をされる前にご自分の心配をされた方がよろしいのではないですか? 私はこの通り没落貴族の身ですのでなんの問題もございませんが、あなたは明日も明後日もその先も、この学園をご卒業されるまで毎日通われるにあたり、学内での周囲の視線やご自身の立場など……このままでは色々と支障を来してしまいますわよ?」
「私、ご自分から自身の汚名を振りまくことを得意とされておられる方とは、必要最低限でしか関わり合いにならないようにしておりますので……ご心配には及ばないというお言葉、そっくりそのままお返しさせていただきます」
売り言葉に買い言葉で返したレディは、各所で無様に地べたへと倒れている生徒に対し軽蔑の眼差しを向けた後、再び例のにこにこ♪顔でユリーにガンを飛ばした。
確かに俺はミナとリアから色んな王族教育を受けてはいるが、女の扱い方なんてまともに教えてもらっていない奴が、この場をどう収めろと?
というか、そんなもの教わってたらこんな修羅場みたいなことにはなってねえっつうの!
なんて一人心の中で愚痴ったところで状況が好転するわけもなく、何ならどんどん悪化していく一方であることは火を見るよりも明らか。
ということで、流石に観念することに決めた俺は、空いている右手でユリーの左手を少し強めに握り、
「はーぁ、取り敢えずここだとあれだから場所を変えるか。ということで今からちょっと転移魔法を使いますので、転移先に着くまではこのままの状態で構いませんが、目的地に着き次第、私の左手を握っておられるレディお嬢様の右手を離していただけますと幸いです」
そう言いながら、アランには目で『絶対に俺から離れるなよ』と注意し、無言で頷いてきたのを確認した直後、俺達は校門の前を離れた。
* * *
「それで、なんでウチに来た?」
開口一番、実に不満そうにそんな疑問を投げ掛けてきたのは、もちろん俺が転移先に選んだ部屋の持ち主ことレオンである。
「なんでって、ここなら外に漏らしたくないあれこれをするのにうってつけだからに決まってるじゃん。なに、文句でもあんの?」
「どう考えても文句しかねえだろうが! まず第一にここは俺の店であり、現在進行形で絶賛営業中。第二にここは俺の仕事部屋であって、お前らの痴話喧嘩をする場所でもなければ、テメェの愛人を連れ込むための部屋でもねえんだよ‼」
「おい、ちょっと待て。誰がいつ、誰の愛人をお前の部屋に連れ込んだってんだよ⁉ いくら部屋の外には話し声が聞こえないとはいえ、人聞きの悪いこと言うなよ! あとこの店はお前の店であり、俺の店でもあるんだから、そこで何をしようが俺の勝手だろうが」
「その両手に花な状態で、人聞きも何もねえだろ、この馬鹿国王が。自分のところの女ならまだしも、他国の貴族にもちょっかいを出すとか、そのうちマジで24時間体制で監視が付きかねないぞ」
そんなこと絶対にあり得るわけねえだろ。
と言い切れないのが、ヴァイスシュタイン王国上層部及び城内メンバー、それらに類する方々に囲まれている男の現実。
現にユリーという実例がお隣におられますし。
「ソウジ様の監視及び護衛に関しましては、私が奥様方から直々に申し付かっておりますので、ご心配なく」
私がじゃなくて私達がでしょ?
なにお前は、他の子達がいないことをいいことにサラッと嘘をついてるんだよ。
あと、そろそろ手を離してくれませんかね?
なんてツッコミを入れながら右側へと視線を流していると、さっきまでの表情とは一変し、今度はマジな顔で俺を挟んで左側にいるレディの方を向き、
「ご帰宅のところ、私達の急な来訪のせいで面倒ごとに巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした。無事アラン様と合流できましたので、もうご帰宅いただいて構いませんわよ?」
「ご迷惑をお掛けしたのはこちらであって、ユリー様から謝罪のお言葉をいただくようなことは何もされておりませんので、お気になさらず。それからお言葉ではありますが、私をここまで連れて来られたのはソウジ様であられる以上、私に何かご用事があってのことと考えるのは当然ではないでしょうか? そんな状況下でお暇するなど、お父様に知られたら叱られるだけでは済みませんわ」
……そういえば、なんで俺はコイツも連れてきたんだろ?
どうせ転移魔法を使うんだったら、そのまま置いてくればよかっただけなのに。
「今ソウジ様がお考えになっておられることに何となく察しはつきますが……多分どっちにしろ、面倒くさいことにはなっていたと思いますよ」
「だからさぁ! 昨日もそうだけど、人の店なり部屋で揉め事を起こすのは止めてくんねえかな? あとアンタもアンタで、この女の同級生なら他人事みたいな感じで静観を決め込んでないで、止めるの手伝えよ‼」
「えー、僕これ以上レディさんのご機嫌取りをするの嫌なんですけど。取り敢えず、お茶をいただけたりとかします?」




