第198話:いつかは毒を食らわば皿まで
ミナが勝手に仕組んでいた『ソウジ・ヴァイスシュタイン陛下による自国民参加型の公開討論会』から一日。
今日は土曜日ということで大学は休みなのだが、リア・エメさん・セレスさんはいつも通りそれぞれ自分の仕事を。
セリア達メイド見習い組は、土日は基本休日扱いとはいえ、朝ご飯と夜ご飯の準備だけはする決まりになっている。
ティアとアベルは騎士団所属のため休みが不規則ということで、今日は普通に仕事の日。
ということで、毎週土日が休みなのは俺・ミナ・マイカの三人だけであるため、ウチでは基本、平日休日関係なく毎日同じ時間に朝ご飯を食べるルールになっている。
そのため、実は朝起きた時から体が怠いだけでなく頭も痛かったのだが、それを隠し、いつも通り朝の時間をみんなと過ごした後、俺は一人こっそりと宿屋にあるレオンの部屋へと来ていた。
ちなみにレオンには『昨日の今日でよく来れたな』みたいな顔をされたが、ガン無視してやった。
その流れで、
『俺がこの一週間で頑張ったことは、どれくらい凄いのか教えろ』
と言ったところ、いきなり難しい顔をしながら黙り込むこと数分。
「……この前まで前回りしか出来なかったガキが、一週間毎日頑張って練習した結果、逆上がりが出来るようになったくらいには凄いな」
ようやく口を開いたかと思えば、これである。
「つまりお前も、本当のことを教える気はないと」
「お生憎、お前んとこのお姫様に口止めされててな。しかもこっちは、腹黒お姫様にこの店を人質に取られてる状態なもんで」
その腹黒お姫様の婚約者である俺に対して嫌み交じりに理由を説明してきたレオンの言葉が切れたタイミングで、
誰にも行き先を伝えず、何ならこっそり城を出てきたにも関わらず、どうやって俺の居場所を突き止めたのかは知らないが、レオンが難しい顔をしている間にこの部屋へ入ってきたどころか、当たり前かのように俺の隣へ黙って座っていたユリーが、唇を尖らせながら、
「んも~う、そういうことなら最初から私に聞いてくれればいいのに」
「お前に聞いたら、今の俺が知ったら本当にまずいとミナ達が判断していることまで全部教えてくれそうだから絶対に駄目だ。あと昨日も言ったが、その裏マイカみたいな演技やめろ」
ちなみにユリーは、シャーロット家を破門されていたとはいえ、ボハニア時代から独自の情報網を国内外に持っているため、ミナ達と同等か、それ以上の情報を持っているはずである。
だからこっちも、コイツ相手には下手なことを聞けない。
「んぅ? あー、言われてみれば確かに喋り方、仕草や表情、雰囲気なんかも全部そっくりだな。んでもって、目もあの子にそっくりなのにも関わらず、本人のそれは希望に溢れるキラキラしたものなのに対して、こっちは復讐に呑まれているかのような、一切の光が感じられない瞳をしているから裏マイカと。……いったいお前らの間で何があったのかは知らねえけど、素直に『いつも通りのお前の方が好きだ』って言えばいいんじゃ―――ッ⁉ ……あっぶねぇー」
「チッ、体調が悪いせいでコンマ数秒、ホルスターから銃を抜くのが遅れたか。はぁー、緑のモ〇スター一本」
「それでは私はアイスティーを。それからソウジ様の分は、冷たいお水に変更をお願いいたします。それと私のあれは、表面上だけでなく内面も含めた全てがあの方達の真反対ですので、どうぞお見知りおきを」
あの方達……ね。
なんて内心で呟きながら、二代目に対して早く飲み物を持って来いよ、みたいな視線を向けると、
「確かにこの建物の中にはお前が作ってくれたキャバクラなりホストクラブがあるけど、ここは俺の部屋であって、飲み物の注文なんて受け付けてないし、受け付けた記憶もないんだが? あと、いくらさっきのが空気弾とはいえ、照れ隠しで銃を撃ってくるんじゃねえよ‼」
なんて文句を言いつつも、俺が設置してやった内線電話の受話器を自分の耳に当てながら、
「あー、仕事中悪い。ちょっと俺の部屋に赤ワインとアイスティー、それから氷入りの水を持ってきてくれ」
「おい待てコラッ。なんで俺の注文じゃなくてユリーの注文を聞いてんだよ。普通逆だろうが」
そんな俺の文句に対してレオンが何かを言い返そうとした瞬間、それよりも早くユリーが、
「前々からエナジードリンクを飲まれるのはお控えくださいとお伝えしていただけでなく、この一週間に関しましては、後々ソウジ様が苦しむことになるからと毎日ご注意いたしましたわよね?
それなのに人の忠告を無視してそれを飲むことによって日に日に増す頭痛や体の怠さを、迎え酒ならぬ迎えカフェインで誤魔化したりして。
折角一昨日、ソウジ様が寝ておられる間に点滴を打っていただいたお陰で少し顔色が良くなったかと思えば、昨日も私の目を盗んであんなものを飲まれていましたし」
「お前が正真正銘、裏表ともにアイツらとは真反対の女だっていうなら、余計な口出ししてくんな」
「………………」
俺がユリーに対して発した言葉が地雷を踏んだ瞬間、ユリー・シャーロットという一人の人間から一切の感情が消えた。
「あーあ、俺は知~らねぇ。頼むから痴話喧嘩なら外でやってくれよ」
「本当は昨日から奥様方に甘えたくて仕方がないけれど、体調が悪いせいでそれが出来ないことにストレスを感じておられることは、重々承知しております」
もちろん、コイツが発する声にも一切の感情が感じられない。
「いや、ねえ? 俺の声聞こえてたよね? 一時的に仕事のサボり場とかとして使う分にはある程度目を瞑るけどさ、マジで喧嘩とかは他所でやってくんねえかな? あと、どう考えてもさっきのはお前が悪いんだから、感情に任せてこれ以上余計なことを口走る前に素直に謝れよ」
つまりあっちは今、本気でキレているということなのだが、相手がそういう態度だと尚のこと反発したくなるというもの。
「そこまで分かってるなら少しくらい目を瞑れよ! どっかの誰かみたいに昼間っから酒飲まないだけまだマシだろうが‼ あとお前はうるさいから少し黙ってろ!」
「ここは自分の店兼家なんだから、そこで俺がいつ酒を飲もうと勝手だろうが! それから俺達吸血鬼はそう簡単に酔ったりしねえから、いちいち酒を飲むのに時間を気にしてる奴なんてそうそういねぇっつうの!」
「毎日人の忠告を無視した上に目を盗んで、一日に複数本ものエナジードリンクを飲まれたせいで、翌朝顔色を悪くしながら私のところに来られるくらいなら、最初からお酒を飲んでもらった方が、すぐに異変に気が付ける分よっぽどマシなのですが‼」
しかしそれは、ユリー・シャーロットも同じだったらしい。
誰がこのお嬢様に自身の中に生まれた怒りの感情の吐き出し方を教えたのかは知らないが、今度は裏マイカではなく、ただのユリーとして若干ぎこちないながらも、自身の言いたいことを言い返してきた。
これがミナ達婚約者組の誰かであれば、どんなに頭に血が上っていたとしても、ある程度安堵や喜びの気持ちを抱くのだが、コイツに関してはそんな感情一切皆無。
逆に火に油を注がれた気分である。
そのため『じゃあ今から酒飲んでやるよ! それで文句ねえだろ‼』と言い返そうとした瞬間、ノックもなしでこの部屋の扉がいきなり外側から開けられたかと思えば、そのまま勢いよくリゼが部屋に入ってきて、
「昨日の今日にも関わらず、朝から恩知らずなクソ野郎のところにいるソウジちゃんが心配で、カチコミに来たついでにご注文の飲み物をお持ちしました~。はい、ソウジちゃんはお水って、ちょっとちょっとそれ違うやつ‼」
いつものノリでリゼが各々に飲み物を配ろうとし始めたのをガン無視し、お盆に載っていた赤ワインの瓶をかっさらい、そのまま瓶に口を付けて直飲みすること数口。
「んぅ゛⁉ おぅえ゛、げほ、ごほ……っうえ゛ーーー」
「あーあ、元々ソウジちゃんはそんなにお酒が強いわけじゃないのに加えて、ワインは匂いだけでも駄目なくせに。それを一気飲みなんてしたら、そりゃそうなるでしょ。はいはい、今背中さすってあげるからね~」
「ちょっとリゼさん⁉ なんで部外者のあなたが我が物顔でソウジ様の背中をさすってらっしゃるのですか? 今すぐそこをどいてください‼」
「部外者とは酷いな、ユリーちゃん。そんな酷いことを言う女の子に、うちの弟は渡せないな~」
「はぁ、はぁ、はぁ、お前らうるさ、っおえ゛ーーー」
「……一応ヴァイスシュタイン城の電話番号も知ってはいるけど、この状況であそこに住んでる誰かを迎えに来させたら、九分九厘の確率で更なる地獄を見ることになるどころか、今度こそマジで殺されかねないな」




