第177話:普通の女の子、ユリー
side:レミア
あそこで私が喋り出せば、まるでユリーの挑発に乗ったみたいで本当は嫌だったのだが、今の私には自分のプライドなんかよりも優先すべきものがある。
例えどんな状況下であろうとも優先してあげたいと思わされる存在がいる以上、そんなもの知ったことじゃないということで。
今までずっと我慢して黙っていたユリーとソウジに関するあれこれを、一方的に喋りだしてから数分が経った頃。
あっちはあっちで色々やっていたらしい兼、それの中心人物ことリサが全身血まみれの状態でこちらに近付いてき、
「私達の方は一旦片付いたから、このままあいつ等を連れて警備室に帰ろうかなって思うんだけど、ユリーちゃんの方はどんな感じ……って、あれ? もしかしてタイミング悪かった?」
「………はぁ、折角の可愛らしいお顔やお洋服をそんなに汚してしまわれて。取り敢えず、今回の襲撃犯五人に関しては私が連れていきますから、リサさんは早く寮のお風呂に行ってらっしゃいな。それから、ミリーさん」
「は~い、なに?」
「申し訳ないのですが、ちょっとリサさんと一緒に一旦寮に戻っていただいて、彼女がお風呂に入っている間にお洗濯の方をお願いいたします。そんなに時間が経っていない今なら、まだ普通の洗剤でも落ちると思いますので」
そうユリーが言うと、リサはどこか納得いっていない……というか、どこか満足し切れていなさそうな表情を浮かべながらも、ミリーによって強制的に女子寮へと転移していった。
それを受け、私は、
「あなたも人のことを言えるような状態ではないと思うのだけれど? まあ、さっきからずっとソウジが泣きながら引っ張り続けている服の裾はともかく、それに付いた汚れだけならまだ何とかなるんじゃない?」
「別にリサさんがどうこうというわけではありませんが、やはり自分の服や見た目よりも、この場で一番大事なのはソウジ様のことですので。まだ私に“できる”ことがある以上、帰るわけには行きませんわ」
「今までずっと黙っていたかと思えば随分と言うじゃない。別に私は、誰彼構わず気に入らない意見は聞かないってわけではないのだから、さっきだって好きなだけ言い返してくれれば……自分が本当に言いたいことを、気持ちを私にぶつけてやるくらいの気持ちで反抗してくれればよかったのに。………私じゃ役不足だったかしら?」
「私が我慢して抱え込んでいるであろう本音を何とか引き出そうとする手口といい、その最後のレミア様のワザとらしい喋り方といい、微笑み方といい……本当ソウジ様そっくりですわね。まるで血の繋がった母子のようですわ」
「なんだか『私は最初から分かっていましたから』みたいな雰囲気を出しているところ申し訳ないのだけれど、これでも私、何百年という……ただの人間にとっては長すぎるなんて言葉じゃ生ぬるい程の時間を、一国の王妃として生きてきているのよ。たかだか20数年貴族のお姫様をやっていただけの小娘の心を読めないとでも思っているわけ?」
当たり前のことながら、私とソウジは血が繋がっているわけではない。
ものの、嘘偽りなく、もうこの子は私達の息子同然……息子であることは一生変わることのない事実であり、そんな子と私の一挙一動が限定的ではあるとはいえそっくりと言われて、嬉しくないはずもなく、内心では年甲斐もなく喜んでいたりするのだが、
それをアンヌ以外の女に察せられたくないという気持ち5割と、小娘が生意気言ってるんじゃないわよという気持ちが2.5割。残りの2.5割は……まあ、忠告ってところかしらね。
などと、一人頭の中で言い訳じみたことを考えることで、若干の羞恥心だったり何だったりを誤魔化していたところ、
(先ほどからつくづく感じておりましたが、本当母親という生き物は、自分の娘に対して厳しいというか、対抗心があるというか……意地悪ですよね。素直にご自分がこれまでの人生で経験してこられた中で感じたことなどを教えて差し上げればいいものを)
そんな私の感情等を察したらしいブノワが、わざわざ念話越しにそんなことを言ってきたが、今私が相手をしなければならない人物は、完全に面白がっている自分の旦那ではなく――
「確かに経験値でいえばレミア様やアンヌ様は当然、実年齢で言うと三つも年下のミナ様・リアーヌ様のお二人にすら到底及ぶとは思っておりませんが……育ってきた環境が全然違うとはいえ、私とソウジ様は正真正銘の同い年。まあ、お互いが持っている価値観といった点でいえば、前者同様マイカ様には勝てませんが、それと同等……いえ、そのようなものなど眼中にないと言っても過言ではないほどの、言葉にはできないし、どんなに凄い魔法を使おうとも見ることもできない。しかしソウジ様も確実に気が付いておられる、同い年兼一定以上の距離感をクリアしている者同士のみが持ちし不思議な繋がりがございますので……という自慢話は一旦置いておいて」
と、そこで一度言葉を切った彼女は、先程から話が進むにつれて少しずつ自慢げな笑みを浮かべていっていた表情を、真面目なものへと変えていき、
「今後私がどちらの選択肢を選ぶかはまだ分かりませんが……大前提として、ヴァイスシュタイン王国現国王、ソウジ・ヴァイスシュタイン様は、元ボハニア王国に住む貴族の娘であり、一族郎党どころか、あの国で暮らしていた上位階級層のほぼ全員から目障りな存在として扱われ続けてきたユリー・シャーロットには絶対にあり得なかったはずの、“普通の女の子としての人生”をご用意してくださいました。そして私は、ただのユリーとして、それをありがたく頂戴させて頂いた身」
ソウジとユリーが出会ってからの一から十までの全てを知っている人なら分かるだろうが、今この子が言ったことを簡単にまとめると、
『自分はもう貴族の娘であるユリー・シャーロットではなく、ユリーという名前の普通の女の子であり、それを許してくれたのは誰でもない現国王ことソウジ・ヴァイスシュタイン本人である以上、私がどちらの人生を選ぼうと誰にも文句を言われる筋合いはない』
という、寸分の狂いもない事実を言っているのだが――。
これだけは絶対に言ってはいけないし、例え独り言であっても口に出すことすらしてはいけないと頭では分かっているものの、先ほどの彼女の言葉を聞いた瞬間、心の奥底で何かがプツンっと切れる音がしたとともに、
私はノータイムで、自分とユリーの周りにだけサイレンス・フィールド(消音結解)と、それの中の様子が他の人には見えないようヴェール・フィールド(遮断結界)を張り、
「私も大人だし、例えこの問題がどう転んだとしても、新国王になったあの子の成長に繋がるのはもちろん、何よりも当人同士の気持ちが一番大切になってくるだろうからってのもあって、当分の間は黙っていようと思っていたのだけれど………いったいあなたはどれだけ私達の息子に重荷を背負わせれば気が済むっていうのよ‼」




