第175話:剣舞姫の逆鱗に触れし者達と、触れに行きし者
side:レミア
………今回の計画を進めるにあたり、ソウジに対しティアはほぼ全てを五歳児レベルにしている。
そのため、子供特有の言いたいことを上手く言葉にできないという、ごくごく当然の、年齢相応の自然な様子を見せてくれる反面、家庭環境が―――という言葉だけでは到底説明がつかない違和感。
この“不快感”のせいで、私の中にあるイライラが限界に達する寸前であると同時に、もう今すぐにでもこの計画を止めて、少なくともこの子が落ち着くま………。
あーーー、もうっ‼ そうよ、ソウジが落ち着くまでってのも嘘じゃないけれど、一番の理由は、私の気が済むまで昨日みたいにこの子の母親として一緒に色んなことをしたくて仕方がないのよ‼
白崎家、ヴァイスシュタイン家、マリノ家、ベルナール家、アベラール家、etc.―――その誰よりも、私がこの子を独り占めしたくてしたくて堪らないし、さっきの言葉は冗談でも八つ当たりでもなんでもなく、本当はブノワ抜きの二人だけで楽しくお出掛け親子デートをしたかったっていうのに‼
―――ちなみにこのことを後から冷静になって思い出すと、いくらソウジのことが愛おしくて仕方がないとはいえ、ここまで完全に飲み込まれてしまっていたとは……と、あまりにもうちの子の魔性さが凄すぎるため、イリーナをはじめとしたマリノ家に仕えてくれているメイド達が余計なちょっかいを出したりしないだろうかと心配になったりなんなりで、また一歩わが子にベタ惚れになったことは置いといて。
(………ようやく動き出したわね。この感じだと、あと数秒後には仕掛けてくるってところかしら?)
一応、マリノの王妃をやっている私と、その旦那にしてマリノ王国の国王ことブノワの二人が、ただ息子の国を歩いているだけなら今更何の問題も無いのだが、今日に関しては、この国の国民にとって全く面識のない子供ソウジが一緒であること。
また、今回の計画を進めるにあたり、協力者が多いに越したことはないということ。
(………ついでに、これ以上私の楽しみを邪魔されたくないetc.)
という二つの理由から、あらかじめミナが国内各所に設置してあるモニターやスピーカーを使って事情は説明済みであるが故に、実は家を出た時からずっとソウジのことを付け狙っている奴らが五人ほどいたのだが、これがまたワザと下手くそな尾行を行って私のイライラを増させているんじゃないかと疑いたくなるほどの酷さ。
まあ、この私に気付かれずに近付ける人なんて、片手で数えられるほどしかいないけれどね……というものは置いといて。
(どうせこの国の警備隊の方でも、このことに関しては最初から察知して気付いているにもかかわらず、現在進行形でなんの動きも見せないということは、今この国にいる者だけでなく、他国でこの子のことを面白くなく思っている連中に対する見せしめの意味も込めて、あいつらを現行犯で取り押さえたい)
(もっと詳しく言うならば、ヴァイスシュタイン王国の警備システムの凄さ等を見せつけて、たとえこの国の重鎮はおろか国民一人ひとりがどんな状態にあろうとも、何をどうしようが無駄であると再度釘を刺したいのでしょうけれど……)
(あと数秒後に警備室に設置してある転移システムを使ってそれをやりに来るであろう、ソウジ専属護衛騎士の小娘三人にこれ以上デートの邪魔をされたんじゃ堪ったものじゃないもの。この計画を考えたであろうミナ達には悪いけれど……こっちはこっちで勝手に動かせてもらうわよ)
そう心の中で思ったと同時に、一応念話を通して自分の心の声が聞こえるようにしておいたため、私の今後の行動等全てを把握済みであるブノワは、呆れと不満が入り混じった表情を浮かべながらも、完璧にタイミングを合わせてきた。
それを受け、このままソウジに気付かれないよう片付けてしまうつもりだったのだが。
これは、比喩でも強がりでも何でもなく、私達二人がそこら辺のSランク冒険者ごときでは残像すら見えなかったであろう速さで、お互いソウジから手を放し、目障りなゴミ共を排除するために振り返ったはずだというのに、目の前にあった光景といえば、
一人は右腕を、一人は左腕を、一人は右足を、一人は左足を、そして最後の一人は首を切り落とされた状態で地面に倒れており、普通に考えて一人以外は全員痛みに苦しみはすれど死ぬ程ではないにも関わらず、己の思考が“何故まだ生きているのか”と疑問に思ってしまうほどの、
よく戦場などで見かける、心臓が止まった後も脳が完全に死ぬまでの数秒間だけ苦しみ続ける兵士のように―――しかしこの五人は間違いなく死ぬことはないであろうという長年の経験と勘が、これでもかというほどまでに訴えかけてくるという不気味な状態と、
「………………」
周囲にいる一般人同様、まだこの場で何が起こったのかすら気付いていないかのように、ただジッと背中を向けて立っている、小さいままの……返り血を全身に浴びたソウジの姿。
そして私とブノワが動き出してから一秒程が経った頃、ようやく自分達の周りで何が起こっているのかを理解できるようになったらしい人達が悲鳴を上げたり、それに釣られて野次馬がやってきたり、逆に人それぞれ理由は違えど足早にこの場を離れて行く人達がいたりと、他にも三者三様といった感じで数えきれない程の反応がある中、
あれからまだ二秒しか経っていないというのに、警備室に設置してある転移システムを使用してやってきたらしいリサとミリーの二人は、軽くこちらに頭を下げてきた後、手慣れた感じで各々の仕事を始めたのを受け、
流石は、あのティアがアベルを除いた騎士団員の中で唯一認めている三人のうちの二人だけはあるわね。
なんて感心していたのもつかの間のこと。どうやらその三人のうちの一人はこちらの予想を軽く上回る程の実力を身に着けていたらしく、
「駄目ではないですかソウジ様‼ いくらご自身がお強いからとはいえ、こんな危険なこと絶対になさってはいけないと、私いつも言ってますわよね?」
いくら騎士団員の一員とはいえ、元はかなり高位のお嬢様だったというのに、自身の洋服や手足が汚れることなどお構いなしといった感じで地面に膝をつき、お説教の相手ことソウジと強制的にでも目を合わせるために、コンマ数秒の迷いもなく返り血を浴びて汚れている肩を掴みながらそんなことを言うと、あの子的にはそれが面白くなかったらしく、
「………ふんっ」
「『ふんっ』ではなく、他に言うことがありますわよね?」
(こうやって彼女達が現場で仕事をしている姿を見るのは、先日のクロノチア兵との戦争の時以来ですが、特にあのユリーという子……随分と凄い成長速度ですね。……人は何か守りたいものができると、言葉の通り一生懸命になる、ですか)
(なによ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ。怒らないから)
(確かに怒りはしないかもしれませんが、言ったら絶対に今以上に不機嫌になりますよね、レミアさん?)
「ないもん」
「はぁ、そうですか。じゃあ私はもう知りません」
そうユリーが言うと、一応パッと見であの子が怪我をしていないことを確認済みであるとはいえ、返り血すら拭いてあげることもせずに立ち上がっただけでなく、どこかへと歩き出そうとした瞬間、
(いつもだったら、俺のことを怒りながらもどこか怪我をしていないか直接体を触って確かめてくれて、なにもなければそのままギュッてしてくれるし……ちょっとしたかすり傷程度でもあった時には更に怖くなりつつも、本当は凄く、すご~く優しくなって魔法でそれを直してくれるのに)
いつもとユリーの対応が違うせいで軽く困惑しているせいもあってか、ソウジは涙目になりながら、彼女の服の裾を血まみれの手でギュッと掴み、
「ぅ~ん、ごめんなさい。もうしないから許して」
「口だけのごめんなさいは、もう聞き飽きました。ですので、これからはどうぞご勝手にしてくださいませ」
「ん~ぅ、ごめんなじゃい‼」
「………………」
「ねぇ、ごめんなざぃ! ごめんなじゃぃってば!」
「先ほども言いましたが、口だけの謝罪はもう聞き飽きましたし、なによりも私にはまだ仕事がありますので、早くその手を離してくださいな」
(あ~あ、今日ユリーが着ている服にして、今ソウジが一生懸命裾を握りしめ、引っ張っている服って、あの子が持っている物の中で比べてもかなりの値段がするブランドものでしょうに)
「ぅん、行っちゃヤダ! もうじないがら……ゆるじでぐだじゃい‼」
(血を落とすのだってそう簡単じゃないのに、そのままの状態で無理やり歩き出そうとしちゃ、裾が伸びちゃうわよ。って、既にソウジのことを引きずりながらゆっくりと前へ進んでいる時点でもう遅いけど。………こちらに向かって、ね)
「人の可愛い息子を泣かせただけでなく、引きずってまでして私達の前に歩いてきて、一体何を言いに来たのかしら?」
「確か私達ソウジ様専属護衛の三人は、ミナ様をはじめとした奥様方はもとい、この方のご両親であられるレミア様達四人から、護衛及び監視の仕事と一緒に総合教育の方も申し付かっていたかと思うのですが。それから、何か言いたいことがあるのはそちらではないのですか……レミアお母様?」




