第九章 リタリン
第九章 リタリン
「すると、孝ちゃんの考えでは、逆に、金田少年の単独犯説となってしまうちゃのう。
だが、そうするとあの各マスコミに送付されたメールの書き手がいなくなってしまう。それとも、あのメールは、別の誰かが面白がって書いて送ったのか?
しかし、実際に、鈴木教師は車の中で焼身自殺をしている。よほどの切羽詰まった事情が無い限り、焼身自殺などしないものだが、さてこれについてどう解釈する?」
「本当に自殺だったのでしょうか?」
「じゃ、孝ちゃんは誰かに殺されたとでも言うのかい?
そう言えば、金田少年は、鈴木昭一教師の自宅近くで縊死しているなあ。
そうなると自分であのメールを書いて、各マスコミに送信後、鈴木昭一教師を自殺にみせかけて殺害、自分も自殺したのか?
うーん、これなら話の筋が一本通った事になるが、ただ、ではその動機は何だろう?
少しでも自分の罪を軽くするために、敢えて、殺人教唆の罪を鈴木教師になすりつけて自分も謂わば被害者に見せかけるためだったのかなあ。これなら確かにありうる話なのだが…」
「警察は最初からその点も疑っていたみたいです。
特に、筋弛緩剤等の詳しい薬品名など、現役の教師は全く知りませんからねえ…。
ただ、金田少年の縊死死体の付近に転がっていたスマホに金田少年から鈴木昭一教師宛のメールの発信記録が残っていて、そこには、今回の生体解剖の手順や生体解剖に実際に使った薬品名まで書いてあった事、それが事件現場に残されていたものと全く同一薬品だった事が分かっています。
もっと拍子の悪い事に、鈴木昭一教師は、学生時代、超心理学への興味が異常に強くて、一時、自分の大学の超心理学研究会に属していたんです。
超心理学研究会とは、謂わばオカルト研究会のようなもんです。当然、その中には魔術の研究も入っていたでしょう…。
鈴木昭一教師が黒魔術の本を買って研究していたのは、この学生時代の頃らしいんです。
で、極め付けの話としては、金田少年と担任の鈴木昭一教師が、金田少年が2学期のはじめ頃に、放課後、魔術について激論を交わしていたのを、級友達十名近くが聞いていたらしいのです。
この時は、金田少年はオカルトに否定的な考えであったのに対し、鈴木教師は「科学や数学だけで、この世が動いているのでは決して無い」と、オカルト的言動を強くしていたそうです。
最終的には、この級友達の証言が最後の決め手になって、鈴木昭一教師が、金田少年を最終的に黒魔術の世界に引きづり込んだのだろうと言う事になってしまい、あの各マスコミに発信されたメールも、やはり鈴木教師自身が書いたものだろう、そして事実の発覚を恐れた鈴木教師は逮捕前に自殺したものと結論付けられたようです。
でも、僕の推理は、一味違います。
まあ、ここが、今日、叔父さんのところを訪れた最大の理由なんです。ともかく、私の今までの取材の中から得た推理を聞いてください」と、ここで神尾孝司は、自分が足で稼いだ話から、ある特定の人物を捜し出してきて、それが裏で糸を引いていたと、次のように語り始めたのだった。
「叔父さん、僕は、あの何処か覚めたような下手な文章のメールを読んで、私は、確信を持ったのです。あのメールは、鈴木昭一教師本人が書いたものでは無い、と。
また、金田少年でも無いのも確かです。と言うのも、事件の直接の実行犯が書いたのならもっと激情的な文章になる筈でしょう。あんな淡々とした文章にはならない筈です。
それにあの鈴木教師は、地元の同人誌に所属しており本来は作家志望だったそうです。
つまりそれも知っていた人物が、作家を夢見ていた鈴木教師が今回の事件を小説風に書いて「遺書」として各マスコミに送付したように見せかけた、と僕は思うがです。
鈴木教師の書いた小説は、地元の同人誌にも掲載されており、僕も読んでみましたが、もっと文体が洗練されており語彙も豊富ながですよ」
「いやに勿体を付けるなあ、しかし、今回の事件に直接関係がありそうなのは、金田少年、鈴木教師、それと被害者の田中江美ぐらいしかいないだろう?他に誰が関係しているとでも言うんや?」
「実は、ここに予想もしなかった人物が急浮上してきたのです。
それは、あのメールの中に書いてあったように、金田少年は鈴木昭一教師のみに自分の激変していく心や頭脳の相談に乗ってもらっていたんではないのです。
実は、この鈴木昭一教師自体も、相談と言うか治療を受けていた人物、それは現役の医者なのですが、別の人物があと1人いたがです」
「何だって!2人ともが同時に診療を受けていた医者がいただと?」
「そうです、高崎クリニックの高崎登医師です。この医師は、T市で精神神経科のクリニックを開業しています。
鈴木教師は、最近はそれほど通っていなかったそうですが、教師に成り立ての頃は、極真面目な性格から、不眠症になりそこで、治療を受けていたのです。
金田少年も、鈴木教師の紹介により、自分の治療のために1週間毎に高崎クリニックに通っていたそうです。
で、処方された薬は、あの塩酸メチルフェニデートです。商品名はリタリン」
「塩酸メチルフェニデート?商品名リタリンと言えば、どっかで聞いた事のある薬品名だが……たしか随分前のNHKの番組『クローズアップ現代』で取り上げられていたかもしれないなあ。そんな記憶が少しだけだがあるが……」
「そうなんです。塩酸メチルフェニデートの化学構造式が、アンフェタミンやメタンフェタミンに良く似ているから問題になったんですよ。だからNHKが取り上げる程の社会問題にまでなったがです……」
「それはつまり覚醒剤の事じゃないのか。確か、メタンフェタミンはヒロポンの名で一般の薬局でも買えた時代があったと聞くが……」
「そうです、そのヒロポンらと化学構造式が似ている事から、塩酸メチルフェニデート、通称リタリンは合法的覚醒剤とさえ言われています。
ネットの世界では1錠数千円から一万円で販売されていた程ですから。




