第五章 生体解剖
第五章 生体解剖
しかし、金田の考えは既に違っていた。金田は、既に超人的頭脳を有している少年から、黒魔術に染まった悪魔的少年へと変貌を遂げていたのである。
自分の父親の病院から、手術用のメスを数本や、注射器、クロロホルムや鎮痛愛、睡眠薬及び筋弛緩剤等々を秘密裏に持ち出して来ていた。
金田のほうは、田中江美が誕生日を迎えた翌日に、妄想と言えるかも知れない死体蘇生実験に取りかかる決意を着々と固めていたのである。
翌日、金田はバッグに、ゴム手袋、雨合羽、メス数本、注射器、出術用鋏、そして数々の薬剤を詰めて、田中江美のマンションへ向かった。
玄関にある管理人室で一礼すると、一目さんに田中江美の部屋へと向かった。
田中江美は、真っ赤なグロスを唇に塗り、TシャツとGパンのラフな格好で、金田を迎え入れた。その姿は、今までの彼女のよう清純な高校生には到底見えなかった。
田中江美は、今日は、金田に「最高のプレゼント」をするのだ。そう決めていた。そのための勝負服・化粧なのだろう。
だが、金田誠二は、逆に、今日こそが自分とって「選ばれた日」なのだと思っていた。
一体、お互いの瞳には、相手の様子がどのように映っていたのだろうか?
それは、多分、事件現場にいた者しか理解できないだろう微妙な光景だったのだろう。
しかし、一つだけ確かな事がある。2人とも、これから起きるであろう未知の出来事に、高揚した心を躍らせていたに違いないと言う事だ。
「今日、ものすごく暑かったね、お昼には何と最高気温35度もあったんよ。だから少しシャワー浴びてきてもいい?」顔を赤らめながら、田中江美は聞いた。
田中江美がシャワーを浴びている間に、金田誠二は冷蔵庫から、コーラを取り出し2個のコップに注いだ。その一つには睡眠導入薬を前もって磨り潰して粉状にしたものを、そっと落としておいた。
シャワーを浴びて出てきた田中江美は、薄いピンクに染まった肌にバスタオル1枚を撒いただけの格好だった。クーラーも一応効かせてはあるが、設定温度を高めにしてあるため、直ぐに体が冷える事は無い。
応接机の上に、冷えたコーラ入りのコップが2個ある。
多分、異常にぎらついた目で、金田は田中江美を見ていたであろう。
しかしながら田中江美は、それは金田が自分自身に対して激しく欲情しているからだと思ったに違いない。田中江美は、自分の美貌もさる事ながら、バレーボールクラブで鍛えあげた自分の身体にも相当の自信があったからだ。
彼女は、バスタオルを脱げば、既に、全裸だったのだ。
ふくよかな乳房、そして白磁のような透き通ったような白い肌が自慢であった。これが、最愛の彼に、人生で「最高のプレゼント」になる筈だった。
「今日は、熱いから、少しこのままの格好でいていぃ?」甘えるような声で、田中江美は言った。金田のほうは、ひたすらクスリが効いてくるのを待った。
その間、多分10~30分の間であろう。
沈黙、沈黙、沈黙。
何度も言うように、その沈黙は、違う意味で2人にとっての何とも言えない程の心地よい時間であったに違いない。うっとりとした目で、田中江美は金田を見続けた。
既に、戸外では蝉の声は既にあまり聞こえず、何処かけだるい暑さの中にも、秋の気配が感じられていた。……そんな、ロマンチックで何とも言えない時間の中で、刻一刻と時間のみが少しづつ少しづつ過ぎて行ったのだ。
それから約2時間後(その間の事は、マスコミからも一切報道されていないが、金田が田中江美に対して行った大方の事は、皆の想像の通りである)、開け放ったユニットバスの窓からは、月が見えた。
ともかく、金田は、田中江美の最高のプレゼントを美味しく頂いたのだ。
それからの金田は、まず、田中江美の静脈に注射器を突き刺し、止血剤のアルギン酸ナトリウム500㎎及び筋弛緩剤の塩化スキサメトニウム注射液100㎎を次々に静脈注射。
その後、筋弛緩剤の効果を目で確かめてから、何度も何度も血液を抜いた。その量は約1リットルにも及んだ。これは、生体解剖を実施する際に少しでも出血を減らす事が目的であった。
それのみならず、慎重を期して、生体解剖途中で万一意識が戻った場合に備え、クロロホルムのビンをバスルームの鏡棚に置いた。医学的にはこれが正式な手術の手法でない事は充分に熟知してはいるが、別に、これは大学の医学部の手術室では無いのだ。
あくまで、黒魔術による生体解剖と、その後の死体蘇生ための冷徹な実験のための準備なのである。
この生体解剖のやり方は、古代エジプトでミイラを作るやり方にも似ていた。内臓をほとんど取り出すからだ。
ただ、エジプトのミイラ作りと違うのは、一旦、取り出した内臓を再び元の体に戻し、縫合し、新たな体を作る事だけだった。
現代版、「フランケン・シュタイン」実験である。
金田誠二は、数週間前に夢の中で見た不思議な古代ペルシャ語の魔術書に描かれた黒魔術の場面と、古本屋で手に入れたいかがわしい黒魔術等の本も数冊参考にしていたから、自分なりの「死体蘇生術」の方法を考え出していた。
金田は、4種類の干からびた爬虫類の死体をユニットバスの四方に配置。先程、クロロホルムを置いた棚の上に奇妙な形のローソク5本と、簡易な祭壇を設け、胸の前で逆十字を切り、熱心に祈りを捧げた。
金田が用いたのは、黒魔術の中でも最も極秘で危険だとされている秘法である。
それは、江戸時代に邪宗とされ弾圧された髑髏を奉る「真言密教立川流」の秘術にも通じると言う事も金田は知っていた。つまり、金田は、いわゆる少なくとも黒魔術と言われる全世界共通の隠された真理にも通じた秘法を会得していたのだ。
そして奇妙な胸に詰まったような低い声で、多分古代ペルシャ語であろう呪文を唱えた。




