再起
目を覚ますと、皆して俺の顔を覗き込んでいた。
加害者のファブリカやカナメ、トウマもいる。
起き上がって両手両足を動かしてしてみるが、身体に異常はない。
ふと見ると、遠目でヨウゼンがこちらを見ていた。
せっかくいい感じで別れたはずのヨウゼンにみられているとは
流石に気恥ずかしい。
べそべそと泣きながら謝罪を続けるファブリカをなだめながら
皆にパラの居場所を聞く。
「何をやっているんだ。一体・・・」
カナメが呆れ顔で説明してくれた。
パラの様子がおかしいと察知した彼は、彼女の話を聞いた。
彼女の悩みを聞いて、ソータが間もなくくるはずだから
話をするべきだと二人で待っていたが、一向にやってこない。
業を煮やしたカナメが様子を見に来てみれば、
ひっくり返った俺にファブリカが泣きながら縋りつくという
けったいな場面を見るはめになったわけだ。
「パラはまだ?」
俺はゆっくりと見を起こす。
「いるはずだ」
カナメは俺に手を差し出す。
その手を取って立ち上がる。
「行ってくる」
そう告げて、走り出した。
泉には月が写っていた。
写る月を見て、もうこんな時間かとパラは思う。
夜の帳が下りて、木々の隙間を通る月の光だけが明かりのように辺りを照らす。
自分は愚かだ。
これまで狩りで獲物と命のやり取りを続けていた。
母を失った経緯も受け入れていた。
覚悟はできていると慢心していた。
ソータを失いかけて、自分の傲慢さを思い知った。
人間とは、いや自分とはかくも恐ろしいものなのだと。
母の死に対して冷静でいられたのも、ソータをためらいなく旅に巻き込んだのも、
自分の想像力が欠如しているに過ぎなかった。
悪意を持って、家族を失おうとした。
受け入れがたい事実を突きつけられた時、
自分に起きた感情。
地の底の落ちるような絶望感と天を突くような殺意。
何もかもどうでも良かった。
彼女を殺すことに何のためらいもなかった。
正しくありたいとする思いは、身内を害されることで簡単に変換された。
ローシットは見事に自分の本性を剝き出しにしてくれた。
敵討ちがしたい訳ではない。
今はそれが本音かどうか、自分でもわからない。
ソータが殺されてもなお敵討ちがしたい訳ではないという自分を
想像できない。
カナメは自分の醜い有様を全て聞いてくれた。
その上でなお、ソータと話せという。
旅は続けたい。
だが自分には重すぎる。
簡単に悪意に染まってしまう。
後ろから人の気配がした。
誰かはわかっている。
「旅はもう終わりにするよ」
振り返りもせずにパラは言った。
旅は終わり、それでいい。
ヨウゼンにこの村で生きていきたいと伝えよう。
ローシットは死んだ。
追加の追手も来ないようだ。
こちらが動かなければ、ラングーンも何もしないだろう。
「わかった」
後ろの男は一言だけ告げた。
その言葉にパラは少し落胆した。
「我ながら度し難いなぁ」
どこかで反対してほしい浅はかさに嫌気がさす。
「俺は旅に出るよ」
その言葉にパラは振り返る。
月の光と森の闇にグラデーションされたソータの姿があった。
顔が良く見えないせいだろうか。
いつもの彼ではないような気がした。
「俺には覚悟が足りなかった。
他人事だった。
パラのためって綺麗事にして、ちゃんと考えてなかった」
パラは自らの両肩を抱いた。
「もう、このままでいいんじゃないかな。
怖いよ。
自分が変わってしまうのが、怖い」
そうかもしれないとソータは前に進む。
「でも一つだけハッキリしている。
このままじゃ、絶対に後悔する。いつか必ず」
「そんなの、あたしだってわかってる!」
ソータの言葉を遮って、パラが叫ぶ。
「でも自分のしたいことのために誰かを犠牲にするのは嫌。
そのことで誰かを恨むようなことは、もっと嫌」
「お前の気持ちは分かった。けど俺が旅を続けたいんだ」
共有された思い出。
幼くして凶刃に倒れた兄の願いは、既に自分の願いだ。
「俺はまだまだ弱い」
だから、とソータはパラを見据える。
「助けてくれ。俺を護ってくれよ」
「馬鹿じゃないの?」
パラはソータを睨みつける。
「死にかけたんだよ」
「パラが助けてくれた」
「今度助けられる保証はないんだよ」
「じゃあ俺が上手くやるだけだ」
パラは溜息をついて顔を伏せた。
額がソータの胸に触れる。
突然の彼女の動きに直立してしまったソータは次の瞬間、
顔を歪めて前かがみになった。
パラの右拳がソータの腹部にめり込んでいた。
彼は思わず額を彼女の肩に埋めた。
「ちょ、おま・・・」
「あたしを連れていきたいのなら条件がある」
彼女は両手でソータの顔を上げると毅然と続けた。
「絶対に死なずに、あたしを北の国へ連れてって」
「・・・命をかけて」
「死ぬなって言ってんの」
「なら全身全霊をもって」
その言葉に納得したパラは、一歩下がって片膝をついた。
胸元に右手を置くと大げさに言って見せた。
「ならば私はあなたと共に旅をしましょう」
その芝居がかったポーズにソータは苦笑いしつつ、腹をさする。
「それにしても腹を殴るかよ」
片膝をついたままの彼女に手を差し出す。
ソータの手と腹を交互に見て、パラは自分のしでかしたことにようやく気付く。
「その・・・ごめん・・・なさい」
「もういい。らしくないぞ」
しおらしい態度を見せるパラを一喝して、ソータは伸ばした手を見せつける。
パラはその手を取り。満面の笑みを浮かべた。
「ソータ、お腹すいた」




