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第三部 6

第三部 6



 一週間くらいは様子を見ようと思っていた。どうせE組にいるしかないのだし、高校への推薦にも影響がないとわかった以上、無理にD組へ戻る必要もない。菱本先生が時折顔を出し、

「もし、落ち着いたら、みんな心配してるからな、一時間くらいでも教室に来たらどうだ」

 と猫なで声で呼びかけることもある。それを聞いてからさらに甘えてしまったという部分もなくはない。

 ──でも、逃げているわけではない。

 言い訳かもしれない。でも轟さんから話を聞かされて、上総にはE組にいる目的がひとつ、はっきりとできたのも事実だった。

 ──杉本梨南から、西月さんにまつわる出来事の子細を聞き出すこと。

 ──生徒会がらみの出来事があるのか、それともまた佐賀はるみとのやりあいなのか。

 静かに教室でノートを開く杉本を、上総は正面の席から注意深く眺めた。

 今まで見てきた杉本の表情とはどことなく陰りを感じたのは、錯覚だろうか。

 

 すでに青大附属高校の入試も終り、あとは明日の合格発表を待つだけだった。

 関崎とは昨年以降連絡を特に取り合ってはいない。が、律儀にも年賀状は届いた。

 ──受験勉強中だってのに、真面目な奴だな。

 昨年聞いた段階では、第一志望が青大附属高校、第二志望が公立の青潟東高校。どれも青潟ではトップクラスの高校を目指しているはずだった。進路指導の教師からは、公立高校を一ランク下げたほうがいいとのアドバイスを受けているらしいがその辺はわからない。上総もこまめに新聞の公立高校入試情報を読むようにしているが、地域のトップ公立進学高校・青潟東の倍率はかなり高めだと感じている。

 ──なにせ、本条先輩ですらも、大変だってくらいだからな。

 どちらにしても、青大附属高校を受験したのは確かだろう。

 轟さんの言う通り、杉本が心揺らがないわけがない。

 そのあたりもしっかりと様子見していたのだが、今のところ取り立てて何かの動きを見出すことはできなかった。上総の方からも余計なことを口走るのは避けたかったし、とりあえずは杉本にちょっかいを出すようにノートのひっぱり合いをしては、

「立村先輩、だんだん幼児化が進んでこられたのではないですか」 

 冷たくあしらわれるのに徹していた。


「りっちゃん、どうも」

 昼休み、給食を食べ終え、ふたりぶん給食配膳室に食器を返したところで、懐かしい声を聞いた。もちろん二週間も経っていないのに「懐かしい」なんて変な言い方だけど、上総にははるか昔に感じられた。D組のにおいだった。南雲がいつものさらりとした笑顔でもって、上総に手を振っていた。

「ああ、お久しぶり」

 南雲は近づいてきて、時計を鼻先に突きつけるようなしぐさをした。

「あのさあ、とりあえず資料ってか、授業関係のプリント、もってってくれって菱本さんに言われてるんだよね。これからE組に行っていい?」

 こちらから取りにいくと言えない自分が少々情けなくもあったが、

「わかった。じゃあ、先に戻ってる」

「杉本さん、いるのかな?」

 探りをかけてくるということは、南雲も上総と杉本との繋がりに興味があるということだろう。隠すこともない。

「いると思うけど、別にいいよ」

 何がいいんだか。言った後、背を向けた後、自嘲した。

 ──杉本が俺のことを対して考えてないのは見え見えだって。

 E組を訪れるのは主に、三年男子評議だった連中くらいだった。

 幸いというかなんというか、今のところ羽飛も美里も顔を出すことはなかった。

 こうやって南雲が声をかけてくる以外、みなじっと様子を伺っているというのがありありと見えた。菱本先生の計算かもしれない。三年間上総の性格を読んできて、その上でどうにかしておとなしくさせようとする計画なのかもしれない。そんなのに乗るか、とも思う。

 E組の教室に戻り、上総は杉本と向かいあった席についた。杉本の姿はなかった。さっきまでしいてあった給食用のナフキンもしまわれていた。駒方先生も、狩野先生も今はいなかった。

 ──どこにいったんだろう。

 上総は立ち上がり窓辺に向かった。ひとりでも淋しいと感じたことはほとんどない。ただ杉本が側にいるのといないのとでは、教室の空気温度が全然違う、そう思っただけだった。


「おまたせいたしました! あれ、りっちゃんひとり。俺のために時間を作ってくれたのかなあ」

「まさか」

 軽口を叩く南雲に、上総は窓辺にもたれたまま返事をした。自分から寄っていくことはしなかった。向こうから近づいてくるのを待った。

「ほい、これ」

「ありがとう」

 二つ折りにしたプリントだいたい十五枚くらいをまとめて手渡された。

「今、クラスの様子、どうなんだろう」

「やっぱし、気になる?」

「それなりには」

 とはいえ、聞いてしまうとまた引きずり込まれるかもしれない。南雲に限ってはそんなことないと思いたいが用心に越したことはない。南雲はだいぶ伸びた髪の毛を振った。

「もう、三年生が委員会で顔出す必要ってほとんどないだろ。だからみな、好き放題やってるよ。あ、そうそう、うちのクラスの他高校受験組はみんな桜が咲いたみたい。めでたいじゃあないですか」

 桜が咲いた、ということは。

「奈良岡さんも合格したんだ、よかったな」

「どうもどうも。当然水口もな」

 ふたりが青潟市外の医学部専門受験用の私立高校を受験した話は聞いていた。水口も奈良岡も、ふたりとも脳天気に見えるせいかあせっている感じはなかったのだけども、合格したというのだったらそれなりにいろいろ大変だったのだろう。意識の中では「元彼氏」の南雲も少しほっとしている風に見えた。

「ということは、青潟からふたりとも出ていくってことか」

「そういうことっすね。まあいろいろあったとはいえ、めでたいじゃあないですか」

 乾いた声で呟いた南雲。上総はそっと覗き込んだ。

 気持ちがすっかり離れているとはいえ、青大附属中学の内部ではいまだにラブラブのカップルを演じている南雲のことだ。だいぶ疲れているような気がした。

「じゃあ、特に、あらためて話をするってことは、ないわけなんだな」

「自然消滅、だろうなあ」

「万事めでたしめでたしってとこか」

「そうだなあ。俺の役目は卒業式を持って終了」

「でもさ、もしかしたら奈良岡さんの方が」

 言いかけた上総を押し留め、南雲はにっと笑った。

「あの人にはさ、ほんとの意味でのナイトがいるからさ。そちらにあとはお任せさ」

 よくわからない。とにかく上総が理解したのは、奈良岡さんとは遠距離恋愛をする気がさらさらないという本音だけだった。恋愛感情って、本当に理解できないものばかりだ。

「それはそうと、明日は高校の合格発表なんだけど、どこに張り出されるっけか」

 南雲は露骨に話題を変えた。

「たぶん高校の門と、あとここのロビーの柱じゃないかな。去年もその辺だったしさ」

「知り合い、誰か受けてる? りっちゃんは」

「うん、ひとり」

 関崎の顔を思い浮かべ、思わず教室の扉に眼をやった。杉本はまだ戻ってきていなかった。

「俺もね、ひとり、知り合いが受けてるんだけどねえ。どんなもんだろうねえ。英語科って結構外部からの入学者、多いのかなあ」

「一クラス分の人数だってことは聞いてるよ。一クラス三十人だから、まあそんな程度じゃあないかな」

 南雲の顔は微妙に苦みばしってきた。

「結構取るんだなあ。ってことは、それなりの点数を取れば、結構いいせんいけるってことかあ」

「よくわからないけど」

 上総はぱらぱらとプリントをめくった。殆どが国語の古文問題と英語の長文問題だった。昼以降に片付けよう。

「ところでりっちゃん、卒業式の話、もう聞いてる?」

「聞いてるって何を」

「あれ、当の張本人に何もお知らせないってか? もう二月の終りだぜ」

 大げさにそう驚かなくたっていいだろうに。上総の顔をまじまじ見つめ、南雲は上総の横顔を眺めながら、指を立てた。

「あのさ、りっちゃん、卒業式の時、英語の答辞を読むことに決まってなかったけ?」

 鐘がタイミング悪く鳴ってしまった。慌てて南雲が手を振り立ち去ったあと、入れ違いに杉本が入ってきた。一瞬立ち止まると上総の方につかつかと近づいて来て、いつものように指差しをして、

「立村先輩、何、呆然としてるのですか。早く席におつきください」

 片腕を押さえつけ、ぐいぐい引っ張っていった。杉本にしてはわかりやすい行動だった。


 ──英語の答辞なんて、俺聞いてないよ。

 戻ってこられた駒方先生に、上総はまず挙手した後子細を確認することにした。


「先生、僕が卒業式の英語の答辞って、噂があるのですがそれはなんでしょうか」

 思いっきり日本語がおかしくなってしまった。

「ん? 英語の答辞?」

「はい、今、同級生から」

 南雲の名前を出すのは避けた。変にあいまいなことはさっさと明らかにしておいたほうがいい。卒業式までまだ一ヶ月近く間があるのはいいとしてもだ。たぶん南雲の勘違いだとは思うのだが、一応は確認だ。

 駒方先生は白髪頭を軽く振り、縦にこっくり頷き、締めた。

「そうだそうだ、上総、すっかり忘れていたぞ。あとで菱本先生から伝えていただく予定だったんだがなあ。そろそろ準備が必要だものなあ」

 とぼけるのもいいかげんにしろと言いたいが、こらえて様子を伺う。 

 上総の思惑なんて全く考える様子もなく、駒方先生は両手を打った。

「去年の卒業式は英語の答辞なんてなかったような気がするんですが」

「そうだそうだ。去年はなあ。里希の一人舞台だったからな。先生たちもみんな、まあいいだろうということでまかせてしまったというわけなんだよ。お前も覚えてるだろう?」

 よく覚えている。いわゆる卒業式の答辞は生徒会長の担当と決まっていたらしい。しかし昨年に限っては圧倒的多数の支持により本条先輩が身振り手振り交えた十分以上の熱弁を奮い大拍手をもらっていた。「答辞」なんて堅苦しいものではない、あれは一種の「演説」だと上総は感じている。

「今年の答辞は生徒会長だし、最初から勲が担当することに決まっていたんだ。だがな、去年の少し変わったやり方が生徒その他父母のみなさま、来賓のみなさまにも大人気でな、今年も青大附属、何か変わった趣向をというリクエストが来てるんだ。それでな」

「英語、ですか」

「そういうことだよ。上総、お前、この三年間、英語の成績ずうっと一番指定席だっただろう? 大学の教授たちからも、上総の努力は認められていてな、冗談でよく言われるぞ。飛び級させて青潟大学の英文科に進ませろってなあ。青田刈りって奴だなあ」

 上総は黙って聞いていた。どうやら、本条先輩の置き土産らしい。

「だからな、お前に今回は一肌脱いでもらいたいということで、こういうことになったわけなんだが。お前、やるか? やってくれるかな」

 これがもし、天敵菱本の言葉だとしたら、

「一ヶ月前にいきなりそんなこと言われたって、できるわけないでしょうが!」

 くらい言い返してやるところだが、ご老輩の駒方先生にそんな敬老心のないようなことをするわけにはいかない。上総はしばらく考え、質問してみた。

「あの、原稿は、今すぐ作らないと間に合わないと思います。作るなら作ります」

 また変な日本語になってしまった。ちらと杉本と眼が合った。きっと、

「私が手伝います」

 くらい言い出すんじゃないだろうかとか期待してしまったのはくせか。茶々入れてくれてもいいのに。残念ながら杉本は淑女のまま黙り込んでいた。

「そうかそうか、上総、原案こしらえてくれるか! これはありがたいぞ。いやな、もし他の生徒だったら、他の先生たちに頼んでまず骨組みだけでもこしらえてもらおうかと考えていたんだがなあ。上総にそれは心配ご無用か。そうそう、もちろんなあ、上総ひとりだと大変だろうから、大沢先生に推敲もお願いしておいたぞ。大学生も真っ青な男らしいスピーチをぜひ、やりとげてもらえるとうれしいぞ」

 本当に駒方先生、忘れていたのだろうか。それともわざと隠し玉にしていたのだろうか。

 わからない。あまりつっこんだことを聞くのは目上の人に対して失礼だろう。

 上総はこれ以上質問せず、一言だけ答えた。

「やらせていただきます」

 一礼し、杉本の席と向かい合わせの机に戻った。言い忘れたことを先生に席から伝えた。

「今から原稿をこしらえていいですか」


 南雲からもらったプリントをまずは一気に片付けた。英語関連のプリントはお茶の子さいさい。あっさりと終り、次は国語の古文。なぜ「更級日記」なのか? まるで「評議委員会のことを忘れるなよ、立村」とばかりに、子犬顔の更科がまとわりついてくるみたいじゃないか。これもなんとか片付けた後、上総は杉本のにらみつけている数学のプリントをちょんちょんつついた。とっくの昔に杉本もみな、片付けているようだ。ほとんど空白、残っていない。

「あのさ杉本」

「授業中です」

「とっくに終わってるくせに」

 杉本の場合はすでに、自己学習能力があるということもあり、わからないところだけ聞きに行くというやり方でどんどん先に進めているらしい。このあたりもよくわからないのだが、すでに高校の代数・幾何あたりまで進んでいるという話もある。上総には未知の世界なのであまり考えないでおいた。

 向かいで相変わらず絵の具を弄っている駒方先生の眼を盗み、上総はまず、杉本の持っているプリントに一行書き込んだ。


 ──明日が何の日だか知ってるか?


「2.26事件にしては少し遅い日ですね」

 相変わらずのまっすぐな言葉遣いで杉本は答えた。

「忘れたのか」

「なぜ、聞くのですか」

「じゃあやっぱり、わかってるんだな」

「答える義務はありません」

 上総はもう一行、つなげて書いた。


 ──明日、ロビーの柱のところで発表がある。


 杉本の視線が、上総の綴った文字の上をつうっと滑った。

「何をおっしゃりたいのですか」

「杉本が今思ったこと」

 もう一度杉本は、文字を見つめ、指先で撫でた。

「合格発表があったとして、それと何が関係」

「杉本のことだから、毎日祈ってるんだろうなと、思ったんだ」

 上総も負けずに、ささやき声で言い返した。


 きっと杉本のことだ。毎日、関崎のためにコーヒー&紅茶断ちくらいはしているんじゃないかと思っていた。どのくらい噂が流れているかはわからないが、関崎が青大附属高校を受験し、かなりの確率で合格するのではということくらい気付いているはずだ。上総も関崎情報をもろに流しているわけではないけれども、鋭い杉本なら気付かないわけがない。

「受かってくれたらさ、杉本、嬉しいだろう」

「なぜそんなことをおっしゃいますか」

 また、中学生らしくない口ぶりで杉本が言い返した。どことなくまっすぐさが定規めいて機械的な感じがする。少しだけ、違和感を感じた。気のせいだったらいいのだが。

「そうしたら関崎、高校に来てくれるからさ、少しは会うチャンスだってあるだろうしさ。もしあいつが運良く英語科に進んだとしたら、俺と同級生になるし、そうしたらまた、いろいろ教えてやるよ」

 上総なりに、考えた言葉。そのつもりだった。

 杉本の反応は、上総の想像と全く異なっていた。


 教壇でキャンバスに絵を描いている駒方先生はまったく気づかない。

「教えていただかなくてけっこうです。お会いすることはありません」

「だって、高校行ったらあとは自由なんだし、安心して追いかけたっていいんじゃないかなとか思うんだけど」

「私が約束を破るとお思いですか。立村先輩相手でも約束は約束です」

「約束って、でも青大附高に行ったらもうそんなの関係ないだろ」  

 たぶん、「関崎に迷惑かけないようにするんだぞ」と言いながら指切りした、上総が二年、杉本が一年の二月、水鳥中学交流準備会の時のことだろう。でも、それはとっくの昔に時効だろう。もしそれがまだ、契約期限残っているというのだったらそんなことないと教えてやりたい。

「とにかく明日の発表によって、状況が変わる」

「変わりません」

 かたくなに杉本は言い張った。握り締めたシャープペンシルをぐいとプリントに押し付け、芯を細かく折っている。

「関崎だって杉本だって、もう関係ないんだしさ」

「私は会いません」

 ゆっくり、杉本は瞳を上総に向けた。今にも噛み付きそうな顔でにらみすえた。 

 口元は真一文字に結ばれた。

「あの方が青大附属高校にこられるのなら、私は卒業するまでお会いする気もありません」

「なんで」

 うつむいた。上総は覗き込み、杉本の手元を自分のシャープでつついた。

「どうしてだよ、反対だろ? 公立に行ったらお前の卒業まであと一年待たないとまずいかもしれないけどさ」

「いいえ、会いません」

 不意に杉本の頬が大きくくぼんだ。歯を食いしばった風に見えた。身体すべてに力が篭っていた。

「あの方が、公立に行かれるのならば、私は会いに参ります。でも、青大附属の中にいらっしゃる以上は、お会いできません。そういう約束です」

「だからなんでそう口約束にこだわるんだよ」

 だんだんじれてきた。上総も声を荒立てそうになり慌てて潜めた。

「私が会いにいったら、あの方が迷惑だからだそうです。契約を結びました」

「契約? 誰と?」

 杉本の握り締めた指から、シャープが音を立ててこぼれた。握り締め直そうとしなかった。

「生徒会の人間とです。私があの方に会いに行くのなら、全力で阻止するといわれました」


 ──生徒会か。

 何かが繋がってきた。泣きたいのをこらえているような目をじっと見据えた。

「いつだよそれ、いつ言われたんだ」

「そんなの関係ございません」

「あるよ。俺はこれでもまだ評議委員だから、評議委員会がらみの問題を解決する義務はあるんだ」

 全くもって意味不明の言い訳をしてしまった。とっくに役立たずだっていうのに。

「だから、確認させてほしいんだけどさ」

 あてずっぽで、はったりをかけてみた。

「その直後、杉本、西月さんと会っただろう」

 杉本は机の上に片手だけこぶしをこしらえた後、

「西月先輩はどうなるのでしょうか」

 たんたんと尋ね返した。

「わからないよ。俺もそれ知りたい。けどそれよりも、俺が知りたいのは杉本の返事だ」

 全く動かない駒方先生の様子を片耳でチェックしつつ、上総はもう一度繰り返した。

「西月さんが何かをしでかす前に、杉本、生徒会室にいたんだろ」

「そんなことよくご存知ですね」

「その後で、西月さんに会ったんだろう。何、話した?」

「話なんてしてません。西月先輩とは、筆談しかできません」

 ああそうか。いまだに西月さんはメモを片手に意思疎通させているのをすっかり忘れていた。この前轟さんの教えてくれた情報と重ね合わせながら、何かが見えてきたのは気のせいだろうか。

「話戻す。生徒会の人たちにそんなわけのわからないこと言われて、杉本、引き下がったのか」

「引き下がったのではありません。私から提案したのです」

 呼吸が荒い。杉本の声は完全にかすれている。泣かせてやりたい。でもできない。できるのはたぶん、関崎だけだ。

「生徒会室で私の悪口を言い合って盛り上がっている様子でしたので、私の方から入っていったのです。そんなに私を邪魔したいのだったら、私の方から先に言い切ってやれば片がつくはずでした」

「でしたって、なんで?」

 下から見上げるようにして、上総は杉本の口元に意識を集中させた。

「なんて言い切ったんだ」

「青大附属にあの方が在籍してらっしゃるうちは、私の方から近づいていくことはないということです。同じように私が卒業して青大附属から縁を切るまで、どんなに近くにいらしても私はあの方の顔を決して見ることはありません」

「なんかよくわからないな。なんで青大附属の在籍にこだわるんだよ」

 生徒会連中、もともと杉本を目の敵にしているのはわかる。

 佐賀はるみ生徒会長とのからみももちろんあるだろう。

 しかし、何かが匂う。変だ。

「あの方は、青潟東を第一志望とおっしゃってましたから、関係ないと思っておりました。公立の青潟東に行けば、あの方とお会いすることもできるでしょう。青大附属の人間たちと戦う必要もありません。でも」

 黒いポニーテールが少し揺れた、唇が震えた。

「あの方は、青大附属が第一志望なのですか」

 上総の正面で、一直線に、しんと見つめた。

「私に、あの方は、青潟東を第一志望だと教えてくださいました。でも、生徒会長のことばによると、あの方は青大附属に合格した段階で、公立高校入試を欠席すると話しておられたそうです」

 くりくりしたどんぐり眼。張り倒した時の痛みが今でも指先に蘇る。ガキっぽさを装い手を変え品を替え杉本と上総を翻弄してきた、あいつの顔が蘇った。

 ──あいつの入れ知恵だ!


「私は、知りませんでした」

 杉本の静かな告白に、上総は自分のプリントの端を思わず破いた。

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