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双子の吸血鬼

 憂鬱だ。こんなに空が晴れていると、授業をサボって屋上に来た意味もない。初夏の陽気漂う昼下がりの空は、吸血鬼であるヴラドに容赦せず日の光を浴びせる。ヴラドがこうして授業をサボるのは、決まって岸田の歴史の授業だ。どうせ寝てしまうのならと、はなから別の場所で昼寝をしようという魂胆だ。


「純平!!岸田センセー来たぞ!!」


 屋上につながる唯一の扉を開けて恭弥が駆け込んで来た。


「あっそ」


「いや、あっそじゃなくて!!見付かっちまうぞ?」


 見付かるも何も、別に隠れているわけではないのだが。ヴラドは日の当たる屋上の中心に仰向けに寝転がりながら、ぼけっと空を見たまま動かない。恭弥は吸血鬼が日光浴をしている光景にヒヤリとする。急に灰になって消えてしまったらどうしようと思うからだ。


「カギかけときゃ大丈夫だろ」


 ヴラドがそう言うのと同時に、恭弥の背後でカチャリと音がした。


「あ、ちょっと!?」


 内側にしか鍵穴はない。よって鍵を閉めるために魔力を使ったのだろう。


「なんだよ。文句があるならついてくるな」


「別に文句とかじゃなくてさ……」


 ヴラドの魔力が戻ってから一ヶ月が過ぎようとしていた。テロ事件による連休の間に何があったのかは恭弥にはわからなかったが、素直に学校に登校して来たヴラドを見て驚いた。ヴラドの外見が金髪碧眼へと変わり果てていたからだ。しかもその姿が本来のものだというからさらに驚きだった。確かにヴラド・シルヴェストリというのが本名だというから、外国人に間違いはないのだけれど。


「少しくらい控えめにしようぜ?」


「……なにをだ?」


 ヴラドは怪訝な顔で恭弥を見た。


「紅葉ちゃんに、その、魔力とかあんまり使わないでって言われてたろ」


 フォルトゥーナとしての意見なのか、個人のものなのかはわからないが、紅葉にあまり力を使うなと言われていた。紅葉としてはヴラドが少しでも人間になじめるようにと思っての発言だったのだが、ヴラドがそんなことを気にするような人物ではないことがこの一ヶ月でよくわかっただけだった。もっとも、それを実感したのは紅葉だけではない。


「そんなことはどうでもいい。俺はな、使えるものはなんでも使う。それが自分の力なら尚更だ」


「でもまわりはビビるだろ……」


「はあ?ンなこと知らね」


 力が戻ったヴラドはそれを隠そうとしない。日頃から些細なことに力を使ったりするから、恭弥たち事情を知るものはバレやしないかと毎回ヒヤヒヤするのだ。外見以上にその性格まで変わってしまった。小野純平がいかに作られた存在だったかが伺える。それでもどれだけ大胆に振る舞っていても、その正体が疑われることは一度もなかった。それはヴラドの膨大な経験値のお陰なのだから、紅葉たちは何も言えないのだった。現にヴラドは、どれだけ変わっても宮高のアイドルと言われ続けているのだ。校内外を問わずに。


「恭弥、お前は授業に出た方がいいんじゃないか?」


 唐突にヴラドが言った。


「こないだの実力テスト、歴史がヤバかったんじゃないのか?」


「げ、なんで知ってんだよ!?」


「テストが帰って来た時のお前の表情を見てたら察しがつくよ」


 はあ、と恭弥は溜息をついた。ヴラドはニヤニヤと笑う。


「俺が教えてやってもいいぜ」


「マジか!?」


「ああ、でも……ジュース買って来てくれたらな」


 我ながら甘いな、とヴラドは思ったが、すぐに行動しようとする恭弥のためにまた魔力で扉の鍵を開ける。ついでに扉も自動で開けてやったら、恭弥は一瞬ビクッとしてヴラドを睨んでから階下に向かった。










 恭弥はヴラドに言われた通り、ジュースを買いに一階に下りた。まだ授業中なので、教師に見付からないようにソッと歩いて行く。自動販売機は体育館の前にあるため、その間の職員室前を通るときはさすがに緊張した。


 無事に自動販売機でジュースを買って、屋上に戻るために引き返す。純平はなぜかいつもイチゴミルクを飲んでいるのだろう、と思いながら歩いていると職員室から人が出てくるところに遭遇して慌てて飾ってあった花瓶の横に隠れる。


「では、明日から登校で」


「はい。よろしくお願いします」


 出て来たのは恭弥のクラスの担任と、見知らぬ男女だった。横顔だけでも整っているのがよくわかる。外国人だろうか、どことなく純平に雰囲気が似ていた。


「日本語が上手くて助かったよ」


「幼い頃から学んでいましたので」


「そうかそうか。いやー俺のクラスには、どうしようもないほど残念な頭のヤツと、めちゃくちゃできるのに不真面目なヤツが同居しているからね。優秀な生徒は大歓迎だよ」


 そう言ってハッハッハと笑う担任。恭弥は唇を噛む。どう考えても自分と純平のことを言っている。


「……誰かいます?」


 急に女の子が恭弥が隠れている方を向いた。ヤバいと逃げる暇もなく、担任が花瓶の裏を覗く。


「和泉!!お前またサボリか!?」


「あ、いや、オレは、その」


「はあ……ただでさえ勉強が追いついてないのに……」


 担任が額に手を当てて呆れたため息をついた。


「つ、次は平均より上取るから!な、センセ!?」


「もう諦めろ」


「ヒドい!?」


 そんなことを言いあっていると、女の子の方が言った。


「あなた、お兄様の匂いがする」


 クンクンという効果音がつきそうなくらい、その女の子は恭弥に鼻を近づける。


「やめなよ。あの人の獲物かもしれないだろ」


「お兄様はこんなちんけな人間を狙ったりしないわ」


「はいはい。それでは先生、明日からお願いしますね」


 ニッコリと人の良さそうな笑顔で二人は去って行った。


 それから恭弥は生徒指導室で担任にこってりしぼられた。かなりの時間拘束されていたため、屋上に戻る頃にはあの男女のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。さらに、遅いと言ってヴラドにもしぼられていると、あっという間に放課後を迎えた。チャイムが鳴ると同時に紅葉が屋上の扉を力の限り開け放ち、鬼の形相でヴラドを探すが、すでにそこにヴラドはいなかった。











 次の日、ヴラドは住んでいるアパートの扉を乱暴に叩く音で目を覚ました。チャイムがついているのにも関わらず、毎朝こうして起こしにくるのは紅葉だ。


「ヴラドさん、起きてますか?入りますよ」


 勝手に合鍵まで作っているところが紅葉らしいとヴラドは思う。


「ちょっと!起きてくださいって!」


「あーもーわかったって……」


 ふああ、と気の抜ける欠伸をしながらヴラドはベッドから下りた。散らかったままの制服を着始めると、紅葉はヴラドから背を向ける。


「もう少し羞じらいをもってくださいませんか?」


「男に羞じらいもクソもないだろ……」


 毎朝同じようなやり取りをしながら、二人揃ってアパートを出る。大家のおばさんもそんな二人を微笑ましく見送る。


 駅までの道を歩いていると、急にヴラドが舌打ちした。紅葉が眉根を寄せる。


「また、ですか?」


「はあ、いい加減にしてくれよな」


「隠そうとしないヴラドさんにも非があると思うんですけど」


「俺のせいか」


 二人は後を付けられていることに気付いた。住宅街の一角の公園に入る。広いところで迎え撃つつもりだが、正直ヴラドを狙ったところで勝負はついていた。


「人間が二人、か」


 公園の中央で立ち止まったヴラドがつぶやいた。人間ということはハンターなのだろう。


「おい、隠れてないで出てこい。お前らがどんな武器や戦術を持っていても、俺には勝てないから安心しろ」


「そんな言い方で安心できるわけないじゃないですか!!」


「んじゃなんて言えばいいんだ?抵抗しませんってか?制服が汚れるのはごめんだぜ」


「危害を加えるのも、加えられるのもダメです!!」


 気の抜けたやり取りに呆れたのか、隠れていたハンターが茂みから出て来た。手には呪の施されたナイフが握られている。それで切られたところは、一時的に怪我の治りが遅くなる程度のものだが、使い手によってはかなり有効な武器だ。最もヴラドにはこの二人のハンターに使いこなせるとは思えなかったが。


「お前ら運が悪いな。まだまだ経験不足のようだが、相手の力量も見極められないのなら死ぬだけだ」


「殺してはダメですって」


「お、オマエ、人間だよな?なんでそんなヤツと話ができる!?」


 ハンターの一人が怯えた表情で言った。


「それは差別ですか?この人は確かに人間ではありませんが、話せない理由にはなりません」


「吸血鬼だろう!?俺たち人間を食うんだぜ!?」


「おい、失礼な!俺はお前みたいなムサクルしいヤツなんか狙わない!」


「ヴラドさんはちょっと黙っていてください」


 紅葉に睨まれたヴラドは仕方なく口を噤む。どうして女というのはこうも強情なのだろう。


「私はフォルトゥーナの人間です。ハンターならご存知かと思います」


「……フォルトゥーナ!」


「あの理想ばかりのおめでたい組織か!」


「そんな言い方をされる覚えはありませんが……この人は私達組織の管理下にあります。よって交戦を禁止します」


 テロ事件から一ヶ月で、フォルトゥーナはその存在を闇の住人たちに知らしめた。もちろんそれに関わるハンターにも知れるところとなったのだが、基本的理念の違いからわかりあうことは難しいのが現状だった。


「お前らに指図される筋合いはねえ!」


「俺たちはそいつを殺すためにこの仕事をやってるんだ!お前らの組織も向かうところは世界平和だろう?だったらなぜ吸血鬼と手を組む?」


 ハンターは昔から異形を狩ることで平和を得て来た。恨みを買えば、また返り討ちにする。そうして連鎖的に戦いを続けて来た。そんな彼らに、急に殺すなと言うのは酷なことだろうし、ハンターが攻撃をやめたところで闇の住人たちが攻撃をやめるとは限らない。というより、今のところフォルトゥーナに賛同しているのは、温厚で気の長いことで知られるエルフ族だけだ。


「私達は争いたくないだけなんです!」


「生温いんだよ!!俺たちの仲間はコイツら吸血鬼に殺されたんだ!!」


「戦うことをやめたら、仲間は何のために死んだかわかんねえじゃねえか!?」


「まて、愚かしくも最初に俺たちに手を出して来たのは、お前ら人間の方だろう」


「だまれこの吸血鬼が!!」


「ちょっと!!いい加減にしてください!!」


 紅葉は声を張り上げるが、睨み合う状況は変わらない。ヴラドは一歩前に出て言った。


「まあ、俺は今や組織に管理される立場だ。不本意ながらだが。よって、組織の言うことを聞かなくてはならない」


「てめえふざけてんのか!?」


「はあ?俺がふざけてなければお前らはとうにバラバラになって転がってるぜ。お前らが今、俺と出会って生きていられるのは組織のお陰と言える。だからお前たちはフォルトゥーナに感謝して、その意向に添わなくてはならない。わかったか?」


「意味わからねえ」


「やっちまえ!!」


 痺れを切らせたハンターたちは、構わずヴラドに刃を向けて突っ込んだ。


「人の話は最後まで聞けよ」


 走り出したハンターは突然何かにぶつかって勢いよく倒れた。ヴラドが空気を圧縮して見えない壁を作ったのだがそんなことに気付く暇もなく、当たりどころが悪かったのだろう、ハンター二人は意識を失っていた。


「殺してないですよね!?」


 慌てて聞く紅葉にヴラドは頷いてみせる。


「よかった。ところで、ヴラドさんは本当に私達の意向に添ってくれているんですか?」


「なんだ、疑ってるのか?」


「いえ、ヴラドさん自身、こうして命を狙われるのはこの一ヶ月で十数回ありましたし、その、殺してしまった方が早いんじゃないですか?」


 命を狙いに来ているのは、ハンターだけではない。フォルトゥーナがカルディアの生き残りに協力してもらうことになったという話を広めたので、その力を危惧する全てのものが今やヴラドの命を狙っていた。要するに”核兵器を手に入れたので争うと痛いめにあいますよ”というフォルトゥーナに対し、”核兵器を使われる前に壊してしまおう”という他の勢力とのイタチごっこが始まったのだ。そして、今のところその核兵器の本当の恐ろしさを知らずに向かってくるものが大半だった。ヴラド・シルヴェストリは、現実味のないおとぎ話なのだ。


「それもそうだが……ま、どうでもいいことだ。組織にいようがいまいが命を狙われていることに変わりはないし、殺すも殺さないも同じことだ。まあ、ここまで俺のファンが増えるとは思っていなかったし、これからもっと手強いヤツも現れるだろうから人手が足りないというのはあるけど」


「ファンって……でも、それならフォルトゥーナからだれか派遣しましょうか?」


「俺並みのヤツじゃないと意味がない」


 そう言われても、そんな人物はなかなかいない。


「おっと、紅葉、遅刻するぞ」


 公園内の時計を見たヴラドが言った。紅葉もつられて時計を見て跳び上った。


「もう間に合わないじゃないですか!!」


 倒れているハンター二人などそっちのけで、慌てて走り出す紅葉にヴラドもついて行く。が、どう考えてももうホームルームに間に合わない時間だった。












 ヴラドと紅葉が教室に入ると、ホームルームが始まる五分前だった。


「な、間に合っただろ?」


「ハア、ハア、良かった……」


「俺に感謝しろ」


「……はい」


 不本意ながら素直に頷く。電車に乗っていては間に合わないと、ヴラドがタクシーを捕まえたのだ。紅葉はまたもあの見たことのない色のクレジットカードの世話になったのだった。


「あれ、お前ら今来たのか?珍しいな、いつも朝だけは真面目なのに」


 ガラガラと教室の引き戸を開けて入って来た担任が言った。


「朝だけ真面目なんてヒドいですね」


「本当のはなしだろう?だいたい急に金髪にしてくるヤツが真面目なもんか」


「地毛なんですけど」


 はいはい、とあしらわれたヴラドはおとなしく自分の席につく。レイラが手を振ってくるのに気付いて、同じように振り返す。


「えー、突然だが今日から留学生を迎えることになった」


 教室中が沸き立つ。私立の高校なので留学制度が整っているが、受け入れる方は初めてだった。


「じゃ、さっそく紹介しようか。おい、入れ!」


 ガラガラと引き戸が開いて二人入って来た。一気に二人も来るとは思っていなかったクラスメイトはどよめいた。その男女は良く似ている。どう見ても双子だった。違いと言えば髪が長いか短いか程度のことだ。


「初めまして。ルーニエ・フォン・アイゼンシュタインです。こちらは弟のルーカスです。よろしくお願いします」


 慌ててヴラドは自分の席で顔を伏せた。できるだけ気配を消そうと必死になる。しかしそれはただの悪あがきだ。そう、アイゼンシュタイン姉弟はヴラドと同じ吸血鬼だ。


「ヴラドお兄様、お久しぶりです!!」


 満面の笑みを浮かべいきなり叫ぶルーニエに、ヴラドは盛大な溜息をついた。

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